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第28話 反撃

「すいません、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」


「あ?」


 後ろの男に反撃する前に尋ねておきたい事がある。まずはそれを聞いてからだ。


アロン教(あなた達)の目的は何なんでしょう? 僕を拉致してどうするつもりですか?」


「さあな。俺達はただあんたを連れてくるように言われただけだ」


「指示をした人はだれでしょうか?」


「……二人婆織ににんばおりのお二人だ。これからあんたはこの方々にご挨拶を申し上げるんだよ。無礼のないように気をつけるんだな。お二人はとにかくお強い。従順な態度を見せれば死ぬことはないだろうよ」


「二人婆織? どんな人達でしょうか?」


「……会えば分かる」


「もしかして10歳くらいの女の子だったりします?」


「はあ? んなわけねえだろ。なんで俺たちがガキに従わなきゃならないんだ」


 ということは邪神の女の子から直接指示があったわけではなさそうだ。二人婆織という人達のことはよくわからないけど、彼の口ぶりから見て組織の偉い人であることは間違いなさそうだ。この人達が邪神に言われて僕を拐おうとしているのか、はたまた邪神とは関係なく違う目的があるのか。いずれにせよ、ろくな目には合わないだろう。


「それからもう一つ……」


「うるせえな。使者様よぉ、静かにしてろよ。自分が人質だってこと忘れてねえか? こちとらあんたが暴れるようなら四肢をもいででも必ず連れてこいと言われているんだ。あんたの体内には俺の邪氣がすでに入り込んでいる。下手な真似すると苦しむことになるぜ」


 首に添えられた刃物が更に食い込む。そういえば首の傷口から何かピリピリと流れ込んだような気がしたが、これは邪氣だったのか。コイツが体の中に入ると呪術の効力が増し増しになってしまうのだ。そうなれば抵抗することが困難になり、邪教徒の言いなりになってしまう。


 しかし、後ろの男の邪氣は僕の中に入った時点ですでに浄化されているだろう。僕の体は悪氣に対してめっぽう強いのだと聖女様からもお墨付きをいただいている。実際に白霊貴族はくりょうきぞくの冥氣をこの身に食らっても何とも無かったのだ。きっと邪氣だってへっちゃらさ。


「四肢をもがれるのは勘弁ですが、僕もこのままではいられないので抵抗させていただきますね」


 僕は結界を発動させた。ブオンとサイバーチックな結界が展開され、後ろのアロン教徒が結界の外に弾かれた。それと同時に捕縛用の神術も発動させる。対北の公爵(ゼクターフォクター)戦で編み出した鎖の神術だ。


「……っ!」


 後ろを振り向けば黄金の鎖に雁字搦めにされているツンツンヘアーのヤンキーっぽい見た目の男が目に入った。っていうかこの人、腕が4本もあるよ。


「……あなたも魔人だったのですか?」


「…………!」


 男は沈黙している。鎖を振り解こうとジタバタしていた。


 まあでも見た感じ、魔人ではなさそうだな。魔人とは強力な力を持っているはずなのに、アロン教徒4人中1人しか魔人化していないのは何か理由があるのだろうか。イーオ様たちと戦っている魔人が人類初の魔人だというので、この後どんな副作用があるか誰にもわからないから取り敢えず様子見といったところなのかな。


「動くな!」


 男が僕に呪言を放つ。試しに片腕をグリングリン回してみた。普通に動けますね。やはり僕に呪術は効かないようだ。よかったよかった。さてお次は浄化だ。僕はバレーボール大の浄化玉を出した。


「な、なぜ効かない……?」


 男は思った以上に狼狽している。自身が優位でないとすぐに取り乱す小物タイプだとみた。


「こう見えても使者ですから」


「お、俺を攻撃すればその傷が全てお前に跳ね返る! そういう呪術をお前にかけた!」


 そんな呪術もあるんだ。怖いね。僕には効かないけど。たとえ効いたとしても浄化玉で邪氣を浄化するだけだから意味ないし。


 僕は4本腕のアロン教徒の脅しを無視して浄化玉を撃ち込むと、男は黄金の光りに包まれた。程なくして光が収まれば、男の腕は2本に減っていたが、それ意外はたいした変化もなく至って普通である。


「なんだよ……。驚かせやがって……」


 男は自身の変化にまだ気がついていない。


「あの、どうでしょう? 体の中の邪氣とか消えていますかね?」


 それなりに自信があったが、やはり邪教徒を元の人間に戻せるか不安はあった。腕は2本になったが、邪氣が元の魔力になり彼は普通の人間に戻ったのだろうか。


 男は僕の言葉に自身の体を探るような様子を見せた。しばらくすると男の顔がみるみる青ざめていく。


「な、無い……。 俺の中の邪氣が無くなってる! バカな……どういう事だ!」


 よし成功だ。不可能を可能にするなんて、さすが浄化玉だ。頼りになる。


「お前! 俺に何をした!!」


 元の人間に戻ったのならもう要はない。こちらの普通の男は鎖で縛ったままにして、お次は一番厄介そうな魔人だ。


「トモルモ!」


 僕が魔人の方を向くと同時にアロン教の老人が魔人に指示を出した。その声を聞き僕は慌てて肉体強化の神術を発動した。老人は僕達のようすを窺っていたのだろう。すぐに魔人をこちらに差し向けるなんて状況判断が的確じゃないか。  


 魔人は僕の目前まで迫っていた。後少し神術の発動が遅かったら危なかった。この肉体強化の神術、すなわち“超パワー神主”は体の諸々の器官を強化する神術だ。筋力だけでなく五感や頭の回転まですべて満遍なくバフがかかる。


 そういうわけだから魔人の超スピードも今はスローモーションに見える。魔人のやや後ろからクライス王子が追いかけているのもよくわかった。クライス王子は魔人を止めに追いかけているのだろうが、この距離では間に合わない。超パワー神主の発動が間に合わなければ僕は魔人の拳のえじきとなっていただろう。


 魔人の拳が僕の顔面を捉えた。僕は拳を躱すと懐に飛び込み正拳突きの構えを取る。天女あまめちゃんが霊管の人から格闘術を教わり、よく住居兼本殿の庭で型の練習をしていたので、いざという時のために僕も一緒に練習をしていたのだ。


 これは天女ちゃんから教わった正拳突きだ。喰らえ!


 僕の拳が魔人の腹にめり込む。グチュグチュボキボキと内臓が潰れる音と骨が砕ける音が聞こえた。聴覚も強化されているので、こんな嫌な音もよく聞こえてしまうのだ。


 魔人は地面と水平にすっ飛んでいった。100メートル以上は飛んだと思う。水切りのように何度も地面にバウンドしてやっと止まった。皆さん、敵も味方も一様に驚いていらっしゃる。ただし、四つん這いのアリエさんは以前も見たことがあるためか、ニヤリとしたり顔だ。


 超パワー神主は凄まじいが、僕と相性が悪いため神正氣の燃費は悪い。だからもう立たないでくださいと願い魔人を見るが、魔人はヨレヨレと立ち上がった。


「ガアアアア!!」


 獣の如き咆哮をあげると、筋肉が更に膨れ上がる。異様なまでに膨張した筋肉の所為か、全身の皮膚にいくつもの裂け目ができピンクの肉が丸見えになった。率直に言えばマジグロい。


 穴という穴から血が吹き出し、どうみても限界を超えている。しかし牙をむき出しにして親の敵のように僕を睨む顔は敵意に満ちている。瞳から知性は感じられない。まるで殺戮マシーンだ。


 これが魔人化の影響か呪術によるものか分からないが、命を犠牲にしてまで戦わされているように僕には思えた。


 僕は大きめの浄化玉を出す。魔人の体はすでにボロボロだが、全速力で僕に突進してきた。愚直にまっすぐ突っ込んでくるその様子はただの獣に見える。本能だけで動いている様に思えた。これならば当てる事は簡単だ。僕は狙いを定め浄化玉を高速で撃つ。魔人に浄化玉が当たると、激しい黄金の光が辺りを照らす。


 光が収まると地面に横たわっている裸の小柄な男が見えた。見た目は完全に人間だ。どうやら邪氣も魔氣も浄化できたらしい。無事に魔人を元の人間に戻すことが出来たようだ。


 この結果に酷く驚いたのはガシャという老人だ。今までの余裕は全く見えず、ワナワナと震えている。老人はこの場から逃げようとしたが、後ろに回り込んだヒガンさんに羽交い締めにされた。


「この卑人ひにんめが! 次はお前の番だぞ、ガシャ」


「離せ! ヒガン!」


 ジタバタと暴れるが、大柄なヒガンさんと小柄な老人の体格の差はどうしようもない。それにヒガンさんは赤聖属性なので呪術も効かない。


「さあ、使者殿。私ごとで構いませんのでやって下され!」


 僕は言われた通り、浄化玉を作りアロン教の老人に向けた。


「ま、待て! ここで儂の邪氣を浄化すれば、今暴れている兵達は二度と元に戻らぬぞ! もうじき爆発する。被害も甚大になるぞ!」


 だから見逃せというのか。そんな手には乗らないぞ。


「使者殿、多少の被害は致し方ありませぬ。兵達もそれは重々承知のはず。今ここでこの卑人ひにんを見逃す方が将来的には被害も大きくなりましょう」


「黙れヒガン! 使者殿、取引をしましょうぞ」


 取引をする気は全く無い。なぜならば恐らくこの老人の邪氣を浄化すれば、それに連動して老人の呪術もすべて祓えるはずだからだ。


「いきます。ああ、ヒガンさんはこれを受けても何とも無いので安心してください」


「ま、待て!」


 僕はアロン教の老人に向け浄化玉をズドーン。例によって老人は光に包まれた。同時に逃げ惑う兵士達の中から幾筋もの光の柱が立ち上る。呪術によって操られていた人達も同時に浄化だ。なぜ本体から離れている呪術も一緒に浄化できるかと言うと、それは破魔子はまこちゃんの技術を参考にしたからである。


 破魔子ちゃんが1つ目(ましら)のボスを倒した時、遠くに離れているスペアも本体と一緒に消滅した。理屈はよくわからないが、なんでも因果を辿ってうんたらかんたららしい。物理的に離れていても“縁”というのは見えない光ファイバーのようなものでちゃんと繋がっているみたいだ。因果や縁という概念的な何かを掴み、それを色々とあれこれする事もできるようだ。これは元々、縁雅えんが家が得意とする技術で、破魔子ちゃんは縁雅千代えんがちよさんに教わったのだという。


 それを僕も真似をしたら出来てしまったというわけである。さすが神術だ。すごいぞ。


 光が収まり中から出てきたのは骨と皮だけの今にも餓死してしましそうな老人だ。浄化する前も痩せていたが、ここまででは無かった。アロン教徒達の邪氣を浄化すると、皆何かしらの変化があった。これは一体どういうことだろう?


「バカな……。卑人の邪氣を浄化するなどカトリーヌでも出来ぬぞ……!」


 クライス王子は小さく呟いたがその声色だけで驚愕しているのがよくわかった。っていうかカトリーヌって呼び捨てにしちゃってるし。マンマル王国の国教はカトリーヌ教なのだが、もしかして聖女様の事、嫌いなのかな。


 まあいいや。それより今はこっちに集中しないと。次はマダコさんだ。


 マダコさんの方へ振り向けば彼女はビクッと体を強張らせていた。恐れと驚きの混じった表情をしている。僕と視線が合えば1歩2歩と後ずさる。マダコさんにも浄化玉を打ち込もうとすると、突然彼女の影からヌッと黒い翼の生えた人間が出てきた。


「姫! 逃げるぞ!」


「クウロ!」


 黒い翼の生えた男はマダコさんを掴むと空へと羽ばたいていった。すごいスピードで飛んでいき、二人の大きさはすでに豆粒程だ。


「影に潜んでおったか」


 ヒューヒューと今にも死にそうな呼吸をしている老人を遠慮なく縛り上げていたヒガンさんが言った。


「あれが最後の1人ですか?」


「さよう。どうやらあの娘の護衛をしていたようですな」


 護衛が付くくらいだからマダコさんは特別なのだろう。これで大災害獣を操作できるのは彼女だけの特性の可能性が高まった。なのですぐにでも追いかけたいがリュノグラデウスの魔障咆哮弾がもうすぐ発射される時間だ。早急にこちらをどうにかしなくてはならない。


「すみません、周りの警戒をお願いします。このままリュノグラデウスを倒します」


 僕はおきよめ波の構えを取った。両手に轟々と神正氣が集う。手から放たれるまばゆい光は戦場一体を照らすほど強く大きくなった。クライス王子やイーオ様、ヒガンさんは驚きに目を見張る。逃げ惑っていた兵士達も何事かとこちらの様子を止まって見ていた。


 クライス王子達が驚きで止まっていたのは一瞬で、僕の言う通り直ぐ側に来て邪教からの妨害を警戒してくれた。


 みるみる神正氣が溜まっていく。アロン教徒達との戦いで失われた神正氣がどんどん戻ってくる。うむ、やっぱりこの構えだと神正氣の集まりが早いようだ。あっという間に充填完了である。リュノグラデウスはまだ魔力を溜めている最中。僕の勝ちだ。


 これで終わりだ! リュノグラデウス! EX(エクストラ)神術発動!!


 僕が両腕を突き出すとリュノグラデウスを打ち砕く金色こんじきの聖なる波動が放たれる……………………はずだった。


 




 実際に出たのは色んな色の混じり合ったマーブル模様の玉。それがまっすぐ発射されたかと思うと、クルッと急旋回して向かった先はアリエさん。


「……え!?」


 マーブル模様の玉は未だ四つん這いのアリエさんに着弾すると、彼女は光の繭に包まれ、光は目を開けられないほど強く輝く。しばらくしてから光が収まり目を開けると、そこにはアイドルのステージ衣装っぽい服を着たアリエさんが尻餅をついていた。


「な、なんですか一体……?」


「…………」 


 アリエさんは何が起こったかわからないと言った様子で呆けてる。僕も呆けてる。イーオ様達も呆けてる。


 ……なんていうか、破魔子ちゃんと全く同じパターンだ。水晶さん、勝手に変なもの出さないでって言ったじゃない……。

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