第46話 おっちゃんの霊光石
観衆のいなくなった礼拝堂で僕は片付けの手伝いをしている。良心の呵責から、なんでもいいから人の役に立ちたかった。しかし、胸の苦しさはこの程度では消えない。
「お疲れ様でした、カミヒトさん。手伝ってもらってありがとうございます」
「お疲れ様です、ミモザさん。これくらい大したこと無いですよ」
「モンレ様にお話があるのでしたよね? すぐに会ってくれるそうです。しかしその前にイーオ様が面会を希望されています。申し訳ありませんが、先にそちらを優先してもらえませんか?」
「……イーオ様がですか。別に構いませんが」
本当は合わせる顔がないから会いたくはないんだけど。しかし、彼女のおかげでこうしてカトリーヌ教の人たちと仲良くすることが出来たのだ。お礼に伺わないというのは失礼になるだろう。
「ありがとうございます。それではご案内しますのでこちらにどうぞ」
ミモザさんに案内された場所は応接室と思われる部屋の入口だ。入り口の左右には強そうな騎士の人たちが警護をしている。
「ミモザです。取次をお願いします」
「しばしお待ちください」
警護していた騎士の一人が扉をノックした後、部屋の中に入った。少ししてから扉が開き、先程の騎士が中へ丁寧に招き入れてくれた。僕はミモザさんと一緒に中へ入ると、イーオ様と秘書の女性、イーオ様を守る数人の騎士、それから、モンレさん、カナリさん、アリエさん、後はどこかで見たことのある厳ついおじさんがいた。
「ああ! あいつ……じゃなかった。あの方です、イーオ様」
厳ついおじさんが僕を指差した。何だ突然。
「お久しぶりでございます、カミヒト様」
嫋やかに一礼するイーオ様。たったそれだけの所作で清廉さと神聖さを感じさせる。それでも真っ赤なんだよなあ……。
「お久しぶりです、イーオ様。ご挨拶が遅くなり、申し訳ありません。その節はどうもありがとうございました」
「お元気そうで何よりです。モンレ様から伺いました。すばらしい浄化の力をお持ちのようですね。まさか二属性持ちとは思いませんでした」
「いえ、イーオ様には到底及びません」
「ふふ、謙遜はなさらなくてもいいですよ。さて、カミヒト様ともっとお話しをしたいのですが、時間があまりないので要件を伝えさせて頂きます。どうぞご了承下さい」
イーオ様がそう言うと、秘書の女性は金の細工が施された高級そうな小箱を開け、中から白い布を取り出した。それをイーオ様に渡し、イーオ様は白い布を丁寧に開いた。白い布から出てきたのは、コロコロの小さいうんこだった。
…………。
「これに見覚えはありませんか?」
あるわけがない。コロコロうんこ自体は見たことあるけど、そんな高級な宝石のように扱われるうんこには心当たりがない。イーオ様は働きすぎて、おかしくなってしまったのだろうか。
イーオ様のそばに控えていた秘書の女性が、ずいと前に出た。
「こちらの霊光石をこの店主に売ったのはあなたではないのですか?」
……ああ、これ僕が売ったうんこ模様の霊光石か。
「……はい、確かに僕が売りました」
「やっぱり。店主さんからこれを売った方の特徴を聞いて、カミヒト様ではないかと思っていました」
「……もしかしてまずかったですかね?」
「とんでもない! カミヒト様が悪いことは何一つございません。むしろ謝罪しなければいけないのはこちらです」
「いまいち、状況がよくわからないのですが……」
「こちらをお売りになった時、おいくらになったか覚えていますか?」
秘書さんに問われたので、思い出してみる。
「確か銅貨2枚でした」
この銅貨2枚で買った里芋は美味しかったです。
秘書さんはふぅ~とため息を付き、霊光石屋の店主を一睨み。店主の厳ついおじさんは申し訳無さそうに項垂れている。
「カトリーヌ教の規定では見たことがなかったり、霊光石大全に載っていない霊光石は必ず本部に送る規約があったでしょう。買い取りした場合は、きちんと売り主の住所を把握することもです」
「も、申し訳ありません……」
話が見えてこないな。ハテナマークの浮かぶ僕の顔を見てイーオ様は説明してくれた。
「こちらの霊光石は大変貴重なものです。膨大な力が込められています。この霊光石に霊力を込めた精霊は非常に格が高いのでしょう。大精霊、もしくはそれ以上の神霊かもしれません。簡単に出会えるものではありませんから、カミヒト様はとても幸運だったのでしょう。ただ、あまりにも大きな力がある霊光石を、個人が所有するには危険があります。それ故、ズッケーア大陸の国々では一定以上の霊力の込もった霊光石は、国や特定の団体が管理し、個人が持つことは禁止されています。代わりにそれ相応の対価をお渡しする規則があるのです」
やっぱりあのおっちゃん、只者じゃなかったな。先程、おっちゃんからものすごい量のエネルギーが流れ込んできたから、もしかしたらと思っていたんだ。それにしてもあの毛玉が、大精霊やら神霊やらとは思えないんだが。あの見た目だし、セクハラするから。
「この店主の店はカトリーヌ教の所属ですので、これは我々が買い取らせてもらいます。しかし、一度査定のため、本部に送らなければなりません。それにかなりの値がつくと思われますので、今我々の手元には支払える程の金貨はありません。申し訳ありませんが、お金はしばし待ってもらうことになります。勿論、前金はいくらかお支払いします」
秘書さんはそう言うと、護衛の騎士の人から袋を受け取った。袋からはジャラジャラと金属の音がする。
「こちらをどうぞ」
恐らく金貨が入っているのだろう。しかし、受け取っていいものか迷う。なぜなら僕はイーオ様に後ろめたい事をしてしまったから。
「どうかされましたか?」
秘書さんは受け取らない僕に怪訝そうな顔をして問いかけた。
「……その霊光石はカトリーヌ教に寄付します。なのでお金は入りません」
「「「「「「「!!!!!」」」」」」」
皆様、一様にビックリしていらっしゃる。
「ほ、本気か、兄ちゃん。もしかしたら、王都や聖都の一等地に豪邸が建てられる位の金貨になるかもしれないんだぞ」
……え、マジで? そんなに貰えるの? 少し心が揺らぐぞ。しかし、決めたのだ。イーオ様に贖罪をすると。不可抗力とは言え、イーオ様のパンツの色を知ってしまった自身に戒めを与えるのだ。それにパンツを見られたのはイーオ様だ。それなら、その霊光石は彼女が貰って然るべきではないか。
だから、本当はイーオ様個人に上げたいんだけど、それは無理っぽい。無理じゃなくてもイーオ様ならきっとカトリーヌ教に寄付するんじゃないか。だから、この形が一番いいんだ。たぶん。
「……遠慮なさらなくていいのですよ? これは正当な対価なのですから。カミヒト様は受け取る資格が十分にあります」
「いえ、先程、イーオ様が人々のために奉仕するお姿を拝見して、感銘を受けました。僕も神職の端くれでございますから、イーオ様に倣って世のため人のために尽くしたいと思います。聞けば、カトリーヌ教は悪氣から無辜の民を守るために、日々悪氣の浄化をして骨身を惜しまず尽力していると言うではありませんか。実際に僕も黄光衛生局で瘴氣から人々を守ろうと闘っている局員の方々を見て、それを強く実感しております。ですからカトリーヌ教に寄付という形で貢献できますこと、まことに誉に思います」
なんて大層なことを言ったが、実際は罪悪感を少しでも減らしたいがためだ。勿論、そういった思いもあるが。
「なんという清らかな御心でしょう! 私欲に溺れず、民を第一に考えるとは。カミヒトさんはまさに聖職者の鑑でございます」
「ええ、ええ、正しく聖職者の模範でございます」
また、カナリさんとミモザさんにお祈りされてしまった。僕はお祈りされるような立派な人間じゃないんだ。そのうんこ模様の霊光石はイーオ様への罪滅ぼしなんだ。
もっと軽い感じで言えばよかったかな。「お世話になったから、カトリーヌ教に寄付しちゃうよ」とか何とか。
「……これは受け取らないほうが失礼ですね。カミヒト様の御慈悲、ありがたく頂戴します。皆様、カミヒト様にお祈りを捧げましょう」
ワーイ、シンセイキノモトガ、イッパイ、ナガレテクルゾ……。
「頭を上げてください。運が良かっただけですから」
おっちゃんにケーキ奢っただけだもんな。
「その類まれなる幸運を自分の為でなく、人の為に使う事が尊いのですよ。カミヒト殿」
「……ありがとうございます、アリエさん」
久しぶりにお喋りしましたね。
「カミヒトさん、どのような精霊様だったんですか?」
ミモザさんは目をキラキラさせている。そりゃ気になるよね。しかし本当のことを言ってもいいものか。きっと幻滅する。
「え~と……。小さい、毛むくじゃらのおじさんでした……」
「そ、そうなんですね……」
やっぱり期待外れですよね、ミモザさん。おっちゃんのセクハラ成分は黙っておこう。
「まあ、大精霊以上となると、我々矮小な人間には想像もつかない姿形でしょうから。さて、カミヒト様。名残惜しいですが、そろそろお暇しなければなりません。最後によろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
「私達と共に聖都へ来る気はありませんか?」




