第20話 大災害獣
空から災いが降ってきた。
災いは地に根を張り星を蝕まんとした。
森の生き物たちは魔に侵され人を襲った。
森の精霊たちは醜く変わり果て悪霊となった。
人々は魔物を恐れ大陸から海を渡り逃げようとした。
災いは広がり山を飲み込み空にまで版図を広げ海を越えようとした。
その時一人の男の前に神の槍が現れた。
男は神の槍を使い災いを斬り裂いた。
災いは五つに別たれ散っていった。
災いの欠片たちは魔を振り撒き眷属たちを作った。
こうして魔物が生まれた。
「この災いは“原初の魔物”と言われ、神の槍がこの世界に現れた初めての“伝説の何か”と言われているわ。5つの欠片が5体の大災害獣よ」
聖女様が異世界の神話の一節を用いて説明してくれた。っていうか大災害獣は5体も居るのか……。
「大災害獣が厄介なところはね、その強さや凶暴さだけじゃなくて魔氣の浄化がめっっっっっちゃくちゃ大変な事なのよ。普通の魔物の魔氣が空気だとしたら大災害獣の魔氣は超強力粘着スライムくらい粘っこくてしつこいのよ。もう、やんなっちゃうわ!」
プンスカと怒っている聖女様はざらめせんべいをボリボリと食べている。最近はしょっぱい系のお菓子が気に入っているようだ。
「魔氣の浄化のセオリーって知ってる? まずは魔物を殺してからその後魔氣を浄化するのよ。じゃないと死骸から魔氣が別の生物に移っちゃうからね」
「それはアリエさんから聞いたことありますね」
「でもね、コイツらはそうはいかないのよ。大災害獣は魔氣そのものだから体を壊すとドロドロの沼みたいな魔氣になるんだけどね、それを守るように自分自身を封印して浄化させないの。苦労して倒して、いざ腰を据えて浄化しようと思ってもそうはさせてくれないのよ」
フゥ~とお茶を飲み干し、今度はぬれ煎餅に手を付ける。
「しかもよ? コイツら復活するのよ。封印の中で魔氣が徐々に元の体に戻って、封印が解けてまた暴れだすの。周期は150年から200年くらいかしら」
「その封印を破る事はできないんですか?」
「実は昔やったことあるのよね。でも結論から言えば失敗に終わったわ。封印を破る事自体は出来たんだけど、その後大惨事になってね……」
「……どうなったんですか?」
「中の魔氣が四方八方に飛び散ってね、もう広範囲の生物を魔物に変えちゃって大変だったわ! その後人目につかない場所に集合して、結局復活しちゃったし……」
「……大災害獣ってすごく強いんですよね? 僕に倒せるとは思えないんですが」
「倒せないとは思わないけど、“原初の魔物”の片割れである五体の大災害獣は現状で最強の魔物よ」
僕が戦った事のある魔物は、異世界に初めていった時に遭遇したクマデターとかいう熊の魔物だけだ。この魔物は山の神や一つ目猿のボスに比べると数段見劣りするので、そこまで強い魔物ではないのだろう。なのに次に戦う魔物が最強格とか勘弁して欲しいんだけど……。普通は少しずつ魔物のレベルを上げて経験を積んでいくものでしょう。
「カトリーヌさん、僕は魔物はクマデターしか見たことないんですがどれくらい強いんですか?」
「クマデター? まあ、はっきり言って雑魚ね。戦えない一般市民にとっては脅威でしょうけど、大災害獣とは比ぶべくもないわ」
やっぱり。クマデターってゲームで言えば序盤に出てくる魔物なんだと思う。大災害獣はたぶんラスボスの前の幹部くらいの強さだろう。両者の間にはそれはそれは大きな距離がある。この距離を少しずつ縮めて攻略していくのがセオリーだ。間違っても一足飛びに幹部に挑んではいけない。そうだ、経験の浅いまま強い魔物に挑んではいけないのだ。
「あの、カトリーヌさん、僕は今回辞退したいのですが……」
「心配しなくてもあんたに大災害獣を倒せとは言わないわ。実際に戦うの青炎討伐部隊の幹部連中で、みんな魔物討伐のスペシャリストよ。特に隊長のマリンは私と同じ村で生まれて、千年も私に付き従っているから大災害獣の討伐の経験も豊富よ。マリンは世界最強の青聖魔法使いなんだから大船に乗ったつもりでいなさい」
良かった。僕は戦わなくていいみたいだ。
「なるほど、それは頼もしいですね。それでは僕は何をすれば?」
「カミヒトは大災害獣を倒した後、封印の中に入って魔氣を浄化してもらうわ」
「……封印の中に入る? そんな事できるんですか?」
「普通なら出来ないわ。でもあんたならできると思うわね」
「はあ……。それは何を根拠に? そんな事一度も試した事ないんですけど」
「……あるわよ」
「え?」
ポリポリとせんべいを食べていた手を止め、聖女様は少し怨めしそうな顔をしていた。
「セルクルイスでロゼットの弟の手を引っ張って私の結界の中に入れたでしょう?」
「ええ……」
セルクルイスに張られた白霊貴族の侵入を防ぐ結界のことだ。ゼクターフォクターの魂の一部を宿したシュウ君がその結界に弾かれ中に入れず、結界の内側から僕がシュウ君を引っ張ったら何故か入れたのだ。
「それからサエが閉じ込められてた小さい箱の中にも入ったでしょう?」
サエ様が一つ目猿に封印されていた社のことだ。そういえばあの中に何故入れたのか疑問に思っていた。
「たぶんだけどあんた、封印や結界を素通りできるんだと思う。あんただけじゃなく体に触れた他人も」
「……え、なんでですか?」
「知らないわよ。たぶんあんたの神としての特性じゃないの? 全く、そんなの聞いたことないわ。今代の“伝説の何か”は異常ね。最初はあんたの事頼りないと思っていたけれど、今はそれで良かったと思うわ。こんな異常な力をもってる奴が極端な思想を持っていたら大変だからね」
まあ、それでも私の方がすごいんだけどね! と言いながら次はスナック菓子の袋を開けた。聖女様はどんな時でも自信に満ち溢れているのである。
「でも大災害獣の封印を突破できるかはわかりませんよね? 仮に出来たとしても中の魔氣って平気なんですか? 普通の魔氣とは違うようなのですごく危なそうなんですが」
「それはやってみないとわからないわね。危ないと思ったら逃げればいいのよ。とにかく挑戦よ。がんば!」
「前例がないのはちょっと怖いですね……」
「でもやるしかないのよ。私との契約、覚えてるわよね?」
「……ええ」
聖女様とは仮契約ではあるが異世界で活動をするにあたって取り決めを結んだのだ。僕は異世界でカトリーヌ教という組織に守ってもらい、更に神正氣を集める為にお手伝いをしていただく事となった。対価として僕はカトリーヌ教の一員として五大悪氣の浄化の為に尽力しなければならない。
“伝説の何か”の使者とは異世界においてとても重要なポジションであるので、あらゆる組織が取り合いをする。故に異世界で安全に活動するならばどこか大きな組織の庇護が必要だが、どこに所属するか慎重に選ばなければならない。前回訪問時モンレさんからカトリーヌ教に所属するよう勧誘を受けてたのだが、その時はまだトップであるカトリーヌさんがどういう人か分からなかったので保留にしていた。
しかし日本で彼女と会って彼女といろいろお話をしてカトリーヌさんの人柄というものがおおよそ分かってきたので、取り合えす信用して大丈夫だろうという結論に至った。変わっていてアレな所もあるけど悪い人ではない。
とはいえ出会ってまだ少ししか経っていないので完全に信用する訳では無い。僕に危害を加えたり、カトリーヌさんが私利私欲の為に僕を利用しようとするならば、この契約はなかったことにする旨も伝えて了承してもらった。
「仮に大災害獣の浄化に成功したら、それはもうたくさん感謝されるわよ。神正氣もたんまり増えるでしょうね」
「だといいんですが。それで今回復活する大災害獣ってどういうやつなんですか?」
実際戦わなくても万が一何かあった時のために、どのような特徴があるのか聞いておいたほうがいいだろう。
「一言で言えば大きなドラゴンね。名前はヴァルバード。コイツの厄介なところは飛翔による高速移動と広範なブレス攻撃よ。空中戦になるわけだから当然人間の方が不利ね。それに移動速度が早いからすぐに聖都に着いちゃうし」
「コイツは聖都を目指しているんですか?」
「ヴァルバードだけじゃなくすべての大災害獣がね。“原初の魔物”が降臨した地が『聖都ホシガタ』なのよ。大災害獣達がホシガタを目指しているのは、元の“原初の魔物”に戻ろうとしているからと言われているわ。昔の“伝説の予言書”によると『五体全ての大災害獣が聖都に揃った時、再び“原初の魔物”が現れ世界を魔で満たすだろう』らしいわよ」
「……という事は一体でも浄化をする事ができれば“原初の魔物”の復活は防げるんでしょうか? 復活したとしても不完全であったり……」
「わからないけど、その可能性は高いと見ているわ。だからあんたに期待しているのよ」
「責任重大ですね……」
「ま、そんなわけだから明日異世界に行くわよ。ヴァルバードが封印している地は聖都から北にあるわ。マンマル王国の首都に聖都につながる転移陣があるからセルクルイスからドラゴニックババアで向かいましょう」
「……わかりました」
なんだか明日から大変な事になりそうだな。天女ちゃんのことは異世界の存在を知っている聖子さんに頼もうか。湿原さんばかりに頼むのでは悪いし。
「……意外ね。もっと渋ると思っていたわ」
「何がですか?」
「ヴァルバードの浄化よ。あんたヘタレだから」
事実だけどヘタレヘタレ言わないでほしい。さすがに言われすぎると普通に傷つきますよ……。
「異世界でお世話になった人の為というのもありますし、何より神正氣をいっぱい欲しいんですよ」
「それはイヤチコの呪いのため?」
「それもありますが、僕も自分で叶えたい願いができたんです」
「ふーん」
「さあ、明日の準備でもしましょうか」
「そうね。私が向こうで食べるお菓子をいっぱい用意しときましょう!」
「程々にしてください……」




