第4話 生存報告
「それじゃあ行ってくるね。今日中に帰ってくるから」
「はい、いってらっしゃいませ」
「あ゛っあ゛っあ゛っ」
異世界側の超越神社の白い鳥居の前で見送りに来た天女ちゃんに挨拶をする。天女ちゃんは昨日、聖子さんが置いていった黒いイモムシを抱えていた。彼女はこの黒イモムシが可愛いらしく、平気で触っている。僕も試しに触ってみたがブヨブヨとした感触で気持ち悪かった。この黒イモムシ、あ゛~っと唸っている以外は別に害はないので取り敢えずこのまま放置することにした。
でも今朝は僕の布団に潜り込んでいて、目が覚めてイモムシがすぐ視線の先に居たのはびっくりした。
これから異世界に行くわけだが嫌な緊張感がある。あの得体のしれない少女の事を考えれば不安しか無い。僕の中にある神正氣も心許ないし、念の為に結界を張っておこう。どうかあの少女にエンカウントしませんように。
白い鳥居に向かい行き先を念じた。転移の場所は前回と同じく、セルクルイスの人気のない裏路地。僕は一歩踏み出し鳥居をくぐった。
転移した場所は念じた通りの場所だった。キョロキョロと周りを見れば、あの少女の姿はなく、安堵の息をもらす。すぐにでも中央教会に向かおうか。僕は大通りを目指して歩き出したが、空に暖かな気配を感じ上を見上げれば、空にキラキラと輝く雲のような物があった。なんだろうと思いじっと見ていたら、キラキラ雲が僕の方に勢いよく向かってきた。
突然のことに驚いていると、そのキラキラ雲は結界を貫通して僕の中に流れ込んでくる。
……これは神正氣の素の感謝パワーだ!
神正氣の素は津波のごとく押し寄せてきた。あまりの多さに吃驚する。それはもう激しく流れてきて、ビリビリと痙攣したように身動きが出来なくなった。力が流れるまま数分ほど経ち、このままでは僕の体が破裂するんじゃないかと言うくらい力が溢れかえっている。細胞という細胞にパンパンに詰まっている。もうお腹いっぱいです!と心で叫んでみたが、それでもお構いなしに流れてくる。
……意識が遠くなってきた。このまま気を失うんじゃないかと思った時、やっと感謝パワーの流入は終わった。地面に膝と手を付き、ゼイゼイと荒い息をする。
一体何だったんだ……? 何故あんなに神正氣の素が……?
呼吸を整えると、今までに無いほど自身に溢れかえる神正氣を感じた。もう本当にすごい。今なら何でも出来そうだとと錯覚するほどの万能感だ。しばしこの万能感に酔いしれる。いくらかレベルアップしたような気分だ。
何故セルクルイスの上空に神正氣の素がたんまり漂っていたのかとしばし思案したが、答えが出ないので当初の予定通り中央教会に行くことにした。裏路地から大通りに抜ければ、中央広場の近くだった。中央広場やその近辺の建物は白霊貴族との戦闘で損壊している箇所が多かった。これを直している職人の人達が大勢作業していて、他にもはガヤガヤと街人が忙しなく往来していてホッと一安心。皆さん、どうやら無事だったようだ。
僕は中央教会を目指したが、道中ヒソヒソと人々の視線を感じ、注目されているような気がした。僕の格好が珍しいのだと思うのだが、前回来たよりも顕著に見られている気がする。それでも彼らはこちらに話しかける事は無かったので、真っ直ぐ教会に向かった。
程なくして教会に着けば、局員用の出入り口から中へ入り、ちょうど黄光衛生局の人が居たので声をかける。
「はい……!! あ、あなたは!?」
局員の人は僕を見て大層驚き、そのまま「お待ち下さい!」と何処かへ行ってしまった。僕は言われたまま突っ立っていると、すぐにモンレさんと数人の局員が来た。
「カミヒトさん! ご無事だったのですね! ああ……良かった……」
モンレさんも何ともなさそうで良かった。
「ええ、何とか。心配をかけて申し訳ありません」
「アリエ殿からは詳しい話は聞いております。ありがとうございました。何とお礼を言えばいいのか……。とりあえずこちらへどうぞ」
僕は以前晩餐会を開いてもらった局員用の大広間に案内され、そこでミモザさんやカナリさんなど初訪問時にお世話になった方々と再会を喜びあった。一通り挨拶を済ませると、僕はまた上座に座らされ、いつの間にか全ての局員が集まり全員で僕に祈りを捧げ始めた。神正氣の素が流れてくるが、やっぱり落ち着かないな。祈りは10分ほど続き、その後皆さんからおもてなしを受けた。
ミモザさんから果実のジュースを頂く。まだ午前中なのでお酒は遠慮しといた。彼女は若い黄光衛生局の局員で、僕が瘴氣の浄化の手伝いをした時に助手を務めて下さった。
「皆さん、その後お変わりはないですか?」
「おかげさまでこの通りです。これもカミヒトさんの奇跡の賜物です」
「アリエさんの助力があってこそです。そういえば彼女は今どこに?」
「アリエさんはカミヒトさんの行方を追って、白琴聖歌隊と共にセルクルイス近辺を捜索しています。なんでも視認できるほど濃い禍氣の渦に吸い込まれていったのだとか……」
心配そうにミモザさんは僕に尋ねた。そうか、あの得体のしれない少女が出したと思われる黒い渦が禍氣か。禍氣は他の悪氣と違い、わかりにくいと言う特徴があるから、目に見えるほど強いとそれだけヤバいのだろう。確かにあの渦の中は濃密な不吉の気配で満ちていた。禍氣を浄化できるのは白聖だから白琴聖歌隊を呼んだのか。
「アリエ殿にはカミヒトさんが無事で、先程教会を尋ねてきたと連絡しました。それからイーオ様達にも。イーオ様達もカミヒトさんの捜索に加わってくれているのですよ」
モンレさんによると、イーオ様の隊列はアリエさんの救難を伝える魔法を受信してからすぐにセルクルイスに向い、僕が拉致されて一時間ほど経ってから到着したそうだ。それからアリエさんと一緒に意識を失っている住民達の看護にあたり、一晩経ってから白琴聖歌隊を呼び寄せ、僕の捜索を始めたというわけだ。
「僕のためにそこまでして頂いてなんだか申し訳ないです」
「そんな事はありませんわ。白霊貴族の襲撃からセルクルイスを守り、囚われていたロゼット様や弟君を安らかに天に送って頂いたのですもの。我々は皆、深く感謝しております。セルクルイスの全ての住民で毎日カミヒト様へお祈りを捧げていますから」
モンレさんの同期であるカナリさんから話を聞いて合点がいった。空に浮かんでいた大量の神正氣の素はそういう訳だったのだ。セルクルイスの住民は10万人を超え、その人達が毎日お祈りを捧げてくれていたのだが、恐らく神正氣の素は時空を超えてはやってこれないので、行き場を失い僕が現れるまで上空に留まっていたのだ。
しかしそうなると僕が“伝説の何か”の使者であることが、白日の下に晒されてしまったのだろうか。それとなくモンレさんに聞いてみる。
「知っているのは今はこの場にいる黄光衛生局の者とカトリーヌ教の幹部だけでしょう。あと、イーオ様御一行もですね。住民には今は隠してあります。しかし、白霊貴族を倒したのは異国の神官であるとは伝えてあります」
だからチラチラ見られていたのか。声をかけられなかったのは、僕がその当人だと確信が持てなかったのではないか。異国の神官服を来ているだけで、見た目弱そうだし。
「……カミヒトさん、少しお時間よろしいでしょうか? 内密の話があるのですが……」
モンレさんが半歩近寄り、微笑から真面目な表情になっていた。
「……ええ、分かりました」
ちょうどいい。僕も行方不明の聖女様について聞きたいから二人きりで話したかった。超越神社で天女ちゃんと一緒に聖女様の魂を探したんだけど見つからなかったのだ。御神木に引っ掛かっていたら大変だと思って、念のため幽体離脱までして確認したが居なかった。もしかして既にこちらで見つかっているんじゃないかと思ったのだが、聖女様行方不明事件はトップシークレットっぽいので、大勢の前で聞くことは憚られたのだ。
僕とモンレさんは大広間を出た。




