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第6話 濃厚!? スパイ疑惑!

 異世界の宗教のパンツは神聖である。神聖であるがゆえに規格が定められているのである。カトリーヌ教オフィシャルパンツは青である。真っ赤なパンツはダメなのである。


 故にカトリーヌ教の祭事で真っ赤なパンツをはいている者がいたらそれはどうなんだろう?


「もし、そのような者がいたら?」


「それはカトリーヌ教徒ではない何処かの密偵ですね。事実、昔はそのような事がありました。どこぞの宗教の者がカトリーヌ教徒の振りをして入り込み、たまたまその者の下穿きを見たものがいまして、発覚してご用となった事件がありました。それからしばらくは教徒の下穿きを確認する慣習が出来たそうですが、それも今はありませんね。密偵として侵入するのはほぼ邪教ですから。邪教の連中は、我々の規定の下穿きをいとも簡単にはきます。奴らには『神聖な下着』という概念が無いのです。私達が重視する儀礼など何とも思っていないのですよ」


 邪教のくだりになってから温厚なモンレさんが舌鋒鋭く批難した。ちょっとビビった。


「ああ、すみません。奴らには長い間、妨害を受けていまして、ほとほと困っているのです……。そんな訳ですから簡単に他教の下穿きを着用できる邪教に対して、規定の下着の確認など意味がないのですよ」


「……なるほど。話は変わりますが、規定の下着の色が赤い宗教ってありますか?」


「赤ですか? 確か“神聖光輝教会しんせいこうききょうかい”だったと思いますが。……まさか興味がおありで?」


「ちょっと気になりまして。何しろ僕はこの大陸に来てまだ日が浅いですから、色々知っておきたい事が多いのです」


「……なるほど、そういう事でしたか。ではあまり詳しくありませんが、私の知っている範囲でよければ。“神聖光輝教会”はカトリーヌ教に比べれば規模は遥かに劣りますが、その歴史は長く、起源は神代の時代まで遡ると言われています。神話に出てくる“ババア”を信仰しているといいますが、詳しくは不明です。本拠地はサンカクスイ共和国にあり、同国の国教にもなっています」


「カトリーヌ教との関係は?」


「あまり接点はないですが、悪いという事は無いですね」


「よく分かりました。ありがとうございます」


 関係が悪くないのならそこまで警戒しなくても大丈夫か? それにイーオ様がスパイかどうかは現時点では判断できない。イーオ様の下着を見たのは毛玉のおっちゃんであって、僕は直接見ていない。でも念のために“神聖光輝教会”は覚えておこう。


「モンレ様、少しよろしいでしょうか?」


 ドアがノックされ外からミモザさんの声がした。


「どうぞ」


「失礼します」


「どうかされましたか?」


「はい。ただいまイーオ様ご一同が到着なさいました。すぐにでもカミヒトさんに面会したいと仰っています」


 ……マジか……このタイミングでか。どうしよう、今は会いたくないぞ。









 対面のソファにはニコニコと機嫌の良さそうなイーオ様が居る。今、彼女に会うには心の準備が出来ていなかったが、断る理由がないので面会を受けてしまった。


 イーオ様の斜め後ろには、秘書っぽい女性が控えている。名前は確かカチョウさんといったか。僕の背後のドアの左右には厳ついおじさん二人が、まるで門番のように立っている。1人はイーオ様に初めて会った時に僕を詰問した人だ。もう1人は初めて見るが、もう片方のおじさんに似ているので兄弟かも知れない。


 モンレさんは席を外し、この場にいるのは僕を含め5人だ。お付きの人達もスパイだったらどうしよう。挟まれているぞ。


「まずはお礼を申し上げます。この度はセルクルイスを守ってくださり、誠にありがとうございます」


「顔を上げて下さい。僕は自分のできることをやったまでですから……。それにお礼を言うのは僕もですよ。禍氣かきの渦に巻き込まれた僕を探してくださったようですし」


「当然のことですよ。ふふ、カミヒト様はあれ程のお力を持っていらっしゃるのに、相変わらずご謙遜なさるのですね。カミヒト様の謙虚な姿勢は我々も見習わなくては。それにしましても、あの天に登る黄金の輝きは本当に素晴らしかった」


「恐縮です……」


「何よりも、よくご無事でいらっしゃいました。強い禍氣に偶然巻き込まれるとは災難でしたね。それでも強力な禍氣から抜け出せるなんて、さすがカミヒト様です」


「……そのことなんですが、少しお聞きしたいことがあるのです」


 あの渦を生み出したのは得体のしれない少女だった。北の公爵よりも遥かに強い印象を抱いた。あの少女についても聞こうと思っていたので、この際だからスパイ疑惑はあるがイーオ様に話してみよう。


 僕はあの時のことを詳しく話した。


「……それは邪教が崇める『邪神』かも知れません。聞いた話と外見が一致します。禍氣は自然発生するものなので本来ならば何者かの意志により生み出すことなどは出来ないのですが、邪神はそれが出来るようなのです。カミヒト様、本当によくご無事で……」


「……邪神ですか。目を付けられたっぽいんですけど、マズイですかね?」


「邪神については私も詳しくはないので何とも言えませんが、カトリーヌ様が最も警戒するくらいですから、最大限警戒するべきだと思います」


「……そうですよね。あの、警戒するにしても敵のことを知らないといけないので、邪教について教えてもらってもいいですか?」


「分かりました。 邪教と呼ばれる組織はいくらかありますが、最も有名で厄介なのが『アロン教』です。カミヒトさんが遭遇してしまった邪神を崇める者たちです。彼らの目的は分かりませんが、よく私達に喧嘩を売ったり、活動の妨害などをしてきます。ええ、まるでそれが彼らの目的であるかのように本当にしつこいのです。アロン教徒は数こそ少ないですが、少数精鋭の実力者揃いです」


「……そのアロン教というのも“伝説の何か”を狙っていたりするのですか?」


「どうでしょうか? 本当にアロン教が何をしたいのか分からないのです。しかし邪神に魅入られてしまったのなら、彼らは必ずカミヒトさんに接触してくるでしょう」


 ああ、参った。邪神と邪教に完全にロックオンされたっぽい。邪神なんて、神正氣がたんまりとある今の状態でも勝てる気がしないぞ。それに白霊貴族はくりょうきぞくは王の封印がもうすぐ解けるとか何とか言っていた。もしかして異世界ってかなり危険なんじゃないだろうか? 


「不安なお気持ちはよく理解できます。“使者様”と言えども一人の人間ですので恐ろしい事だってあるでしょう」


 イーオ様はそのやわらかな手で僕の手を優しく包み込んだ。


「しかし安心して下さい。()()がお守り致します。()()には邪教に対抗する力も、邪神から逃れる術も持っています」


 私達というのはカトリーヌ教か、それとも“神聖光輝教会”か。僕の置かれた状況はマズそうだけど、安易に彼女の甘言に乗るわけにはいかない。少なくとも今はまだ。


「カミヒト様、もう一度お誘いします。我々と共に来ませんか?」


「確かイーオ様は聖都まで巡礼の旅をしているのでしたっけ? その旅に僕も同行するという事ですか?」


「……ええ、そうですね。ただ急用ができまして、聖都に行く前に『パイロン』に寄らなくてはいけなくなりました」


「パイロン?」


()()()()()()()()()の首都です。小さい国ですので知らないのは無理ありませんね」


「……イーオ様、もう一ついいですか? 初めて会った時、イーオ様が僕に同類と言ったのを覚えていますか? あれはどういった意味でしょう?」


「あら、お気づきになりませんでしたか? あれは私と同じ“ババアに愛されし者”という意味です。私は巷では大精霊の加護をいただいていると言われていますが、実際はとても徳の高いババアから戴いているのです。私はカミヒト様を一目見てすぐに、ババアの加護を戴いていると分かりました。今はもう銀 婆 工 芸 品シルバアアーティファクトを使ってしまったようですが、愛され体質は変わりありません」


「そういう事でしたか。イーオ様はどんなババアから加護を戴いたんですか?」


「それは秘密です。ふふ、もっと仲良くなる事が出来たら教えて差し上げます」


 これはもうイーオ様は“神聖光輝教会”の間者でほぼ確定じゃないか。決定的な証拠はないけれど状況証拠は完璧だ。きっと彼女たちに同行したら『パイロン』とかいう所で軟禁されるんじゃないか。


「どうでしょう?」


「お誘いは嬉しいのですが、僕には僕のやるべきことがありますから、今はまだ()()()()にも身を置くつもりはありません」


「……そうですか。カミヒト様は“使者様”ですから、きっと重大な使命もおありになるのでしょう。無理を言って申し訳ありません」


 使命なんて無いですよ。しかしこの世界の人たちは“伝説の何か”に救いを求めているので、僕が異世界の危機の矢面に立たされる可能性が非常に高い。それは極力避けたい。なので何としてでも行方不明になっている“伝説の聖女”様の魂を見つけよう。

 

 アリエさんによれば“伝説の聖女”様は千年前の大厄から世界を救ったすごい人なのだとか。だったら“伝説の聖女”様に、邪神も白霊貴族の王も何とかしてもらおう。


「でもカトリーヌ様の捜索には全力を尽くしますよ!」


「ありがとうございます。あの、よろしければ私もお手伝いをしましょうか? カミヒト様の“伝説の何か”の近くにいらっしゃるかもしれませんから」


 さすがにスパイ疑惑濃厚なイーオ様を超越神社に招くわけにはいかないので丁重にお断りした。イーオ様は簡単に引き下がったが、それならば今代の“伝説の何か”とは何なのかと尋ねてきたので、仕方なく答えた。まあ、知られて困るような内容ではないし、彼女は一応カトリーヌ教の第4階の偉い神官なので、モンレさんに先程話した内容を知ることは簡単だろうから、今話した所で何ら差し支えはない。


 それにしてもイーオ様が本当にスパイかどうか確認するにはどうすればいいのか。まさか直接イーオ様の下着を確認する訳にはいくまい。とりあえず今はまだ疑いの段階だから保留だ保留。今度来た時に誰かに相談してみよう。

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