第26話 御忍刃矢死
おきよめ波は僕の超必殺技である。圧倒的な破壊力と浄化力を持つEX神術である。
水晶さんによるとこちらのEX神術の獲得条件は僕の闘争本能が一定値を上回る事みたいだ。ゼクターフォクターとの戦いの時にその条件を満たし、以後は僕の自由意志で使えるという。
今の僕が全力で撃てば恐らくリュノグラデウス本体を倒し、そのままとてつもなく浄化が困難な大災害獣特有の魔氣まで一気に祓えてしまうのではないだろうか。なんとなくだが出来てしまえそうな気がする。
しかし極めて強力な神術である分、弱点も存在する。それはおきよめ波に必要な神正氣を溜めるのに時間がかかる事と、溜めている間はとにかく目立つことだ。派手な黄金の光が大量に出る上にとてつもない神聖な波動がバンバン出るものだから、これから大技を出します!と敵に知らせているようなものなのだ。
これではいかんということで水晶さんに相談すると、お腹の丹田あたりに神正氣を留めるようにすれば派手なエフェクトも神正氣の波動も抑えられるというので、練習するとすぐに習得する事ができた。という訳で今は敵さんにばれないように密かに神正氣をお腹に溜めている最中である。
溜めに時間がかかるのはどうしようもない。リュノグラデウスの魔障咆哮弾も溜めが必要であるわけだから、大技というのはそういうものだろうと納得する他ない。
ジンジンと丹田に神正氣が集結している。まだ時間がかかりそうだ。邪教と相対しているクライス王子たちにはできるだけ時間を稼いでもらいたい。できれば早く邪教を倒して頂きたい。
クライス王子達とアロン教徒の間には緊迫した空気が流れている。どちらが先に仕掛けるのか……。
「イーオ殿、ヒガン殿、そこの娘がリュノグラデウスを操作しているようだ。其奴から先に始末しよう」
「彼女ですか。承知しました。しかしどこかで見たような顔ですね……」
「ええ~わたしぃ~? こわいな~」
「ほっほっほ。姫だけでなく我らも操れるかもしれませぬぞ?」
「殿下、恐らくこの鶏ガラの老人はないかと。此奴は人を操るのが得意ゆえ」
邪教の女の子に皆の意識が向かう。ピエロのような服を着た紫髪の女の子は大げさに身震いし、わざとらしく怖がってみせる。イーオ様が赤い鎌を彼女へ向け冷たく言い放った。
「アロン教の情報を吐けば命だけは助けて差し上げますよ? もちろん一生牢の中で過ごしていただきますが」
「そんなの嫌に決まってるじゃん。花の乙女が一生檻の中なんてあり得ないしぃ~」
「ではその生命刈り取らせていただきます」
イーオ様が鎌を上げ構えた。いよいよ始まると固唾を飲んでいると突然アロン教の女の子の後ろから人影が現れた。アリエさんだ。
「マダコ!!」
手に持った剣を思いっきり邪教の女の子に振り下ろす。しかしいつの間にかフードを被った大男が現れ、女の子を庇い腕で剣を受けた。金属同士が衝突する硬質な音が響く。
「あら~、姉さん。おひさ~」
「この愚妹が!!」
やはりというか邪教の女の子はアリエさんの親族だったようだ。この娘をさっき初めて見た時そうではないかと思ったのだ。マダコと呼ばれた女の子はアリエさんを少し幼くした顔で彼女そっくりだ。
「アリエさんの妹でしたか。とはいえ邪教に堕ちた身でありますから手加減は出来ません。覚悟してください」
イーオ様が無慈悲に宣告した。知り合いの親族であっても一切容赦する気はないらしい。
「……それは、承知しております。しかし、せめて私の手で!」
「それはならんな。先程リュノグラデウスが突然標的をイーオ殿から軍に変えたのも此奴の仕業よ。この娘は脅威だ。早急に排除せねばならん」
ヒガンという人も殺る気マンマンだ。アリエさんは悔しそうに歯噛みしている。邪教に堕ちた肉親とはいえ失うことはつらいだろう。
聖女様によると禁術によって魔力が邪氣へと変わった者達はこの世界では忌み嫌われているという。なぜならば邪氣が原動力である呪術は人の禁忌を犯すものが多いからだ。僕はまだピンと来ないのだが、クライス王子たちを見ると蛇蝎のごとく嫌っている事は分かる。特にイーオ様は顕著で、邪教徒を同じ人間と思っていないように僕には思えた。
邪教徒が排斥の対象であることは、アリエさんも重々承知であろうが割り切れない気持ちもよく分かる。なぜ彼女の妹が邪教へ堕ちたのか分からないが、特別の事情があるのだろう。
一度魔力が邪氣に変異すると元には戻らない。戻せないのであれば呪術という極めて危険な力を使う邪教徒は排除しなければならない。だからこそアリエさんはあんなに苦しそうな顔をしているのだ。
邪氣への変異は不可逆の現象であるためどうしようもない。しかしそれはこの世界の今までの常識だ。恐らく僕ならば……。
「クライス王子、できれば彼らは生け捕りにしていただけないでしょうか?」
「なに?」
僕の提案にクライス王子は怪訝な顔をしている。
「……まさか慈悲をかけてやるつもりではないだろうな?」
「いえ、そういう訳ではないのですが……」
ここでバカ正直に邪教徒たちを元の人間に戻せるかもしれません、などとは言えない。アロン教徒達に逃げられるだけならまだしも、彼らの標的になる事は今は避けたい。こちとら迫りくる大災害獣を倒すために神正氣を溜めている最中なので、とにかく時間を稼ぎたいのだ。
「使者様よぉ、もしかして俺ら捕らえて拷問しようとか考えちゃってる? 自分が今人質だってこと忘れてねえか?」
後ろの男が僕の腕の関節をさらに締め上げると、ギリギリと鈍い痛みを感じた。今すぐ結界を張って拘束を解きたいがまだ我慢だ。囚われの人質を演じてとにかく時間稼ぎだ。でもこれ以上痛い思いするならすぐに逃げ出すけど。
「いえ、拷問はするのもされるのも嫌ですね」
「ハッ! 見た目通りの臆病者か。一介の邪教徒風情は取るに足らないんじゃなかったのか? 威勢がいいのは口だけか?」
それ、僕は言ってないんですけど。クライス王子が勝手に挑発しただけなんですけど。
「クライス殿下、カミヒト様の言う通り生け捕りにしましょう」
イーオ様が僕の提案に賛同の意を表した。彼女は僕と目が合うとにっこりと微笑んだ。恐らく僕の意図を掴んだのだろう。彼女は僕がセルクルイスで白霊貴族となった人達を元に戻した事を知っているだろうから。それはアリエさんも同様で彼女に視線を移すと、彼女は小さく頷いた。
クライス王子が逡巡したのは一瞬で、小さくため息を吐いた。
「……善処しよう。しかし約束は出来ない。ヒガン殿、それでいいだろうか?」
「奴らの呪術は厄介ですぞ。捕らえた所で安心はできません」
それだけ言うと赤い鎧の厳ついおじさんはそれ以上反対しなかった。渋々だが了承してくれたようだ。
「時間がない。リュノグラデウスも迫っている。皆の者、すぐに終わらせるぞ」
クライス王子が剣を構えると、それに呼応してイーオ様や赤刀武人衆も各々の武器を構えた。
「ほっほっほ。殺気が心地よいですなあ。イキリ、使者殿の足止めは任せたぞ。くれぐれも油断するなよ?」
「わーってるよ」
イキリという僕の後ろの男が面倒くさそうに返事した。
「イキリ、使者を侮るな。戦闘タイプでなくとも使者であることに変わりはない」
アロン教徒の老人は今までずっと貼り付けたような笑顔だったが、突然真顔になり目玉をギョロッとさせ僕の後ろの男を見た。
「…………」
「ほっほっほ。それでは使者殿、彼奴らを皆殺しに致しますので、しばしお待ちくだされ」
「ほざけ! 汚らわしき邪教が! 皆の者、行くぞ!!」
ヒガンという人が叫ぶと皆一斉に動き出した。狙いはアリエさんの妹だ。クライス王子、イーオ様、アリエさん、赤刀武人衆10名ほどが四方八方からアロン教徒達に襲いかかる。
「ヒメ、サガッテイロ……」
フードを被った男がアリエさんの妹の前に出て、思い切り息を吸い込んだかと思うと大音量の咆哮を上げた。
「ガアアア!!」
「……っ!」
ビリビリと空気が震え、僕たちはみな一瞬動きが止まった。フードの男の姿が消える。次の瞬間、赤刀武人衆の面々が宙を舞うのが見えた。ドサドサと地面に落ちうめき声を上げながら蹲っている。皆切られたような切り傷があった。かろうじて立っているのはヒガンさんだけで、かなり深い傷を負っていた。クライス王子たちはギリギリで攻撃を受け流せたようだ。
フード男のスピードに全く目が追いつかず、一気に十人近く瞬殺された事実に僕は動揺を隠せなかった。
「どうした使者様よお。面白いのはここからだぜ」
後ろの男は楽しそうに言った。その声色からこの男が嗜虐的な性質を持っているように思われた。
「貴様……!」
クライス王子たちは敵の想定外の強さに驚いてた。彼ら3人は無傷だが衝撃は大きい。
「ガシャ……其奴は一体何者だ。儂はそんなヤツ知らんぞ」
上半身に袈裟切りされた大きな傷を押さえながら、息も絶え絶えに老人に問いかけた。傷からはダラダラと血が流れている。
「ほっほっほ。気になりますか。いいでしょう、冥土の土産に少し教えて上げましょう。トモルモ、皆様に姿をみせて差し上げろ」
ガシャと呼ばれた老人が指示を出すと大男はフードマントを取った。露わになった姿は浅黒い肌に異様に膨れ上がった筋肉、そして顔は額に角が二本生えており、目は白目の部分が黒く瞳孔は青く妖しく光っていた。服装は簡素な半ズボンを履いているだけだ。その姿はまるで人間のように思えなかった。
「これが我らの新たな力でございます」
「……まさか、魔人か?」
クライス王子は少し考えた後、驚愕の表情を見せ“魔人”というこの世界では初めて聞く単語を発した。なんだかとても嫌な予感。
「……ほう」
アロン教の老人は目を細め、興味深そうにクライス王子を見た。
「クライス殿下、魔人とは?」
イーオ様が問いかけた。彼女も知らないようだ。
「……数百年前にとある邪教が魔氣を人間に取り込めないか研究していたと文献で見たことがある。人間が魔氣に侵される事はないが、この邪教徒達は邪氣を身に宿した進化した人間ならばそれが可能だと考えたようだ。邪氣と魔氣を宿した人間をこの邪教徒らは魔人と呼び、自身らが目指すべき最終進化形態とした。しかしその野望は潰えたようだ」
「ほう、驚きましたなあ。まさかそこまで詳細な事が書物として残っていたとは。私が知る限りそれは秘匿中の秘匿で資格のある者にしか伝えられないはずなのですが。その文献気になりますなあ。マンマル王国の宝物庫にでもあるのでしょうか? 今度伺わせていただきましょう」
「ぬかせ。貴様ら薄汚い邪教など我が国から一掃してやるわ。答えろ。ソイツは魔人か?」
クライス王子の問に老人はにんまりと笑みを深めた。
「ええ、ええ、その通りでございます。このトモルモは記念すべき人類初の魔人でございます。その力は今皆様がご覧になった通りです」
「……魔人。なんておぞましいモノを……。そのようなモノを作ったあなた方はやはり根絶やしにしなくては」
イーオ様が露骨に嫌悪の表情を見せた。殺気を抑えられないほど非常にお怒りである。
「その文献には使用した魔氣はただの魔物の魔氣だと記されていた。ソレで自身らを魔物化できなかった奴らは“原初の魔物”の片割れである大災害獣の魔氣を使おうと計画した。だがその計画を実行する前に竜頸傭兵団によって滅ぼされてしまったがな」
なるほど、だんだん見えてきたぞ。アロン教の目的は魔人化の実験の為にリュノグラデウスを復活させその魔氣を使うことだったのだ。ヴァルバードの復活に合わせたのは、カトリーヌ教を混乱させる事と戦力を分散させるためだろう。
彼らの目論見通り魔人化が成功したので、意気揚々と大勢の敵陣のド真ん中に殴り込んできたのではないだろうか。しかし目の前の老人は僕を迎えに上がったと言っていた。初めから僕がここに来ることが分かっていたような口ぶりだった。偶々居合わせた僕をみてノリでそう言ったのか、もしくは本当に来ると分かっていたのか……。
「全く余計なことをしてくれたものだ。貴様らのせいで我が国は大混乱だ。落とし前はつけてもらうぞ。魔人だろうがなんだろうが叩き切ってくれる!」
クライス王子が気焔を揚げると他の三人も各々の武器を構えた。大変な戦いになりそうだ。




