第23話 リュノグラデウスの特性
「リュノグラデウスは防御と破壊力に特化した大災害獣だ。見ての通りあの立派な甲羅と厚い皮膚は硬く、大災害獣の中でも最強の防御力を誇る。更にリュノグラデウスが使う魔障咆哮弾も全魔物中、最強の破壊力だ。奴はその巨躯と力強さでまっすぐ聖都を目指している。進路を変えることは決してない。そこにどんな障害があろうとも一直線に向うのだ。海があろうと泳いで大陸を渡り、どんなに険しい山脈や深い谷であろうと堅牢な城壁のある都市があろうと、ただただまっすぐ突き進むのだ」
「……もしかしてリュノグラデウスは大災害獣の中で一番強いのでしょうか?」
最強の攻撃力と防御力を備えていて、どんな困難にも負けずまっすぐ突き進むなんて最強の風格があるではないか。全魔物の頂点に立つ5体の大災害獣の中でも一番強いヤツが相手とか本当に勘弁してください……。
「いや、それがそうでもない。確かにリュノグラデウスは桁外れに強いが明確な弱点がある。まず動きの遅さとあの大きさだ。いくら防御力が高くともこれだけの青聖魔法使いから攻撃を受ければ耐えきれまい」
「ああ、動きが遅く大きいから当てやすいんですね。あの大きさは脅威ですが的として見れば弱点になるという訳ですか」
「その通りだ。それから魔障咆哮弾だが、これは魔物がよく使う魔法だがリュノグラデウスは桁が違う。その威力はそれほど大きくない街なら一撃で消し飛ばす程だ。地に穿てば粉塵が空高くまで上がり大きなクレーターができる。脅威以外の何物でもないが、リュノグラデウスの攻撃方法はこれ一つだけだ。それにその威力故に魔力を溜めるのに時間を要する」
要は攻撃方法が一撃必殺の1パターンしかないという事だ。しかも溜めに時間がかかる。
「しかし単純な攻撃であっても防ぐのは難しいんじゃないでしょうか?」
あの巨体から放たれるわけであるからきっと大きな魔法なんだろう。魔障咆哮弾とか遠距離攻撃っぽい名前だし。
「そうだ。障壁魔法専門の部隊も用意しているがリュノグラデウスの攻撃を防げるのは一回だけだ。メイゲツの城壁も一撃までなら耐えられるが、正直心許ない。前回の戦いでは10発以上撃ったみたいだからな」
「……それではどうすれば?」
「そこで誘導部隊だ。まずは遠くから青聖魔法軍と青炎討伐部隊が攻撃を叩き込む。リュノグラデウスが反撃の為、魔障咆哮弾の“溜め”に入ったら誘導部隊がリュノグラデウスの注意を向けさせ、やつの攻撃を軍から逸らすのだ」
「注意を向けさせる? どうやってですか?」
「リュノグラデウスに至近距離から攻撃するのだ。奴は知能が低く、見た目通りカメ並しかない。なにも考えず目の前の敵を攻撃する習性がある」
……誘導部隊、めちゃくちゃ危ないじゃないか。責任重大であるし、魔障咆哮弾が直撃するリスクが高い。僕の結界で防げるかな。ああ、帰りたくなってきた……。
「それを僕とイーオ様で……」
「私を含め、青炎討伐部隊の精鋭が4人いますよ」
アリエさんも誘導部隊なのか。
「我軍からも精鋭を5人用意している」
では僕とイーオ様達を合わせて誘導部隊は11人か。それでも少なくない?
「どうしました? 顔色が悪いですよ?」
「いえ、何でもないです……」
イーオ様は心配そうに尋ねるが、さすがに10歳以上年下の女の子に泣き言は言えない。
「心配事があれば遠慮なく仰ってください。できる限り力になります」
イーオ様は僕の手をそっと両手で包むと慈愛の籠もった声で優しく語りかけた。その暖かな心遣いに思わず絆されそうになる。
「いえ、本当に大丈夫です。ただ当初の役割とは随分違うので少し戸惑っていただけです」
「そうでしたか。無理もありません。あんなに大きな魔物ですもの、恐ろしさを感じるのは自然な事です」
「当初の役割とは?」
「はい、本来ならヴァルバードの討伐に参加して、ヴァルバードを倒した後その魔氣を浄化する予定でした」
「大災害獣の魔氣を浄化だと……?」
クライス王子は目を見開き驚愕した。イーオ様やアリエさん、お付きの護衛達も信じられないといった様子だった。
「そんな事ができるのか……? 封印はどうする? 無理矢理破れば魔氣が飛び散るぞ」
「できるかどうかは分かりませんが、可能性はあると思います。封印も僕なら解かず中に入れるかもしれません。全部カトリーヌ様の推測ですけど」
「……確かにカミヒト様は白霊貴族と化した住民の冥氣だけを浄化し元に戻しています。今までそのような奇跡を起こせた偉人は誰もいません。まさに神の御業と言えます。大災害獣の魔氣を浄化することも不可能とは言えません」
「なんということだ……。メイゲツが助かるかもしれないというのか……」
クライス王子は神妙な面持ちでひとり呟く。彼は沈黙し何かを考えている様だった。しばらくしてから徐ろに口を開いた。
「カミヒト殿、見ての通りメイゲツはちょうどリュノグラデウスの進行方向上にある。このまま行けばいずれ我が国の首都は破壊されてしまう」
背後には数キロ先に城壁がそびえている。確かにリュノグラデウスはメイゲツに向かい進行している。
「リュノグラデウスによってメイゲツが破壊されるのは確定された未来だ。それ故首都の移転がすでに決まっている。此度の復活は凌げても次は厳しいだろうという意見が大半で、150年以内には移転先を決め首都を移してしまう計画だ。予定より50年も早く復活してしまったので、その分前倒しにしなければならないがな」
「リュノグラデウスの進行方向をずらすことは出来ないんですか?」
「無理だ。奴は重すぎる。今まで一度もそれに成功した事はない。……いや、何百年か前に一度奴の進路が大きくズレたことがあったな。しかしそれは彼らだから出来たことだ。つまり、我々は移転しか選択肢が無いということだ。だが莫大な費用はかかるが時間はあるから首都の民達の安全は確保できる。民がいれば国は存続できる。とはいえ、やはり歴史があり美しい我が故郷を失いたくないのが本音だ」
クライス王子は一拍おいて何かを決心したようにイーオ様に視線を向けた。
「イーオ殿」
「はい、私も同じことを考えていました」
二人の間ではすでに何かしらの結論が出ているようだった。
「カミヒト様、誘導役は私達だけでやります。カミヒト様のお力は魔氣の浄化のために温存して置いてください」
「しかしそれではイーオ様達が……」
その提案は願ったりだが、それだと他の人達の危険性が増す。しかもその内少女が二人だ。僕だけ安全圏にいるのはきまりが悪いぞ。
「私からもお願いしたい。イーオ殿たちには負担をかける事になってしまうが」
「ですが……」
「ご安心ください。元々私達だけで演る予定でしたし、それにこう見えて私、強いんですよ?」
軽く力こぶを作って見せたイーオ様はどうみても強そうには見えない。僕はずっと黙っていたお付きの厳つい従者のおじさんに目を向けた。
「心配ありません。イーオ様はとてもお強い方。見事に誘導役を果たしてくれましょう」
「はい、頑張ります。カミヒト様はいざという時にお願いします」
「わかりました……」
そういうことならお言葉に甘えて僕は見学させてもらいましょう。その代わり浄化を頑張らないとな。
「話がまとまったな。申し訳ないが私は兵達を激励するため、しばし失礼させてもらう。カミヒト殿達は軍幕で休んでいるといい。時間が来たら呼びに来る」
クライス王子はそう言うと背を向けお付きの騎士たちと整列している兵士の下へ向かっていった。兵士達も突然大災害獣が復活した事から動揺している。これから彼らを鼓舞し士気を上げに行くのだろう。堂々とした後ろ姿は映画のワンシーンのようだった。
「立派な方ですね。クライス王子は」
見た目はまだ20代前半くらいだが突然復活した大災害獣を前にしてもなんら動揺した気配は感じられなかった。さすがは一国の王子だ。
「ええ、私も聞いていた話とは違うので驚いています。クライス王子は可もなく不可もなく平凡な王族と聞いていたのですが、噂とは当てにならないものですね」
僕たちはクライス王子の言う通りに軍幕の中へ入って、しばしの休憩を取ることにした。中には簡易な机と椅子が数脚あるだけだった。
「そういえばアリエさん、僕が消えてから長い間捜索をしてくれたようでありがとうございます」
「いえ、大したことでは。ご無事だったようで何よりです。それよりカトリーヌ様を見つけてくださってありがとうございます。そちらでご迷惑をかけていませんでしたか?」
「とんでもないです。愉快な方で楽しく過ごせましたよ。貴重なお話もたくさん聞けましたし」
言う事を聞いてくれないことも多々あったが、聖女様と過ごした期間は価値あるものだった。喋っている時はうるさいが、それ以外はお菓子を食べているか映画やテレビを見ているだけだったのであまり気にならなかった。
「そう言えばアリエさんは聖都と連絡が取れるんですよね? もう一体の大災害獣はどうなっているか分かりますか?」
今朝方モンレさんから聞いた時にはすでに戦闘が始まっているようだった。あれから一時間以上経っているのでその後の進展が気になる。
「まだ戦闘は続いているようです。大災害獣ですからね、そう簡単には倒せません。しかしマリン様に任せておけば問題ありません」
「そのマリン様ってどんな方なんでしょう? 確かカトリーヌ様と同じ村出身だとか」
しかも聖女様と同じく千年以上生きているというではないか。この人も軽く人外だ。
「ええ、そのとおりです。カトリーヌ教発足時からずっと一線で活躍しておられる方です」
「マリン様は私もお会いしたことがありますが、とても可愛らしい方でしたよ。あ、千歳も年上の方に可愛らしいは不敬でしたね」
軽く舌を出したイーオ様はちょっとわざとらしかった。イーオ様もこんなあざとい事するんですね。でもとてもお似合いです。
「他にも色聖軍それぞれの初めの長も同じ村出身で、マリン様の幼馴染なんですよ。今もご存命なのはマリン様の他に白琴聖歌隊を率いる大聖女ロアイト様と赤刀武人衆を束ねるスピネル様です」
「それは初めて聞きました。カトリーヌ様の村はすごいんですね」
「ふふふ。それだけではありませんよ。あの“伝説の傭兵”率いる竜頸傭兵団の面々もカトリーヌ様と同郷であり同じ時代に活躍したのです。竜頸傭兵団はこの大陸に初めて上陸したリュノグラデウスを討伐しました。その時の戦闘は激しく、リュノグラデウスの巨体が大きく動いた言われていますね」
「ああ、さっきクライス王子が一度進路がズレた事があるといってましたね」
彼らとは竜頸傭兵団のことだったのか。……待てよ。という事は彼らの戦闘の所為でリュノグラデウスの進路とメイゲツがぶつかることになってしまったのか。仕方がないとは言え、メイゲツの運の悪さには同情する。
「ん? カトリーヌ様と同じ時代ということは、その時代には“伝説の何か”は2つあったという事ですか?」
聖女様は同じ時代に“伝説の何か”が複数現れる事もあるといっていた。彼女の時代もそうだったのだろうか。僕の疑問にはアリエさんが答えてくれた。
「確かにそういう事もあります。実際に千年前は大伝説時代といって多くの“伝説の何か”が現れたということになっています。筆頭はカトリーヌ様ですが、竜頸傭兵団の構成メンバーである“伝説の傭兵”、“伝説の鍛冶師”、“伝説の踊り子”なども有名です。彼らは千年前の混沌とした時代を平らげた英雄として今日まで讃えられています。そしてそれぞれ独立した“伝説の何か”だと思われています。しかし彼らは皆とある“伝説の何か”の使者だったのです」
「それはカトリーヌ様もですか?」
「もちろんです」
……ああ、そういう事か。聖女様や“伝説の傭兵”達やマリン様のようなカトリーヌさんの側近は同じ村出身という共通点がある。ならば聖女様達の母体となった“伝説の何か”は村だったんだ。使者が複数いるパターンもあるんだな。
「では皆その伝説の村出身だったというわけですね? カトリーヌ様を初めそんなすごい人達の母体となった伝説の村はすごい力を持っていたんですね」
「いえ、村ではなくおしゃぶりですね」
…………おしゃぶりかあ。




