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第27話 呪術

「トモルモ、お前はクライス王子と飛んでいるお嬢さんをお相手にしてやりなさい。王子の方は噂に聞いていたより遥かにやるようだから気をつけるのだぞ」


「ワカッタ……」


「私は姉さんとやるぅ」


「ほっほっほ。姫、大丈夫だとは思いますが気をつけなされよ」


「楽勝楽勝~」


「では、儂はあの死にぞこないで遊ぶとしましょうかの」


 宙に浮かんでいたイーオ様が急降下で着地したかと思うと、挑発をするかのように会話していたアロン教徒たちに向け鎌を横薙ぎに振るった。鎌から発射された弧の形をした赤い斬撃は、アロン教徒3人まとめて斬ろうと疾風のごとく飛んでいく。魔人の男は他の二人を庇うように斬撃の前に出ると、それを難なく片手で掴み握り潰した。悠然と佇む魔人の後ろにいつの間にか回り込んだクライス王子が背中に斬りかかる。魔人はそれを腕で強引に払った。


 クライス王子と魔人の激しい戦いが始まった。目にも止まらぬスピードで右に左に上にと応酬が繰り広げられる。二人の速さは恐らくアリエさんを超えている。っていうかクライス王子ってこんなに強かったんだ。アロン教を含めた他の面々も同じ感想を抱いたようで、みんな大なり小なり驚きを隠せない様子だ。


 イーオ様が再び舞い上がった。手に持っていた鎌が消え、右手には赤いオーラ、左手には青いオーラを纏っている。両手を魔人に向け突き出し、マシンガンのように赤と青の弾丸を発射した。雨あられと降り注ぐ弾丸にクライス王子も巻き添えになってしまうのではないかと危惧したが、イーオ様の弾丸はクライス王子の体は貫通し魔人にだけ直撃している様に見えた。


 恐らくイーオ様が使っているのは純粋な青聖魔法と赤聖魔法であろう。これならば普通の人間であるクライス王子には効かず、邪氣と魔氣のハイブリットである魔人にだけ攻撃することができる。しかし邪氣はまだしも浄化困難な大災害獣の魔氣には、普通の青聖魔法では効果が薄いのではないか。もしかしたら青聖魔法の方は全く効かないのかもしれない。


 とはいえイーオ様も激しく動く魔人を完全に捕捉できないようで、広範囲に弾丸を打ち込むことしか出来ない。流れ弾がクライス王子に当たらない為にも攻撃魔法を使うことができないのだろう。


「ふむ、やりますのう。マンマル王国の第一王子は凡才だと聞いておりましたが、立派な牙を隠しておりましたか。姫、油断はできませぬ。早々に終わらせましょう」


「りょ~かい!」


 ガシャという老人のアロン教徒は何やらブツブツを呪文を唱えた。その隙を見逃さずヒガンさんは老人に斬り掛かったが動きは鈍く、ヒラリと難なく躱されてしまった。やはり先程魔人から受けた傷は相当に深いようだ。それでも諦める事なく赤聖魔法や剣術で攻撃するのだが、老人は持っていた杖でいなしたり、軽やかな動きで翻弄していた。


「ヒガン殿、随分と苦しそうですなあ。もう息が切れているではありませんか。ここからが本番だというのに大丈夫ですかな?」


 アロン教徒の老人の呪文が終わると我々から距離を取っていた軍隊のあちらこちらから悲鳴が聞こえた。今度は怒号が飛び交いざわめきと混乱が軍全体に広がっていく。どうやら兵士の一部が正気を失い味方を攻撃しているようだ。その数は数十では利かないだろう。周りの兵達は操られている人達をなんとか取り押さえようと四苦八苦している。


「ガシャ! 予め仕込んでおったな!」


「ほっほっほ。他者をいじるのが私の生き甲斐でございますからなあ。これだけ玩具おもちゃがあれば呪術師の血が騒ぐというものですよ」


 老人がパンパンと手を叩くと軍隊の中から5人の兵士が出きてヒガンさんに突撃した。その顔はまるで飢えた猛獣が獲物を前にしたみたいで、到底正気を保っているようには見えなかった。兵士たちはヒガンさんに踊りかかったが彼は避けようとせず真正面から迎え撃った。両手に赤いオーラを纏い兵士に張り手をかます。


 ヒガンさんの攻撃を受けすっ飛ばされた兵士たちは地面に落ちると、程なくしてから起き上がり何が起こったのわからないといった様子でキョロキョロと辺りを見回した。


「お前たち! ここから離れていろ!」


 ヒガンさんにそう言われると兵士は敬礼をし、慌てて元の持ち場に戻っていった。恐らくヒガンさんの赤聖魔法で兵士にかかっていた呪術を打ち破ったのだろう。


「さすがでございますなあ。いやあ、まこと赤聖使いとは我らの天敵でありますが故、憎くて憎くて仕方がありませぬぞ」


「ふん。貴様もすぐに切り捨ててくれる!」


「ならば早くした方がよいですぞ。今暴れている兵達は時間が経てば、内側からボンッと大爆発を起こします故に」


「この外道が!」


 怒れるヒガンさんに対し、ガシャという老人の方はニタニタと挑発するようにおどけてみせた。人を操って暴れさせているだけでなく爆弾にする事もできるなど、呪術というのはなんと恐ろしいものだろう。しかもそうする事に老人は何ら罪悪感を感じていない。それどころか楽しんでいる節さえ見える。邪教というのは皆、人を人と思わぬ人達の集まりなのだろうか……。


 聖女様に聞いたところによると、邪氣を原動力とする呪術は赤聖魔法ならば簡単に打ち消せるそうだ。しかし逆に言えば、赤聖魔法を使えないなら呪術に対抗することは極めて困難だということだ。赤聖の力が宿った霊光石ならば邪氣を祓えるというのだが、色聖の霊光石はなかなかに貴重だというのでマンマル王国軍がどれほど持っているか分からない。あったとしてもこの場に用意してきたか定かではない。


 ということは現状では呪術に対抗する術は、赤聖属性を持つクライス王子たち3人に限られているのかもしれない。これは思ったより状況が逼迫しているのかも。僕もすぐに参戦するべきか……。


 アリエさんの方を見ればだいぶ苦戦しているようだった。彼女の手には赤い刃の剣が握られている。アリエさんは青炎討伐部隊の他にカトリーヌ教第二特殊部隊という所に所属していて、それなりに重要なポジションなので貴重な赤聖の霊光石を配布されていたのだろう。だがアリエさんが使っている剣は攻撃用であり呪術を防ぐことはできない。フィジカル面では妹に負けていなさそうなのだが、それでも劣勢なのはやはり呪術に対して無防備であるためだろう。


「とまれ」


「……ぐっ!」


 アリエさんの動きが止まった。妹のマダコさんは手にいくつもの短剣をもっており、それをアリエさんめがけて投げた。硬直していた体が解けたアリエさんはそれをすんでのところで躱す。


「は~い、手の力抜いて~。リラックスぅ~」


 アリエさんの手から剣がこぼれ落ちすぐそれを拾おうとするが、マダコさんが短剣を投げつけ阻止した。


「ストップぅ~」


 短剣を避けようとするアリエさんの動きが再び止まる。今度は避けることが出来ずに数本の短剣が彼女に刺さった。短剣はアリエさんに傷を与えるとスゥーッと溶けて消えていった。


 アリエさんは体の硬直が解けるとすぐにマダコさんから距離を取った。傷自体は浅そうに見えるが、問題は傷口からマダコさんの邪氣が入り込んでしまったかどうかだ。


 呪術というのは対象が人であれ魔物であれ、体内に邪氣を入れる事で真価を発揮するようだ。マダコさんが言葉を用いてアリエさんの動きを操っているのは呪言と呼ばれる呪術で、音に邪氣を乗せて行動を操る一般的な呪術だ。呪言は音を介して鼓膜から邪氣を侵入させる程度では大した効力を発揮しないが、何かしらの方法で体内に邪氣を侵入させた状態であると極めて強力な呪いとなる。


「とまれ」


 アリエさんが硬直する。顔以外はまるで銅像のようにピクリとも動かない。  


「……くっ! マダコ、今ならまだ間に合います。降参すれば邪教のあなたにも温情をかけてもらえるようカトリーヌ様に直訴して上げますよ!」


「姉さん、自分の立場分かってるぅ~? 姉さんがしなきゃいけないのは命乞いよ。邪神様を信奉してアロン教に忠誠を誓うなら、入信できるように口添えしてあげてもいいんだけどぉ~?」


「誰が邪教などに……! 邪教に堕ちた自身の身を恥じなさい!」


「父さんは強くなるのに手段は選ぶなって言ってたんだけどぉ~?」


「あなたは強くなどなっていません! 悪魔に魂を売った軟弱者です!」


「でも、姉さんは私に手も足も出ないじゃな~い」


「その間延びした口調はやめなさいと言っているでしょう! みっともない!」


 アリエさんは口論している間も体は止まったままだ。やはり体内に邪氣が入り込み、呪いの力を強く受けてしまっているようだ。


「姉さん、赤ちゃんみたいに四つんば~い」


 アリエさんが膝と手を地面につき四つん這いになると、その上にマダコさんが座った。


「マダコ! 降りなさい!」


「フフン♪」


 マダコさんは手鏡のような物を出すとアリエさんを椅子にして化粧直しを始めた。アリエさんは完全に妹の支配下になってしまった。ヒガンさんは息も絶え絶えですでに虫の息だし、クライス王子、イーオ様と魔人の戦いは互角ではあるが、イーオ様の顔には疲労の色が見えている。状況はかなり劣勢だ。


「くっくっく。こりゃ勝負あったな」


 後ろの男はすでに勝利を確信していた。軽薄な声が僕を苛つかせる。


「姉さん、本当にこっちに来ないの?」


「当たり前です! 誰が邪教になど……!」


「……後悔するよ?」


「絶対にありえません!」


「……ふーん。じゃ、もういいや」


 マダコさんはアリエさんから降りてリュノグラデウスの方を向いた。


「かーめさん! ジャーンプ!」


 マダコさんの声があたりに大きく響く。その声に反応してリュノグラデウスが膝を曲げ、足に力を溜めているのが見えた。亀の魔物はその場で大きく跳躍する。亀の高度はどんどん上がっていき、50メートルも崖下に居た亀が我々の頭上のはるか上にまで跳んだ事に全ての人が驚いた。指示を出した当の本人もだ。


 亀の体が太陽を遮り、大きく黒い影が僕たちに落ちる。亀が僕たちのいる崖上に勢いよく着地すると大きな音と激しい縦揺れが起きた。その震動に多くの兵士達が倒れる。僕は後ろの男が支えていたのでかろうじて立っていられた。


「姫、リュノグラデウスを動かす時はもっと慎重になってくだされ。こちらまで巻き込まれたら堪りませぬぞ」


「ごめーん。まさかこんなに高く跳ぶとは思わなかったから~」


 崖上から見るリュノグラデウスの迫力には驚いたが、同じ地面から至近距離で見上げるリュノグラデウスの巨体は筆舌に尽くしがたい。圧倒的な存在感にただただ立ちすくむしかない。


 幸いというかリュノグラデウスに踏み潰された兵士達はいない。しかしいきなり空から降ってきたリュノグラデウスのインパクトは凄まじいもので、兵士達は蜘蛛の子を散らすように逃げる。呪術によってバーサーカーとなった兵士により混乱していたマンマル王国軍であったが、これによって完全に瓦解した。


「大パニックだあ~。ガシャ爺、もうやっちゃっていい?」


「ほっほっほ。そうですなあ、派手にやってしまいましょうか」


 マダコさんが再びリュノグラデウスに指示を出した。


「か~めさん」


 リュノグラデウスは口を大きく開け魔力を集めだした。魔障咆哮弾ましょうほうこうだんだ……!


 すでにおきよめ波に必要な神正氣は9割方まで溜まっているが、100%溜まるまで待ったとしても思った以上に厄介なアロン教徒達に邪魔されてしまうだろう。ならば先に邪教徒たちをどうにかしなくてはならない。


 よし、予定変更だ。魔障咆哮弾が放たれる前にアロン教徒たちを全員浄化して、その後神正氣を溜め直しておきよめ波でリュノグラデウスを打つ! まずは後ろの男からだ。


 さあ、反撃開始といこうか。

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