第25話 乱入者
「第二陣、攻撃開始!」
間髪入れずにクライス王子が号令を出した。再び青聖魔法軍の激しい攻撃が始まった。幾千という青聖魔法を受けながらも、リュノグラデウスは悠然と歩いている。足を止めたのは魔障咆哮弾を打った一瞬だけだった。なんという耐久力だろう。
しかも意外に移動速度が早い。動きは鈍いんだけど、体がとんでもなくでかいから一歩で大きく進む。このまま行けばこちらに到達するのもそんなに時間はかからないように思える。
しばらく第二陣の猛攻が続いていたが、リュノグラデウスが口腔に魔力を集中し、また“溜め”に入った。
「攻撃止め! 三陣前へ!」
攻撃が止むと再びイーオ様達が動き出し、魔障咆哮弾から我々を守るため亀の注意をひき至近距離で攻撃を叩き込んだ。彼女たちの戦術はイーオ様がメイン火力で他の9人は補助に回るものだ。
イーオ様が亀の顔に鎌でぶっ刺してダメージを与えるのだが、この亀の首はすっぽんのように長く伸び、ハエたたきのように振り回してイーオ様を潰そうとする。この首の動きは本体と違い、なかなか俊敏に動く。その為、イーオ様が潰されないように他の誘導部隊は彼女を護衛するように立ち回っている。スキがあれば自らも攻撃する。そのようにして、連携しながらリュノグラデウスのヘイトを取っている。
再びリュノグラデウスの足が止まり魔障咆哮弾を撃とうとしている。イーオ様がまた上空に撃つように誘導し、それに釣られた亀が二度目の魔性咆哮弾を天に撃つ。先程と同じ衝撃が僕たちを襲った。イーオ様はギリギリ躱し無事だった。
「第三陣、攻撃開始!」
三度の攻撃が始まった。それでもリュノグラデウスは怯む様子はない。僕たちとの距離はどんどん近くなる。兵士の人たちも本心では逃げ出したいだろうが、それでも怯む様子は全く無かった。
「兵士の皆さん、すごいですね。よく訓練されているのがわかります。イーオ様達も連携が完璧ですし。よく合同訓練とかしているのですか?」
「いいや、合同訓練はしていないな。リュノグラデウスが復活するのはもっと先であるはずだったからな。しかし訓練は怠っていない。我が国はリュノグラデウスの脅威にさらされているわけだから、それに対抗するために多くの専門の兵士を育てる必要がある。まあ、大臣や貴族たちには戦力を大災害獣に割きすぎていると反対意見がでているがな」
「その人達はなぜ反対するんですか?」
大災害獣という大厄が確実に来ることが分かっているのだから、それに対し多くの予算や人的資本を割くのは当然ではないのだろうか。
「彼らの言い分では脅威は大災害獣だけではないから、未来の脅威に対して今はそこまで戦力を割く必要はないということだ。リュノグラデウスの対策は書物や口伝にあるもので十分だという。他にも懸念事項などいくらでもあるから、そちらの方に時間や予算を割くべきだと。実際、他の悪氣の脅威もあるし隣国とも停戦しているとは言え、これから先戦争がないとも言えない。だが、歴代の王たちは彼らの意見を飲まなかった」
「やはり大災害獣が一番の脅威だと認識していたのですか?」
「そうだ。我が国は過去に2度、リュノグラデウスを討伐している。その時のノウハウを伝えるには書物や口伝では不十分なのだ。実際に討伐に参加した兵達から指導してもらい、技術を継承する必要がある。そして指導をしてもらった兵達もまた、その技術を次代へと伝えていくのだ。リュノグラデウスと戦う世代の為にな」
「なるほど、歴代の王様達の見識があったからこそ、今のイレギュラーな状態に対応できているわけですね」
現に兵士の人たちは勇敢に戦い、その動きは淀みなく、青聖魔法もほとんど外さずリュノグラデウスに当てている。素晴らしい練度だと思う。
「ああ、その通りだ。父や祖父、その前の王たちの慧眼には恐れ入る」
「大臣達はどの様に説得したんですか?」
「そこはカトリーヌ教に全面的に協力してもらった。悪氣関連に関しては彼女たちの他に右に出る者はいないからな。聖都に近づけたくない彼女達にとってもリュノグラデウスの進行はなるべく妨げたいから、我々のために惜しまず支援をしてくれた。リュノグラデウスを後退させる事は非常に困難であるからな」
と、おしゃべりをしていたら亀が三度目の魔力の“溜め”に入った。
「攻撃止め! 四陣前へ!」
攻撃が止まったらイーオ様達誘導部隊が亀のヘイトを取りに行く。彼女たちの連携は見事でリュノグラデウスは彼女たちを標的にしており、こちらの部隊の事はすっかり忘れている。亀並みの知能というのは本当みたいだ。
魔力の溜まった亀はイーオ様めがけ三度目の魔障咆哮弾をズドンと一発空に放った。おかげで空の分厚い雲は吹き飛び、この辺一帯はすっかり晴れ模様だ。魔障咆哮弾が撃たれると第四陣は攻撃を始めた。
「見事なものだなイーオ殿は。全て空に撃たせている」
「ええ。あんなものが地上に着弾したら大変でしょうね。それからイーオ様のことが心配ですね。毎度ギリギリに避けていますから」
「だが余裕があるように見えるな。彼女が居てくれて助かった。イーオ殿はきっと大物になるだろうな。若く才ある者が居るカトリーヌ教が正直羨ましい」
とはいえ実際のところ彼女は神聖光輝教会とかいうところのスパイである可能性が高い。どんな目的でカトリーヌ教に潜入しているのかわからないが、血なまぐさい事を考えてないといいな。たとえスパイであってもイーオ様はやはりすばらしい人だと思うので、敵対するような事態は避けたい。
第四陣の猛烈な攻撃は続いている。それでもリュノグラデウスは僕たちの方へ向かいまっすぐ突き進んでくる。一体どんだけ硬いんだと、本当にこの亀の怪獣を倒せるのか不安になっているとリュノグラデウスの異変に気がついた。
「……もしかして、甲羅にヒビが入ってる?」
更に幾百の青聖魔法を受けた甲羅はどんどんヒビが増えていった。亀裂が入る音がこちらにも聞こえてくる。僕はちゃんとダメージが入っている事に喜んでいたが、クライス王子は神妙な顔をしていた。
「どうかしましたか?」
「……おかしい。リュノグラデウスがこんなに脆いわけがない」
「そうなんですか? 予測より早く封印が解けた事に関係しているんでしょうか?」
「そうかもしれない……」
そもそもなんで50年も早く目覚めたんだろう? 聖女様もリュノグラデウスが復活したことに大層驚いていたことから、それが尋常でないことは分かる。
リュノグラデウスが口腔に魔力を溜め始めた。第四陣が攻撃を止めるとすぐさま誘導部隊が出てくる。彼女達は四度目ということもあり、華麗な連携で危なげなく亀のヘイトを取った。誘導部隊の安定感のある動きと余りの耐久力に無敵かと思われたリュノグラデウスにダメージを与えられたことから僕は少し気が緩んでいた。
イーオ様が真上からリュノグラデウスの目に鎌を突き立てようとした時、口腔の魔力が爆発的に増えた。イーオ様は攻撃を止め、回避の構えを見せる。僕も四度目も見たので確信が持てたが、リュノグラデウスが魔障咆哮弾を撃つ直前に魔力が一瞬で膨れ上がる。イーオ様はそれを感知したらすぐに避けているようだ。
魔障咆哮弾が撃たれるまであとコンマ数秒。イーオ様、どうか今回も無事で居てください。
――かーめさん、こっちだよお――
喧騒渦巻く戦場で不自然に響くその声に僕たちが意識を奪われたのは一瞬、天を向きイーオ様に狙いを定めたリュノグラデウスの顔が我々の方に向いた。突然の出来事に皆が理解が追いつかず固まっている。大きく開けた口からは膨大な魔力の奔流がある。
リュノグラデウスはそれを僕たちがいる崖の上へ向け放った。
――あっ…………
誰かから声が漏れた。もしかして僕の声かもしれない。頭に思い浮かんだ言葉は“死”。咄嗟の出来事に気が緩んだこともあって、僕は何も反応できなかった。
「障壁展開ぃぃー!!」
クライス王子の叫び声で後方に待機していた障壁部隊が魔法の壁を作る。障壁は僕たちを包むように半円のドーム状となって展開された。魔障咆哮弾が障壁に当たると激しい衝撃と音が内部の僕たちに届く。鼓膜が破れそうなほど大きな音に思わず強く耳を塞ぐ。障壁部隊は魔法の壁を作っているためか、両手を突き出しているので耳をふさぐことが出来ず両耳から血を流していた。それでも障壁を壊されまいと必死に耐えている。
大地が揺れ一際大きな衝撃がすると音がやみ、半透明の障壁はバラバラとくずれた。どうやらなんとか耐えることが出来たようで皆無事だ。しかし僕は安堵する間もなく自身の異変に気がついた。
「おっと、動くなよ使者様。なるべく傷つけず連れてくるように言われてんだ」
いつの間にか何者かによって僕の腕は後ろ手に拘束され、首には鋭利な刃物が添えられている。僕とクライス王子の前には見たこともない人が三人いた。左は天女ちゃんくらいの女の子、真ん中はやせ細った小柄な老人、右はフードを目深に被った大柄な男だ。
「……チッ。アロン教か」
アロン教――――
異世界においていくつかある邪教の内、最大勢力であり僕が会ったあの邪神の少女を信奉する勢力である。カトリーヌ教の邪魔ばかりしている邪教であるが寄りにもよってこのタイミングで出てくるとは……。
「ご機嫌麗しゅう、使者殿。お迎えに参りました」
そう言ったのは真ん中の老人だ。やはり僕が目当てか……。
「ふざけるな邪教共が。貴様ら兵達に紛れていたな? 貴様らは一部の魔物を操ると聞いたが、まさか大災害獣まで操れるとは思わなかったぞ?」
「ほっほっほ。我々も日々進化しておりますからなあ」
僕は左側にいる女の子をチラっと見た。恐らくあの声はこの娘だろう。紫色のセミロングの髪にピエロのような派手な服を着ている。僕はこの娘を見て驚いた。なぜなら知り合いによく似ていたから。
僕の視線に気付いてか、紫髪の女の子はヒラヒラと手を振った。
「リュノグラデウスの封印を解いたのも貴様らか」
「ええ、ええ。仰る通りで御座います。最近は悪氣が激しいようですからな、見張りも少なく小細工を弄するのは簡単でございました。いやあ、まこと人手不足とは困ったものですなあ。我々もあなた方の邪魔をする為、年中人員を募集しておりますからお気持ちはよくわかりますぞ」
「ほざけ」
クライス王子が腰に差した剣の柄を握った。
「王子様、分かってると思うが下手な真似はするなよ。使者様の命は俺たちが握っているんだぜ」
首がチクッと痛む。僕の首に突きつけられた刃物が少し食い込み、薄皮が切れたようだ。クライス王子は手を柄から離すと、横目で僕にアイコンタクトした。僕は大丈夫ですと目で伝えた。伝わっているかわからないけど。後ろの男は結界でどうにでもできるだろう。
「ヒガン殿」
クライス王子が呼ぶと軍幕の中から赤い鎧を着た禿頭の厳ついおじさんが出てきた。顔には傷が多くあり歴戦の戦士といった雰囲気だ。
「殿下、使者様をお救いするため奇襲をかけなくてよろしいのですか?」
「ああ、使者殿はこの程度は何ともないらしい。一介の邪教徒など取るに足らぬようだ」
「ほう。流石は使者様ですな」
「あ?」
僕の言いたいことはちゃんと伝わっていて良かったんだけど、後ろの人を煽るのは止めてくれないかな、クライス王子。刃物が更に食い込んだ。ちょっと痛いんですけど。
「おやおや、赤刀武人衆のヒガン殿でございますか。このような所まで用心深い事でございますなあ」
「お前たちはこのような時こそ喜んで我々の妨害をするだろう? 殿下、小奴らは“御忍刃矢死”でございます。五人組ですのであと一人どこかに紛れておりましょう」
「承知した」
ヒガンと呼ばれた赤刀武人衆の人が指をパチンと鳴らすと、邪教徒達を囲うように十人ほどの赤い鎧を着た人たちが現れた。
「もしかして囲まれちゃってるぅー?」
「ほっほっほ。これはこれは大ピンチですなあ」
「兵達よ! リュノグラデウスの攻撃は一旦中止だ。愚かにも我軍に喧嘩を売るアロン教徒が現れた。先に小奴らを殺す! 絶対に逃がすな! 一人邪教徒が紛れこんでいるかもしれぬ。気をつけよ!」
クライス王子の号令がかかると邪教の登場に戸惑っていた兵達が散開し、僕たちから距離を取って邪教徒達を逃さないように円形にバリケードを築いた。
「アロン教ですか。全く、薄汚い邪教徒共が私達の邪魔立てをするなど、許されると思っているのでしょうか」
上空にはいつの間にかイーオ様がおり、アロン教徒達を見下ろしている。手に持っているのは赤く禍々しい鎌。恐らく赤聖属性だろう。イーオ様の眼差しは凍てつくような鋭さがあり、いつもの柔和で温かみのあるイーオ様とは全く別人に見えた。
「イーオ殿、まずは小奴らを速攻で排除する」
クライス王子は腰の剣を抜いた。刃は赤いオーラのようなものを纏っている。彼の色聖は邪氣を祓うことができる赤聖なのだろう。
イーオ様、クライス王子、赤刀武人衆とアロン教徒の間にピリピリとした空気が漂っている。今すぐにでも戦闘が始まりそうだ。戦いはクライス王子たちに任せて僕はおきよめ波の準備をしよう。なぜならリュノグラデウスがこちらに近づいており、いつまたアレを撃ち込んでくるか分からないからだ。
僕は腹の底に静かに神正氣を溜め始めた。




