第18話 入学式
温かい陽気と晴天に恵まれた4月初旬。例年より一週間ほど遅れた桜の満開日とも相まって絶好の入学式日和である。
本日は天女ちゃんが通うことになる私立妖聖学園の入学式。僕はスーツに身を包み、天女ちゃんはブレザータイプの制服を着ている。彼女はいつもより早起きで、僕が起きた時にはすでに制服姿だった。学校に行けることが随分と楽しみみたいだ。
妖聖学園までは霊管の湿原さんが車で送ってもらうことにした。裏庭に妖精学園の敷地の片隅に続く白い鳥居があるのだが、入学式くらいは正門から普通に行ったほうがいいかなと思ったからだ。
聖女様は住居兼本殿でお留守番だ。彼女は映画やドラマにハマっていて、ネットの配信登録制サービスを日夜利用している。今は何かしらの海外のシリーズものの映画に夢中である。彼女は水晶さんからあまり離れられないので、水晶さんも置いていかなければならない。
スマホが振動し画面を見れば湿原さんからで、住居兼本殿の駐車場に着いたらしい。
「じゃあ、僕らはもう行きますので、留守番よろしくお願いしますね」
「いってら~」
僕と天女ちゃんは湿原さんの下へと向かった。
私立妖精学園には校舎が2つあり、一つは普通の進学校として周辺の地域に認知されている校舎。もうひとつは「特待組」が通う校舎として、広い敷地内の一角にある森の中にひっそりと佇んでいる。こちらの特待組の校舎が天女ちゃんの学び舎だ。
特待校舎には専用の正門があり、こちらには守衛さんが居て身分証を提示しなければならない。妖かしが通っているので部外者が入らないように厳重な手続きが必要みたいだ。
僕たちは守衛さんに霊管からいただいた特別な身分証を提示し、車ごと門の中へと入った。駐車場に車を止めて、校舎まで歩く。特待組の敷地内には桜がたくさん植えてあり、見事な桜が咲き誇っていた。まさに春爛漫だ。
「じゃあ、私はここで失礼しますね! 破魔子ちゃんや五八千子ちゃんと同じクラスになれたらいいな!」
昨日、おじさんから連絡があり、五八千子ちゃんはあれからもりもり体力をつけ、なんとか入学式に出られるまでになったみたいだ。
「うん、頑張ってね~」
天女ちゃんは特待校舎へと走っていった。新一年生は先に自分の教室に行き、クラスメイトたちと一緒に体育館に入場する事になっている。今年の一年生は3クラスある。
「今年は多いですね~。私の時は2クラスでしたよ。それも1クラス20人くらいでした」
「今年は妖かしが多いみたいですね。1クラス30人くらいだって言ってましたよ」
僕と湿原さんは雑談を交わしながら入学式を行う体育館まで歩いた。湿原さんは見た目は僕と同じくらいの年齢で、メガネを掛けビシッとスーツを着こなすできるキャリアウーマンのような妖怪だ。
「そう言えば湿原さんって、どんな妖怪なんですか?」
「私ですか? まあ、水系の妖怪ですね。梅雨になると元気になりますよ~」
「へえ、そうなんですね。妖聖学園には何年くらい前に通っていたんですか?」
「25年前ですね~。私、生まれて1年くらいで通い始めましたね」
「1歳で高校に通うなんてすごいですね……。僕より年下だけど、僕よりだいぶ早く高校に行ったんですね」
「そんなこと言ったら、天女ちゃんなんて生後3ヶ月くらいじゃないですか。それに妖怪には幼稚園も小学校も中学校もないですからね~」
そうこうしていると体育館についた。案内に従い体育館に入ると、館内にはパイプ椅子がズラリと並んでいる。パイプ椅子の列は前後に区切ってあり、前が新入生で後ろが保護者だ。後ろの保護者席にはすでにチラホラと座っている人達が居た。明らかに人間でないモノ達も……。
「野丸さん、ここに私の友達が教員として働いているのでちょっと挨拶してきますね。野丸さんは適当に座ってて下さい」
湿原さんは足早に体育館から出ていった。僕は天女ちゃんの晴れ姿がよく見えるように、保護者席の一番前の真ん中らへんに座った。
体育館は僕が通っていた学校とだいたい同じで変わったところはない。ワックスの掛かった板張りの床に、高い天井、前面は少し高さのある舞台、バスケットゴール、校歌の書いてある額、なつかしさが込み上げてきた。
僕が過ぎ去りし青春時代に思いを馳せていると、右隣に誰かが座る気配がした。横目でさり気なく見てみると、それは人の形をした靄だった。
…………。
靄だか水蒸気だか霧だか湯気だか分からないが、とにかくそんな感じのモヤモヤが人の形をなして座っていた。そんなミストマンを見ていたらこちらの視線に気づいたのか会釈をされた。僕も彼もしくは彼女に軽く頭を下げた。っていうかこの人、もしかしたら超越神社のお祭りに来ていた人かもしれない。モヤってる妖かし、確かにいたぞ。
ミストマンにちょっと話しかけてみようか迷っていると、今度は左隣に誰かの気配を感じた。
「こちら、よろしいですかな?」
「ええ、どうぞ…………!!?」
普通に話しかけられたので、普通の人かと思えば僕に話しかけてきたのは大蛇であった。もう紛うことなき普通の大蛇が喋った。ニシキヘビくらいの大きさだ。
「おやおや、驚かせてしまいましたかな?」
「い、いえ……」
「このような見た目ですからな、よく驚かれるのでお気になさらずに。……ん? むむ!?」
大蛇は僕を見て縦の線だった瞳孔がくぱぁっと開いて酷く驚いた様子だ。
「あ、あ、あなたはもしや!?」
「な、なんでしょう……?」
「間違いない! ああ、なんてことだ……このような場所で恩人に再び出会えるとは!」
「恩人……?」
「そうですとも! お忘れになられてしまいましたか。ほら、私です。あの時助けていただいた蛇です!」
いや、そんな事全然知らんし……。
「私がまだ子供の頃、野良猫に襲われていたときに助けていただいた蛇です!」
「……あ」
彼の言葉で思いだした。あれは確か僕が小学校低学年の頃、草むらの端っこの方で野良猫が何かで遊んでいたのを目撃したことがある。猫が遊んでいたのは小さな蛇で、僕は珍しい光景に離れた所で見ていた。ふと小さな蛇と目が合うと、なんとその蛇は僕に「タスケテ」と話しかけたのだ。
酷く驚いたのは言うまでもないが、必死に助けを求める蛇に、反射的に僕は棒切れを持って野良猫を追い返した。その後傷ついた蛇を自宅へ連れ帰り、傷の手当をした。3日ほど親の目を盗んで看病し、傷が治ると近くの蛇を祀る神社へと連れて行ったんだった。あの時はまだカタコトだったな。
今思えばあれが僕が遭遇した初めての怪異だったかもしれない。ん? 二回目だったか?
「思い出していただけましたか。いやあ、あの時は助かりました。お陰さまで、こうして図体だけは大きくなって子供までできて……」
蛇の目からは涙が出ている。蛇は涙は流さないはずだから、やっぱりこの人は普通の蛇ではないのだろう。
「無事に生き延びられたようで安心しました。名前は確か蛇吉だったっけ?」
「そうです! 蛇吉です! あなたに名付けてもらいました」
「大きくなったねえ」
「カミヒトさんも立派になられまして。ここに居るという事はお子さんがおられるので? いやあ、お互い年を取りましたな」
「いや、僕は女の子の妖怪の後見人というだけで、子供はいないんだ」
こんな所でずっと前に助けた蛇の妖かしに再会するとは思わずこの偶然には驚いたが、20年ぶりということもあって、見た目はまんま蛇だが彼との会話は思いのほか盛り上がった。。
蛇吉としゃべっていると司会者が来てマイクで開会の言葉を述べた。いつの間にかそんな時間になっていたようだ。
「これより令和☓☓年度、妖聖学園特待校舎入学式を始めます」
入場曲が流れてきた。聞いたことない曲だが恐らくはクラシックで前向きで華々しい曲調だった。これから高校で様々な経験をする新一年生にはぴったりではないか。後ろの入り口から歩いてくる新一年生達は人間半分妖怪半分といった感じだ。天女ちゃんや湿原さんのように、見た目が人間と大して変わらない妖怪もいるであろうから、もしかしたら妖怪の比率が大きいのかもしれない。
妖怪は3メートルを超える巨躯を持つ者から1メートルに満たない者、蛇吉のようなどう見ても動物にしか思えない者、丸っこいフワフワと浮かんでいる人魂のような者までバラエティに富んでいる。その中でも一際異彩を放ち目立っている天女ちゃんはさすがと言うほかない。
新入生が席に着席すると今度は国歌斉唱だ。そう言えば天女ちゃんって君が代知ってるのかな? 隣の蛇吉は普通に歌っている。僕は後半の歌詞がちょっとあやしい。
国歌斉唱が終わると次は理事長が壇上に上がり挨拶をした。この理事長はご年配の優しそうな人で、妖精学園を見学したときに案内してくれた人だ。
次は各クラスの担任の紹介があった。その担任が自分のクラスの生徒を一人一人点呼していく。い組、ろ組、は組の3クラス各30人、合計90名だ。呼ばれた生徒は起立し「はい」と返事をする。天女ちゃんはい組であり、破魔子ちゃん、五八千子ちゃんも同じ組だった。
「ああ、あれが私の倅の蛇太です」
蛇吉より一回り小さい蛇が元気よく返事をしていた。彼はろ組だ。ミストマンの子供と思しきモヤってる生徒もろ組だった。
全員の点呼が終わり、お次は新入生の挨拶だ。
「新入生代表、菩薩院破魔子」
「はい」
驚いたことに破魔子ちゃんが代表らしい。こういうのって確か入試で一番成績の良い生徒がやるんだと思うけど、破魔子ちゃんって頭良かったんだな。まあ、聖子さんが最難関大学卒業してるから、その妹である破魔子ちゃんも勉強ができて当然か。姉妹揃ってちょっと変わっているけれど。
破魔子ちゃんに緊張した様子はなく堂々としていてハキハキと喋りいかにも優等生と言った感じだった。
後は担任以外の職員の紹介をして、司会者が閉会の言葉を述べ終わりである。全部で1時間ほどだろうか。新入生が退場するので拍手で見送り、僕たち保護者はその場に残って説明会だ。特待組独自の行事や注意事項、提出書類の説明などを受けた。
体育館を出たら蛇吉、ミストマンと連絡先を交換し別れた。ミストマンは喋ることはできないが意思疎通はできるようだ。彼の霧の手からにゅっとスマホが出てきた事には驚いた。
「野丸」
後ろからおじさんに声をかけられ、振り向くと湿原さんと見たことのない和装の女性が一緒に居た。
「龍彦さんも来ていたんですね。そちらの女性は?」
「こちらは俺の義姉さんで、五八千子ちゃんの母親だ」
「零源珠姫と申します」
ゆっくりと90度近くまで腰を折った品の良い女性は、たしかに五八千子ちゃんに似ていた。




