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第3話 イモムシ

本日は土曜日。菩薩院ぼさついんさんの面接から4日後である。


「それじゃあ、野丸のまるさん、天女あまめちゃん、私はここらで失礼しますね」


「本日はわざわざありがとうございました」


「ありがとうございました! 湿原しめはらさん!」


 住居兼本殿の裏にある白い鳥居(ワープゲート)から帰っていった湿原さんを僕たちは見送った。この白い鳥居は「私立妖聖(ようせい)学園」の敷地内にあるもう一つの鳥居と繋がっている。先程、4月から天女ちゃんが通う妖聖学園に行って戻ってきたばかりだ。


 妖精学園には午前中に湿原さんの車で向かった。ご年配の温和な女性の理事長と面談し、学校の説明を受け、校内を見学してきた。「私立妖聖学園」といえば、この辺りでは有名な進学校だったので、妖かし等が通う別棟があると聞いたときは驚いたものだった。

 

 だだっ広い敷地内の一角に森があり、その中にひっそりと別校舎がある。元々そこにあった森なのか、別校舎を隠すために植林して森にしたのか、いずれにせよ外からは校舎を窺うことは出来ない。


 関係者以外は中に入れないように、この森全体をぐるりと壁で囲ってあり何だかとても怪しい雰囲気だった。実際妖しい人達が通っているので、こうした厳重な処置が必要なのだろう。


 校舎はこじんまりとしていたが、特に変わった様子はなく普通の学校だった。多くても一学年3クラスなのでこのくらいの大きさで良いのだという。施設は運動場、体育館、プールと一通り揃っていた。


 別校舎に通っている生徒を対外的には「特待組」と呼んでおりその半分は人間だ。妖かし達に人間界の常識や人に紛れて生きていく為の処世術を教えるには、教師だけでは足りないので人間の生徒たちにも頼んでいるという。生徒は()()()()の世界に明るい、御三家のように家が代々霊的な事象に関する仕事をしているような特殊な家柄の子女たちだ。


 理事長やこの学園の卒業生である湿原さんの説明を聞きながら天女ちゃんは目をキラキラさせていた。「人間さんも妖怪さんもいるんですね!」と既に友達100人できるかなモードに入っていた。同世代の友達が出来そうでとてもうれしそうだった。天女ちゃんは見た目こそ女子高生だが、実際は生後3ヶ月程度なので同世代と言っていいのか分からないが。


 学園で仲間と一緒に学問と社会生活を学ぶ事は彼女にとってとてもいい事だと思うのだが、一つ懸念事項がある。それは天女ちゃんがとんでもない美少女である事だ。つまり通学時にストーカーが出来ないか心配なのだ。彼女には怪力のスキルを与えたので身の安全は心配していないのだが、天女ちゃんの住んでいる場所が割れると非常にまずい。“T駅に降臨した天女”として未だ話題になっているので住所がバレると超越神社が野郎どもで溢れかえってしまう可能性がある。


 通学時だけもう一つのスキルでおばさんに変身して通うという手も考えたのだが、何と怪力おばさんも有名になっていた。横転した小型トラックを片手で元に戻した時、偶然にもその場に居合わせた人達にその様子を写真に撮られてしまったのだ。その時僕が居なかったせいか、T駅の騒動の時のように写真のデータが消えていなかった。だもんで、怪力おばさんの写真がSNS上に出回ってしまった訳だ。


 変身スキルが使えないのでどうしようかと悩んでいたら、水晶さんから白い鳥居(ワープゲート)を超越神社と妖聖学園に設置する事が出来るからどうだと提案された。という訳で事情を説明して、理事長に学園の敷地内の目立たない所に鳥居を設置していいか打診した。理事長は快諾してくれた。顔は引き攣っていたけど。どうやら超常現象が身近にあるこの界隈でもワープはかなり非常識なようである。それでも理事長から何も突っ込まれなかったのは、恐らく霊管から何も追求しないように言われているのだろう。


 湿原さんによると理事長は長くこの学園に勤めていて、妖かし教育のエキスパートだという事だ。天女ちゃんに限らず妖怪にはそれぞれ特性があり、中には非常に厄介な物もあるそうで、そういった特性の対策を講じたり、問題を起こしてしまった時にフォローしたりしているので、理事長を恩師として尊敬する妖かしも多いという。


 そんな理事長であるから、天女ちゃんの特性について相談してみてはどうですかと、湿原さんから勧められた。


 天女ちゃんは“妖怪とんでもない美少女”という妖怪で、完璧な美少女になる事が存在意義であり、美少女である自身を誰かに認識してもらってこそ、その存在意義が満たされるのである。そんな訳で天女ちゃんは「誰かに見られたい」という自分ではどうすることも出来ない欲求がある。


 この欲求を満たさないでいると、制御が効かなくなり、凄まじい美少女オーラを放つ「天女てんにょモード」になる。こうなるともう、とんでもなくとんでもない事になるのでこまめに欲求を満たす必要がある。


 今は湿原さんが天女ちゃんと一緒に各地に出掛けて、髪型だけ変えた天女ちゃんとショッピングしたり観光したりと人目に付くようにしている。湿原さんは経費で色んな所に行けるので全然迷惑ではないと言ってくれるのだが、これから先ずっと彼女のお世話になるわけにもいかないだろう。


 そんな訳だから、湿原さんの勧める通りに理事長に相談することにした。理事長は「それは大変ですね。私の方でも対策を考えてみます」と親身になって聞いてくれた。柔和な物腰だが頼もしい雰囲気が漂っていて、僕もホッと一安心。


 妖精学園に滞在していたのは3時間弱くらいで、先程設置した白い鳥居から超越神社に帰ってきた。湿原さんもワープを体験したいというので一緒に付いて着た。大層驚いていて、「私の家にも繫げて欲しい!」とお願いされたのだが、白い鳥居を設置した時、けっこう神正氣を持っていかれたので、今回は丁重にお断りした。


 湿原さんは妖精学園に車で来たので、再び白い鳥居を通って学園に戻った訳である。




 さて、午後からは菩薩院聖子さんが来る。結局水晶さんの猛プッシュにより、菩薩院さんを雇うことになってしまったのだ。おじさんが帰ってからすぐに合格通知メールを出して、本日来ていただくようにお願いした。


 今日来てもらうのは就職にあたり諸々の書類を書いてもらう事と、天女ちゃんとの顔合わせの為だ。意図的に二人を会わせないようにしていたのだが、菩薩院さんが正式に超越神社の巫女さんになるのなら、早めに紹介した方がいいと思ったのだ。


 ちなみに明日の予定は異世界にちょろっと行って、アリエさんやモンレさんに僕の無事を伝えに行く。街の人達も無事かどうか確認したい。でも、あの得体のしれない少女とエンカウントしたら速攻で逃げるつもりだ。


 とまあ、今週の土日の予定が詰まっているからおじさんの依頼は来週にしてもらった。おじさんにいつ仕事を辞めるのか聞かれたから、3月いっぱいだと答えたらニヤリとしていた。4月以降が少し心配だ。







 お昼ごはんを食べ終わってから10分程経ってチャイムが鳴った。ドアののぞき穴を見ると、例の白装束に怨霊メイクの菩薩院聖子さんが居た。普通の格好で来るように言ったんだけどな……。


「来たわよ」


「ようこそいらっしゃいまし……た……?」


「どうしたのよ?」


「あ゛あ゛あ゛」


「……いえ」


「変な男ね」


「えっと、普通の格好で来るように言ったんですけど……」


「何よ。文句ある?」


「あ゛あ゛あ゛あ゛っ」


 …………。


「なによ?」


「……いえ」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~っ」


 菩薩院さんの右肩になんかいる……。


 黒いイモムシみたいな何かがいる……。何だこれ?


 このイモムシは小型犬位の大きさだろうか、菩薩院さんの肩に半身を乗っけている。目は無く、あるのは口だけ。この口は円形で内側にびっしりと鋭い歯が並んでいる。現代に生きる生物では見られない特徴の口だ。例えるならカンブリア紀に生息したラディオドンタ類アノマロカリスのような口と言えば解りやすいだろうか。


 この謎のイモムシがくねくねと動いていて、あ゛~あ゛~と唸っている。菩薩院さんには見えていないようだ。


「右肩に違和感とか無いですかね?」


「無いわよ。なによ突然」


「いえ、何とも無いならいいんです」


「……変な男ね」


 見た目はすごく不気味で気色悪いんだけど、境内に入れたのなら悪いモノではないのかな。家の中に入れちゃっても大丈夫かな……?


「中へどうぞ」


「お邪魔するわ」


「あ゛あ゛あ゛」


 取り敢えず嫌な感じはしないから、黒いイモムシ付きの菩薩院さんを家へ招き入れた。向かった先は24畳の大広間。中へ入ると天女ちゃんがお茶の準備をしていた。


「紹介します。こちら蓬莱ほうらい天女あまめさんです。4月から高校に通いますが、たまに神社のお手伝いもしてくれるので、仲良くしてあげて下さい」


「蓬莱天女と申します。カミヒトさんには居候としてお世話になってます!」


 ペコリとお辞儀をする天女ちゃん。ギロリと僕を睨む菩薩院さん。


「……あんた、どこで攫ってきたのよ」


「人聞きの悪い事を言わないで下さい……」


「あ゛あ゛あ゛」


 黒いイモムシは天女ちゃんにも見えているようで、不思議そうに見つめている。菩薩院さんは犯罪者を見るような目で、今にも呪い殺さんばかりの眼力で僕を見つめている。


「誤解しないで下さい。とある理由で知り合いから預かっている娘さんです」


「はい! カミヒトさんの言う通りです!」


「……ふ~ん」


 天女ちゃんとは事前に口裏を合わせた。菩薩院さんは妖怪が実在するとは知らないので、急遽それっぽい理由を作ったのだ。


「……日本人じゃないわね?」


「日本人です!」


「もしかしてハーフ? その髪、地毛よね? 国籍が日本なの?」


「日本人です!」


 菩薩院さんが疑うように、天女ちゃんの外見は全然日本人ではないので最初はハーフという設定を用意したのだが、天女ちゃんは自身が純正の日本人である事を主張した。どうしてもこれだけは譲れないようだ。


 少し悩んだけれど、見た目は日本人どころかどの人種にも属さない幻想の美少女なので、ハーフという設定でもちょっと無理があるから、天女ちゃんの意向を汲んでもう日本人でゴリ押ししちゃえという結論に至った。だから天女ちゃんは生粋の日本人なのである。実際日本で生まれた日本の妖怪であるから、日本人と呼んで何ら差し支えないのだ。


「……まあ、いいわ。それで天女ちゃんと言ったわね? あなたどこの高校に行くの? この辺り?」


「はい! 妖聖学園に通います!」


「妖聖学園? そこ、私の母校よ。今年から妹も通うわ」


「本当ですか!? 菩薩院さん! 妹さんの名前は何ていうんですか? 仲良くなれるかなあ」


 彼女も妖聖学園出身だったのか、すごい偶然だな。まあ、あそこは表の校舎は進学校だし、優秀な菩薩院さんなら通っていてもおかしくはないか。


「聖子でいいわ。妹の名前は破魔子はまこっていうのよ。家に帰ったらあなたの事、話してみるわ」


「あ゛~あ゛~あ゛~」


 天女ちゃんと菩薩院さんは思いの外、会話が盛り上がっている。僕は菩薩院さんに書いてもらう書類を取りに行った。どんな書類を提出してもらえばいいのか良く分からなかったので、おじさんに丸投げした。おじさんはすぐに用意してくれた。どんどん借りが出来てしまうな。4月から厄介な依頼をガンガン振られそうだ。


 それにしても菩薩院さん、天女ちゃんには優しい気がする。僕には角がある対応なのは何故なんだ。僕にももう少し優しくして欲しい。できればお祭りの時の菩薩院さんに戻って欲しい。


 僕は茶封筒に入った書類を渡し、しばし雑談をして帰る時間となり玄関まで見送る。


「じゃあ、菩薩院さん、4月からよろしくお願いします」


「聖子でいいわ。菩薩院じゃ言いにくいでしょ」


「分かりました、聖子さん」


「さようなら、聖子さん」


「ええ、さようなら」


 聖子さんは帰っていった。帰る前には普通の服に着替えて、メイクを落としていった。訪問時もそれで良かったのに。だけど今回の菩薩院さんの訪問は概ね平和で良かったな。天女ちゃんともうまくやれそうだし。黒いイモムシは謎だけど。


 僕は去っていく聖子さんの背中を眺めながらふと気づいた。肩のイモムシがいつの間にかいなくなってる。


「あ゛っあ゛っあ゛っあ゛っ」


 ……後ろから声がした。声のする方に行ってみると廊下の壁を登ってるイモムシが居た。イモムシの底面には無数のちっちゃい足がビッシリと付いており、それをワチャワチャと動かしながら登っていく。ものすごく気持ち悪い。


「あ゛~」


 聖子さん、こんなの置いて行かないでよ……。

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