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第12話 オンミョウ☆ハマコ爆誕

「こんな格好にして何させる気ですか!? 変態! 変態!」


「ご、誤解なんだ……!」


破魔子はまこちゃん、可愛いですよ!」


 僕の破壊玉によって何故か和風アイドル衣装に変身した破魔子ちゃんになじられる。


「奇術で時間稼ぎかのう。無駄な足掻きじゃて。早うおとなしく喰われんかい。もう我慢の限界じゃあ!」


「きゅう!」


 巨大猿が再び僕たちの方へ突進してこようとすると、猿の前にキュウちゃんが立ちはだかった。


「え……? キュウちゃん?」


 キュウちゃんの姿は大きく変わっていて、その姿に破魔子ちゃんが驚く。真っ黒だった外観は美しい白銀の毛並みとなり、煌煌と輝く真紅のオーラを身にまとっている。体躯は一回り大きくなっており、凛然とした佇まいとその外観から聖獣ともいうべき風格を備えていた。


「きゅう、きゅきゅう、きゅうきゅうきゅう!」


「え……? そうなの? うん、分かった」


 キュウちゃんから何かを言われた破魔子ちゃんは、威儀を正して巨大猿を見据える。


「野丸さん、アレは私が倒します」


 そう宣言した破魔子ちゃんからただならぬ気配を感じた僕は、黙ってこの場は彼女に任せる事にした。


霊威武装れいいぶそう!」


「きゅう!」


 破魔子ちゃんの左手にキュウちゃんが乗ると、たちまち姿を変え一本の()()の和弓へと変形した。


「……すごい。これなら……」


「またそれか。そんななまくらで儂に挑むとは笑止千万じゃて。愚かな小娘じゃ」


 猿は破魔子ちゃんに向かい突進した。対する彼女は怪獣のような巨体が迫ってきても、悠然と弓を構え何ら動じた様子はなかった。


「一矢必中」


 一瞬光りが煌めくと、弓から一筋の光線が放たれ、猿の右足を根本から吹っ飛ばした。切れた足は後方に舞いながら地面に着地すると黒い霧となって消えた。猿の悲鳴が山に響き渡る。


「お、お前たち! そいつらを殺せ! 3人共喰って構わん!」


 それだけ言ってボス猿は山の奥へと逃げていった。僕たちを囲んでいる数百匹の猿達はキーキーと興奮し殺気立っている。これは僕も加勢した方がいいかな。


「私に全て任せて下さい。千射万箭せんしゃばんせん!」


 破魔子ちゃんは弓を上に向け、矢を天に放った。先程よりも太い光線は天高く登っていくと無数に枝分かれして、弧を描きながら今度は地上の猿をめがけ降り注ぐ。まるで流星群のような光の筋は正確に猿を射抜いた。サテライトビームだ。


 山のあちこちから猿の断末魔が聞こえ、黒い霧となって消えた。視界に映る限りでは一匹たりとも残っていない。あっという間に討伐である。破魔子ちゃん、めっちゃすごい。ただ攻撃が矢ではなく完全にレーザービームだ。


「破魔子ちゃん、すごいです! かっこいいです!」


 あれだけの猿を一瞬で倒してしまったのだ、さぞかしドヤっているかと思ったが、破魔子ちゃんは神妙な顔つきで真紅の和弓を見つめていた。僕はまたなじられたくないので少し彼女から距離を取る。


「……思い出しました」


 破魔子ちゃんがそっと呟いた。


「これ、私が子供の頃に考えた衣装なんです」


「……うん?」


 彼女の言わんとしている事がよく分からない。


「私が幼かった頃、寝る前によくお母さんやおばあちゃんからひいお祖母様のお話を聞かされていました。ひいお祖母様が若かった頃の話です。普通は子供を寝かしつける時は絵本などを読むのでしょうが、私はひいお祖母様、すなわち“テンコウケイカ”の英雄譚でした」


 おや、破魔子ちゃんが語りモードに入ったぞ。


「戦争が終結した直後、日本は戦時中に大量に生み出されたケガレのせいで、魑魅魍魎や妖魔がひしめく混沌とした時代となりました。退魔師の数も極端に少なくなっており、このままでは日本全土が怪異に飲み込まれてしまうという程の危機だったのです。そんな時、一人の天才退魔師が現れました。それがまだ十代中頃のひいお祖母様だったのです」


 長くなりそうだ。だが空気を呼んで黙って聞くことにしよう。


「ひいお祖母様の他にも、同じ年頃の4人の才能ある乙女たちがいました。彼女たちは5人でケガレに満ちた日本全土を巡り、怪異を討伐していったのです。怨念に満たされた多くの悪霊達を鎮め、復活した太古の妖魔を討伐し、ケガレに侵された悪神を浄化しました。彼女たちは見目麗しく華やかで、まるで荒野に咲く美しい花だと囁かれていたのです。そこから人々はいつしか彼女たちの事を“百華繚乱ひゃっかりょうらん五小町いつこまち”と呼ぶようになりました」


 天女あまめちゃんがめっちゃ真剣な表情で聞き入っている。興味津々といった様子でのめり込んでいる。


「その後ひいお祖母様達は見事、混沌とした時代を平らげました。今では生ける伝説として私達の尊敬の的なのです!」


「すごいんですね、破魔子ちゃんのひいお婆ちゃんは!」


「そうです、ひいお祖母様は私達の業界ではすごいんですよ! 私はそんな“テンコウケイカ”に憧れて、ひいお祖母様のような退魔師になりたいと強く思っていました。この衣装はそんな子供の夢想から生まれたものなのです」


「その可愛い衣装は破魔子ちゃんが考えたんですね!」


 良かった。あの衣装は破魔子ちゃんが考えたもので、僕の深層心理に十代の少女にあのような服を着せたいという願望があった訳では無かったんだな。危うく自分が信じられなくなる所だった。


 それにしても何故攻撃したつもりが、破魔子ちゃんを覚醒させる結果になったのだろう? 


「ヤチコちゃんの予言はこの事だったんですね」


「巫女様の予言?」


「はい、少し前にヤチコちゃんの占星術で野丸さんが私の願いを叶えてくれるという結果が出たらしいのです。私が今日同行したのはその為でもあります」


「願いというのは強くなること?」 


「そうですが、ただ強くなるだけではありません。野丸さん、先程もお話した通り現在の日本では未だかつて無いほどケガレに満ちています。更にその性質がより厄介なものへと変化し深刻な状況であります。恐らくは戦後直後よりも。この難境を打開する為にはかつての“テンコウケイカ”や“百華繚乱ひゃっかりょうらん五小町いつこまち”のような希望が必要なのです! 子供の頃の私はそのような退魔師になる事が夢だったのです。そして志を同じくする仲間が欲しかった。ですが、私にはひいお祖母様みたいに才能に恵まれていませんでした。現実を知った私はいつしか自分の夢すら忘れてしまったのです」


 しかし、と破魔子ちゃんは続けた。


「野丸さんというパトロンを得た今、私の夢は実現したのです! よってここに宣言します!」


 彼女はスゥーッと息を吸って勿体ぶって何拍か間を置いた。


「世のため人のため怪異を討つため! わたくし、菩薩院破魔子は『退魔絢爛たいまけんらん乙女団おとめだん』を結成いたします! リーダーは勿論私です!」


 天女ちゃんが「わあー」と言いながら拍手をしている。彼女の琴線に何か触れたらしい。


「そういう訳ですので他のメンバーをよろしくお願いします、()()()()さん」


「え? 僕が探すの?」


「当たり前じゃないですか。私も探しますが、この力を与える事はカミヒトさんしか出来ませんから」


「……何人くらい集める予定?」


「そうですね、“百華繚乱五小町”が5人だったので、最低でもあと4人は欲しいですね」


 また面倒な事を頼まれたな。破魔子ちゃんを変身させたマーブル模様の玉はえげつないほど神正氣を使うから、あまり使いたくないんだけど。というか勝手に出てきたから自分の意志で使えるのか分からないぞ。


「さあ、おしゃべりはここまでです。群れの長はまだ生きています。千射万箭せんしゃばんせんで仕留めきれなかったようですので、とっとと止めを刺しにいきましょう」








 僕たちはドラゴニックババアに乗り上空から群れの長を追跡する。群れの長はキュウちゃんが索敵してくれてすぐに見つかった。破魔子ちゃんによって傷つけられた猿の体は癒えていたが、体が大きく縮み今はゴリラほどの大きさだ。進行方向から察するにどうやら人里へ向かっているようだった。


「人間さんを襲うつもりでしょうか?」


「でしょうね。最後の晩餐に片っ端から食べる気でしょう」


「それでどうするの? 先回りして着地する?」


 破魔子ちゃんは自分一人で猿と決着をつけたい言っていた。


「はい、お願いします。できれば距離を置いてもらえると助かります」


 彼女の言う通り、猿を待ち伏せするためにドラゴニックババアの速度を上げた。降り立った地は谷間に流れる川のほとり。この川を降った先に小さな村がある。僕と天女ちゃんは破魔子ちゃんの指示で大きな岩の影に隠れた。破魔子ちゃんは僕たちの背後の切り立った崖の上、見晴らしの良さそうな場所に陣取る。崖の上から不意打ちで猿を射抜くつもりだ。


 待つこと2、3分、川上から猿が岸辺を走ってやって来た。猿が僕たちの前を過ぎようという時、頭上から矢が放たれた。そう、普通の矢だ。先程のレーザービームではなく、スピードも威力も大幅に劣る普通の矢だった。どういうことだろう、破魔子ちゃんの力が尽きてしまったのだろうか。


 猿はヒラリと難なく避ける。


「何奴じゃ!」


 猿が矢の飛んできた方向を見て誰何した。


「人に仇名す物の怪よ、今日があなたの命日です!」


 破魔子ちゃんは崖から飛び降りると、僕たちが隠れている岩の上に着地した。


「光の矢で魑魅魍魎ちみもうりょう悪鬼羅刹あっきらせつ天魔波旬てんまはじゅんを射つ! 退魔絢爛乙女団! 真紅の乙女! オンミョウ☆ハマコ!! 推! 参!」


 ババーンと効果音が聞こえてきそうなほど、堂々と破魔子ちゃんは名乗った。どうやら前口上を述べたかったらしい。


「ヒッ……! み、見逃してくれ……」


 破魔子ちゃんを見た猿が後ずさった。


「言ったはずです、今日があなたの命日だと。人を食す物の怪は許しません!」


「もう喰わん、もう喰わんから堪忍してほしいのじゃあ……」


「神を騙る化け物は信用できません! この場であなたを討ちます! 覚悟なさい!」


 破魔子ちゃんは右手で作った矢を真紅の和弓に番えた。矢じりに赤い光が鋭く灯る。


「小娘ぇ~、調子に乗るな。儂には遥か遠くの地に予備の体を隠しているのじゃて。ここでこの体を討てば儂は彼の地で力を溜め、悪逆の限りを尽くすぞ? 今度はもっとうまく隠れよう」


 矢じりに灯った赤い光が増々鋭さを増した。


「取引じゃ。儂に供物をよこせ。さすれば人を襲うことは控えよう。狩りが出来ないのは残念じゃがのう。どうじゃ、悪くはなかろう。咎人を供物とすれば良心は痛むまい」


「愚かなお猿さんですね。そのような人道に反する取引など応じる訳がありません」


「……聞いていなかったか? 儂は滅びぬぞ? 力を溜め、貴様を無惨に喰らうてやるぞ!」


「あなたこそ聞いていなかったのですか? あなたは今日ここで滅びるのですよ」


「小癪なあ~! 食料の分際で!!」


 猿は破魔子ちゃんの挑発に耐えられず、大きく跳躍をして襲いかかった。しかし、矢じりに溜まった力は既に絶大である。破魔子ちゃんは弓を頭上に向けた。 


「星の巡りにお還りなさい! 一矢必殺! は~まや~!!」


 矢は猿の中心を穿ち空高く登っていった。


「それはあなたに繋がった体全てを滅します。距離は関係ありません」


 一筋の赤い光はドーンと大きく花を咲かせた。きれいだなあ、まるで花火みたいだ。


「フッ……。ミッションコンプリート」


 後ろ姿しか見えないけど、きっとドヤ顔をしているんだろうなあ。

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