第2話 御三家
「どうですか」と、くるりとターンをして、ふわりと膨らむチェックのスカート。ブレザーにリボンの天女ちゃんが眩しい。とても似合っている。4月から天女ちゃんが通う学校『私立妖聖学園』の制服だ。何度もどうですかと感想を求める天女ちゃんはすごく嬉しそう。とても気に入ってしまったから、お店から試着をしたまま帰ってきたらしい。
菩薩院さんを見送ってから、僕はすぐにおじさんに相談したいことがあると連絡をした。おじさんはちょうど予定が空いていたので、すぐ超越神社の住居兼本殿に来てくれることになり、ついでだから天女ちゃんを送ってくれるというので、先程二人で一緒に着いたところだ。天女ちゃんはよほど嬉しかったのか、車から降りてすぐに僕の前で制服ショーを始めた。
「わざわざご足労ありがとうございます」
「気にするな。これも仕事のうちだ。それに俺もお前に用があったからな」
「そうなんですか? まあ、取り敢えず中へどうぞ」
僕はおじさんを大広間へ案内した。さっきまで菩薩院さんの面接をしていた部屋だ。そういえばおじさんを家の中に案内するのは初めてだったな。僕は予め用意していたお茶と茶菓子をおじさんに出した。天女ちゃんは自室に行ってもらった。今からする話は面白くないだろうし、彼女も姿見で制服ショーの続きをやりたがっていたからだ。
「その後の巫女様の体調はいかがですか?」
「ああ、お陰様で随分調子が良さそうだ」
「それは良かった」
一時的なものだけど水晶さんが治してくれたんだよね。おじさん達には僕が治したと言ってある。
「しかし、学園に通うのは無理だろうな……」
「巫女様は今いくつなんでしょう?」
「15だ。一応今年から、蓬莱天女と同じ妖聖学園に通う事になっていて、準備もしていたのだがやはり通うのは厳しいな」
「そうですか……」
おじさんによると巫女様はほぼベットの上で過ごしていて中学にも禄に行けてないので、高校に通うことも諦めているようだ。専任の家庭教師がいるので学力は全く問題ないのだが、あの呪いのせいで体が学校に行ける状態ではないのだそうだ。
「まあそれはさておき、確か菩薩院聖子の事だったな?」
電話で簡単に説明したのが、もう一度先程あった事を詳しく説明した。
「彼女がここに就職しようとしているのは、やはり菩薩院家が絡んでいるのでしょうか? そもそも僕ってこちらの界隈でどんな風に伝わっているんですか?」
「まずお前のことだが、霊管や御三家を含めたこちら側に従事している者たちの間では既に有名人だ。霊管には御三家の人間も多く働いていて、巫女様の予言は秘匿していない。むしろ予言を公にするように仰っていた。それでも自分の目で確かめるまでは大々的に巫女様の予言を喧伝するつもりはなかった。しかしお前が山の神に囚われた魂たちを浄化する様を直に見て、巫女様の予言は正しかったと確信が持てた。それからは積極的に予言の内容を広めている。お前には悪いと思うがな」
「……そうですか。ではやはりその予言の内容を確かめるために?」
「いや、それは無いだろう。ウチから今はまだなるべく接触しないように伝えてあるし、そもそもお前を探る目的なら菩薩院聖子は不適格だ」
「……それは納得ですね。あの性格だったらこちらに寄越さないでしょうし」
「いや、そういう意味じゃないんだ」
「と申しますと?」
「菩薩院聖子は普通に育てられた」
普通に育てたらあんな風には育たないと思うが。僕は訝しんだが、おじさんの説明を黙って聞くことにした。
「菩薩院家は昔から退魔の一族だ。霊妙な『家霊』を祀り、その力を使い魑魅魍魎を討伐してきた。魔を滅するだけでなく無害な妖かしと寄り添い、現世に縛られた魂や怨嗟で落ちた魂の救済なども生業としている。一族全員が家霊の加護を有し、こちら側の仕事に従事しているが、菩薩院聖子だけは例外だ。家の方針で彼女をそういった事に一切関わらせずに育ててきた。霊や妖かしや怪異やその他の超常現象が存在することすら知らないようだ。才能がない訳でなさそうだが、何故彼女だけ例外かは秘匿されていて俺にも知らさせていない。妹の方は普通に退魔師として活動しているんだがな。そういうわけだから、神秘の塊のお前とこの神社の調査には全く向いていないんだ」
おじさんはお茶をズズっと吸って一息ついた。なるほど、だから志望動機を聞いた時、僕が彼女の家の事に言及して不審に思ったのか。とぼけていた訳では無かったんだな。
「彼女だけ例外というのは気になりますね。性格的な問題でしょうか?」
「それはないと思うな。むしろ転職じゃないか?」
そうかも知れないな。物怖じしなさそうだし、オカルト好きとも言っていたし。
「そうなると超越神社に興味を持ったのは、ただの偶然ですかね?」
「だろうな。もしかしたら直感で何かを感じ取ったのかもしれないな。菩薩院本家の娘だからな。で、お前としてはどうしたいんだ?」
僕としてはお断りしたい。だってなんか怖いし。でも、水晶さんが猛プッシュするんだよなあ。おじさんを待っている間、『ぜひ眷属にしましょう』としつこかった。こうなったらもう雇うしか無い気がする。そうさ、僕は水晶さんの操り人形なのさ。
「そうですね、人手は欲しいと思っていました」
「ならそういう事でいいんじゃないか。菩薩院の方も彼女の事は自由にさせているみたいだしな。もし何か菩薩院から言われたら俺に連絡してくれ」
「はい、そうさせてもらいます」
お祈りメールの文面を考える必要がなくなってしまったな。彼女が超越神社の巫女さんか……。せめてあの怨霊メイクは辞めて欲しいな。フゥとため息が出る。取り敢えず問題は解決したけど、僕の望んだ方向ではなかった。
「あの、よかったら他の御三家の事も聞かせてもらえますか?」
この際ついでだから聞いてしまおう。
「ああ、そうだな。恐らくこれから関わり合いが出てくるだろうから、知っておいたほうがいいな。他の二家は嶽一族と縁雅家だ。やっている事は菩薩院家とだいたい同じだが、それぞれ思想の違いや特色がある」
「零源ではないんですか?」
「ああ、そうだ。零源は“西の御三家”を含めた六家の調整役のようなものだ。この辺りの関係はまた後日説明しよう。話を戻そうか。まずは嶽一族だが、この家は『鬼神』を祀っていて鬼を使役する。武闘派が多く、生者第一主義だ」
嶽兄妹とは煤子様の件で御堂邸を訪れた時に一度会った。二人共冷徹な印象だった。兄は横柄、妹は慇懃無礼で人を見下した感じが苦手だった。まあ、あの時は恐ろしさでいっぱいで気にする余裕はなかったが。
「煤子様の事はあまり考えていないようでしたね……」
「あの家は生きている人間を最優先する。その為には手段を選ばない。哀れな魂の救済など二の次三の次だ。場合によってはえげつないこともする。俺の生家ではあるが、この家の過激な思想とは相容れなくてな。だから家を飛び出した」
おじさんは煤子様の事にも心を痛めていた。仏頂面だがやさしいのだ。短い付き合いだがそれくらいは分かる。生きている人間だけでなく、哀れな魂や他の人外の存在も等しく救済したいのだろう。異世界での出来事を思えば僕も同調せざるを得ない。
「できるだけ協力しますよ」
「フッ……期待してるぜ。次に縁雅家だが、この一族は古くから神社を運営しており祭神は白蛇だ。縁結びの神社として有名だが、悪縁を絶つ縁切りの一族としての方がこちら側では有名だな。縁雅神社はここから近いからお前も行ったことがあるんじゃないか?」
「……ええ、最近行きましたね」
良く覚えていますとも。1月の終わり頃、神様と邂逅した場所ですから。日本でも有数の縁結びの神社として有名なのは知っていたが、まさか神様ともご縁を結べるほど霊験あらたかとは思わなかった。それが僕にとって良いことなのか分からないけれど。
「そういえば、セツ婆がお前の事をとんでもない力を持っていて得体が知れないと褒めていたぞ」
「セツ婆?」
「ん? 祭りで仲良くなったと聞いたが」
ああ、あのおばあさんか。確か縁雅セツって名乗っていたっけ。縁雅神社と関係のある人だとは思っていたが、御三家の人だったか。
「確かにお祭りの時に会いましたね」
「セツ婆は色々と顔が利くからな、味方に付けておいたほうがいいぞ。御三家についてはこんなものだ。簡単な説明で悪いが機密事項も多いものでな」
「いえ、参考になりました」
「それじゃあ、次は俺の用件だな」
何かな……。また依頼だろうかと少し身構える。怖い依頼で無いといいが。
おじさんは持参した本革のビジネスバッグから4冊の冊子を取り出し、それを僕に渡した。冊子は白地で表紙にそれぞれ「A」、「B」、「C」、「D」とアルファベットが振ってある簡素なものだった。
「……これは?」
見てみろと、詳しい説明をせずにおじさんが促すので、訝しみながらも僕は「A」の表紙の冊子を手に取った。「A」は4冊の中で一番厚かった。表紙をめくってみると都道府県名が北海道から順番に並んでいるのが目に映った。都道府県の横にはページ数が書いてある。目次のようだ。
もう一枚ページを捲ると、北海道という項目の下に神社の名前がずらりと書いてある。神社の名前の下には更に住所と電話番号が書いてあった。ペラペラと捲っていくと同じ様に都道府県名の下に神社の名前と住所がずらりずらりと並んでいる。沖縄までザッと目を通したが、どうやらこれは全国の神社が北から順番に載っている冊子のようだ。
次に「B」を見てみる。こちらは「A」の冊子の4分の1程度の厚みだった。こちらもパラパラと目を通したが、「A」より神社の数は少ないが構成は同じで、各都道府県の神社の名前が載っていた。
お次に「C」を手にとってみるが、こちらの冊子はペラペラで薄かった。紙3枚分くらい。中を見ると、そこに載っている神社に見覚えがあるものが有り、軽く驚いた。「魔境神社」、「縁雅神社」、そして我らが「超越神社」だ。「C」に載っている神社は全部で九つ。なんとなくだが、この「C」にある神社の共通点が分かった気がする。
最後は「D」だ。厚さは「B」の半分以下。ページを捲り中を確認すると、構成は「A」、「B」の冊子と同じだが、「D」にしか無い記載があった。神社の名前の横に壱から伍までの数字のどれかがある。さらにその数字の横には〇〇万円と書いてあった。どうやら数字が高くなるにつれ、横のお値段が高くなっているみたいだ。
これはもしかすると……。
嫌な予感がしたのでそれ以上の考察は止めた。どうやらこの冊子、全国の神社を何かしらの基準でカテゴライズしてまとめた物みたいだ。僕が「D」の冊子を閉じた所でおじさんが口を開いた。
「じゃあ、説明するぞ。なんとなく察しは付いているみたいだが」
「ええ、お願いします」
「まずカテゴリ“A”の冊子に載っているのは普通の神社だ。何の変哲もない、祀っている祭神も実在しなければ、魔を祓える人間がいるわけでもなく、霊場に建てられた神聖な神社でもない、さりとて曰く付きでもない至って普通の神社だ」
「やっぱり普通の神社が大多数なんですね」
フィクションのようにお祓いできる神社がそこかしこにある訳では無いんだな。
「そうだな。カテゴリ“B”は最低1人はわかる者がいる神社だ。俗に言う霊感がある人間が在籍している。しかし、霊的な事象を認識できるというだけで、解決できる程の力は持っていない。軽いお祓い程度はできるが、放おっておけば自然消滅するような弱い呪いくらいしか祓えない。そこそこ力のある土着の神が鎮座している神社もあるが、数は少ない」
見えるだけで、浄化も祓うことも出来ないなんて、めちゃくちゃ怖くないか。チートな力を持っている僕でも怨霊なんて怖くて見たくないもん。何だか同情してしまうな。
「そしてカテゴリ“C”は極めて強い力を持った霊験あらたかな神社だ。強力な祭神が御座していて、有能な霊能力者がいる。まあ、ガチのパワースポットだな。『超越神社』はここに加えさせてもらった。“B”で手に負えない厄介な事案は“C”の神社に持ち込まれるか、霊管が御三家に振る。この更新したカテゴリ“C”の冊子はいずれ関係各所に配るから、そのうちここにも依頼が舞い込んでくるだろう」
「……それって断れるんですか?」
「出来れば受けて欲しいが強制ではない。ちゃんと依頼人と霊管から報酬は出るからその辺りは心配しなくていい」
「……分かりました」
報酬以外にも神正氣を得るためにできるだけ受けた方がいいんだろうな……。怖いけど。それに僕にも神としての自覚が少しずつ出てきたから、なるべく困っている人の助けになってあげたいと思う。怖いけど。
それにしてもカテゴリ“C”の神社は随分と少ないんだな……。
「最後にカテゴリ“D”だが、これは悪い神社で何とかしなければいけない物だ。何らかの理由で忌み地となったり、廃社となり誰も祀る者が居なくなった土地神が荒神となったり、祭神が居なくなった神社に魑魅魍魎が巣食ったり、その他にも様々な理由で曰く付きとなった神社だ」
「……何とかしないといけない割に随分ありますね」
ざっと見ても百社以上ある。
「……手が足りないんだ。怪異は年々増えてきて、今は霊管や御三家、その他の霊能力者がフル稼働で対応している状態なんだ」
「マジっすか……」
もしかして僕が救世主と呼ばれているのは、こうした事態の特効薬として期待されているからか。だとしたらプレッシャーで胃に穴が空きそう……。
懐がブブッと振動した。多分水晶さんが『神であるカミヒト様の胃に穴が空く事はありません』とか言っているんだろうなあ。
「カテゴリ“D”の神社を正常に戻す為にはそれぞれ条件があり、名前の横の数字はその条件の難易度を表している。五段階あり数字が高くなるほど難易度が増す。さらにその横の数字は条件が達成された時の報酬だ」
これは予想通りだったな。ゲームでよくある設定だ。
「同じ難易度でも金額にバラツキがあるのは、難易度に多少の差異があるという事でいいんですよね? 金額が高いほど難しい案件という認識で合ってますか?」
「理解が早くて助かる。案件の達成条件は様々で、得手不得手はあるだろうから単純に報酬額だけで難易度は決められないがな」
「なるほど、分かりました」
「……全部片付けてくれてもいいんだぞ?」
「無茶言わないでくださいよ……」
「冗談だ。若い奴らの研修の為に壱と弐は残しておいてくれ」
えっ、マジでいってんの? 無理に決まってるじゃない。だって難易度「伍」とか一番安くて一億円だよ?
おじさんは僕の様子を見て上機嫌に笑い出した。いつも仏頂面のおじさんにしては珍しい。そんなに僕の顔が面白かったのだろうか。
「悪いな。だが最近いい出来事が多かったからな。お前のおかげで確実に五八千子ちゃんの寿命は伸びた。それに減る事はあっても増える事は無いと思っていたカテゴリ“C”に一社加わったんだ。これはこちら側の業界すべてにとって朗報だぜ」
「お役に立てたようで何よりです」
僕はいい笑顔で答えた。本当は忙しくなりそうなので引きつった顔をしたい所だが、流石に空気を読んだ。だっておじさん、珍しく嬉しそうだから。
「それでだ、カテゴリ“D”の受けてもらいたい案件がある」
僕の顔は引き攣った。




