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第21話 カトリーヌ帰還

「次はちゃんと連れていきなさいよ」


「あ゛あ゛あ゛」


 異世界側の超越神社の白い鳥居(ワープゲート)の前で、見送りに来た聖子さんが言った。今日は普通の化粧である。肩にはクロイモちゃんが付いているが見えていないようだ。聖女様の事は相変わらず普通に見えているけれど。


「前向きに検討します……」


「聖都に案内して上げるわ。私の下僕としてね」


 本日は聖子さんの超越神社の巫女さんデビューの日であり、社会人としての第一歩を踏み出す重要な日である。だというのに上司の僕は初日から新入社員を一人にし異世界へ魔物退治にいかなければならない。


「すみません、初日から留守にしてしまって」


「構わないわ。巫女なんて家の手伝いで何度もやっているし。それに面白い体験が出来たしね」


 ニヤァっと笑う聖子さんがいう面白い体験とは、今いる異世界側の超越神社の事だ。住居兼本殿の裏庭にある赤い鳥居を潜ると、鏡合わせになったもう一つの超越神社へと繋がっており、ここはすでに異世界で神社の周りは原生林に囲まれた不思議な空間である。


 ここに来た時の聖子さんの驚きは大きかった。境内を隈なく歩き調べ回っていた。2割り方は異世界の存在を疑う気持ちがあったのだが、この場所に来て100パーセント信じるようになったそうだ。


「それじゃあ、天女ちゃんの事をよろしくお願いします」


「気をつけなさいよ」


「あ゛~」


 僕と聖女様は聖子さんに別れを告げ白い鳥居を潜る。光りに包まれること数秒、目を開けるとセルクルイス中央協会の中庭に居た。


「ああ~、帰ってきたって感じがするわ!」


 聖女様は両手を真上に上げググーっと背伸びをした。


「なんだか慌ただしくないですか?」


 窓から局員の人達が忙しなく動き回る様子が見て取れた。繁忙期の前職の会社みたいだ。


「大災害獣がもう復活したんでしょうか」


「かもしれないけど、セルクルイスは騒ぐ必要ないわよ。ヴァルバードが封印されてる場所はここから離れてるからね。さて、偉大なる私が帰還した吉報を伝えに行くわよ。本当なら宴でも開きたいところなんだけどね!」


 聖女様に促され近くの教会内へ続く扉の方へ歩く。近くまで行くと開け放たれた窓から局員達の声が聞こえてきた。


「おい! まだか!?」

「いま集めてるところだ!」

「はやくしろ!」

「セルクルイスの青炎討伐部隊だけじゃ足りないだろう!」

「今、周辺の青炎討伐部隊に救援を要請しています!」

「マンマル王国青聖魔法部隊はすでに拠点に到着したようです!」

「ああ、なんだってカトリーヌ様が居ない時にこんなことが!」


 局員達は怒号に近い声でやり取りしとても忙しそうだ。その内容は青炎討伐部隊がどうとか、やっぱり大災害獣がらみではないのか。


「もう、うるさいわね! 何があったのよ。はい! ちゅうも~く!!」


 聖女様が大声で呼びかけると、忙しなく動き回っていた局員の人達がピタッと止まりこちらを見る。聖女様の霊体が視界に入ると、皆言葉を失い唖然とした様子だった。しばらく口をパクパクさせていたが全員揃って平伏した。


「か、カトリーヌ様!? ああ、よくぞご無事で」


 そういった初老の男性はよく見たらモンレさんだった。


「おはようございます、モンレさん」


 モンレさんは僕に気づいていない様子なので、この状況にそぐわないが元気よく挨拶してみた。


「か、カミヒトさん!?」


「ええ、戻ってまいりました。それから僕の国にカトリーヌ様がいらしたのでお連れしました」


「帰ってきたわよ!」


「ああ、このタイミングでお二人が戻ってこられるとは……。神は我々をお見捨てにならなかったのだ」


 まるで日照りに苦しむ百姓が数カ月ぶりに降る雨に感謝するようにモンレさんは膝を付き天に祈りを捧げた。そのまま頭を垂れ緊張した面持ちで聖女様に礼拝する。


「お、お初にお目にかかります。黄光衛生局セルクルイス支部を預かっております第五階のモンレと申します」


「かたっ苦しい挨拶なんかいらないわ。それより、これはどういう状況よ?」


「はっ! カトリーヌ様に申し上げます。今朝方、ロッカク王国にてヴァルバードが復活しマリン様をはじめ青炎討伐部隊の精鋭がこれにあたっています。すでに戦闘が始まっているようです」


「ヴァルバードはいつ復活してもおかしくない状態だったでしょ。いつでも戦えるように準備は万全だったし、セルクルイスから離れているのに、なんでここが慌てているのよ?」


「…………それが、リュノグラデウスも復活しました」


「な、なんですってぇええ!?」


 聖女様は目をこれでもかと見開き、耳をつんざく程の大音量で叫んだ。


「リュノグラデウスは100年前に倒したでしょ!? どんなに早くても後50年は復活しないはずじゃない!?」


「しかし、実際に封印は解かれ聖都を目指し歩を進めております」


「……くっ。それで迎撃準備は?」


「マンマル王国はすでにシンエン荒原に軍を派遣し迎え撃とうとしています。クライス王子が陣頭指揮を取っているようです。聖都も各所の青炎討伐部隊に援護を要請しシンエン荒原に集うよう指示を出しています」


「それなら火力は足りているわね。問題は誘導部隊、手練れが数人必要だわ」


「はい。しかしマリン様達精鋭はヴァルバードの相手をしておりますのでこちらの援軍には望めません。ただイーオ様が誘導役として志願し、シンエン荒原に向かいました」


「イーオが? ……ふむ、カミヒト!」


「……はい」


 嫌な予感がする。


「標的を変えるわ! 私達はシンエン荒原に向かってリュノグラデウスを打ち砕くわよ! あんたは誘導役としてイーオと一緒に頑張んなさい!」


「あの、誘導役って?」


 僕は大災害獣とは戦わないはずだったのに、前線に立たされる気配がビンビンする。っていうか何でもう一体復活しちゃってるの……。


「説明は移動中にするわ! ……ぬお!?」


 聖女様が突然奇声を上げ僕の両肩を掴んだ。対面の聖女様は浮かんで足先が斜め上に伸び、体がピンと一直線になる。僕の肩に掴まった聖女様が斜め上に伸びている格好だ。これは異世界流の組体操か? こんな時に何を遊んでいるのだろう。


「カトリーヌさん?」


「……くっ! 引っ張られているわ!」


「引っ張られている?」


「私の体によ! どうやら長く体と魂が分離していた所為ね……。ぬごごごごごごごご!」


 眼前の聖女様はまるで強風に煽られるこいのぼりのように体が激しくはためいていた。聖女様の体が聖女様の魂をお求めになっているらしい。聖女様は僕の肩を必死に掴んでいるが、僕は全く掴まれている感触はしなかった。これは聖女様が霊体だからだろうか。


「わた、しは、一緒に、いけないから、ふごごごご! カミ、ヒト、あ……んた、一人で……」


 喋ろうとすれば口に空気が入り口腔が膨らむ。至近距離で見るオールバックの聖女様の変顔は、バラエティ番組で見たスカイダイビングをしている芸人の顔のようだった。


「モ、ン、レ……。後は、たの、んだ、わよおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」


 ついに耐えきれなくなり手を離した聖女様は、台風の時のビニール袋のように彼方へ飛んでいった。さようなら、聖女様。また逢う日まで……。


 なんて言っている場合ではない。どうしよう、大役を任されてしまったぞ。しかも危険な役っぽい。


「カミヒトさん、申し訳ありませんがすぐに出発の準備をしてください。飛行魔法を使えるものを用意しますので、その者と現地へ向かってください」


「助かります」


 僕も飛行用の神術はあるけど一人だと心細いから同行者の存在はありがたい。場所もわからないし。


「どれくらいで着くんでしょうか?」


「そうですね、半日ほどでしょうか」


「えっ? それだと時間が掛かり過ぎじゃないですか?」


「しかし黄光衛生局にいる一番の飛行魔法の使い手でもその速さが限界なのです」


「現地まではどれほどの距離なんですか?」


「拠点はメイゲツからそれほど離れていない場所に設けたと聞いています。セルクルイスからメイゲツまで馬車で5日は掛かります」


 馬車が一日どれくらい進むのか分からないが、仮に50キロメートルだとすればメイゲツまでは250キロだ。ドラゴニックババアは100キロ以上は余裕ででるので2時間もあれば着くだろう。一人で行くことになるが火急みたいだし仕方がない。


「僕の飛行魔法でいけばもっと早く着くと思うので、拠点の詳しい位置を教えてください」


「なんと、さすがはカミヒトさんです。飛行魔法まで使えるとは。それではマンマル王国軍の拠点を説明します」


 モンレさんによると大災害獣リュノグラデウスは約100年前にシンエン荒原で打ち倒され、シンエン荒原はマンマル王国の首都メイゲツの南西に位置している。メイゲツはセルクルイスの北にあり、セルクルイスを超える城塞都市だ。


「数千人規模の軍隊らしいのでメイゲツ周辺の上空から見ればすぐに分かるでしょう。私からイーオ様に連絡をしておきますのでそのまま現地で合流してください」


 僕は早速神術で作った黄金に輝くドラゴニックババアを召喚した。


「おお! なんと神々しい……」


「それでは行ってきます」 


 ドラゴニックババアは後ろ足で僕の肩を掴むと天高く舞い上がり北へ向け飛んだ。目指すはメイゲツだ。

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