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第44話 イーオの奇跡

 目の前には異世界につながる白い鳥居がある。ここは異世界側の超越神社。僕は今、この鳥居を通って異世界に行こうとしている。


 昨夜はあんな出来事があったが、水晶さんのおかげでよく眠れた。体調は万全だ。


 さっき、会社に電話して、しばらく有給を取りますと連絡した。部長にはどれくらい取るんだと言われたが、わかりません、でもとても大事な事があるんですと答えた。もうすぐ辞めるからといって突然日数もわからず休むなんて、流石に非常識かと思ったがそれでも部長は理解を示してくれた。日頃真面目に働いていてよかった。


 さて、なぜどう考えても危険が待っているだろう異世界に行こうとしているのかと言えば、不吉な前兆を感じたからだ。昨夜の幽霊が鎖で引っ張られた時、はっきりとそう感じた。僕が行かないと、きっと向こうは大変な事になる。


 この予感が神としての特性がどうかは分からない。しかし、危険が分かっていても、異世界に行こうとするのは、はっきりと自分の中から湧き出た意志であると断言できる。でもやっぱり怖いな……。


 巫女様の予知の大きな災いとは、高確率で異世界で起こるだろう。自らその災いに飛び込むのは勇気がいる。


 ええい! 意志が揺るがない内に行ってしまえ!


 前回、異世界訪問時に多くの神正氣を得た。昨日、みつこさんという神様からも大量に得た。


 さらに巫女様や姉妹ドラゴニックババアから授かった一度だけシリーズがある。一度だけ、不幸の身代わりになったり、どんな物でも斬れたり、どんな攻撃でも防いでくれるレアアイテムだ。これらがあればどんな困難でも乗り越えられるだろう。たぶん。


 今行くぞ! 異世界! とう!!


 僕は思いっきりジャンプして鳥居に飛び込んだ。








 着いた所はセルクルイスの人気のない裏路地。しかも中心の大広場に近い場所だ。いい場所に送ってくれた。鳥居さん、グッジョブだ。


 大通りに出れば、街の人達はなにやらガヤガヤと浮足立った様子。お祭りでもあるのかな。みんな興奮したようにお喋りしていたので、会話を聞いてみれば話題はイーオ様だった。


 どうやらセルクルイスに着いてから奇跡を起こしまくっているらしい。手の施しようのない病人や怪我人を治したり、セルクルイス周辺の悪氣を浄化しまくったりと、大活躍みたいだ。なんでもイーオ様は三属性持ちらしい。


 治療の様子は一般に公開しているらしく、教会の礼拝堂で毎日行われているようだ。それを見ようとみんな教会へ行くのでしっちゃかめっちゃになっているという。


 イーオ様のことは気になるが、僕は僕のすべきことをしよう。


 向かった先は廃教会。中央広場の一角にある。前回見たときと同様に年季の入ったボロボロの外観だ。初めて女の幽霊を見たときは廃教会の前で膝をついて、お祈りをしていた。同じ場所を見るとそこには通行人がいるだけで、幽霊はいない。異世界でも幽霊というのは日が出ている内は出ないのだろうか。


 廃教会の近くまで寄ってみれば、ロープが張られ、立入禁止の文字が書いてあり、中に入ることは出来ない。扉にはでかい南京錠のような鍵が掛けられている。


 うーん、どうしよう。中に入れるかモンレさんに相談してみようか。


 そういうわけで教会へ行くことにしたのだが、もう人がすごい。ちょうど、イーオ様が治療を行うらしく、それを見ようとする見物人で辺りの人口密度は凄まじい。これでは教会に近づけない。


 人が落ち着くまで、どこかで待っていようか。


「もしかして、カミヒトさんですか?」


 僕に声をかけたのはミモザさんだった。黄光衛生局の若い女性局員だ。


「ミモザさん、お久しぶりです」


 ちょうどいい所で会えた。今のうちに彼女を通じて、モンレさんにアポイントを取ってもらおう。


「ご用はもうお済みなったのですか?」


 モンレさん達には布教活動のために近隣の村々を視察すると嘘をついていたんだっけ。あのときはセルクルイスを離れる言い訳が他に思いつかなかったのだ。なので当然ご用はお済みでない。


「ええ、まあ……」


 歯切れの悪い返事をする。


「そうですか。良かったです。こちらにはどれほど滞在するのですか?」


 厄介事が片付くまではいるつもりだけど、どれくらいになるかはわからないな。


「そうですね。厳密に予定を立てているわけではないので……。突然すみませんが、モンレさんに言付けを願えますか?」


「モンレ様にですか。教会の方にいらっしゃいますが、カミヒトさんは何か用事でもあるんですか?」


「いえ、用事があるというわけではないのですが、この人だかりですから」


「それでは、局員用の裏口から参りましょう。あの辺りの裏道は一般の方は立入禁止ですから」


「……じゃあお願いしてもいいですか?」


「はい。では行きましょう」








 教会に行く道すがら、ミモザさんから話を聞けば、僕がセルクルイスを離れた翌日にイーオ様御一行がやって来たようだ。連日、教会の礼拝堂でイーオ様による奇跡の実演の催し物を開催している。呪術で作られた呪いの道具を浄化したり、重病人重傷者を治したりと、観衆の前で行うらしい。オーディエンスは応募者の中からくじ引きで決まるという。くじ引きからあぶれた人は、それでもひと目イーオ様を見ようと、教会周辺に集まっている。おかげでこの有様だ。


 モンレさんはこのイベントの準備があるので、終わるまでは会えないらしい。「せっかくだからカミヒトさんもイーオ様の奇跡をご覧になってはどうですか」とお誘いがあったので、見学させてもらうことにする。


 病人や怪我人が見世物になるのはどうかなと思ったが、これもカトリーヌ教の信仰をより広く深く得るために必要なことらしい。つまりはイベントを通してカトリーヌ教の威厳を宣揚しているわけだ。それに病人怪我人にもメリットは多い。見物人の前に出るだけで治療困難な怪我や病気を無料で治してもらえるのだ。大勢の人前で見世物になる事は大した問題ではないみたいだ。


 少し歩いたところで、教会関係者のみ入れる裏道に入った。そこから礼拝堂の裏口から中へ入る。


 礼拝堂の中はすでに人でいっぱいだった。ガヤガヤと騒がしく皆、興奮している様子。この礼拝堂、めちゃくちゃでかい。学校の体育館の何倍あるんだ。すでに相当な人数が居る。


 礼拝堂のアーチ形状の天井はものすごく高い。壁は面積の半分くらいが色とりどりのステンドグラスで、これでもかと芸術的だ。一番奥には銅像がある。見た感じ、十代中頃の少女だ。


「あの方が伝説の聖女カトリーヌ様です」


 僕の視線を辿ってミモザさんが説明してくれた。


 この伝説の聖女像から入り口までの直線の道を挟んで、左右に見物人が座っている。端っこの方には所狭しと立っている人もいる。満員御礼、堂内収容率120%だ。


 真ん中にある通路には、左右に等間隔で、護衛と思われる騎士の人たちが並び、警備している。皆、見物人の方を向いていて、険しい顔をしている。この中央通路をイーオ様が通るのだろう。


 突然、堂内に音楽が流れた。ゆっくりとしたテンポの荘厳で神秘的なメロディーだ。パイプオルガンっぽい楽器と弦楽器で演奏しているみたいだ。


「始まりましたよ」


 ミモザさんが僕の耳元でささやく。ちょっとゾクッと気持ちよかった。


 演奏が始まって少ししてから、5メートルほどの高さに透明な細長い板のような物が浮かび上がった。それは聖女像の少し手前から堂内の真ん中辺まで伸びている。


 すると聖女像側の透明な板の端に、光が輝き、その中からイーオ様が現れた。「おお~」という歓声が起こった。イーオ様は透明な板で出来た道をゆっくりと歩き始めた。観衆はイーオ様に向かって祈りを捧げている。


 手すりもなく、結構高さのある透明な道を歩いて怖くないのかな。幅も1メートルくらいしかない。しかしイーオ様の堂々と歩く様は微塵も恐怖など感じさせない。僕だったらおっかなびっくり、へっぴり腰で歩いていただろう。


 透明の浮かぶ道の反対側までくれば、今度は短い透明の板が螺旋状に階段となって現れ、イーオ様はその螺旋階段を下ってきた。異世界ならではの、魔法を使った凝った演出が素晴らしい。


 イーオ様が礼拝堂の中央の地面に降りれば、みんな一斉に手を胸に、頭を下げた。僕も倣って同じ所作をした。



 音楽が鳴り止むと、秘書っぽい格好の若い女性がイーオ様の元に跪き、祈りを捧げた。秘書さんは立ち上がると観衆に向かい長々と口上を初めた。まずはカトリーヌ様をうんたかんたらと褒め称え、次にイーオ様をカトリーヌ様に継ぐお方だと褒めそやし、最後にイーオ様の御業を拝見出来るこの機会に感謝しましょうといって、みんなでもう一度祈りを捧げた。


 前口上が終われば、いよいよイーオ様の奇跡とやらが見れる。入口のから黄光衛生局の局員数人に付き添われてやって来たのは、片腕が肩からごっそりと欠損している若い男性だった。


 片腕のない男性は、イーオ様の前にあるイスに座らされる。イーオ様は肩の断面に手を添えると、なにやらブツブツと唱えた。すると肩が輝き、断面からニュルニュルと半透明の腕が生えてきた。


「あれは高位の魔法で作った義手です。イーオ様の作る義手はとても高性能なんですよ」


 驚く僕にミモザさんが説明してくれる。男性は出来たばかりの義手を動かしている。手を握ったり開いたり、肩を回したりと自分の意志で自在に動かせるようだ。袖に義手を通して、手袋をはめれば見た目は完全に普通の手だ。


 若い男性は泣いて喜んで、額を地面に擦り付けて、お礼だか祈りだかわからない言葉を口にしている。イーオ様はそんな彼の背中を優しくさすってあげている。観衆は驚きと興奮が最高潮に達して、だれもが感極まったとばかりに、イーオ様にお祈りを捧げている。


 ミモザさんも手を前に組んで目を瞑って祈っている。僕も真似をして祈ってみた。


「なあ、姉ちゃん、パンツ見せてくれへん?」


 ん? どこかで聞いたことがある声がした……。


 目を開けて、キョロキョロと声の主を探してみれば、なんということだ。妖怪けむくじゃらが、よりにもよってイーオ様に不尊な言葉を投げかけている。


 何をしているんだ、あの毛玉は。

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