第11話 本当の守り神
泣き声のする社殿へ向かい灯籠に照らされた石畳を歩く。灯籠の光だけでは薄暗いのでスマホのライトを点けている。謎の空間に飛ばされ、これからこの空間の主と思われる何者かに会いに行くところだ。
100メートル程歩くと古びた社殿に着いた。社殿の大きさは超越神社の拝殿くらいだが痛みが酷く、柱は朽ち、壁は破れ、屋根は半分ほど瓦が剥がれ落ちていた。中から咽び泣く声が聞こえる。
「あ゛~」
「クロイモちゃん、静かにしてて……」
「ぁ゛」
僕は足音を立てないように静かに社殿に登った。板扉もほとんど原型がなく、社殿の中が丸見えになっている。僕はそーっと中を窺った。中は暗く中央の人形のように小さな女の子以外は何も見えない。女の子だけが不自然にクッキリと浮かび上がっている。こちらに背を向けており、体育座りをしていて膝に顔を埋めている。この女の子が泣いているようだ。背中越しにしゃくり上げている様子がわかる。
躊躇している時間はない。僕は意を決して声をかけた。
「あの~」
女の子は相当驚いたようで、ビクッと大きく跳ね上がった。
「な、なんだ!? お前誰だ!?」
振り向いた女の子は僕を見て、ズザザーっと大きく後ろに下がった。女の子はツギハギだらけの汚い着物を着ていて、ボサボサの肩までかかるオカッパに肌は汚れだらけのちょっと不潔な風采だった。目は真っ赤で目元は腫れている。見た目は10歳くらいだろうか。
「突然すみません……。僕をここに呼んだのはあなたでしょうか?」
「よ、呼んでない! ここは誰も入ってこれないはずだ! 何で人間がいるんだ! あれ? お前人間か?」
「一応神でもあるんですが……。あの、あなたは?」
「お前、本当に神か? でも、確かに神性は感じる……」
「ええと、ここから出してもらえる事って出来ます?」
「む、無理だ。アタイはずっとここに閉じ込められてる。何度試しても出られなかった……ぐすっ」
「閉じ込められた? あなたは一体何者なんですか?」
「アタイはオセ村の守り神だよ。どこからか流れてきた猿のクソジジイに閉じ込められたんだ! で、お前は何でここに入ってこれたんだ? 内からも外からも出入りは出来ないはずだけど……」
「それが僕にもわからないんですよ。お堂の裏の社を見たら、気づいたらここに居て……」
童女は自分を村の守り神だと言った。それが本当だとすると神社に居たおじいちゃんの神様は一体……? あの神様が童女の言う猿のクソジジイだとしたら僕たちは騙されたことになる。天女ちゃん達の事を思うと、じんわりと掌に汗を感じ、焦りから鼓動が早くなる。
「無礼を承知で申し上げますが、あなたが村の神だという証拠を示すことができますか?」
こういう時こそ慎重にいかなければならない。彼女が悪い神で騙っている可能性もある。焦燥感から軽率に動いてはいけない。僕は逸る心を落ち着かせ、努めて冷静に振る舞おうとした。
「どっからどう見ても神だろ! こんな汚い格好だから疑うのか!? しょうが無いじゃないか! 長い間こんな狭い所に閉じ込められて、氏子達の力が届かないんだ! ハッ! そうだ、村はどうなった!?」
「村はだいぶ前に廃村になりましたよ」
「なっ!? まさか、村人たちは一つ目猿達に食われたのか!?」
「いえ、普通に人口が減ったために別の村に移動したと聞きましたが」
「そっか……良かったあ。でも、村なくなっちゃたんだ……。若いのどんどん出て行っちゃったからなあ」
在りし日の村を思い浮かべているのだろう。童女の神様の寂しそうな表情から懐郷の想いが察せられる。悪い神ではなさそうだが、まだ判断はできない。
ねえ水晶さん、この女の子が本物の村の神様かな?
『……』
水晶さんからの返答はなかった。まるで自分で考えろと言っているようだ。
「なあ、アタイにお前の力を分けてくれないか? 元のかわいい姿に戻れば、アタイが村の神だって証拠になるぞ!」
「いや、姿だけでは判断できませんよ」
「知らないのか? 神様の力は神様にしか扱えないんだ。悪い神はケガレで汚れているから、善い神様の力は毒になるんだぞ」
「つまり僕の力を扱うことができれば、それが悪い神ではない証拠になると?」
「そうだ!」
これはそれなりに理に適ったことではないだろうか。異世界で会った邪神は僕とは正反対の性質のように思われたし、魔境神社のおみつさんからは僕と似たような力を感じた。眼前の神様が嘘をついている可能性もあるが、モタモタしていられないし、リスクを取ってでも確かめたほうがいいだろう。
「分かりました。僕の神正氣をちょっと流してみますね」
万が一が起こってはいけないからちょこっとだけだ。僕は童女の神様に手をかざし、神正氣を流し込んだ。少しだけ。
「ふあぁ……」
気持ちよさそうな声を上げると、小汚かった童女はみるみる小綺麗な姿に変貌していった。明るい黄色の花柄が艶やかな着物に、きれいに切り揃えられたオカッパは見事な烏羽色。幼い子どもみたいにつるつるとした肌は玉のよう。そして纏うオーラは僕と似ており、疑いようもなく神のものだ。
「ああ、お腹いっぱいだあ……」
少ししか流していないのに、もう満腹らしい。あまり強い神様ではないのかな?
「すごい……純度が高くて濃厚だあ……。お前、すごいんだなあ。ハッ! も、もしかして名のある神様ですか!」
「いえ、最近神になった新米です」
「なあんだ。粗相をしたんじゃないかとビックリしたよ。そうか、期待の新人だったか!」
「……どうでしょうね」
「どうだ、後輩! アタイの可愛い姿は! どう見ても善い神様にしか見えないだろう!」
「はい、神様が嘘を言っていないのは分かりました。力が戻ったようで何よりです。それで、この空間から出られそうですかね?」
「無理だ。アタイは弱い神だから無理なのだ!」
「……そうですか」
となるともう強行手段に出るしか無い。恐らくこの空間は結界と似たようなものだろうから、内側から破壊玉で壊せるのではないか。
「童女の神様、ここを無理やり壊しちゃってもいいですか?」
「誰が童女の神様だ! アタイはサエ。オセ村の守り神、サエだ!」
「失礼しました。僕は野丸嘉彌仁です」
「カミヒトっていうのか。壊せるなら壊してもいいぞ。アタイも外に出たい!」
童女の神様からお許しが出たので早速壊してしまおう。僕たちは社殿の外に出るた。掌を天にかざしメラメラと燃える黄金色の球を出す。照準はこの空間そのもの。
それゆけ破壊玉! 神様を幽閉していた牢獄を破壊せよ!
漆黒の空に勢いよく発射された破壊玉はぐんぐん上昇していき、ある高さまで到達すると閃光を放った。直後に地面が激しく揺れ、空間全体からガラスが割れるような音が響き渡る。あまりの揺れに立っていることが出来ず四つん這いになると、ガシャンと一際大きな音が鳴った。再び視界が暗転する。
程なくして、まぶたに光を感じ目を開けると、正面には一つ目の猿達が壊したお堂の残骸が映った。良かった、戻ってこれたようだ。しかし天女ちゃんと破魔子ちゃんの姿はなかった。
「ああ~~、出られた! ありがとう、カミヒト!」
童女の神様が大きく伸びをする。数十年ぶりのシャバの空気はさぞかし美味いだろう。だが今の僕には彼女の喜びを分かち合う余裕ない。早く二人を探さないといけないのだ。
僕は空から探すべく飛行の神術を発動した。背後に黄金のドラゴニックババアが現れる。異世界で北の公爵を倒すため編み出した神術だ。
「僕は一つ目の猿に襲われた仲間を探しに行きます。サエさんはどうしますか?」
「アタイも行く! あのクソジジイぶっ潰してやらないと気が済まない!」
僕は童女の神様が落ちないように上着の中に入れた。ドラゴニックババアは僕の肩を掴むと空高く舞い上がった。眼下にはまだ葉のついていない枯れ木でにぎわう山が広がる。
「あ、あれじゃないか!」
童女の神様が指し示す先は山の奥で何もない空白の領域があり、そこに巨大な猿とそれを囲むように大勢の猿達が居た。巨大な猿の右手には破魔子ちゃんが握られていた。口を大きく開けており食べる気だ。
「急ぎます! しっかり捕まってて下さい!」
ドラゴニックババアは猿めがけ一直線に滑空した。戦闘機のようなスピードで突き進み、あっという間に猿が目前へと迫る。
このまま巨大猿の脇腹にダイレクトアタックだ!
「ぎゃっ!?」
ドラゴニックババアは体当りし、巨大猿を吹き飛ばした。放り出された破魔子ちゃんを空中でキャッチし、そのまま地面にしゅたっ!
「大丈夫? 破魔子ちゃん」
「……えっ?」
破魔子ちゃんの顔は硬直しており、目には涙が浮かんでいた。よほど恐ろしかったのだろう。
「カミヒトさん! ああ、破魔子ちゃん、良かった……」
天女ちゃんが僕たちの下に駆け寄り、心底安堵した様子だった。彼女も無事で良かった。
「ぐぅぅ……。いきなり攻撃とはご挨拶じゃのう。食料の分際で生意気じゃな」
「おい! クソジジイ! よくも閉じ込めたな!」
上着の襟から顔だけ出した童女の神様が気炎を揚げた。
「何じゃ小娘? せっかく閉じ込めたのに出てきおったか。そこの男か、余計なことをしおって。まあいい。貴様は用済みじゃ。貴様の神威のお陰で間抜けな人間どもを騙すことが出来たぞ。キッキッキ! そこの男もろとも喰ろうてやろう」
「なんだと!? よし、カミヒト! やっちゃえ!」
「えーと、アレがボスでいいんですか?」
「はい。ですが私達が最初に会った神を騙っていた小さな猿が群れの長のようで、この長は群れの猿に自由に乗り移ることが出来るらしいのです。つまり群れ全ての猿を倒さないといけないのです」
破魔子ちゃんは少し落ち着いたようで、一つ目猿の特性を教えてくれた。
「厄介だね。なんとかなると思うけど」
巨大猿自体の強さは山の神くらいだな。つまり今の僕なら簡単に勝てる。それでもやっぱりあの巨体にはたじろいでしまう。象の体にキリンの首をくっつけた位の大きさのドラゴニックババアよりも大きいんだもん。
さて、とりあえず巨大猿を先に倒してしまおう。
「キッキッキ! 肉があまり付いていないのう。食べごたえがなさそうじゃ。丸呑みにしてやろう!」
猿が突っ込んでくる。地面が揺れるほどの質量の化け物が突進してきた。めっちゃ怖い。よし、破壊玉で応戦だ。威力はやや強めでいいだろう。そう思って神正氣を込めて破壊玉を出せば、想定外の大量の神正氣がグッと取られた。
えっ、なんで? これだとオーバーキルになっちゃうぞ……。
しかも外観もいつもの黄金の火球ではなく、色んな色の混じったマーブル模様の火球だ。なにこれ?
水晶さんに尋ねる間もなく猿が突っ込んでくる。明らかに過剰な神正氣を使っているが仕方がない、このまま打ってしまおう。もしかしたら余剰分の神正氣は後で回収できるかも知れない。
僕は巨大猿に向けマーブル模様の破壊玉を放つ。当たればこんな猿は跡形もなく消え去るだろう。すでに勝ちを確信し破壊玉が猿に当たろうかという所で、なんと破壊玉はクルっと旋回し猿を避けた。そして向う先は破魔子ちゃんだ。
一瞬の事で驚き、「危ない!」と声を出す僅かな時間もなく、マーブル模様の破壊玉は破魔子ちゃんに直撃した。
「きゃっ!?」
光が破魔子ちゃんを包み、強い閃光が出た。直視出来ない程の光量なので顔を腕で遮る。程なくしてからまぶた越しに光が収まったのを感じて目を開けた。
「何なんですか、もう~」
「…………」
破壊玉が当たったのでめちゃくちゃ焦ったが、破魔子ちゃんの体に異変はなさそうだった。そう体には……。
破魔子ちゃんの今日の服装は山の中を歩く予定もあってか、パーカーにジーンズ、スニーカーというシンプルで地味なものだった。しかし今はどうだ。服装がガラリと変わっている。
白の下地に赤系統の花々の刺繍が施された振り袖の上衣、緋袴を模したミニスカート、白足袋にスカートと同じ色の鼻緒の下駄、頭には金色のティアラのような天冠。端的に言うと、巫女装束をアイドルのステージ衣装風にした装いだ。
一体何故こんなことに……。まさか破魔子ちゃんにコスプレさせるためだけに、あれ程の神正氣を消費したというのか。
「な、なにこの服はー!?」
自身の身なりに気づいて破魔子ちゃんが叫んだ。
「何なんですかこの格好は!? 野丸さん、説明して下さい!」
「いや、僕にもさっぱり……」
巨大猿を攻撃するために、いつも通り破壊玉を出しただけなんだ。
「野丸さんから出た変な玉に当たったらこうなったんですよ! 野丸さんの仕業でしょう! この変態!」
「ち、違うんだ……」
「は、破魔子ちゃん、とっても可愛いですよ!」
「変態! ロリコン! 特殊性癖!」
破魔子ちゃんの口撃にタジタジである。あられもない疑いだがマーブル模様の破壊玉でこうなった事は事実であるから、僕の意図したことではないと彼女を納得させるだけの証拠が出せない。
ちょっと水晶さん、説明してよ……。




