第15話 心霊スポット
車を走らせ目的地の心霊スポットに着いた。僕たちの前には小高い丘があり、この上には公園があるらしい。街灯は少ないがあまり不気味な感じはしない。
「こんな所が心霊スポットなの? なんだか普通じゃない?」
心霊スポットと言えばトンネルだったり、廃屋廃ホテル廃神社などの廃シリーズだったり、歴史的に曰くのある場所が定番ではないか。
「ネットによればこの心霊スポットはいくつか手順を踏む必要があるみたいです」
「うん? わざわざ手順を踏む理由は?」
「うまくいくと異界に行けるらしいですよ?」
「異界?」
そういう系の都市伝説なら聞いたことあるが、まさか本当に行けたりしないよな? 事実、家の裏庭から異世界へ続く鳥居があるので、異界がないとは言い切れない。
「はい、その異界は資格のある人間のみが訪れる事ができ、この世のあらゆる苦しみから解放される楽園だという話です」
「それって嘘だよね? どう考えても怪しいんだけど……」
「勿論ですよ。これは人間をおびき寄せる為の罠です。この心霊スポットの情報が書いてあるネットの記事も人が書いたものではないでしょう」
つまりここはガチの心霊スポットであり、悪霊だか怨霊だかが我々人間に害を為すために罠を張っているという訳だ。破魔子ちゃんはソイツを天女ちゃんの研修のために退治するつもりらしい。
「……ねえ、やっぱり帰らない?」
「ここまで来て何を言っているんですか! さあ、まずはあの公衆電話ですよ!」
破魔子ちゃんが指し示した先には公衆電話がある。丘の麓にひっそりと立っている。
「あれがもうすでに心霊現象なんですよ」
「どういう事?」
確かに公衆電話も心霊スポットの定番ではあるが、見たところ、何もおかしな気配はない。
「本来ならばここに公衆電話はありません。アレは人の作ったものでは無いですし、誰にでも見れる訳では無いようです。私達は異界に行くための資格があるとみなされたようですね」
「……それ本当?」
「本当です。事前にここには公衆電話が無いことは調べましたから。では次のステップへ進みましょう。あの公衆電話宛に電話をかけます」
破魔子ちゃんはスマホを取り出し、数字を打ち込んだ。
「それも例のネット情報?」
「はい」
破魔子ちゃんは外部スピーカーに切り替え、僕達にも聞こえるようにした。そんな気遣いはいらないんだけど……。
呼び出し音が静かな夜に響く。しばらくしてからガチャリと音が鳴った。思わず息を呑む。
「お掛けになった電話番号は現在使われておりません」
僕も聞いたことがあるガイダンスが流れてきた。ホッと一安心。やっぱりデマだったんだ。きっと破魔子ちゃんはガセネタ掴まされてしまったのさ。
「どうやら僕たちに異界へ行く資格は無かったようだね。さあ、帰ろうか」
僕はいそいそと鍵を出し、近くに止めた車へと行こうとした。
「お掛けになった電話番号は現在使われておりません」
「破魔子ちゃんもういいんじゃない?」
「お掛けになった電話番号は現在使われておりませんお掛けになった電話番号は現在使われておりませんお掛けになった電話番号は現在使われておりまおかけにおかけにおかおかおかおかおかかかかか…………おかのうえへごれんらくください」
ツーツーと電話の切れた音が虚しく響く。僕はもう顔が真っ青。ガチの心霊現象じゃん……。
「さて、次のステップはこの公衆電話から異界に電話しますよ!」
意気揚々と公衆電話へ入っていく破魔子ちゃん。止める間も無かった。中に入った破魔子ちゃんは緑の受話器を持ち、右手で数字を押していく。何で怖くないんだろう、慣れているのかな……。
破魔子ちゃんは受話器を耳につけ、真顔で聞き入っている様子。一体何を聞いているのだろう……。僕は公衆電話から数メートルほど距離を取って見守っていたが、ふと異変に気がついた。
公衆電話を囲っているガラスの右の下あたりに赤い模様のような物があった。目を凝らしてよく見れば、ブルリと鳥肌、人の手の痕であった。
――バン!
ちょうど僕の目線の直線上、赤い手形が音と共に出来た。
――バン!
また一つ。
――バンバンバン!
ガラスが割れるのでは無いかというくらい乱暴に叩かれ、無数の手形がどんどんできる。怒っているようにも思えるそれは、四方のガラスを埋め尽くすと、中の破魔子ちゃんは見えなくなった。どうしようと、彼女を助けるため震える足を無理矢理動かそうとした時、中から破魔子ちゃんが出てきた。
「丘の上へ行く許可が取れました! 歓迎してくれるそうですよ!」
どう考えても歓迎してくれる雰囲気は感じない。赤い手形とか完全に脅かしにかかっている。
「ほ、本気で行く気?」
「当たり前です! 異界系の怪異は私、初めてなので何だか面白そうじゃないですか!」
当初の予定では天女ちゃんに退魔師としてのノウハウを教えることが目的じゃなかったっけ? 完全に好奇心が先行している。力を得たことで強気になっているのだろうか。
「上へ向かいますよ!」
破魔子ちゃんは丘上の公園へと続く階段を示しながら言った。
「……あ、天女ちゃんは怖くないの?」
「私ですか? へっちゃらです!」
ガッツポーズをする天女ちゃんは何ら強がっている様子はない。妖怪だから心霊現象に強いのかな?
僕達は階段の入口まで行き、上を見上げると酷く驚いた。階段の果てが見えない。この丘の高さからすると、階段は50段あれば頂上に着きそうだが、どう考えても数百段はありそうだ。
「もう半分異界って感じですね」
破魔子ちゃんが先頭に立ち、天女ちゃんがすぐ後ろに続く。全く逡巡しないで階段を登っていく二人を少し遅れて追いかける。
「……ねえ、さっき電話でなんて言われたの?」
「絶対に階段は登らないでくださいって。その後は来るな来るなと、狂ったように言っていましたよ」
「全然歓迎されてないじゃん……」
そもそも人間をおびき寄せる目的なら、わざわざ怖がらせるような事はしないと思うが。
「これくらいで怖がる人間は必要ないって事じゃないですか? 上等ですよ。返り討ちにしてやりましょう!」
「私の必殺技で悪霊さんを退治しちゃいますよ!」
若い娘さんが二人して血の気の多い事を言っていらっしゃる。男なのにビビっている僕はちょっと肩身が狭い。
後は会話もなくずっと無言で階段を登った。どれくらい登ったかは分からないが、すでに階下は見えない。全身汗だくだ。旅館に帰ったらもう一度温泉に入らないと。
「あ、あれが入り口じゃないですか?」
天女ちゃんが指し示した先にはお粗末な木組みの門があった。左右に丸太を立て、その上に一本丸太を横に置いただけの簡素な門。そしてその門の前に、まるで通せんぼするように中央にユラユラと突っ立っている女が居た。白い着物を着ており、ボサボサな長い髪は前に垂らしている。さっき僕を驚かすために、聖女様がしていた格好と同じだ。
「あの先がいよいよ異界です! 女の人は悪霊ですが無視すれば大丈夫です!」
破魔子ちゃんと天女ちゃんはグイグイと登っていき、女の人の両脇を通って、入り口の向こう側へと行ってしまった。僕も後に続こうとするが女の人が怖い。右と左どちらから行こうかと迷っていると、突然女が叫んだ。
「来ルナ!」
髪を振り回し露わになった顔に驚いた。目がない眼孔に干からびた肌、軟骨がなくなり鼻骨だけの鼻はミイラそのもの。着物を着たミイラの女が、来るなと叫びながら僕に迫ってきた。
「ヒイィィ!」
情けない悲鳴を上げながら階段を駆け下りる。
「来ルナ来ルナ来ルナ!」
後ろから追いかけてくる。僕は一段飛ばしに階段を降りたが、肩を掴まれ止められた。このミイラ、筋肉が禄に無いくせに何故僕より早いんだ……。
「ニ ド ト 来 ル ナ!」
オデコとオデコが付きそうなくらい顔を寄せられ、ミイラから出禁を言い渡された。もう僕はミイラさんの言う通り素直に帰りたかった。
しかしあの二人を置いて逃げる訳にはいかない……。
僕は破壊玉を打ち込み悪霊のミイラを消し飛ばした。ああ~、ビックリした。
心臓がバクバクしている。ミイラの悪霊は彼女たちには反応していなかったのに何故僕にだけ……。若干の不公平さを感じながらも僕は木組みの門へと向かった。この先にボスが居るのにもうすでにヘトヘトだ。まあ、ボスと対峙するのは破魔子ちゃんと天女ちゃんだからいいだろう。いざとなればこちらには“伝説の聖女”様も居るんだし、なんとかなるさ。
木組の門の前に立つと、その先には木々に囲まれた何もない広場がある。二人の姿は見えない。今の位置から広場全体は見渡せるのに居ないのはおかしい。
僕は彼女たちに何かあったのではないかと、慌てて門を潜ると、目の前にはでかいおっさんの顔があった。
「…………」
驚きのあまり声が出ない。だって急に現れたから。
おっさんは顔しかなく、人を丸呑みできそうな程大きい。禿頭でモジャモジャのヒゲにイボだらけの汚い肌。しかめっ面でこちらを睨んでいる。
「あ~~」
硬直しながら観察しているとおっさんの大きな口が開いた。腐臭が漂ってくる。ガタガタの歯が眼前に迫ってきた。
――あ、食べられる
僕はほとんど無意識におっさんの口腔へ向け破壊玉を発射する。衝撃音が響き顔のおっさんは飛び散った。めちゃグロい。おっさんの破片がボタボタと地面に落ちるのを眺めていると、眼前の空間がグニャリと歪み体もそれに合わせて歪んでいる気がした。平衡感覚がわからなくなり、吐き気が込み上げ口を抑える。
しばらくして吐き気が収まり視界が安定すると、いつの間にか遊具のある公園にいた。冷たい夜気が体を撫でる。ボスを倒したところで異界から戻れたようだ。しかし、二人の姿は見当たらない。
……破魔子ちゃんと天女ちゃんはどこだ? まさかあの顔のおっさんに食べられてしまったのか。それとも異界に閉じ込められてしまったか。
僕は慌ててすぐに二人を探したがすぐに僕の斜め前、街灯の光が届かない暗がりに二人共立っているのを見つけた。外傷は見当たらない。無事なようで良かった。
「よかった。二人共無事だったんだね。怪我はない?」
彼女たちの下に駆け寄り、声をかけたが反応は無かった。二人とも無表情で生気のない顔をしている。
「天女ちゃん? 破魔子ちゃん?」
「な、んで……」
どちらから漏れたかわからないが消え入りそうな声でつぶやいた。もしかして僕が勝手にボスのおっさんを倒したらから怒っているのだろうか。二人共戦う気マンマンだったもんな。
「あの、勝手に倒しちゃってごめんね? でも仕方がなかったんだ」
「「なんでえぇぇぇ」」
天女ちゃんと破魔子ちゃんの体から、天女ちゃんと破魔子ちゃんの声ではないおよそ人とは思われない声が出た。すると今度は顔の皮膚が独りでにめくれ肉がむき出しになった。肉は腐った様に緑に変色し液状になって溶けていく。服や髪の毛、目玉や脂肪、その他全ての臓器もドロドロに溶けていった。残ったのは骨だけで、それもサラサラと細かく分解され、宙に溶けていく。
僕は唖然として言葉が出なかった。なにが起きたか理解できない。彼女たちが消えるまでの十数秒、僕は見ている事しか出来なかった。
「……えっ……えっ?」
思考停止で戸惑っていると水晶さんが突然光り、中から聖女様が出てきた。
「……あんたまさか、今の今まで気づいてなかったの?」
若干呆れを含んだ声質で僕に尋ねた。
「……どういう事ですか?」
聖女様は盛大に溜息を付いた。
「アレはアマメとハマコに擬態した餌よ。あんたをここにおびき寄せるためのね。てっきり分かっててワザと釣られたのかと思ってたわ」
「えっ……? いつからですか?」
「あんたの部屋に訪ねて来た時からよ。本物は宿にいるわ」
なんということだ。僕は初めからあの顔のおっさんに騙されていたのか。しかも得体のしれないモノと車に同乗までしていたのである。おお~、ゾッとする……。
「でもあの顔の化け物も、まさか釣ったマヌケが自分を瞬殺できる人間だなんて思わなかったでしょうね」
聖女様はカラカラと愉快そうに笑っているが、僕は笑えない。
「でもここ、嫌なモノが消えてないわね。この地に根付いている気がするわ。たぶんあの顔、時間を置いたら復活するタイプね」
「えっ? じゃあどうすればいいんですか?」
復活するんじゃ、また僕みたいな被害者が出てしまうじゃないか。
「あんたのアレ、なんて言ったっけ? ジョウカダマってやつ? あれで浄化すればいいのよ」
僕は聖女様の言う通りこの公園一帯に浄化玉をぶちこんだ。
「ん、もう大丈夫ね」
聖女様のお墨付きをいただき、僕たちは帰路についた。助手席には聖女様に居てもらった。なぜならバックミラー越しに幽霊が見えたら怖いからだ。もしこの車に乗り込んでいたら浄化してもらうのだ。カトリーヌさんは呆れていたが、そんな事知ったことではない。怖いものは怖いのだ。あんな事があったから、神経質になるのは仕方のない事だろう。
「あの顔の化け物がいた空間、ちょっと禍氣と似ていたのよねえ……」
ボソっと聖女様が呟いた。そうなのか。ならば異世界に行ったら極力禍氣には近づかないでおこう。邪神の件でトラウマでもあるし。
旅館には何ということなく着いた。僕は汗でびっしょりだったので一風呂浴びることにした。布団に入れば倦怠感からすぐに意識が飛び、死んだように眠った。
ちなみに本物の天女ちゃんと破魔子ちゃんは有料のマッサージチェアで寛いでいた。




