第5話 異世界宗教パンツ事情
モンレさんに案内されたのは、以前イーオ様とおっちゃんの霊光石の件で面会した時の部屋だ。ソファと長机があり、僕たちは対面に座る。
「お疲れのところ申しございません。幾つかお聞きしたい事があるのです」
「はい、構いませんよ」
「まずカトリーヌ様の事なのですが……」
「そのご様子ですとまだ見つかっていないのですね。僕の方でも探してみたんですが……」
「そうですか……。私も最近聞かされたのですが、行方が分からなくなってからもう一月以上も経っているようで。使者であるカミヒトさんなら、もしかしたら既にお会いしているのではないかと思ったのですが」
モンレさんは心底心配している様子だ。やはりカトリーヌ教トップである“伝説の聖女”様は、それだけ教徒にとって重要なのだろうな。
「もし僕の方で見つけたらすぐにお連れしますよ」
「ありがとうございます。それでもう一つ……カミヒトさんの事についてお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。ですが答えられない事もあるかと思います」
「はい、無理に聞いたりしないので安心して下さい。ではズバリ聞きますが、今代の“伝説の何か”とは何でしょうか?」
これはまあ、聞かれることは想定していたので、予め答えは用意してあった。モンレさんは信頼できるし話してもいいだろう。ただ、光の女神様と日本が異世界にある事はまだ黙っておこうと思う。
僕はつらつらと説明した。とは言え僕自身“伝説の何か”については大した事を知らないので、今代の“伝説の何か”が神社であること、神社とは僕の国の宗教施設であること、別時空の空間にあること位しか説明できなかった。
「……なるほど。その“伝説のジンジャ”はカミヒトさんの国に繋がっているのですか?」
「ええ、まあ」
「……ではもしかすると、カトリーヌ様はカミヒト殿の国に迷い込んだ可能性が? となると東の大陸まで捜索隊を送った方がいいか?」
……まさか一緒に日本まで来て探して欲しいなんて言わないよね。
「この事は聖都の本部にお伝えしてもよろしいでしょうか?」
「それは構いませんが……」
「ありがとうございます。それにしても“伝説の神社”は歴代の“伝説の何か”の中でも特別強い力があると思われます。その使者であるカミヒトさんはもしかしたらカトリーヌ様に匹敵するかもしれません」
「買いかぶり過ぎですよ」
「いいえ、決してそんな事はありませんよ。カミヒトさんの浄化の力は人の力を優に超えています。神の御業と言ってもいいでしょう。一度白霊貴族と化した人間を元に戻すなど聞いた事がありません。悪氣の蔓延るこの世界ではカミヒトさんは救世主と言っても過言ではないでしょう」
「……僕自信は大したことのない普通の人間ですよ。たまたま選ばれただけに過ぎません」
「いえいえ、カミヒトさんはご自身を過小評価しすぎですよ。謙遜は美徳ではございますが、行き過ぎるのも良くありません。カミヒトさんは戦士には向いていないかも知れませんが、あなたの穏やかな気性と慈悲深いお心は、人を導くに当たりもっとも必要な要素でしょう。確かに勇敢果敢である事は大事でしょうが、そのような性質を持つ者は攻撃的であったり、過激な思想を持っていたりという事も珍しくありません。大きな力を持つ者こそ人に寄り添うような言動と、慎重で冷静な判断が求められるのです。その点、カミヒトさんは理想的と言えるでしょう」
本心とあまり期待されたくない気持ちから謙ったのだが、モンレさんは恥しくなるくらい僕を褒め称える。それは過剰な評価だとやんわり反論したが、ますますヒートアップして、口角泡を飛ばす勢いで美辞麗句を並べ礼賛する。その過剰なまでの振る舞いはモンレさんらしくない。ほとんどおべっかと言ってもいいだろう。
どうしたものかと困っているとドアが叩かれた。「失礼します」と言って、入ってきたのはカナリさんだった。手には布の袋を持っている。
「頼まれた物を持ってきたわ」
「ああ、ありがとう」
カナリさんは布の袋をモンレさんに渡して、僕に一礼しすぐに出ていった。モンレさんは受け取った袋を今度は僕に渡した。
「どうぞ受け取って下さい」
訝しみながらも袋の中の物を出してみれば、出てきたのは青い下着だった。トランクスだ。全部で7枚ある。……何だこれ?
「あの……これは?」
疑問符を浮かべた表情で尋ねれば、モンレさんはきまり悪そうに答えた。
「やはりあからさま過ぎましたかね……?」
このタイミングで下着を渡した意味を尋ねたつもりだったのだが、なんだか要領を得ない。
「これ、下着ですよね?」
「ええ、それはカトリーヌ教の下着です」
なんだカトリーヌ教の下着って。もしかしてカトリーヌ教オフィシャルのグッズなのだろうか。それをお土産にくれたということか?
「不快になられたのなら申し訳ありません。しかし私共も必死なのです」
「はあ……」
「カミヒトさんはあまり自覚がないようですが、“伝説の何か”の使者とはこの大陸では非常に影響力が大きいのです。それ故、我々のような宗教団体や国、その他の組織などあらゆる勢力が自陣に取り込もうとします。カミヒトさんは歴代の使者の中でも特に力が大きいと思われますから、どの陣営も躍起になって自陣に引き込もうとするでしょう。それはカトリーヌ教も例外ではありません。我々はズッケーア大陸では一番カミヒトさんに近しい組織だと思いますが、それでも他の勢力に取られる可能性も十分あり得ます。此度の白霊貴族の襲撃事件は箝口令を敷いてありますが、これだけ大規模ですとすぐに外に漏れるでしょう。ですから我々が有利な内にカトリーヌ教に所属してもらおうと焦ってしまいました」
行き過ぎた褒め言葉は相手に不快感を与える。モンレさんは思慮深く、その辺は重々理解しているだろうが、焦りからあんなに僕をおだて上げていたのだ。それは仕方がないと理解できるのだが、青いトランクスを渡したのはどういった事なんだろう? もしかして賄賂か。でも賄賂に下着って意味がわからないぞ。
「モンレさんのお気持ちもよく分かるので、そこは咎めるつもりはないのですが、この下着はどういった意味でしょう?」
「……おや? カミヒトさんの国では下穿きは重要ではないのですか?」
「いえ、ちゃんとはいてますけど……」
「ふむ……」
モンレさんは何やら考えだした。
「カミヒトさんの国では信仰する対象と下穿きについてどのような関係でしょうか?」
「特別な関係はないと思いますが……」
詳しくないけど多分無いと思う。精々清潔なパンツをはく程度じゃないかなあ。
「なるほど、どうやら我々の認識に食い違いがあったようですね。では簡単に説明させて頂きます。昔時のズッケーア大陸の宗教では、下着というのは不浄の部位を隠すものでございますから、信仰の対象に失礼がないように下着の素材、色、形等が厳格な規格で定められていました。しかし時が移ろうに連れ下着に対する意識が変わり、下着は信仰対象と深く結びつく神聖なものとして認識するようになったのです。昔は大層な下着を作っていたというので、それ自体が威厳を持つようになったのでしょう。着用していたのは祭祀行事や位の高い神官の祈祷の時だけでしたが、現在ではどんな些細な宗教活動でも教徒であれば必ず着用するようになっています」
モンレさんによると宗教と下着の関係は一冊の本に出来るほど複雑で奥深い歴史があるのだという。もし本が出来たとしたら題名は『宗教とパンツ史』だろうか。暇があれば読んでみたくなるな。
「という事はこの青い下着はカトリーヌ教の規格に則ったものなんですね」
「ええ、そうです。カトリーヌ教の規定は緩く、色が青であればいいのです。カトリーヌ様はその辺りの規則には余りこだわらない方のようですから」
「なるほど、よく分かりました。僕にこの下着を渡したのは、カトリーヌ教の門下になれという事でしょうか?」
「いえいえ、そこまでは求めていません。カミヒトさんにはカミヒトさんの信仰する神がいらっしゃるようですから。ただ我々カトリーヌ教と懇意にしていると内外に周知し認めていただきたいのです」
つまり“伝説の何か”の使者たる僕がこの下着をはけば、カトリーヌ教陣営に味方しますという意思表示になるわけだ。パンツで示すとは中々斬新ではないか。
「一応受け取りますが、全面的に協力できるかはまだ判断できません」
黄光衛生局の方々やアリエさんは信頼できると思うのだが、肝心のカトリーヌ教のトップである“伝説の聖女”様に会ってみないことには決められない。宗教というのは末端は敬虔な信徒が多いけれども、上層部は往々にして腐っているのは常識だ。完全なイメージで語っているけど、多分あってる。
「ええ、ええ。今はそれで十分です」
モンレさんはホッと一安心した様子。
ここでふと頭に違和感がよぎった。なんだろう……?
…………。
「……モンレさん、幾つかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「私に答えられる事なら何なりと」
「この青い下着は教徒ならば絶対に着用しなければいけないのですか?」
「何かしらの活動であれば些細なことでも着用しなければいけませんね。それは絶対です。厳かな神事はもちろん、ささやかな祈祷の時でも必ずです。ああでも、プライベートでは別ですよ」
「……大きな祭事に臨んだ教徒が、何か特例で規定の下着をはいていないというケースは?」
「まずあり得ませんね。我々の価値観では規定の下着をはく事は絶対です。それが信仰する対象への、我々にとってはカトリーヌ様への信心の第一歩なのです」
おお……何という事だ。ここに来てまさかイーオ様にスパイ疑惑が生じるとは……。
イーオ様の真っ赤なパンツは嘘つきパンツなのだろうか……。




