第42話 おみつさんと傘
超越神社ふれあい祭り二日目。
昨日に引き続き、お客さんの出入りも上々で大盛況だ。天気にも恵まれ、2日連続で晴天である。
しかし、僕の心はどんより曇り空。それというのも昨日、巫女様の予知によってこれから僕に大きな災いが降りかかると判明したからだ。それに巫女様の呪いも気にかかる。ああ、それから異世界のシュウ君のこともだ。気掛かりな事が多すぎて、昨日は良く眠れなかった。
加えて、菩薩院さんが僕に気があるのではないかと心ときめかせていたが、どうやらその可能性は薄そうだ。残念。
巫女様の話を聞いた限りだと、菩薩院家は霊的な事象に関わりのある家だろう。御三家の一角だと言っていた。菩薩院聖子さんも御三家の菩薩院さんではないだろうか。珍しい名字だし、菩薩院さん違いという可能性は低いように思える。
僕の個人情報を聞いていたのは何かしらの目的が合っての事だと思う。ここに就職したいのはなぜだか分からないが。
もしかして菩薩院家のスパイ? でも霊管の人たちは彼女がバイトに募集したことを知っているはずだしなあ。何かしら悪意を感じたらバイト候補から弾いてくれてるはずだけど。
そもそもここにスパイされるような重要な情報なんては無いぞ。いや、あるか……。なんたって“伝説の神社”ですから。そらもう、すごいですから。妖かし達にも大人気ですから。知らんけど。
御三家ってよくわからないけど、すごそうだからな。こちらの神社の異常性を何処かで感知したのかも。
社務所で接客をしている合間合間に、スパイ疑惑のある菩薩院さんをチラチラと見る。今日、何度目かのチラチラで僕はハッと気がついた。
彼女、どこかで見たことがあると思ったら、藁人形に貼ってあった顔写真の女の子に似ている……! ほら、あれだ。ちょっと前に呪い女が丑の刻参りしていたやつのだ。
大変なことに気がついてしまったかもしれない。菩薩院さん、恨まれているよ……。
でも、ちょっと待て。あの顔写真は高校生くらいの女の子だった。今の菩薩院さんより若かった。彼女の高校生の時の写真だろうか。いや、妹がいるとか言っていたな。妹さんが恨まれているのかもしれない。ちょっと確認したほうがいいかも。
僕はお客さんが途切れたタイミングでそれとなく聞いてみた。
「ねえ、菩薩院さん。最近、何か困っていること無い?」
「困っていること?特にありませんね」
「何か些細な事でもいいんだけど」
「そうですねえ……。強いて言えば、妹が勝手に私のプリンを食べる事くらいでしょうか」
「妹さんの周りに何か変なことは起こってない?」
「無いと思いますが……。どうしたんですか急に」
「いや、最近世の中物騒だからね」
ふむ、問題はなさそうだな。呪い女はアクションを起こしてないようだ。あの時、狛犬たちに追い返されて、懲りたならいいが。しかし、油断は禁物だ。
「何かあったら、すぐに相談してね?」
「ありがとうございます?」
また、懸念事項が出来てしまったな。神様ってのもなかなか疲れるなあ……。
時刻は3時を過ぎ、遅めの昼休みを取った。
境内の端の方で、軽食をつまみながら出店の方をボーッと眺めている。本日も人間と妖かしたちで大賑わいである。妖かしは人間の一割もいないけど、それでも多いんだろう。親方も驚いていたし。
「ふあ~」
大きなあくびが出る。ああ、眠い。3月初旬のぽかぽかした陽気が心地よい。このまま眠ってしまいたい。
「なんだい、締まらない顔して」
声のする方に顔を向けると、いつの間にか隣に小柄なおばあさんがいた。
「あんた、ここの神主かい?」
「ええ、そうです」
「いやあ、すごいね。妖かしと人間の混ざり合う祭りなんていつぶりに見ただろうね……」
目を細めたおばあさんは感慨深そうに言った。っていうか見えてるんだ、このおばあさん。あれ? このおばあさん人間だよね?
見た目はちっちゃいおばあちゃんなんだけど、雰囲気が微妙に妖怪。何者なんだろう。
「あの、失礼ですが、人間ですよね……」
「見れば分かるだろ! どっからどう見ても人間だよ、ワタシは」
寝不足で頭がボーッとしているから失礼なことを言ってしまった。反省反省。
「失礼しました。おばあさんも見えるんですね」
「まあね、物心ついた頃からこういった存在は身近だったからね」
「霊管の人ですか?」
「霊管に在籍していた時もあるよ。だいぶ昔だけどね。今はアンチエイジングに勤しむただのババアさ」
「そうなんですね。今日は楽しんでいってくださいね」
「そうさせてもらうよ。それにしてもこの神社すごいね?」
お気づきになりましたか。そうです、すごいんですよこの神社。祭神の僕としてはちょっと荷が重いんです。
「まあ、超越っていうくらいですから」
「なんだいそりゃ? カカカカカ!」
何がおかしかったのか、豪快に笑うおばあさん。笑い声とともに漂ってくる口の匂いが少し臭かった。
「おや、誰かと思えば妖怪じみた婆婆じゃないか。あんたが生きている内にもう一度会うことになるとはねえ」
正面にいつの間にかボロボロの唐傘を差した島田髷の御婦人がいた。この方は親方が言うには神に近い存在らしい。今日も来ていたのか。確かおみつさんと呼んでいた。急に現れたのでビクッとなった。
「誰かと思えば、傘ふぇちの神さんじゃないか。ずいぶん遠くからお出でなすったね?」
「おほほ。まあ、この人もそろそろ限界だから、最後に一緒に遠出でもしようと思ってね」
島田髷の神様は傘の柄をさすりながらそう言った。
「こんにちは。神主さん、と呼ぶには正確ではないかしらねえ? あんたからは神性を感じるよ」
「……ほう」
「アタシと同類なんじゃないかい?」
「その事については聞かないで頂けると……」
自分が神の力を持っていることは、信頼できる人以外はできるだけ秘密にしておきたい。まあ、巫女様は知っているだろうし、目の前の神様も気づいているっぽいけど。霊管の人達には巫女様はどう伝えているんだろう?
「おほほ。では、聞かないでおこうか。まあ、同類同士仲良くしておくれ」
同類と断定しちゃってるじゃん。小柄なおばあさんの方は興味深げに僕のことを見ている。ちらっとおばあさんに目配せする。
「ワタシは誰にも言わないから安心しな」
アイコンタクト成功。長生きしているだけあって、こちらの言いたい事を正確に理解してくれた。年の功ってやつだ。
「……ふむ、神主の兄ちゃん、ちょっくらその傘に力を込めてみてはくれんかね? いいだろう、みつこ?」
「傘にですか?」
御婦人の神さまが差している唐傘に視線を移す。なんなんだろうこの傘は? ボロボロの生地は赤黒くくすんでいて、穴だらけだ。これでは到底傘としての機能など無いだろう。おまけに所々に御札が貼ってあって、怪しさ満点だ。
「本気で言ってるのかい? アタシの氏子達が手を尽くしても、ご覧の有様なんだけど」
「物は試しさ。神様の兄ちゃんならどうにか出来るかもしれないよ?」
「すいません、話を遮ってしまいますが、その傘は何なんでしょうか?」
勝手に話を進められては困る。得体の知れない傘になど、軽々しく力を込めることなど出来ない。御札がすごく気になるんだ。何かしらの悪い力を抑えているんじゃないだろうか。
「アタシの旦那さ」
…………。
旦那って聞こえたんだけど、どういうことだろう? ちょっとおばあさん、説明してください。
「傘ふぇちなんだよ」
ちらりと視線を向ければ、こちらの意図を読んで答えてくださった。そうか、傘フェチなのか……。
「……では、その御札は」
「氏子達が旦那のために作ってくれたんだけどねえ……」
もう一度、おばあさんの方をチラリ。
「それはアンチエイジングの御札さ。ああ、人間には効かないよ。効果があったらワタシが使っているさ。カッカッカ!」
「旦那もそろそろ寿命だからねえ。こうして最後に旅行に来たというわけさ」
なるほど、そんな御札もあるんだ。しかし、傘のボロボロ具合を見れば、アンチエイジングというより無理して延命しているようにしか見えない。
「わかりました。やってみますが、期待はしないでくださいね」
今日会ったばかりのよくわからない神様の為にそこまでするのもどうかと思ったが、うまく行けば感謝されて神正氣をたくさんゲット出来るかもしない。悪い神ではないようなので、こっちの傘も大丈夫だろう。
おみつさんが傘をたたみ、僕に渡した。
「ああ、旦那に何かしたら、ただじゃおかないよ?」
ギロリと凄まれた。
「だ、大丈夫です」
旦那さんを優しく両手で持って、軽く神正氣を流した。
おおっ!? 軽く流したつもりがすごい量の神正氣を持っていかれたぞ!?
傘の旦那さんが繭のような淡い光に包まれた。手を介してドクンドクンと生命の脈動を感じる。少ししてから現れたのは、なんということでしょう、まるで新品のようにピカピカの傘ではありませんか。
見事な紅色の生地がとてもいい感じ。ハリ、コシ、ツヤ、どれをとっても一級だ。
「あ、あんたぁ……」
僕の手から旦那さんをぶんどって、傘を抱く。それはさながら戦地から帰ってきた夫を迎える妻のよう。うっとりと傘を見つめる眼差しは乙女そのもの。傘フェチの神様は本物やでえ。
「……おや、まあ、なんてこったい」
「これで良かったんでしょうか」
「ああ、信じられない! もう、お別れだと思っていたのに。もう、こんなに若返っちゃって。いやだわあ……」
傘を抱きしめながら、めっちゃクネクネしてる。ものすごいクネって喜びを表すものだから、出店で接客をしている霊管の人たちも、なんだなんだと接客の傍らに、こちらをチラチラと気になる様子。
「ありがとうね! 神主の神様のお兄さん」
おみつさんから熱い抱擁を受けた。ふんわり香る花の匂いが鼻腔をくすぐった。
「!!?」
おみつさんからとんでもない量の力が流れてくる……!
旦那さんを復元するために使った神正氣もかなりの量だったけど、おみつさんから流れてくる感謝パワーはそれを遥かに上回る量だ。圧倒的な黒字だ。暗黒パワーだ。
たった一人でこれほど膨大なパワーが流れてくるとは。流石は神といったところか。
「カッカッカ! 良かったねえ、神様の兄ちゃん。西の御三家に大きな貸しが出来たじゃないか!」
「あまり人前では神様と呼ばないでください……」
「ああ、今日は本当に素晴らしい日だねえ。ここに来てよかった。神様のお兄さん、お名前を伺っても?」
「野丸嘉彌仁と申します」
「まあ、素敵な名前。アタシのことはみつこと呼んで頂戴な」
「気に入られたねえ、兄ちゃん。そこの傘ふぇちおばさんが、本名で呼ぶことを許した人間なんてそうはいないよ」
「口の悪い婆婆だねえ。カミヒトさん、京都に来たら、ワタシの神社に立ち寄っておくれ。歓待するからね」
神様からの歓待とかちょっとすごく嬉しんだけど。どんな感じなんだろう。今からすごいワクワクする。
「はい、京都に行った時は伺わせてもらいます。なんていう名前の神社ですか?」
「魔境神社よ」
うわあ……。ものすごい勢いで行きたくなくなった。なんだよ、魔境神社って……。
「あ、で、でも僕はこう見えて結構忙しいので、訪問するのは大分先になるかもしれません……」
素速く軌道修正する。行くかどうかは取り敢えず保留だ。保留。
「カッカッカ! ワタシが案内するよ、兄ちゃん。いやあ、楽しみだねえ」
「あんたは呼んだ覚えがないんだけれど?」
「アタシが兄ちゃんに頼んだから、あんたの旦那は若返ったんだよ?」
「……全く、がめつい婆婆だこと。おほほ、カミヒトさん。ワタシ達はここらでお暇させて頂くね。是非、魔境神社にいらしてね。旦那のことは本当にありがとう!」
「ええ、お気をつけて」
(ありがとう)
おや? 頭の中に男性っぽい声が響いた気がする。
みつこさんは手を振りながらフッと消えた。
僕はおみつさんは消えた空間を見つめながら、気になったことをおばあさんに訪ねた。
「おばあさん、結局のところ、あの傘って何だったんですかね?」
「まあ、神器のようなものだね」
「あまり神器って感じがしませんね……」
傘だもんなあ。
「そういえば、西の御三家に貸しができたって言ってましたけど、どういう意味でしょうか? あの傘が何か関係してるんですか?」
「傘っていうか、みつこのやる気だね」
「……やる気ですか?」
「みつこは、気分屋だからねえ。あの傘フェチ、すごい喜んでいただろう? みつこがてんしょんあげあげの方が、西の連中にとってはありがたいのさ」
「いまいちよくわかりませんね……」
「まあ、魔境神社に行った時にくわしく説明するよ。楽しみだねえ」
僕は行きたくないんですけどね。魔境ってどう考えても普通じゃないでしょ。
「さて、私もそろそろ帰ろうか。いやあ、楽しかったよ、神様の兄ちゃん」
「ええ、僕も興味深い話が聞けて良かったです」
「ワタシは縁雅セツ。ここは良い神社だね。ご贔屓にさせてもらうよ」
「はい、いつでもいらしてください」
おばあさんは消えずに、普通に歩いて帰っていった。




