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第24話 討伐開始

“伝説の聖女”様を伝説たらしめていたのはおしゃぶりだった。“伝説のおしゃぶり”がなんか大変だった千年も前の時代を救ったのだ。


 アリエさんによるとまだ歩くことも出来ない乳幼児だったカトリーヌさんがいつの間にかおしゃぶりをしゃぶっていたそうだ。両親は得体のしれないおしゃぶりを捨てようとしたのだが聖女様は頑として離さず、仕方がないので眠っている時におしゃぶりを取って捨てたそうなのだが、翌日になると聖女様はまたおしゃぶりを咥えていたという。


 その後両親は何度もおしゃぶりを捨てたのだが、気がつけばカトリーヌさんの口に戻っていた。呪われているのではないかと気味が悪くなっていたが、聖女様はスクスクと育っていったそうだ。当時の聖女様の村は飢饉で食べ物がろくに無く、乳幼児がバタバタと死んでいった。聖女様の母親も母乳がでなく、このままではカトリーヌさんが死んでしまうと悲しんでいたのだが、普通に健やかに育っていったので驚いたそうだ。


 村人達はこれはおしゃぶりの力に違いないと大騒ぎになり、聖女様がおしゃぶり吸わなくなったら大切に保管した。


 聖女様は言葉を話すと同時に魔法を使うことができるようになり、2歳になる頃には魔法を行使して土を肥沃にし畑に水をまき食物の成長スピードを早めて、村を飢饉から救った。


 村が豊かになり聖女様が5歳になる頃には、村にベビーブームが到来した。村人たちは新しく生まれた子供達に聖女様がしゃぶっていたおしゃぶりを与える。この子供たちもまた健やかに育ち、全員何らかの突出した才能があった。彼らが後の竜頸りゅうけい傭兵団である。


 そのまた五年後にベビーブームが訪れ彼らにもまたおしゃぶりが与えられた。彼らもまた比類なき才能があり、後にカトリーヌさんの側近となるのである。マリン様や大聖女ロアイト様達だ。


 その後のおしゃぶりは3世代目で力がなくなったのか、石化してしまったという。


「石化した“伝説のおしゃぶり”は聖都の宝庫に大切に保管されています」


 アリエさんの話はとても興味深かった。実は聖女様に聖女様の母体となった“伝説の何か”を聞いたことがあったのだが、教えてくれなかったのだ。もしかしたらおしゃぶりである事が恥ずかしかったのかもしれない。だっておしゃぶりだもんな。


 聖女様に聞いた所によると“伝説の何か”には2種類あり、僕や聖女様のような使者がいるタイプといないタイプがある。さらに“伝説の何か”は人それ自体であることは無いが、その事は世間一般にはあまり知られていない。“伝説の聖女”はそれ自体が“伝説の何か”だと認識されているようだ。


 つまり世間では“伝説の何か”は3種類あると誤解されている。これはもしかして意図的にそういう誤情報を流しているのではないだろうか。だっておしゃぶりだもんなあ。


「カトリーヌ様はその、“伝説のおしゃぶり”であることを少し気にしていらっしゃるので、本人の前ではあまり話題にしないで頂きたいのです……」


「わかりました」


 やはり気にしていたようだ。よし、今度会ったら詳しく聞いてみよう。


「大変興味深いお話でした。竜頸傭兵団も千年前の人達なんですよね? この人達も現在まで生きているのですか?」


「ええ、恐らくは。彼らは神出鬼没でありどこで何をしているのか不明なのです。何百年か前にカトリーヌ様と袂を分かつこととなり、今では疎遠であります。どうしてそうなったからは教えてもらえませんでした。彼らの目的もわかりません」


 もしかしたらカトリーヌさんにこき使われて嫌になってしまったのかもしれない。彼女人使い荒いところがあるから。 


「よろしいだろうか? そろそろ作戦を決行する」


 軍幕の外からクライス王子の声がした。いよいよかと緊張感が高まる。リュノグラデウスのことは彼女たちとおしゃべりしていた時でも片時も忘れてはいなかった。だって地響きを立てる足音がどんどん大きくなっているんだもん。


 軍幕の外に出ると飛び込んできた光景に絶句した。巨大な亀の魔物がこちらに近づいてくるではないか。まだそれなりに距離があるにも関わらずその大きさに圧倒される。僕たちが陣取っている場所は崖上であり50メートルくらいはある。しかし亀の甲羅の天辺はちょうど僕の目線と同じ高さにある。


 この亀、東京ドームくらいの大きさはありそうだ……。


 相当な巨体であることは分かっていたが、まさかここまでとは思わなかった。しかも体は亀なのだが、顔が普通の亀と違い愛らしさの欠片もない。猛獣のように猛る眼孔は鋭く殺意を湛えていて、口は大きく中にビッシリ鋭利な歯が生えている。本当にこんなモノを倒せるのか不安になる。


「すでにリュノグラデウスは青聖魔法部隊と青炎討伐部隊の射程内にある。すぐにでも攻撃を始めたいと思う。イーオ殿達の準備はよろしいか?」


「はい。いつでも大丈夫です」


 そう言うとイーオ様は小声で呪文を唱える。すると彼女の背中から純白の羽が生えてきた。イーオ様の体が浮かび大きく羽を広げた姿はまるで天使のようだ。兵士たちが歓声を上げ、僕も感嘆のあまり唸った。それほどイーオ様の姿は神々しかった。


 続いてイーオ様は右手を高く上げると、その手に青く輝く鎌が出現した。刃は鋭くイーオ様の身長よりも長い。イーオ様に似つかわしくない禍々しささえ感じる武器に我々はしばし言葉を失う。彼女のアンバランスな出で立ちは天使属性と死神属性が半々といったところだ。しかしこの相反する2つの属性が同居している感じがとても強そうでかっこいい。


「準備は万全です」


 イーオ様がバトルモードに入ったのを確認してクライス王子は拡声魔法を使い全軍に演説を始めた。


「諸君らは皆、戸惑っている事と思う。この時復活するはずのない大災害獣が目覚め、我々は心の準備もないままここに来た。相手は太古より我々人間に害を為す厄災である。我々が受けた被害は計り知れない。幾百という村や街が破壊され、守ろうと挑んだ数々の猛者たちが散っていった。これに今から立ち向かうのである。不安であろう、恐ろしいであろう、逃げ出したいであろう。しかしメイゲツの守護者である我々は逃げ出す訳にはいかない」


 兵達は直立不動で黙って聞いている。クライス王子は彼らをゆっくりと見回しながら続けた。


「だが案ずることはない。諸君らは先代達から受け継いだ技術を時代に伝えるため、本番さながらの厳しい訓練を行ってきた。体に染み込んだその努力は裏切らない。我々は強い。後は覚悟を決めるだけだ。何、案ずることはない。我々にはイーオ殿をはじめ青炎討伐部隊の精鋭達が付いている。そして何より“使者”殿が我々の味方にいる!」


 ここで割れんばかりの大歓声が起こった。やばい、めっちゃ期待されてる。兵達の士気を上げるため仕方がないとは言え、過度に期待されるのは胃に悪い。


「大厄を打ち砕き、我らの手でメイゲツを守るのだ! 第一陣、攻撃開始!!」


 クライス王子が号令をかけると最前列にいる部隊が一斉に青聖魔法を行使した。青白い光球を千にも及ぶ兵士たちがリュノグラデウスめがけ放つ。数多の光球が筋を帯びながら発射される様は壮観であった。一つ残らず直撃し轟音と共に爆発し、黙々と上げる煙は圧巻だった。


 前列の部隊は間断なく攻撃を続ける。リュノグラデウスは為すすべもなく全てを受けた。やはり長距離から一方的に攻撃できる魔法は最高だ。僕が最初に遠距離攻撃を覚えたのは正しかったのだ。


 僕は目の前で繰り広げられる猛攻に確かな手応えを感じていた。それくらいマンマル王国軍と青炎討伐部隊の混成軍隊の攻撃は凄まじかった。これならそう苦労せず倒せるんじゃないか。しかし、そんな僕の楽観的な考えはすぐに打ち砕かれた。


 地響きが轟く。煙の中から悠然と歩くリュノグラデウスが現れた。さして攻撃が効いている様子はない。それでも軍の攻撃は止まなかった。


「随分と硬いですね……。あれは効いているのでしょうか?」


「恐らくはな……。少なくとも我々を敵と認識はしているようだ。あれを見てみろ」


 リュノグラデウスの口が大きく開いた。魔力を集めているのか、体内から口腔へ巨大なエネルギーが奔流し凝縮されるのを感じる。それを我々に向けている。


魔障咆哮弾ましょうほうこうだんの“溜め”に入ったな。イーオ殿」


「はい」


 イーオ様は美しい純白の羽を大きく広げ、突進の構えを見せた。リュノグラデウスに突撃するつもりだ。あんなモノに真正面から突っ込むなんて僕には到底出来ないぞ。


「イーオ様、お気をつけて」


 イーオ様は僕に微笑むと空高く舞い上がっていった。


「攻撃止め! 二陣前へ!」


 クライス王子の号令がかかると攻撃が止み、前列の部隊が後ろに下がる。はるか上空のイーオ様は一直線にリュノグラデウスに向かっていき、亀の頭をめがけハヤブサのように急降下した。イーオ様は亀の眉間のあたりに禍々しい鎌を突き立てる。鎌の刃は突き立てる寸前に伸びてさらに長くなったように見えた。


 リュノグラデウスは怒り狂ったように頭をブンブンと振ったが、イーオ様はそれは軽くひらりと躱しながら、さらに鎌で亀の頭を切り裂いていった。鎌は伸縮自在であるようなので小回りもききそうである。


「転移陣の設置が完了したようなので我々を行きます」


 アリエさん以下9名の誘導部隊の足元に魔法陣のようなものが浮かび上がる。魔法陣からは光が放たれたかと思うと、その上の彼女たちの姿がフッと消えた。


「さすがイーオ殿だ。あの年で転移魔法まで使えるとは。末恐ろしいな」


 どうやらあの魔法陣はイーオ様の魔法らしい。転移魔法というのは僕の白い鳥居と同じワープみたいなものだろう。


 程なくしてからリュノグラデウスの近くに誘導部隊が現れた。アリエさんのように空中を蹴ったり空を飛んでいたりと、皆さん空中を移動する手段を持っていらっしゃる。そして疾さもなかなかのものだ。これらは誘導役の性質上、必須のスキルなのだろう。彼女たちはイーオ様を援護するように動いていた。


 リュノグラデウスは新たに現れた敵に鬱陶しそうにしながらも、その歩みは止めていない。口腔にも魔力を溜め続けており、その照準はイーオ様に向けられている。目論見通りにリュノグラデウスの敵意をイーオ様に向けることに成功していた。


 そして突然、リュノグラデウスの動きが止まる。


「来るぞ!」


 亀の頭は上を向き、自身の真上に居るイーオ様めがけて咆哮を上げながら膨大な魔力の塊を放った。あっという間もなく、魔力の塊は空に登っていき厚い雲を突き抜け爆発した。耳をつんざく音にやや遅れて激しい突風が僕たちの陣営まで届く。厚い雲には大きな穴が空き、そこから太陽の光りが降り注いだ。太陽光を反射した大災害獣は神秘的にすら思える。


 魔障咆哮弾の威力とそれが作り出した光景にしばし呆然としていた。ふと正気に戻るとイーオ様のことが心配になり、まさか直撃してしまったのかと慌てて前方を見れば、上空を旋回している彼女の姿が見えた。ギリギリで躱したようだ。僕も兵士たちも安堵する。ああ、心臓に悪い……。

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