第45話 ドド襲来
イーオ様に大変失礼なことを言っている妖怪ぽい毛玉は、いつぞやカフェで見たおっちゃんだった。名前は確かドドさんだ。
「なあ、ええやろ」
しつこく話しかけているのだが、イーオ様には見えていない様子。他の人達も見えていない。おかしいな、なぜ僕だけは見えるのだろう。普通の一般人ならいざしらず、なんとなく力の持った人なら見えそうな気がするのだが。
じっと見ていたら目があった。おっちゃんはこちらに駆け寄ってくる。
「また会ったな、あんちゃん」
僕は静かに壁際に移動した。こんなに人がいる前で話しかける訳にはいかない。みんなイーオ様に夢中だが念の為だ。当然のようにおっちゃんもついてくる。
「おっちゃんな、あのねえちゃんのパンツみたいねん」
「ダメに決まってるでしょ」
ヒソヒソと小声で話す。
「なあ、あんちゃん。どうにかしてくれや」
「ダメですよ。人のパンツを勝手に見たらいけませんよ」
「どうしてもみたいねん」
「後でまたケーキを奢ってあげますから、我慢してください」
「みたいねん。ええやろ?」
「そもそも僕じゃどうにも出来ませんよ」
「あんちゃんならできるで?なあ、ええやろ」
「絶対ダメです」
「あんちゃんのためにもなるんやで?」
なぜイーオ様のパンツを見ることが僕のためになるのか。そんな願望はないぞ。断じてない。もうこの毛むくじゃらは無視だ無視。イーオ様のことを見よう。さて、次は呪われた霊光石か。秘書っぽい女性の説明によると、呪術で邪氣に汚染された霊光石のようだ。邪教がばら撒いているらしい。これらがイーオ様の前に大量に山積みされている。一気に浄化しちゃうようだ。
イーオ様が両手をかざすと、赤い強烈な光を放つ球ができた。赤聖か。邪気をぶっ飛ばせる色聖だ。イーオ様は三属性持ちらしいが、その一つが赤聖のようだ。
この赤い球をうず高く積もっている邪気入り霊光石に、今まさに放たんとしている時だった。股間に異変を感じたのは。
「……!?」
「ええやろええやろ」
この毛玉……! 僕の股間をグリグリしてる! その小さな握りこぶしでグリグリしてる。ニヤニヤしながらグリグリしてる。
「や、やめてください!」
「ええやろええやろ」
「ちょ、ダメですって!」
「ええやろええやろ」
……っく! このセクハラ妖怪、一向にやめようとしない。僕はグリグリしてる手を払おうとしたのだが、なんと、スカッと空振り、透過した。
こちらの股間は、確かにグリグリされている感触はあるのだが、おっちゃんの手を払おうにも、僕の手が通過するばかりで触れることが出来ない。一体どうなっているんだ……。
何度も何度も股間から手を払おうとしたのだが、何の手応えもなく空を切るばかり。くそ~、何なんだこのセクハラ毛玉おやじは……。
もうどうにもならないから、股間の感触も無視して、イーオ様に集中することにした。ああ、邪氣霊光石の浄化終わってるじゃないか……。さて、つ……ぎは……っく。
担架で運ばれてきたのは重病の中年女性だった……っく……!息も絶え絶えで、自分で歩けないほど衰弱している……っく……!
「もう、いい加減にしてください!」
さすがに股間の不快な感触は無視できなかった。
「わし、パンツみたいねん」
「……僕のパンツじゃだめですか?」
うら若き乙女の、しかも聖女候補である立場あるお人のパンツを見る手伝いをする事は、どうしても抵抗を覚える。故に代替案を出す。
「あんちゃんのパンツで誰が喜ぶんや?」
くそ~、正論いいやがって! 非常識な存在のくせに!
「ほれ、ぐりぐり~」
「ちょ、本当に……やめて」
「こっちの手も使って、両手でぐりぐりするで?」
「わかりました、わかりましたから………」
心が折れてしまったよ……。
「……あそこに透明な螺旋階段があるじゃないですか。帰りもあの階段を使うと思うので、下から見上げれば……」
イーオ様のスカートは足首まであるほど裾が長いのだが、真下から覗けば見えるかもしれない。
「あんちゃん、頭ええな!」
セクハラ玉はイーオ様の元まで走っていった。すぐ近くで体育座りをしている。ああ、罪悪感で胸が痛い。ごめんなさい、イーオ様。僕は毛玉のセクハラ攻撃に負けてしまいました……。
その後もイーオ様は病人を治したり、呪いの道具を浄化したりと、その大いなる力を遺憾なく発揮していた。そして、ついに終わりの時が訪れた。
秘書の女性によると、イーオ様による奇跡の行事も今日で最終日らしい。この後すぐに次なる巡礼の地に向け旅立つようだ。観衆から名残惜しむ声が漏れる。
楽器の演奏が始まり、イーオ様登場時と同じ曲が流れてきた。退場するみたいだ。どうか普通に入り口から帰ってください。
しかし、僕の願いとは虚しく、イーオ様は透明な螺旋階段を登り始めた。ああ、セクハラ毛むくじゃら股間グリグリ妖怪が、下からイーオ様のスカートの中を覗き見している……。誰かそこのおじさんつまみだしてください!
心の叫びは誰にも届かなかった。イーオ様が透明な浮かぶ道を歩き始めると、満足したのか、毛玉おじさんは僕の元へやって来た。
「ありがとう!あんちゃん。見れたで!」
それはそれはもう、純粋度100%の笑顔で僕にお礼を言った。なぜにこうも子供のような一点の曇りもない、晴れやかな顔ができるのだろう。そこには微塵も後ろめたさ等ない。道義に反する行いをした自覚が全く感じられない。もっとこう、ゲスい表情とか見せなさいよ。
「な!!!?」
思わず大きな声が出た。周りの人たちの視線が集まる。でも、しょうがないじゃないか。だって、急におっちゃんからとんでもない量の力が流れてきたんだから。
神正氣の素となるエネルギーだ。信仰心や感謝の念からできているという。それがドドさんから濁流のごとく流れてきた。しかもこれ、魔境神社のおみつさんよりも多いぞ……! 何者なんだ、ドドさん……。
イーオ様は透明な道の端の方まで着いて、登場時と同じく光に包まれ消えた。観衆からは「おお~!」という歓声が漏れ、皆一様に祈りを捧げた。
僕の方は放心状態で、おっちゃんと見つめ合っている。おっちゃんはサムズアップした。
「真っ赤やったで」
えっ? うそ!? マジで!?
今日一番の驚きだ。おっちゃんはトテトテと何処かへ行ってしまった。というか、ケーキを奢ったときは力は流れてこなかったが、パンツの覗き見を手伝ったら大量に流れてくるとはどういう了見なんだあの毛玉。
それにしても真っ赤かあ……。




