第14話 あの人登場②
部屋が明るくなった。再び電気がついた。眼前には異世界仕様の神官服を着た勝ち気なそうな少女が居る。こちらの方、行方知らずになっていたモノホンの“伝説の聖女”様の魂みたいだ。
「言 っ と き ま す け ど! 私の結界はポンコツじゃないからね!」
「……はあ」
なんだ結界って。いきなり何の脈絡もなくそんな事を言われても意味がわからない。
「セルクルイスの! 白霊貴族の侵入を防ぐ結界よ! ポンコツどころかすごいんだから! ロゼットの弟にゼクターフォクターの魂がほんのちょこっとしか入ってなくても、ちゃんと感知して弾いたでしょ!」
「ああ、そう言えばそうでしたね。流石は聖女様です」
「何よ、適当ね! もっと褒めなさい! 素人にはわからないだろうけど、あの結界はすごいんだから! 全く失礼しちゃうわ」
初対面でいきなり結界の評価の訂正を要求するあたり、聖女様は自尊心の強いお方だとみえる。そのあたりを意識しながら会話したほうが良さそうだ。
「あの聖女様、いつから水晶さんの中にいたのでしょうか? できれば経緯も聞かせてもらえれば」
「いいわ。教えて上げましょう」
聖女様の説明は以下の通りである。異世界でドラゴニックババアの気配を感じた聖女様はドラゴニックババアを追って時空の歪に飛び込んだ。歪の中を泳いでいくと死にそうになり、気がついたら水晶さんに助けられ、そのまま水晶さんの中から出られなくなった。これが僕が天女ちゃんにスキルを授けた時の事らしい。2ヶ月近く前の事だ。随分と長く居たもんだ。
出られなくなった理由はよくわからないが、水晶さんによると何かしらのお役目があるのでは無いかと言う話だった。そしてお役目が恐らく全て完了し、今やっと出てこれたという訳だ。
お役目は全部で3つ。1つ目は巫女様の体を癒やす事。水晶さんが治したのかと思ったら実は聖女様だったようだ。2つ目は白霊貴族との戦いで僕に発破をかける事。あの時は大変助かりました。そして最後が破魔子ちゃんの覚醒にあたり、力の一部を供給する事だ。でもこれは何でだ?
「その節はお世話になりました」
「本当よ! あんたちょっと臆病すぎじゃない?」
「こればっかりは生来の気質なもので、どうにも……」
「まあいいわ。でもこれは大きな貸しだからね? 一生を賭けて返しなさいよ」
「さすがに一生はちょっと……」
「いいえ、それだけの働きを私はしたわ。特にハマコにえんぐい量の力を取られたんだから!」
「……そういえば水晶さん、破壊玉を打ったつもりだったんだけど、なんで破魔子ちゃんに力を与えたの?」
そこんとこ、すごく気になっていたんだ。
「私も聞きたいわ。あの娘にそれだけの価値があるとは思えないんだけど」
『彼女達はきっとカミヒト様の大きな力となるでしょう。それは異世界の活動においても同様です』
「……つまり私もハマコを扱き使っていいって事ね?」
『それは本人に交渉して下さい』
「でも水晶さん、破魔子ちゃんだけでもえらい神正氣を持っていかれたんだけど、彼女は最低でもあと4人は集めるみたいだよ? たぶん今のままじゃ足りないよ」
『アレはEX神術ですので相応の神正氣を必要とします。その分、効果は期待してもいいと思います。人数はすぐに集める必要もないので、頑張って人々の信仰を集めましょう』
「そもそもアレ何なのよ?」
『アレは奇跡そのものです。純粋な願いを叶えるモノ。そうですね、カミヒト様風に言うならば、“願い玉”といった所でしょうか。カミヒト様とカトリーヌ様の力が合わさって初めて出来る奇跡です』
「奇跡ねえ……。それにしてはショボくない?」
『破魔子様の真価は仲間が揃ってからです』
「ふーん……」
水晶さんの中に長く居ただけあって二人の仲は良さそうな雰囲気がする。わがままそうだけど悪い人ではなさそうだ。ちゃんとお礼を言っておこうか。
「カトリーヌさん、事情は分かりました。僕たちのために力を貸してくれたようでありがとうございます。無事出られたようですので帰ったら早速、異世界にお送りしますね」
「いや!」
「えっ?」
「嫌よ! せっかく出られたんだから、異世界を観光するわ!」
「……そう言われましても、向こうでみんな心配していると思いますよ?」
「大丈夫よ。もっと長く留守にしてた事あるから」
「いや、でも……」
「うるさいわね。あんた次、向こうへ行くのはいつよ?」
「そうですね、2週間以降でしょうか」
天女ちゃんの入学式がそれくらい後だから、それまではあまり長く留守にしていたくない。本格的に異世界で布教を初めるならば、長く逗留する事もあるだろうし。
「じゃあ、私もそれまでは日本に居るわ」
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。幹部たちは優秀だからね」
でもアリエさんとか心配していたらかすぐに帰ったほうがいいと思うんだけど。しかし、しばらくこちらに居るとい事はカトリーヌさんに色々聞くチャンスではないか。彼女には聞きたい事や相談したい事が山ほどあるのだ。
“伝説の何か”とは何なのか? 邪神とか白霊貴族の事とかイーオ様のスパイ疑惑だとか。だが目下のところ一番聞きたいことは――
「この部屋で男の霊って見ませんでしたか?」
「ぶん殴っといたわ!」
『成仏しました』
ああ、良かった。一番の懸念事項がすでに解消されていた。心霊現象なんて極力体験したくないもんな。張り詰めた気が完全に解かれ、強張った筋肉が弛緩するのを感じた。座椅子に座ってダラリとしていると、ドアがノックされた。
「カミヒトさん、今お時間よろしいですか?」
破魔子ちゃんだ。
「えーっと、ちょっと待ってて」
「ぬっ?」
「どうしました、カトリーヌさん? あの、すみませんが、水晶さんの中に戻って貰うことって出来ますか?」
「まあ、出来るけど一人増えたから狭くなったのよねえ……」
サエ様の事だ。水晶さんの中ってどれくらいの広さなんだろう? 中がどうなっているのか気になる。
「申し訳ないんですけど、一度中に入って貰えますか?」
「ふーん。いいけど。ビビってた割にあんた一人でやるんだ?」
「? よろしくお願いします」
今、破魔子ちゃんにカトリーヌさんのことを説明するのは面倒くさいので、水晶さんの中にinして貰う事にした。カトリーヌさんはスルッと入っていった。
「おまたせ。どうしたの?」
ドアを開けると破魔子ちゃんと天女ちゃんがいた。二人とも旅館の浴衣ではなく私服を着ている。
「ふっふっふ。カミヒトさん、いいネタを仕込んできましたよ。この旅館の近くに心霊スポットがあるらしいのです! さあ、今から行きましょう!」
「……心霊スポット?」
「そうです! 天女ちゃんに退魔師としてのノウハウを教える絶好の機会です! 車で10分くらいで着くらしいですから、運転お願いしますね」
心霊スポットなんて冗談じゃない。僕はもう一度温泉に入ってゆっくりしたいのだ。なんとか辞めさせないと。
「もう今日はゆっくりしたほうがいいじゃない? それに僕はお酒を飲んだから運転はできないよ」
破魔子ちゃんはフッと笑って、僕に額に何かを貼り付けた。スーッと頭がスッキリしていく。と同時に心地よいほろ酔い加減が無くなった。
「それは気付けの御札です。酔い覚ましにもなるんですよ。これで飲酒運転の心配はなくなりました。さあ、レッツゴーです!」
「レッツゴーです!」
もう二人共ノリノリだ。なぜ心霊スポットで盛り上がれるんだろう。僕なんか絶対お断りしたいのに。わざわざ酔い覚ましなんかしてくれちゃって……。
「ねえ、辞めようよ? 良い旅館何だからゆっくりしよう?」
「カミヒトさんが来ないのなら、タクシーを使って私達二人で行きます」
「行きます!」
……もうこれはダメだ、付いていくしかない。僕はゲンナリしながらも、外出の支度をした。




