エピローグ
暖かな黄金色の光に包まれて、2つの魂が天に還っていきます。カトリーヌは解けた魂の一つを集め、結び合わせました。聖女ロゼットの意識がボンヤリと戻って来ました。
彼女の目の前には教会の像にそっくりな少女がいます。
「カトリーヌ様……? 初めましてロゼットと申します。もしかしてお見送りをして頂けるのですか?」
崇拝するカトリーヌが自身の前に現れたことを喜びました。しかしカトリーヌは俯いています。
「気づけなくってごめんね……ロゼット……」
2百年前、ゼクターフォクターがセルクルイスを襲撃した後、カトリーヌは急いで街全体に結界を張ったのでした。その時、街から逃げた白霊貴族が街の周辺に潜んでいないかと大量の人員を投入して徹底的に調べたのです。
「カトリーヌ様のせいではありません。あの白霊貴族の隠蔽が巧妙だっただけです」
「いいえ、もっとよく街中を調べるべきだったわ。まさかあなたの弟を囮にして、あなたを街中に潜ませているとは思わなかった」
ゼクターフォクターが弟から姉に分魂匣を移し替えた理由は2つありました。一つは白霊貴族の姿をした弟を街の外へ逃し、追手の意識を街中から逸らすこと。
もう一つは当時のセルクルイスの協会に縁の深い聖女ロゼットは、その場所に長い間縛り付けておくには最適だったのです。強い縁のない場所だと霊魂はフワフワと別の場所に漂ってしまう恐れがあります。街全体に結界を張られる事を危惧したゼクターフォクターは、なんとしてでも街中に聖女ロゼットを留めておきたかったのです。
「本当にごめんなさい」
「……カトリーヌ様、私はお役に立てたでしょうか?」
「当然でしょ! あなたのおかげでセルクルイス、いいえ、この世界全てが救われたのよ。白霊貴族の親玉が地上に出てきたらどうなっていた事か……。あなたが“伝説の何か”の使者であることを抜きにしても、あなたの功績は大きいわ! ロゼット、あなたは本物の聖女よ!」
聖女ロゼットは涙ぐみました。敬愛するカトリーヌの言葉によって、自身の苦労や苦痛がこの時、本当に報われたと思ったのです。
「そのお言葉を頂けただけで十分です……。カトリーヌ様、私は早くに両親を亡くしました。他に身寄りがなく、幼い弟と二人で途方に暮れていました。村も貧しく、私達を支援する余裕はありませんでした。そんな時、哀れな私達姉弟にカトリーヌ教は手を差し伸べて下さいました。食べ物を分けてくださり、私に神官としての教育も施してくれました。お陰様で、私達は命をつなぐことが出来ました。大恩のあるカトリーヌ教に報いることができ、神官として住民の皆様を守ることが出来ましたこと、これ以上ない無上の喜びでございます」
聖女ロゼットの顔は満ち足りていました。その言葉に偽りはなく、人々のために献身的に生きた彼女はまさに真の聖女です。
「でも、弟の事は残念でした。シュウには生きてほしかった……。幸せな人生を送ってほしかった……。それだけが心残りです。あれから2百年も経ってしまったのですから、今更なんですけどね」
「そうね……。そればかりはどうにもならないわ。……ねえ、ロゼット。私にしてほしいこと、ある?」
聖女ロゼットは少し考えました。
「……では、私の死体を隠すために犠牲になった方を厚く弔って上げて下さい」
人間を白霊貴族とするためには肉体と魂の両方が必要です。聖女ロゼットの死体を隠蔽するためには、別の死体が必要でした。
なぜなら聖女ロゼットの死体がなければ、彼女の肉体を用いて白霊貴族とする計画がカトリーヌ教に気づかれてしまうからです。そのためゼクターフォクターは若い女性の神官を殺しました。片手片足だけを残して。
「それはあなたに頼まれなくてもやるわよ? あなたの願いをいいなさい。どんな事でもいいのよ? 階位を第二階まで上げる? あなたの弟を北の公爵を倒すことに貢献した英雄に仕立て上げる? たとえ死んだとしても名誉は残すことは出来るわ」
聖女ロゼットは首を振りました。
「いいえ、過分な名誉は必要ありません。私達はもう十分満たされています。共に安らかに逝けることが出来るのですから、願いはありません」
「でも、功績に対して報奨は必要だわ。なんでもいいのよ? 私に出来ることなら」
「ん~、そうですね……。では、この世界を守って下さい。私の愛した世界を。耕した土の匂い、川のせせらぎ、家族みんなで見たきらびやかな星々の瞬き、暖かな人々の優しさ。美しい思い出がたくさん詰まったこの美しい世界を」
「もちろんよ! そのために私はいるんだからね? あなたもそれは知っているでしょう?」
「ふふ。カトリーヌ様は少し怠け癖があると聞いたものですから。あの方に全て押し付けるのではないかと」
「ぐっ……。そ、そんな事無いわよ! ちゃんと、うん……、やるわよ……」
「ありがとうございます。そのお言葉が聞ければ安心して向こうにいけます」
「ええ、任せて頂戴。……そろそろ時間ね。あなたの弟が待っているから」
「はい。カトリーヌ様に見送って頂けるなんて、私は果報者ですね」
カトリーヌが繫げた魂がまた解けていきます。聖女ロゼットの魂は今度こそ天に溶け、この世界を巡っていくのです。
「爾らが魂は廻る。流転し万物と融和し世界と成り、巡り巡って再び相見えんことを我願う」
夕日のようにやさしい微光が聖女ロゼットを包みます。それは弔いと約束の光。
「五聖暮光」
――ありがとうございます、カトリーヌ様。あの方にもよろしくお伝えください――
聖女ロゼットの魂は弟の魂と共に安らかに世界に還っていきました。
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