第55話 VS白霊貴族④
僕は自身の体を超強化するようにイメージした。天女ちゃんに怪力のスキルを授けることが出来たんだ、僕自身に出来ないわけがない。
神正氣が血液に乗って体中を巡る。細胞の一つ一つに力が溢れるのを感じる。今まさに僕は超人となったのだ。超パワー神主だ。しかし予想通り、身体強化は僕と相性が悪いらしく神正氣の消費が半端ない。という事で早々に終わらせよう。
足を大きく開き、腰を落とす。正拳突きの構えだ。心を集中。狙いは鎖。結界を解除。迫りくる鎖に正拳突きをお見舞いだ!
「せいや!」
拳に当たった鎖はまるで爆弾に直撃したように粉々に吹っ飛んだ。
「!!?」
それを見た白霊貴族はアリエさんから爪を強引に引っこ抜き、背を向け逃げ出した。本能で超パワー神主となった僕の脅威を感じ取ったのだろう。だが逃さない。僕は白霊貴族の背に繋がっている千切れた鎖を掴んだ。長さは200メートル程だろうか。鎖は自分の意思を持っているかのように自在に動くので、こいつを引っ張りピンと張った所で、僕と白霊貴族の直線上の空間をアリエさんに銀 婆 剣で斬ってもらう作戦だ。
その為アリエさんを癒やさないといけない。まずは彼女らを蝕んでいる冥氣を浄化しよう。浄化玉を人数分出し発射させる。浄化玉が着弾すると、アリエさん達は黄金の光に包まれ元の体に戻った。よし! お次は傷を癒やす。
僕の背後に薬師如来を召喚。如来の掌から癒やしのビームが放たれる。
「か、体が……? カミヒト殿?」
「アリエさん! 僕が鎖を引っ張るので銀 婆 剣で斬ってください!」
「しょ、承知しました!」
アリエさんはこちらの意図をすぐさま掴んで迅速に動いた。彼女が銀色に輝く銀婆剣を出し、準備が整ったのを確認して僕は鎖を引っ張ろうとした。しかし粉々になった鎖はもう再生し、僕が掴んでいる鎖に繋がった。再生した鎖は僕に巻き付き、直接絞殺す気だ。更にどこから来たのか無数の冥氣が僕を襲う。
まずい! と思ったのは一瞬で、冥氣も鎖の締付けも何とも無かった。さすが超パワー神主だ。
「そいや!」
鎖に巻き付かれたまま力任せに引っ張った。アリエさん頼みますよ!
「ホ ホ ホ!?」
しかし力が強すぎたのか、ピンと張るどころか白霊貴族が僕の方に勢いよく突っ込んできた。そのまま激突し、二人でゴロゴロと地面を転がる。上下左右がわからないまま数メートル程転がった所で止まった。今自分がどんな格好をしているかわからない。少し間をおいてから自分がどのような姿勢をしているのか理解した。
「…………」
馬乗りになってる……。白霊貴族の上に馬乗りになってるよ……。 お腹の辺りに尻を乗せ、白く冷たく細い手首を両手で掴んでる。お色気系の漫画でよくあるどうしたらそんな格好になるんだ、みたいな感じになってる……!
どうしよう、白霊貴族とはいえ女性の上に馬乗りになってしまった。いや、そんなことより作戦は失敗だ。ここからどうすればいい?
「ハッ!!」
やや混乱していると銀色の閃光と同時に、鎖を断ち切る硬質な音と地底で獣が唸るよな声が聞こえてきた。アリエさんが隷縛の鎖を斬ったのだ。
斬られた鎖は痛みでも感じているかの様にのたうち回る。石畳と数キロにも及ぶ鎖が激しく擦れ合う音は不快だった。やがて鎖はコード式の掃除機のコードが本体に戻っていくように、勢いよく地面に吸い込まれていった。ほぼ全壊の廃教会跡地の地面だ。あの辺りに冥府と現世の歪があるのだろう。
終わったか……。はあ~っと深く息を吐く。疲れた……。
「……アリエさん、よく鎖の位置が分かりましたね」
「カミヒト殿が鎖を掴んでから私にも見えるようになりました」
えっ、そうなの? だったらわざわざ引っ張らなくても良かったじゃん……。徒労になってしまったな。しかし犠牲者が一人も出なかったのだ。これは大金星と言ってもいいだろう。良く頑張ったな、僕。
「……うっ」
僕の下からうめき声が聞こえてきた。ロゼットさんだ。彼女の姿は既に元に戻っていた。そういえば馬乗りのままだった。僕はすぐに彼女の上から降りた。
「……ここは?」
ロゼットさんは上半身を起こした。すると視界の端に何かがよぎり、それはロゼットさんに抱きついた。
「姉ちゃん!」
シュウくんだった。どういうことだろう、彼はなるべく遠くに逃げてもらったはずだが。
「……シュ……ウ? シュウ!!」
「姉ちゃん!! 姉ちゃん!!」
お互い抱き合って、涙を流しながら再開を喜んでいる。この二人には色々聞きたいことがあるのだが、後でいいだろう。2百年ぶりに再開したのだ。しばらくはその余韻に浸らせてあげよう。もう大丈夫そうなので超パワー神主モードを解除した。
モンレさん達はまだ意識が戻らず地面に突っ伏している。ふと、僕の足元の少し先に四角い物体が目に映った。それを見た瞬間、悪寒が走った。白霊貴族だったロゼットさんの鎖骨の真ん中に埋まっていたやつだ。それは直径が3センチほどの正六面体で、色は白く表面には幾何学模様が描いてある。……これはよくないものだ。浄化しないと。
僕はその不吉な物体を取ろうと一歩踏み出したが、正面からシュウくんに抱きつかれた。
「兄ちゃん、ありがとう!」
目は泣いたせいか充血していて頬には涙の跡があるが満面の笑みだ。
「ありがとうございます」
ロゼットさんもいつの間にか立ち上がっていて、僕に向かい頭を下げていた。
「どういたしまして。お二人が元に戻れて良かったです。でもシュウくん、なんで遠くに避難していなかったの?」
「ごめんなさい。でも俺、姉ちゃんの事が気になって、兄ちゃん達の邪魔にならないように隠れてたんだ」
「聞き分けのない弟でごめんなさい。あなたとそちらの女性のおかげで大事に至らずに済みました。本当にありがとうございました」
ロゼットさんは完全に正気を取り戻したようで、僕とアリエさんに再びお礼を言った。
「兄ちゃん、青髪の姉ちゃん、本当にありがとう!!」
シュウ君はとても嬉しそうだし、お説教は後回しでいいかな。っと、それよりあの四角い物体を回収しないと。先程あった場所に視線を移す。しかしそこには何もなかった。
「……あれ?」
シュウ君が力を強めて、更に僕に強く抱きつく。胸のあたりに顔を押し付けるほどの抱擁っぷりだ。
「シュウ君、ごめん。ちょっと離れてくれる?」
彼の熱い抱擁は感謝の現れだから嬉しいのだが、今はアレを探して早く回収しないと。しかしシュウ君は僕の言を無視して抱きついたままだ。
「シュウ君?」
「いや、本当にありがとう」
「……えっ?」
彼から低く、底冷えするような声が聞こえてきた。子供ではなく成人男性の声だ。その声を聞いた瞬間、鳥肌が立った。何が起こったか理解が出来ないでいると腹部に激痛が走る。
「……っ!!?」
「カミヒト殿!?」
白衣が真っ赤に染まる。シュウ君の腕が僕の腹を貫通していた。あまりの痛みに顔が大きく歪む。口から勢いよく血を吐いた。シュウ君が顔を上げれば、目が真っ赤だった。体全体が白く変様していく。白霊貴族の外観にそっくりだった。
「……なん……で?」
僕の腹からどんどん血が流れていき、足元に血溜まりが出来た。目の前の何かが口を開く。
「初めまして。私の名はゼクターフォクター。冥府より罷り越した北の公爵だ。君のお陰で忌々しい結界の中に入ることが出来たよ。ありがとう。そしてさようなら」
腹から腕が荒々しく抜かれ、僕はそのまま地に伏した。自身の血の生暖かさを感じながら、意識を失った。




