第13話 あの人登場①
「ああ~! アタイがあの猿に止めを刺したかったのに!」
僕の襟からひょっこり顔を出した童女の神様ことサエ様が不満を述べた。
「でも、サエ様じゃどうにもならなかったのでは?」
「そ、そうだけど、弱ったところをプチっと潰してやりたかった!」
「もしかして、その御方が本当の村の守り神ですか?」
岩から降りた破魔子ちゃんが尋ねる。
「そうだぞ! 中々やるな人間の小娘! アタイが褒めてやろう!」
「可愛らしい神様ですねえ」
「こら! 頭をナデナデするな!」
「あ、あの、破魔子ちゃん! 折り入ってお願いがあります!」
サエ様とじゃれていた破魔子ちゃんに向かい、天女ちゃんは甚く真剣な表情であった。
「お願い?」
「はい! どうか私を『退魔絢爛乙女団』に入れてください!」
「……ふむ」
天女ちゃんは覚醒した破魔子ちゃんに興味津々だったもんな。彼女は人助けが趣味であり、女の子向け変身ヒロインアニメが好きなので、今の破魔子ちゃんは天女ちゃんの琴線にドストライクなのだろう。
「……ダメですか?」
「確かに、天女ちゃんには才能を感じます。しかし『退魔絢爛乙女団』は甘っちょろい志で務まるほど生ぬるくはないのです。それに天女ちゃんは完璧な美少女になる事が目標なのでは?」
破魔子ちゃんが急に貫禄を出し、偉ぶりだした。
「わ、私、真剣です! そしてこれが私の美少女道の真髄だと確信しました。美少女とは強くあって人々を助ける存在でなくてはならないのです!」
「なるほど、志は十分ですね。それに戦闘力も十分です。しかし、天女ちゃんとは今日会ったばかりなので、お互いの事はまだよく分からないじゃないですか。ですので仮入団という事でどうでしょう? もちろん私がリーダーであることを認めるのであればですが」
「は、はい! よろしくお願いします」
「カミヒトさんもそういう事でいいですか?」
「えーっと……」
本音を言えば天女ちゃんには危ないことはしてほしくない。しかし、彼女の道は彼女が決めるべきであって、僕がどこまで干渉していいのかわからない。
「カミヒトさん、ダメですか……?」
「……学業を疎かにしないなら。あと、危ない事をする時は必ず事前に言ってね」
「はい! ありがとうございます!」
「退魔師としての心得をみっちりと仕込んであげましょう」
「きゅう!」
その後はドラゴニックババアに乗り、この辺一体のケガレを浄化して回った。なんでもサエ様によるとこの辺りは元々ケガレが溜まりやすい土地柄みたいで、サエ様はケガレの悪影響から村を守る神様だったようだ。しかし一つ目猿がどこからか流れてきて、サエ様を封印し村の神のふりをしていたそうだ。
破魔子ちゃんは変身を解除すると元の服装に戻り、キュウちゃんも神々しい聖獣のような姿から元のキュートな姿に戻った。しかし体の色は黒ではなく真っ白な純白。
「恐らくオシラキ様を蝕んでいるケガレの影響が無くなったのでしょう。これは親族に自慢できますよ」
ニヤリと笑った破魔子ちゃんはきっと家で得意顔で自慢するんだろうなあ。
一通り浄化が終わった後、神社に戻る途中で山の中に数名の霊管の職員が居るのを見つけた。彼らは僕らに万が一の事が起こった時の為に派遣されたそうで、破魔子ちゃんの狼煙を見て駆けつけたそうだ。普通は依頼を受けても霊管の職員は同行しないのだが、僕は今回初めてだったので特別に離れた所から見守っていたという。霊管の業務もとても忙しそうなのに何だか申し訳ないです。
職員の方々に事の顛末を詳しく説明して、僕たちは当初の予定通り今日宿泊する旅館へと向かった。サエ様は本人の希望もあり、とりあえず僕が預かっておくことにした。本来ならサエ様のような土地神は面倒な儀式を行わないと他の土地へ移動できないみたいだが、水晶さんが中に吸い込んで簡単に移動可能になった。水晶さんマジ便利。
車で一時間ほど運転して着いた旅館は老舗らしく古いがきれいで趣があった。僕は一人部屋、天女ちゃんと破魔子ちゃんは二人で一緒の部屋だ。女将さんに案内された部屋はこの旅館の一人部屋では一番お高いらしくとても広い。経費は全部霊管だ。こんないいお部屋を取ってくださって誠にありがたいです。
荷物をおいたら、早速この旅館自慢の露天風呂に向う。景色がいいのでついつい長湯してしまった。温泉から出たら、3人一緒に別室で食事を取った。お部屋はしつらえもよろしく、何だか大企業のお偉いさん達が接待のために使いそうな高級な雰囲気だ。
食事は山の幸や高級そうなお肉や川魚などがてんこ盛りだった。3人で舌鼓を打つ。あまり市場に出回らないレアな日本酒もあり、普段はお酒は飲まない僕であったがこの日はちょっと羽目を外して飲んだ。ほろ酔い加減もいい所でお開きとなった。
天女ちゃんと破魔子ちゃんは食後の運動で卓球をするらしく先に出ていった。僕は久しぶりのお酒だったので少し酔い覚ましの時間を取り、中居さんが片付けを始めた所で自分の部屋へと戻ろうとした。もうちょっと酔いが覚めてからまた温泉に入ろうか……。
「あの、野丸様……」
女将さんに呼び止められた。
「お部屋の方はどうなったでしょうか?」
「と、いいますと?」
「レイの件です」
「例?」
「……もしかして、何もご存知無いのですか?」
「はあ」
酔っている事もあって、いまいち女将さんの言っている意味が理解できない。女将さんがどうしましょうといった風で困り顔だ。
「あの、くわしく、おしえてもらえませんか?」
呂律が回らない。思っているより酔っているようだ。
「……あのお部屋、でるんです」
「でる?」
「男の霊です」
血の気がサーッと引いた。一気に酔いが覚めた。
「あのお部屋、実は曰く付きでずっと空室のままだったんです。怪奇現象が頻発し、特に男の霊の目撃が多くて……。今のままではとてもお客様をご案内する事など出来ず、困り果てていまして……」
えっ……まじで? 男の霊なんて見なかったが……。なんでそんな部屋に案内したんだ……。
「昨日のことですが、近くのお寺の住職さんがいらっしゃいまして、明日いらっしゃる野丸様という方があのお部屋の除霊をしてくださるとおっしゃりまして。それで私共は喜んであのお部屋にご案内したのですが……」
その住職さん、霊管の回し者じゃないですか? ちょっとおじさん、出るなら出るで最初に言ってくださいよ……。心の準備のないまま、バッタリ男の霊と出会ったらビックリするでしょうが。お高い良い旅館を手配してくれた裏には、こんな厄介な事情があったのか。
「わかりました……。なんとか除霊してみましょう」
「本当ですか? ありがとうございます!」
はあ、嫌だ嫌だ。そう言えば部屋に水晶さんを置いてきたんだった。既に水晶さんが除霊してたらいいな。
廊下に立ち、さっきまで寛いでいた部屋のドアを見つめる。
「あ゛っあ゛っあ゛っ」
中からは不気味なうめき声が聞こえた。クロイモちゃんだ。ドア越しからだと異常は感じない。フゥ~っと深呼吸をし、鍵を開けた。右手にはドアノブ、左手には浄化玉をスタンバイ。勢いよくドアを開けた。
…………。
良かった、第1段階はクリアだ。ドアを開けたらすぐ目の前に幽霊がいるパターンは無くなった。僕は壁のスイッチを押し、明かりを点けた。広い和室全体が目に映る。
よし、電気を点けたら居るパターンも無くなった。だがまだ油断はできない。僕は続けて天井を見た。こちらにも居なかった。天井に張り付いている事もよくあるパターンだ。奴等はどんな事があっても人間を驚かせようとするから油断も隙もあったものじゃない。
ホラー小説や漫画や映画の定番パターンはこれだけはない。次に注意しないといけないのは鏡だ。それからスマホの写真機能。直で見ることは出来ないが、何かの媒体越しに見えるタイプだ。スマホは使わなければいいし、この部屋には鏡はない。問題は広縁の窓ガラスだ。夜になると窓ガラスに光が反射して鏡のようになる事は誰でも知っているだろう。つまりこの窓ガラス越しに幽霊が見える可能性がある。
僕は今になってカーテンを閉めていかなかった事を後悔している。ああ、それから窓の向こう側に居るパターンもあるのか。ここは2階だし人がいたらまず間違いなく幽霊だ。僕は意を決して真正面から窓を見た。
……よし! いないぞ! すぐさまカーテンを閉める。
フゥ~、とりあえず一息。部屋の真ん中のテーブルに置いた水晶さんが目についた。神秘的ないい感じの淡い光を放っている。
「水晶さん、男の霊を見なかった?」
『……』
ちょっと、なにか返事してよ。怖いじゃん。何度も水晶さんに尋ねてみたが、ずっとだんまり沈黙を保っている。いや、反応無いのめっちゃ怖いんだけど。
僕は仕方が無いから、次に幽霊が居そうなところを探すことにした。どうか居ないでくださいと願いつつも。
他に幽霊が潜んでいそうな場所はと言うと、トイレや押し入れ、天袋あたりか。まずはトイレだ。へっぴり腰でトイレのドアノブに手をかけ一気に開ける。
よっしゃ! ここにも居ないぞ。もちろん天井の確認も怠らない。便器の蓋を開け、中を確認しても居なかった。
もう一度安堵のため息をつく。そもそも男の霊なんて居ないんじゃないか。きっと浮遊霊ってやつがたまたまこの部屋に留まっていたのだろう。既にどこかに行ってしまってここは普通のいいお部屋に戻っているのだ。きっとそうに違いない。僕は全身に汗をかきつつも楽観視していた。続けて押入れを確認する為、引手に手をかける。
すると突然電気が消え、真っ暗になった。そして背後に今まで無かった何かの気配を感じた。全身の毛穴が開き、悪寒が走り抜ける。
やばい、後ろに何かが居る……。
僕は左手の浄化玉に更に神正氣を込めた。もし悪霊のたぐいだったら遠慮なくブチかましてしまおう。心の中でカウントダウンをする。
……5……4……3……2……1……
バッと勢いよく振り向くと案の定いましたよ、幽霊ってやつが。中央のテーブルのちょうど水晶さんの真上にプカプカと浮いている。紛う事なき幽霊が居た。
しかし女将さんが言っていた男の霊ではない。見た目は十代中頃の髪の長い金髪の女の子で、異国情緒漂う服を着ている。顔は長い髪が全部前に垂れているのでわからない。女の霊あるあるだ。怖い顔をしているのか、はたまた目が合うと呪われる系か。どちらにせよ恐怖心を煽る姿である。マジ勘弁。
「あの……僕の言葉って分かります?」
とりあえず会話を試してみよう。悪霊ではなく煤子様のような憐れな霊かもしれないし。
「……レタ」
「……はい?」
「デ……レタ」
デレタと聞こえたがどういう意味だ? っていうかブツブツ呟くの怖いから辞めて欲しいんだけど。
…………バン!
「!!!??」
両肩に突然手を置かれ心臓が跳ね上がった。前の少女の霊はいつの間にか消えていた。おかしい、肩を叩かれた時は前に居たはずなのだが……。
「ヤット……デレタ……」
耳元で囁かれた。生暖かい吐息を感じる。肩に置かれた手は力強さを増し、キリキリと指が食い込む。
……もうダメだ、限界だ。こんな怖い演出をする霊なんて悪霊で決定だ。僕は自分の背後に向け浄化玉をぶっ放した。
「ふごっ!?」
悪霊の野太い悲鳴が聞こえた。成仏したのだろうか。振り向くと涙目な少女の霊が居た。
「ちょっと、何すんのよ!? 危ないじゃない!?」
ギリギリ躱されたようだ。ならば追撃だ。
「ちょっとやめなさい!? 私よ私!?」
今までの様子とは違い血の通った声と表情に戸惑う。しかし警戒は怠らない。
「……私と言われましても、異国の女の子の霊に知り合いはいません」
「ほら、あんたが尊敬してやまない私よ!」
いやマジで知らんし。普通っぽく見せておいて、油断させるタイプの悪霊かもしれない。ちょっと弱めの浄化玉でも打っておこうか。
「ま、待ちなさい! セルクルイスで私の教徒達があんたの世話をしてやったでしょう!」
「どうしてその名前を……?」
女の子の霊から異世界の街の名前が出て驚く。っていうか異世界でみたことある顔だった。確かイーオ様の奇跡の実演イベントの時に見た礼拝所の女の子の銅像に似ている。ミモザさんが教えてくれた銅像のモデルは確か……。
「……もしかしてカトリーヌさんですか?」
女の子の霊は、ふぅやれやれと言った様子で部屋の中央の机の上まで移動した。水晶さんを跨いで大きく足を開き、腰に手を当て尊大に言い放った。
「私こそが“伝説の聖女”カトリーヌ様よ! さあ、存分に敬いなさい!!」
『私の中にずっといました』
マジっすか、水晶さん……。




