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第1話 逆圧迫面接

 鏡面に何本も大きな亀裂の入った宝鏡を和紙で丁寧に包み、桐の小箱にそっと入れる。僕は手を合わせ心の中でお礼を言った。


 異世界から帰還してから一晩たった。やはりあの得体のしれない少女から何処かに連れ去られそうになった時、助けてくれたのは写身うつしみ宝鏡ほうきょうだった。今朝見たら鏡面が割れていたのだ。


 お役目を果たしてくれた宝鏡を手厚く供養してあげたくて、水晶さんに相談した所、もしかしたら元に戻るかもしれないという。僕の力と零源れいげんの始祖様の力があればそれも十分可能だというのだ。お礼を言いに近々巫女様の元へ行こうと思っていたので、その時、始祖様に会えないか頼んでみるつもりだ。もし直ったら、零源家にお返ししよう。


 しかしあの少女は一体何者なんだろう? 僕一人で逃げてしまって、アリエさん達があの少女に危害を加えられたらどうしようかと悩んでいたのだが、水晶さんは多分大丈夫だという。なんでもアレに魅入られるには、素質や条件があるらしいのだ。無闇矢鱈に暴れるモノでもないらしい。彼女たちに危険が及ぶ可能性が低いことに安堵していたのだが、どうやら僕は魅入られてしまったようだ。ああ、もうホントどうしよう……。最近災難つづきだ。


 水晶さんにあの少女は何者なのか尋ねたら、『直接尋ねて下さい』という返答が来た。直接って誰に?と聞いたのだが、この問いには答えてくれなかった。まさかご本人さんに直接聞けというんじゃないだろうな……。


 水晶さんが答えてくれないので、この問題は棚上げすることにした。あの少女が怖いので異世界にはしばらくいかないつもりだ。アリエさんの目の前で拉致されたので、僕が無事であることを伝えたいのだが、どうしたものか。


 それから“伝説の聖女”様の魂が超越神社に来ていないのかも聞いた。『知りません』との事だ。一応後で超越神社を隈なく探してみようと思う。


 異世界関連の問題はこんな所だ。そして目下の問題はこの履歴書だ。呪いの人形と一緒に刺さっていた封筒に入っていた。どうやら菩薩院ぼさついん聖子さんは本気で超越神社に就職するつもりらしい。


 それは千歩譲っていいのだが、この履歴書、どうにかならないものか。内容はお祭りのバイトを募集した時に貰ったものと大差ないのだが、おかしな点がいくつかある。


 まず一番目を引くのが文字が赤いことだ。しかも心霊番組でよくあるような不気味なフォントだった。何ていう名前なのか知らないけど。これが印刷ではなく手書きで書いてある。よくこんな字体を書けるなと、変な所で感心していた。


 次に目立つのが顔写真。怨霊メイクで撮ってある。顔全体は青白く、目には隈、頬は痩けて真っ赤な口紅をしている。彼女が丑の刻参りをして撃退した時に見た顔と同じだ。


 住所、学歴などの内容は変わらない。しかし、特技は「呪い」、志望動機は「ここにいると何だか気分がいいから」というものだった。こんな履歴書で受かる気あるのかなあ……。ただのイタズラじゃないのか。


 僕は彼女を雇う気はなく、幸いメールアドレスが書いてあったのでお祈りメールの内容を考えていた。すると水晶さんがバイブった。


『彼女を雇いましょう。眷属としての素質があります』


 なんかとんでもない事を言い出した。


「それは勘弁してほしいな。彼女と仲良く出来る気がしないよ……」


 猫を被っていた時はいざしらず、真の姿を現した彼女とは到底相容れない。眷属としての素質がどういうものなのか分からないが、ここは頑として断らせてもらおう。


 その時、チャイムが鳴った。僕は玄関に向う。何の警戒もしないでドアを開けるとそこにはなんと菩薩院聖子さんが居た。


「……ヒッ!」


 思わず悲鳴が漏れる。だってしょうがないじゃないか。白装束に例の怨霊メイクなんだもん。驚くに決まっている。抜かった、ドアに付いているのぞき穴で確認すればよかった……。


「……何の御用でしょうか」


 ビクビクしながら尋ねる。


「……面接に来たわ」


 怨めしそうな顔に背を丸めた姿勢は、明るい場所だと芝居掛かって見える。二日前の礼儀正しく可憐な菩薩院さんとあの呪い女が、同一人物だなんて実は何かの間違いだと淡い期待をしていたのだが、声やお天道様の下で見る彼女の顔は例えおかしなメイクをしていたとしても、僕がときめいた菩薩院さんと同じだった。


「……履歴書は受け取りましたが、合否判断がまだです。それに面接は事前に予約を取ってくれないと。いきなり来られても困ります。という訳ですので、今日はお引取り下さい」


「合否判断なんて待っていたら落とされるじゃない。だからアポ無しで面接に来たのよ」


 落とされるのを分かっていて何であんな履歴書を書いたんだ。意味がわからない。しかも普通にタメ口だし。


「この後、用があるので今日はお引取り下さい……」


「用って何よ」


 そりゃあ、“伝説の聖女”様が超越神社に居ないか探すんですよ。


「あの、探しものをちょっと……」


「じゃあ、私も手伝うわ」


 ヤバイ、何としてでも面接を受ける気だ。そしてこの押しの強さは面接でも遺憾なく発揮されるだろう。あれはこれやと強引に合格をもぎ取る気だ。確かに、一緒に働ける巫女さんは欲しい。しかし、彼女は嫌だ。これは絶対にこの場で追い返さないと。


「あの、間に合っていますので」


「呪うわよ」


「…………」


「呪うわよ」


 これは本気の目だ。本気で呪う気だ。しかしそんな事彼女に出来るのか? もしかしたら御三家の菩薩院さんは呪いを生業としている一族なのかもしれない……。そういえば特技が「呪い」だったな。どうしよう……。


「……お上がり下さい」


 折れてしまった……。でもまだ大丈夫。断るチャンスはまだ有るさ。取り敢えず面接だけして、後日お祈りメールを出そう。


 僕は菩薩院さんを広間に連れて行くことにした。それにしても今、天女あまめちゃんがいなくて良かった。彼女は、この春入学する学校の制服が届いたと湿原しめはらさんから連絡があったので、湿原さんと一緒にお店に取りに行ったのだ。湿原さんは天女ちゃんの面倒をよく見てくださって本当に助かってます。今度菓子折りでも持っていこうか。


 菩薩院さんの面接会場である広間に着いた。24畳もある和室だ。この部屋にはちっこいテーブルが一つあるだけだ。このテーブルを挟んで菩薩院さんと差し向かいに座る。


「……」


「……」


 沈黙が流れる。何を聞けばいいのかわからない。そもそも落とすつもりだったんだから、面接の質問なんて何も考えていない。それでも何も聞かない訳にはいかないから、どうせなら気になる事を聞こう。


「あの、ここで丑の刻参りをしていましたが、何故でしょうか? 写真の女の子に恨みでもあったんですか?」


「あの娘、私のプリンを勝手に食べたのよ。それが理由よ」


「……どういったご関係で?」


「妹よ」


「……では、妹さんがプリンを勝手に食べたから、丑の刻参りで呪おうとしたと?」


「文句ある?」


 そりゃ、うちの御神木でやるんだもん、文句ならあるさ。


「本当に呪えるとは思ってないわよ。あれは趣味の一環ね」


「……次の質問です。志望動機を詳しく教えてください」


「そうね、まずここの澄んだ空気が気に入ったわ。それからここ、ただの神社ではないわね? 不思議な何かを感じるわ。この心霊スポットになりそうな何かに惹かれたのよ」


 心霊スポットは良くわからないけど、超越神社の神秘性をはっきりと感じといるのなら、やはり菩薩院家から指令が下っているんだな。この神社、何か変だから調べてこいと。


「お家のご都合という事でよろしいでしょうか?」


「なんで家が出てくるのよ……。実家は関係ないわ」


「菩薩院家から調べてくるように言われたんですよね?」


 しらばくれたって無駄だぜ。まるっとお見通しなんだから。


「関係ないわよ。全て私の意思よ。何で私の実家が関係してると思ったわけ?」


 彼女の様子からするに嘘は言っているようには思えない。どういう事だ。御三家といえば霊的なことに従事している由緒正しき家で、その一角の菩薩院家の娘さんが、偶然何だかとんでもなくすごい神社に就職したいだなんて事があり得るだろうか? やはりスパイと考えるのが妥当ではないだろうか。


「本当に関係ないんですか?」


「ないわよ。私はオカルトが好きなのよ」


「……そうですか」


 オカルト好きだからこの神社で巫女さんやりたいのか。ホントかなあ……。あとで菩薩院家が関わっていないか、おじさんに確認してみた方がいいな。


「それでは次の質問です。え~っと、そのキャラクターは何ですか? お祭りの時とはだいぶ雰囲気が違いますが……」


 怨霊メイクに傲岸不遜な態度、どう考えても面接でするべきでない。面接でなくてもするべきでない。普通に振る舞えるのに、何故そうしないのか。


「これが素よ。祭りの時は裏の顔を使っていたのよ……。あれは黒歴史だから忘れなさい」


 どう考えても今の怨霊系女子の方が黒歴史ではないのか。家ではずっとこんな感じなのか?


「もしここで働くとしたら普通にして頂けますか?」


「……善処するわ」


 そこはハッキリ「はい」と言って欲しかった。まあ、雇う気ないからどうでもいいんだけど。たしか彼女は給料の高そうな外資系のコンサルティング会社に就職が決まっていたはずだ。落としても無職になる事はないから、たぶんそこまで恨まれることはないだろう。きっとこの面接も悪ふざけの延長さ。そう思いたい。


「菩薩院さんはすでに就職先が決まっていましたよね?」


「蹴ったわ」


「……えっ?」


「辞退したの。だからここで就職できなかったら、私は春から無職になってしまうわね」


 ギロリと睨んでプレッシャーを与えてくる。マジか……。本気で超越神社の巫女さんになる気か。ちょっとマジ勘弁なんだけど。


「うちは見ての通り小さな神社ですので、優秀な菩薩院さんの満足するようなお給料は出せませんよ?」


 僕の主な収入源は、霊管から依頼が出される浄化とか除霊になるだろうからな。正直に言えばあまり受けたくない。僕は必要最低限のお金プラス多少の貯金があればそれでよい。巫女さんを一人雇うとそれだけ頑張らなければいけなくなる。それは出来れば御免被りたい。こちとら異世界でも神様やらなければいけないんだ。なかなかに忙しいのだよ。しばらくは、あの得体のしれない少女が怖いから行くつもりはないが。


 ……ああでもよく考えたら、僕が異世界に行っている間は超越神社に誰か居たほうがいいのか。天女ちゃんも4月から学校に行くし、完全に無人にするのも良くないか。……でも菩薩院さんはなあ。


「その点は心配ないわよ。私の実家は裕福だし、いざとなったら副業をすればいいから。副業は大丈夫でしょう?」


「……ええまあ、それは構いませんが」


 彼女、最難関大学を卒業しているから副業でもそれなりの成果を出せてしまうんだろうな。才能があるって羨ましい。


「……僕からは以上です。何か質問はありませんか?」


「落としたら呪うから」


 質問じゃ無いし……。


「呪うから」


「……合否の連絡は後日します。本日はありがとうございました」


 菩薩院さんは帰っていった。玄関から見送る時にもう一度「落としたら呪うから」と脅迫された。圧迫面接は就活で一社だけ運悪く当たってしまった事があるけれど、まさか逆圧迫面接されるとは思わなかった。彼女始終タメ口だったし。お祭りの時の素直で可憐な菩薩院さんはどこにいってしまったのだろう。ああ、わかってるさ。あれは幻想だって。


 僕はスマホを取り出し、早速おじさんに相談することにした。

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