表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/198

第54話 VS白霊貴族③

 アリエさんと白霊貴族ロゼットさんはすでに激戦を繰り広げていた。アリエさんは彼女の相手に加え、彼女が出したであろう冥氣を斬ったり避けたりしながら器用に戦っている。しかもあらゆる方向から鞭のようにしなり、襲ってくる鎖にまで対処している奮闘ぶりだ。しかし、やはりこれらの相手を1人でするのは大変なようで防戦一方だ。これではロゼットさんの背後を取って鎖を斬ることなど出来ない。


 という事で僕も参戦する。白霊貴族ロゼットさんの動きを封じるためにもう一度痺れ玉を出す。今度は先程の3倍程の大きさだ。


 それいけ! 痺れ玉! 動きを封じ込めてしまえ!


 痺れ玉は白霊貴族ロゼットさん目掛けて飛んでいく。しかしもう少しで着弾するという所で、鎖が痺れ玉を弾いた。痺れ玉は横に逸れ、明後日の方向に飛んでいった。鎖は痺れ玉に当たったせいか痙攣したように振動していたが、それも長くは続かず今度は僕を標的にして攻撃してくる。だがこちらには結界があるので鎖の打撃も効かない。それでもあらゆる方向から鎖の鞭で連撃されると、中にいる僕は生きた心地がしない。


 僕は早く終わらせたい一心で痺れ玉をドンと10個同時に出した。これならば一つくらいは当たるだろう。


「アリエさん! 今から白霊貴族の動きを止めるために攻撃しますが、これはアリエさんには無効なので気にしないでください! 邪教でない者に赤聖魔法が当たるようなものです!」


「承知しました!」


 注意喚起も終わったので、早速発射する。さあ、行って来い!


 10個同時はさすがの白霊貴族でも想定外のようで、大きく後ろに跳躍して距離を取った。しかしその程度で痺れ玉から逃れることは出来ない。今度こそ着弾すると思った瞬間、鎖がロゼットさんを囲うようにして隙間なくグルグルと螺旋状に積み重なった。


 痺れ玉は鎖でできたシールドに直撃した。鎖はジャラジャラと力を失ったように地面に落ち、ビリビリと痙攣している。10個全て防がれてしまったが、今ならロゼットさんはむき出しの状態だ。今がチャンスとばかりに再び打ち込もうとすると、結界を鎖が激しく乱打した。


 視界の半分を覆うほど鎖の鞭が舞っており、結界のあらゆる方向から打ち付けてくる。なぜだ、確かに痺れ玉は当たったのに……。


 鎖の容赦ない攻撃に僕は為す術がない。あまりの激しい攻撃に固まっていると、後ろからピシッと嫌な音が聞こえてきた。ドクンと心臓が跳ね上がり、心拍数が急上昇する。背中に冷や汗が流れる。僕は生唾を飲み込み、意を決して後ろを振り返った。


 目に飛び込んできたのは、結界に入ったわずかなヒビだった。僕の恐れていたことが起こってしまった。今までどんな衝撃にもびくともしなかった結界が、ほんの少しだがそれでも確実にダメージを負っていたのだ。この信じがたい現実に呆然としていると、結界のあちらこちらでヒビの入る音が聞こえてきた。


 僕は半狂乱で隷縛の鎖に向けて破壊玉を放った。爆撃音が鳴る。バラバラと千々に切れた鎖の破片が宙を舞う。少し間を置いてから鎖が地面に落ちる金属音が聞こえてきた。


 ……なんだ、破壊玉で壊せるじゃないか。


 安堵したのも束の間で、細切れになった鎖は互いにつなぎ合い、あっという間に元に戻ってしまった。再生の為、攻撃をやめたことで鎖の全容が見えてきた。鎖の長さは数キロに及ぶのでないかという程長く、僕が痺れさせたのはほんの一部だったと言う訳だ。モンレさんから聞いていた話とだいぶ違う。長くてもせいぜい数百メートルだったはずだ。


隷縛れいばくの鎖は冥府に繋がっているのでほぼ無限に修復するんだそうです』


 じゃあ、どうすればいいんだ!?


銀 婆 剣(シルバアソード)で因果ごと断ち切らないと駄目だそうです』


 水晶さんの伝聞の口調に違和感を持つ事ができないほど僕は追い込まれていた。その銀婆剣でアリエさんが鎖を斬る隙を作れないんじゃないか……。


 ならば再生をさせる時間を与えないほど破壊玉を打ち込みまくろうと、ほんの少しだけ残ったなけなしの勇気を振り絞ろうとした時だった。赤黒く明滅する鎖が結界に巻き付いた。びっしりと僕の視界をほぼ遮るほどに。ギリギリと結界を締め付ける音が聞こえる。まるで蛇が獲物を絞め殺すように破壊しようとしている。


 ガラスが割れるような、ひときわ大きな音が響いた。結界に数十センチの亀裂が入っている。僕は慌てて亀裂を補修するため神正氣を流し込んだ。みるみる結界が直っていく。しかし鎖は幾重にも巻き付き締め付けを強くする。今度は何本も亀裂が走った。僕はすぐさま修復する。だがまた亀裂ができる。


 何度も何度も繰り返してまるでいたちごっこだ。僕が修復している内は鎖は結界を破壊することは出来ないが、神正氣はどんどん減っていく。完全に無くなれば僕は殺される。その事実にじわじわと恐怖が湧き上がった。死の足音が近づくのをはっきりと感じた。


 今までの人生で明確に死を意識したことはない。しかし今は圧倒的な悪意が僕を殺そうとしている。迫りくる死の恐怖に僕は頭が真っ白になった。


「……っく! カミヒト殿!?」


 アリエさんが僕の異変に気がついた。彼女は鎖が見えないので、結界の亀裂と僕が中で怯えながら無様に亀裂を修復している様が見えたのだろう。アリエさんと白霊貴族はくりょうきぞくとなったロゼットさんは互角に戦っていた。しかし、アリエさんの表情には強い疲労が浮かんでいる。対する白霊貴族は何ら消耗した様子はない。このままだとアリエさんも負けてしまう。


 援護しなければと思いつつも結界を直すのに手一杯だ。僕は自分の事しか考えられず、ただ必死に結界を修復することしか出来なかった。


 どれ程修復を繰り返していただろうか。体感では2~3分だったと思う。上からアリエさんのうめき声が聞こえてきた。すると僕のすぐ前にザッと地面に何かが着地する音が聞こえた。僕の視線の先の鎖がシュルシュルと解け、視界が開けた。


「あ……」


 アリエさんを串刺しにした白霊貴族が立っていた。恐らく爪であろう細く鋭い5本の刃が、アリエさんの背中から腹部に突き出ている。足は30センチ程浮いており、体を貫く5本の爪だけで支えられている為、自重でゆっくりと下り傷口が少しずつ広がっていく様が見えた。


「……ぐっ……に……げて……」


 彼女は口から大量の血を吐いて瀕死状態にもかかわらず僕の心配をしている。


「……な……ぜ?」


「あなたは……いきる……べき……です。私は……騎士……ですから……」


 アリエさんは弱々しく微笑んだ。……ああ、自分より10歳以上若い女の子がこんなに傷ついているのに、僕は恐怖で震えている事しか出来ない。なんて情けないんだ。


 自分の不甲斐なさを恨んでいると、突然大きな爆発音がした。白霊貴族からモクモクと煙が上がっている。


「その人達から離れなさい!」


 声のする方を見ればモンレさんと十数人の騎士たちがいた。赤い神官服を着た赤聖魔法使いのトトマという女性もいる。援軍に来てくれたようだ。しかし、白霊貴族の前では焼け石に水だろう。


「住民の避難のため、遅れて申し訳ありません。さあ、白霊貴族! 我々が相手です!」


 攻撃を受けた白霊貴族は平然としている。それもそのはずだ。黒聖魔法か僕の神術でないと彼女を傷つける事はできない。


「我々が時間を稼ぎます。アリエさんは私達が助けますから、カミヒトさんはどうか逃げてください!」


 騎士たちは各々の武器にアリエさんと同じ黒い刃を付けている。黒聖の力が込もった霊光石を使っているのだろう。貴重な霊光石だと言っていたが大きな街の教会のためか、それなりの数はありそうだ。これならばどうにかなるかもしれない。


 僅かな光明が見え胸にかすかな希望が湧いてきたが、悲しいかな、現実は非常だった。


 鎖は騎士たちに襲いかかり、それが見えない彼らはほとんど反応することができなかった。アリエさんのように気配で鎖を感知する事が出来るみたいだが、縦横無尽に乱舞する鎖の鞭に為す術がなかった。1人また1人と倒れていく。その中にはモンレさんもいた。やはりこの白霊貴族は規格外に強いようだ。


「ホ ホ ホ ホ ホ」


 白霊貴族の口から冥氣が放たれ、白い手をした冥氣はアリエさんや倒れている騎士たちの中へ吸い込まれいていく。彼らの体が白くなっていく。


「にげ……て……」


「……あ……あ……」


 アリエさんの体は半分ほど白くなり、虚ろな目は赤く仄かに光っていた。もう半分ほど白霊貴族となっているのにまだ僕の事を気遣っている。でも僕は逃げたくて仕方がなかった。


 ……ああ、もうダメだ。心の中で何度もごめんなさいごめんなさいと謝った。もう逃げるしか無い……。不甲斐なくてごめんなさい。1人で逃げてごめんなさい。


 逃げるために転移の鳥居を召喚しようとした時だった、水晶さんが五色の光を放つ。両の頬に思い切り平手打ちされたような強い痛みが走る。そして、頭の中に『しっかりしなさい!』と言う声が響いた気がした。不思議と恐怖が和らぐ。


「……水晶さん?」


『まだまだやれる事はあります。自信を持ってください。あなたは神なのですから、神らしく振る舞うのです」


 そんな事を言ったって僕が神だなんて荷が重いよ。神らしくってどうすればいいんだ……。この時ふと光の女神様と邂逅した時の事を思い出した。神様をやれと言われ、何をすればいいのか尋ねた時の事だ。



 ――君がイメージする神様としての振る舞いをすればいいよ――



 僕のイメージする神……。僕がいてほしいと思う神……。


 そうだな……今見たいなピンチの時に助けてくれる神様がいいかな。だっていっぱい頑張ったじゃないか。それから理不尽な事から守ってくれる、そんな神様がいてほしいと思う。命がけで戦うアリエさんや、日々瘴氣から住民を守るモンレさんや黄光衛生局の人たち、そんな誰かのために頑張れる善良な人達を救ってくれる神様がいてほしい。


 その願いは叶わないけれど、僕自身がそんな神様みたいに振る舞うことは出来る。


 出来るかな……?


『カミヒト様ならきっと立派な神になれますとも』


 水晶さんのその言葉はスッと僕の胸の中に暖かく染み渡っていく。


 それでもやっぱり怖いな……


『大丈夫です、この水晶も付いておりますから』


 水晶さんから放たれる優しい緑色の光は暖かく、僕の心を落ち着かせる。


……もうちょっと頑張ってみようかな。


 光の女神様に押し付けられた役目だけど、ああ、それでもやってやろうじゃないか。水晶さんに発破を掛けられ、優しい言葉をかけられた為か元気が出てきた。アメとムチの使い分けが上手いですね。


 ふぅ~~っと、長く息を吐く。いつの間にか過呼吸になっていたようだ。鼻から大量に空気を吸い、深呼吸。先程までの混乱が嘘のように頭がすっきりしている。体に意識を向ければ神正氣は充満している。冷静になれば、水晶さんの言う通りやれる事はたくさんあるじゃないか。さあ、反撃と行こうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ