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第22話 クライス王子

 モンレさんからもらったコンパスに従い北へ進むこと一時間、前方にはすでに城塞が見えている。気合を入れて作ったせいかドラゴニックババアは思いのほか速く、多分新幹線くらいのスピードはでている。目的地にはあと十数分くらいで着きそうだ。


 真下は広い街道が真っすぐ伸びており首都メイゲツまで続いている。西側は草木のすくない岩石地帯だ。ここはシンエン荒原というらしい。そして荒原のはるか先に巨大な亀のような何かが動いていた。あれが大災害獣リュノグラデウスで間違いないだろう。大災害獣からまだ距離はかなりあるのに、形がはっきりわかるのだから相当でかい。ドラゴニックババアより大きい1つ目猿よりも遥かに巨大だ。


 その巨大な魔物が地響きを上げながら進んでいる。おかげで街道にはほとんど人がいない。


 リュノグラデウスを横目に見ながらしばらく飛んでいると、城塞から数キロほど手前に数千人からなる軍隊が、大災害獣からメイゲツを守るように隊列を組んでいるのが見えた。マンマル王国軍だ。


 僕は進路をマンマル王国軍の方へ変えた。軍隊は切り立った崖の上に陣取っており、そこで大災害獣を迎えるつもりだろう。軍隊に近づくとむこうもこちらに気付いたようでザワザワと騒ぎ始めた。騒ぎはあっという間に全体に広がる。このまま近づいてもいいものだろうか。攻撃されたりしないだろうな。なんせこっちはドラゴニックババアが居るんだし。


 どうしようかと空中に留まっていると軍隊から歓声が轟いた。思わずビクッとなる。王国軍の人達は皆、僕に手を振っている。歓迎されているような雰囲気だがモンレさんが僕の正体をバラしてしまったのだろうか?


 恐る恐る降下すれば隊列の中央辺りから青い煙幕が上がるのが見えた。煙幕の上がった場所に目を向けるとアリエさんが手を振っている。彼女もリュノグラデウスの討伐隊に配置されたようだ。


 僕はアリエさんのところまでドラゴニックババアを滑空させた。そこには簡易な軍幕が設営されており、アリエさんの他にイーオ様とその従者が数人、少し離れた所に身なりのいい軍服を着た金髪のイケメンが居た。


 ドラゴニックババアを解除し、しゅたっと地面に着地すれば大歓声が起こった。イーオ様が僕の前にでる。


「お待ちしておりました、カミヒト様。ご足労いただきありがとうございました。モンレ様からお話を伺っております。これほど心強い援軍もございません」


「お久しぶりですイーオ様。微力ながら助太刀させていただきます」


 恭しく頭を下げるイーオ様は相変わらず神聖と清純な気に包まれている。僕が今まで会ってきた聖職者の中でも一番聖職者っぽい。カトリーヌさんより余程のこと聖女様だ。しかし、彼女には依然としてスパイ疑惑がある。


 この事についてカトリーヌさんに相談したところ、取り敢えず泳がせておくとの事だ。「なんか怪しいと思ってたのよね~」と言っていたが、本当に思っていたかは不明である。だがこれで肩の荷が下りた。カトリーヌ教の新進気鋭のホープが間者かもしれないという特大の秘密を、自分一人の胸の内に秘めておくのはなかなかに負担だったのだ。この件についてはカトリーヌさんに任せればいいから僕はもう気が楽だ。


 という訳で勘ぐったり言葉の裏を考えたりせず普通にイーオ様と会話できるのである。


「カミヒト様にご紹介したい方がおります」


 イーオ様がそう言うと後方に控えていた金髪のやんごとなさそうなイケメンが、左右に厳つい騎士を従えて僕の前に歩いてきた。


「カミヒト様、こちらのお方はマンマル王国第一王子クライス殿下でございます。殿下、こちらのお方が今代の“伝説の何か”の使者であられますカミヒト様です」


「ご紹介に預かりましたマンマル王国第一王子、クライス・カドナシと申します。使者様にご挨拶できること、幸甚に存じます」


 クライス王子はイーオ様と同じくらい恭しく頭を下げた。一国の王子様からここまで礼儀を尽くされるとは思わず、凡人の僕はとても居心地が悪い。


「あ、野丸嘉彌仁のまるかみひとと申します。殿下におかれましては――」


「私のような者にそのような仰々しい挨拶は不要です。使者様はマンマル王国の救世主でございますから、私のことは一介の騎士だと思って接してください」


 クライス王子は頭を上げ直立不動の姿勢を取った。これではまるで僕のほうが立場が上のようではないか。


「私は平民でございますから、王子であられるクライス様にそのような、えーっと……」


 やばいテンパってきた。だって周りの軍隊の人もクライス王子と同じ様に直立不動で僕の方を向いているから。これでは僕がこの場の責任者みたいじゃないか。


「緊張なさらなくても大丈夫ですよ。王子という肩書よりも使者様をはじめ悪氣と戦う聖職者様のほうが余程のこと尊いですから。しかし使者様は仰々しいやり取りがお嫌いな様子ですので、ここはお互いに砕けた感じでどうでしょう?」


 微笑を湛えるクライス王子はマジでイケメンだった。キリリとしたお顔に8頭身の長身、セミロングのサラサラの金髪がとてもお似合いだ。


「ではその様にお願いします」


「承知しました。しかしその前に改めまして、カミヒト殿にカドナシ王家を代表してお礼申し上げます。この度は我が愛する王国民を救っていただいた事、厚く感謝申し上げます。セルクルイスでのカミヒト殿の武勇、カドナシ王家が永久に語り継ぐこと約束いたします」


 クライス王子は片足を地に付け、片手を胸に当て頭を垂れて僕に最敬礼した。王子に続き周りの兵士たちも同じ様に跪く。数千人の兵士達が一斉に敬礼する様は圧巻だ。ここまでして頂かなくてもいいのだが、この世界の人達にとって祈りとはとても大事なものであるとカトリーヌさんから教わったので、こそばゆさを感じながらも大人しく祈られる事にした。祈られてる最中は彼らから神正氣の素が大量に流れてきた。


「ありがとうございます。直にカミヒト殿に祈りを捧げる栄を賜りましたこと冥加みょうがに余る思いでございます」


「いえ、僕はそこまで評価されるほど立派な人間ではありません……。僕は僕の正しいと思うことをやったまでですから」


 神正氣の素を貰えればいいだけなので、普通にしてくださっていいですよ。


「ふっ……。イーオ殿の言った通り謙譲の美徳を体現したようなお方だ。今代の使者様は人格も優れていらっしゃる。これは世界にとって誠に喜ばしいことだ」


 クライス王子から褒め殺しにされた。彼も僕に取り入ろうとしているのだろうか。モンレさんやイーオ様からもおだてられまくって仲間に引き込まれようとされたので、やはりこの世界にとって“伝説の何か”の使者というのはそれほど重要なポジションなのだろう。あらゆる組織が自陣に取り込もうと躍起になるくらいだからな。過去に使者を拉致した国もあったらしいし。


 だもんでなるべく正体を隠しておきたかったのだが、クライス王子は仕方ないにしてもなぜ一般の兵士にまでバレてしまったのだろうか。まあ、おかげで神正氣の素の感謝パワーはいっぱい貰えたけど。


「あの、僕が使者であることはどこから漏れたんでしょう?」


「それは私から説明します」


 一歩前に出たのはアリエさんだ。彼女とは白霊貴族との一戦以来である。


「お久しぶりです、アリエさん」


「はい、お久しぶりです。カミヒト殿はご壮健で何よりです」


 アリエさんは柔和な微笑で答えた。出会った当初に比べるとだいぶ当たりが柔らかくなった。彼女は僕が邪神に拉致された後、何日も捜索してくれたらしいので後でお礼を言わないとな。


「まずはカミヒト殿にご報告があります。少し前に聖都から連絡があり、カトリーヌ様の御霊みたまが無事に戻ったようです。カミヒト殿が見つけてくださったようですね。ありがとうございます」


 無事に体に戻れたようで安心した。聖女様はすごい勢いで飛んでいったものだから少し心配していたのだ。


「しかし長く体から離れていた反動でしばらく霊体で活動することは出来ないとの事でした。カトリーヌ様自身は動けないので指示をいただきました。その中の一つがカミヒト殿が“伝説の何か”の使者であることを大々的に兵士達に喧伝することです。これは兵士の士気を高めるためですね。予想以上に早く大災害獣が復活したので、兵士たちにも少なからず動揺が広がっていますから」


「カミヒト殿の懸念も分かるが、いつかはバレてしまう。セルクルイスには箝口令を敷いてあるが、あれ程の規模だからずっと隠しておくことは不可能だ」


 砕けた口調に直したクライス王子が言った。うん、こっちの喋り方の方がいいな。身分が上の人からへりくだった態度をされるとどうにも落ち着かないから。


「ええ、あのセルクルイスから立ち上る黄金の光は本当に美しかった。黙っていられるはずがありません」


「そうですね……」


「なに、心配なされるな。カミヒト殿はカトリーヌ教と共に足を揃えて悪氣に立ち向かうというではないか。ならばマンマル王国もカミヒト殿の味方だ。我が国はカトリーヌ教が国教であるからな」


「カミヒト殿が我々の陣営に加わっていただいて、私もホッと致しました。これから共に頑張っていきましょう!」


 なぜか彼女たちの中では僕はすでに完全なカトリーヌ教の一員となっている。聖女様はまだ仮契約であることをちゃんと伝えたのだろうか。もしかしたら外堀を埋めて僕を完全に取り込む魂胆かもしれない。しかし僕はそんな単純ではない。聖女様からは面倒事を押し付けられる気配をビンビン感じるので、割に合わないと思ったら逃げ出す所存である。


「ええ、私もカミヒト様が味方に付いてくれて、とても喜ばしく思います。今回も私と同じく誘導役をやっていただけるようで心強く存じます」


 アリエさんに同調したイーオ様はにっこり微笑んで本心から言っている様子だったが、心中は窺いしれない。


「その誘導とはどういった役割なんでしょう? カトリーヌ様から聞きそびれてしまって……」


「まあ、そうでしたか」


「それは私が説明しよう。まずはリュノグラデウスの特徴から説明したほうが理解しやすいだろう」


 クライス王子はシンエン荒原からゆっくりとこちらに、地響きを立てながら突き進むリュノグラデウスを見やりながら言った。崖上から望む巨大な亀はまだ距離があるにも関わらず異様な迫力があった。今からあれと戦うかと思うと身震いがする。

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