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第53話 VS白霊貴族②

 僕が「銀 婆 盾(シルバアガード)」と唱えた瞬間、セルクルイスの街全体を半透明の膜が覆った。同時に白霊貴族から放たれた冥氣が街を襲う。霧のような白い手が幾万とセルクルイスに降り注いだ。しかし、その白い手は銀婆盾に触れると霧散し消えていった。


 何万という冥氣が消えていく様は壮観だった。銀 婆 盾(シルバアガード)の下から見上げれば、街全体を雲が覆っているようにも見える。月光に照らされキラキラと光っている。不謹慎だけどちょっときれいだなと思った。やがて冥氣の残骸である雲が消えて、夜空にはきれいな満月が現れた。


「すげえ……」


「カミヒト殿、今のは……」


銀 婆 剣(シルバアソード)


 僕は続けて銀婆剣を出した。


「それは……?」


「この光の剣と先程の盾はドラゴニックババアから貰い受けました。この剣は一度だけどんなものでも斬ることが出来ます。アリエさん、この剣を使って彼女を囚えている鎖を斬ってください」


 僕はアリエさんに銀 婆 剣(シルバアソード)を渡した。彼女は恐る恐る受け取る。


「これは……銀 婆 工 芸 品シルバアアーティファクトですか!? ババアから授けられるという奇物……! 実在するのは知っていましたが、初めて見ましたよ……」


「僕が使うより、体術に優れて剣にも長けたアリエさんが使う方がいいでしょう。お願いします、シュウ君のお姉さんを助けてください! もちろん僕も援護します」


「兄ちゃん……」


 僕は深く腰を折って頭を下げた。恐らくだが、アリエさんにとって見えない鎖を斬るよりもロゼットさん本体を斬るほうが簡単だろう。僕の浄化玉や破壊玉でもどうにか出来そうだ。しかし、それだとロゼットさんの魂は消滅してしまう。浄化をするためには隷縛れいばくの鎖をどうにかしなければならない。だけどあの鎖はとてつもなく厄介な気がする。もしかしたら白霊貴族となったロゼットさんよりも……。アリエさんの立場からしたら、そんなリスクを負うより本体を倒す方を選ぶんじゃないか。街の人の全員の命と一つの魂。比べるまでもない。


 それでも僕はシュウ君のお姉さんを助けたいんだ。


「青髪の姉ちゃん、お願いだよ! 姉ちゃんを助けてよ」


 シュウ君も僕に倣って頭を下げた。


「承知しました。隷縛の鎖を斬って救われた話は聞いた事がありませんが、カミヒト殿が言うのであれば出来るのでしょう」


「いいんですか? 恐らくそっちの方がリスクがあると思いますが……」


「ええ、やりましょう。私にはカトリーヌ様より授かった『疾風』がありますから。それに私だって聖職者の端くれです。シュウ殿の姉君を、ロゼット様をお救いしましょう!」


「兄ちゃん、青髪の姉ちゃん、ありがとう……」


「ここは僕達に任せて、シュウ君はなるべくここから離れて。君を庇いながらアリエさんを援護するのはちょっと無理そうだから」


「わかった。邪魔にならないように逃げる! 兄ちゃん、青髪の姉ちゃん、姉ちゃんの事よろしくお願いします!」


 シュウ君は頭を下げ、ここから離れていった。


隷縛れいばくの鎖はロゼット様のどこに繋がっているのですか?」


「背中のちょうど真ん中辺りです」


「私には鎖は見えませんから、根本からズバッといきましょう。援護は頼みますよ」


「任せてください。ああ、それからさっきの盾も一度しか使えないので、もう一度あの大技をやられたら次は防げるかわかりません」


「そうですか。ならば早く決着を着けましょう」


「ホ ホ ホ ホ ホ ホ ホ ホ ホ」


 空からこちらの様子を窺っていた白霊貴族が降りてきた。どうやらあの大技はもう使わないらしい。もう使えないのかクールタイムがあるのか。どちらにせよ早く終わらせないと。


「疾風」


 先制攻撃はアリエさんだ。黒聖の剣で白霊貴族はくりょうきぞくに斬りかかるが、腕でそれを受け止められた。大したダメージはなさそうだ。しかし、スピードならアリエさんの方が圧倒的に上だ。右から左に、上から背後から凄まじいスピードで斬りつけ翻弄する。僕の目ではかろうじて何かが高速で動いていることしか分からない。


 白霊貴族は攻撃が効いている様子はないが、アリエさんのスピードについてこれず、防戦一方だ。よし、この隙に痺れ玉を打ち込み、動きを封じ込めるぞ!


 僕は痺れ玉を放った。黄金色でビリビリと雷属性っぽい玉だ。僕が指定した物以外は通り抜けて当たらない仕様なので、アリエさんが近くにいても安心安全だ。


 痺れ玉はまっすぐ白霊貴族に向かっていったが、突然何かにぶつかったように左に逸れてしまった。


「えっ!?」


 痺れ玉を弾いたのは鎖だった。鎖は今度は僕とアリエさんに同時に襲いかかる。鞭のようにしなやかに鋭く打ち付けてきた。僕は反射的に結界を張ったので無傷だが、鎖の見えないアリエさんはまともに受けてしまった。


「……ぐっ!?」


「アリエさん!!」


 そのまま数メートル吹っ飛んでいった。彼女の下に駆け寄ろうとしたが、鎖が結界を打ちそれを阻む。


「大……丈夫です」


 左の脇腹を抑えながら、息も絶え絶えな様子はどうみても大丈夫ではない。僕は燃費の悪い治癒の神術を行使する。アリエさんのそばに薬師っぽい如来が顕現した。掌から癒し系の光を出し、アリエさんの傷を癒やす。


「助かりました……」


「危ない!」


 怪我が治り安心したのも束の間、鎖が再びアリエさんに襲いかかる。アリエさんはすんでの所で鎖をかわした。見えないはずなのに鎖の気配を察知できるとは、さすがという他ない。


「よく避けられますね」


「あれだけの存在感と殺意があれば鎖の気配を感じる事はできます。しかし、見えないと反応が幾分か遅れてしまいますね。そういう訳ですので、あの鎖の対処はお願いします」


 アリエさんはそれだけ言って、ロゼットさんに突っ込んでいった。残された僕は恐らく白霊貴族より厄介な鎖を担当することになった。爆発で全壊した廃教会跡地を見れば、そこには依然として大蛇の群れが堆積しているような鎖の塊があった。僕やアリエさんを攻撃した鎖は、ほんの一部に過ぎない。


 あの鎖を相手にしなければいけないとは気が滅入る。鎖はドクドクと赤黒く明滅していて、まるで生き物の器官のようだ。鎖自体が意思を持っていて、白霊貴族とは別々の存在のように思える。そしてその鎖は僕に明確な殺気を放っている。もう本当にどうしよう。今すぐ逃げ出したいがそんな訳にはいかない。……大丈夫だ。僕にはこの無敵の結界がある。今まで一度も破られたことはない。今回もきっと大丈夫さ。


 ふぅ~~っと、長く息を吐き鼻から大量の空気を吸う。深呼吸は吐くことが大事なんだ。そうしないと空気を沢山吸えないからね。ネットの記事で覚えたことだ。


 さて、覚悟を決めるか……。

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