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第41話 巫女様

 日が沈み、西の地平線がほんのりと明るい宵のうち。


 超越神社の白い鳥居の前で親方と共に巫女様を待っていると、目の前の駐車場に黒い高級外車が来た。僕も2度ほど乗ったことのある車だ。


 運転席からはおじさんが出てきて、助手席の方に回った。僕の傍らにいた親方はバックドアの方へ行き、中から車いすを出す。


 助手席から出てきたのは、高校生くらいの女の子だ。おじさんと親方二人が女の子を支えて、車いすに乗せた。


 巫女様が若い女の子であったのは意外だった。なんとなく恐山のイタコ的な、中年から老年の女性を想像していたからだ。年の頃は15、6歳辺りだろうか。


 おじさんが車いすを押して、こちらにやって来る。巫女様は美人薄命を地で行くような、幸薄系の美少女といった印象だ。


 巫女様を乗せた車いすが、声がはっきり届く距離まで近づいた時、僕は驚愕した。


 ある距離まで近づいた瞬間に、今まで見えていなかったものが見えたのだ。それもかなり良くないものが……。


 立体感のない動物をかたどった無数の黒い影のようなものが、彼女を取り囲んでいる。猫、犬、蛇、鳥、熊、虫、その他数え切れないほどの動物の影が。そのどれもが悪意を孕んでいて、それを彼女に向けている。


 そして極めつけは、彼女の隣に人と思しき黒い何かが居る。煤子すすこ様から出ていた黒い靄を凝縮して人形にしたようなそれは、男か女か、若いか老いているのか分からない。そのおぞましい存在は、彼女の耳元でずっとなにか囁いている。恐らく呪詛的なものであろうか……。


 巫女様は呪われている。


 それもかなり強力な呪いだ。煤子様を蝕んでいた呪いの比ではない。これは今の僕では祓えないだろう……。


「初めまして、野丸様。零源れいげん五八千子いやちこと申します。ご挨拶が遅れましたこと、お詫び申し上げます」


 彼女の声にハッと我を返した。


「は、はじめまして……。野丸のまる嘉彌仁かみひとです……」


 声が上擦ってしまったのは仕方がない。呪いの強さに圧倒されてしまったのだ。


「やはり野丸様は私の呪いが見えるのですね……」


「なに! 本当か!?」


「ええ……。その、お体は大丈夫でしょうか?」


 これだけ強い呪いだと体にも影響があるのではないか。顔色も悪いし足も怪我している訳ではなさそうだが、車いすに乗っているのは体が弱いせいではないだろうか。もちろん生まれつきの可能性もあるけれど。


 巫女様をよく見てみれば、きれいに切りそろえられた長い髪に、化粧を施した整った顔は純日本美人と言える。しかし、痩せた体にどこか不幸な雰囲気は儚いというより病的だ。化粧もおしゃれの為にしているのではないだろう。


「気にかけてくださってありがとうございます。こう見えても今日は体の調子がいいんです」


「しかし、その呪いは……」


「この呪いは零源の巫女に必ず現れるものです。呪いを受けるのは巫女となった者の宿命です。お察しの通り、この病弱な体は呪いによるもので、私の寿命は長くはありません」


「それでは本日は、この呪いを解くために僕の所に訪れたのですか?」


 流石にこれは今の僕では無理だぞ。あまりにも強く、おぞましい。体が震えるのを抑えるのに精一杯だ。これを祓うにはもっと神正氣を集めて、神としての位階を上げないと……。


「いいえ、私はこの呪いを天命として受け入れています。本日は野丸様にお伝えしたい事があって参りました」


 彼女には諦念の表情が浮かんでいた。まだ十代の女の子が、すでに人生を諦めたような顔をするなんて。どうにかしてあげたいが……。


「取り敢えず、社務所の方へどうぞ。体を冷やしてはいけませんから」


「お気遣いありがとうございます。しかし、すぐに済みますのでここで結構ですよ。叔父様、野丸様と二人で話したいのですが」


 おじさんは僕に目配せをして、親方と共に僕たちの会話が聞こえない距離まで離れていった。


「私が話す前に、野丸様は何か聞きたいことはございますか?」


 聞きたい事ならある。光の女神様の事だ。彼女は光の女神様と交信しているのか。しているのなら、どのような指令を受けているのか。光の神様が僕に何をさせたいのかよくわからない。なにか具体的な指示をもらいたいと思っていたのだ。あと、ちょっとした文句も言いたい。しかし、今はそれ以上に彼女の呪いが気になる。


「その呪いは霊管の人達には見えないのでしょうか。龍彦さんと親方さんは僕が見えることに驚いていたようなので」


「はい、この呪いは本来見えるものではないのです。霊源の血脈に作用するものですから。呪われている本人の私にも見えません。唯一の例外が桂花けいか様でした。なので野丸様が二人目です」


「その桂花様というのは?」


「ご存知ありませんでしたか。桂花様は御三家の一角、菩薩院家の当主様です」


 ……菩薩院、菩薩院だって。菩薩院聖子さんと同じ名字だ。偶然かなあ……。


「桂花様ほど規格外の力をお持ちだと、どうやら見えるようなのです。ですから野丸様がこの呪いを恐らく視認できると聞いた時は驚いたものでした」


「……もしかして、それを聞いたのは女神様からですか?」


「いえ、私が野丸様の仰る神の神託を得た訳ではありません。私に零源の祖霊から御告げがありました。この零源の始祖の霊が、神託を受けたようです」


 なるほど。では光の女神様のことは零源家のご先祖様の霊に聞けばいいわけだ。でも幽霊と会いたくないんだよなあ……。そもそも、会えるかもわからないし。


 突然、ケホ、ケホっと咳き込む巫女様。体調が悪そうだ。


「大丈夫ですか? 龍彦さん達を呼んできましょうか?」


「いいえ、大丈夫です……。いつもの事ですから……。しかし、具合が悪くなってきたものですから、私の要件をお伝えしてもよろしいでしょうか?」


「わかりました。どうぞ仰ってください」


「零源の巫女は予知の力を授かります。この予知によれば、これから野丸様に大きな災いが降りかかると。とても恐ろしい災いです。この事をお伝えしたかったのです……」


 …………マジで? ちょっと、それ本当にマジで? めっちゃ困るんですけど!


「あの、どのような災いが来るんですか!? どうすればいいんですか!? 何か対策は……」


「……申し訳ありません。どのような災いがいつ訪れるかわからないんです。お役に立てず、本当に申し訳ありません」


 頭を下げるこの病弱な少女を見て、僕は冷静になった。取り乱してしまった自分が恥ずかしい。いや、でも、大きな災いって、どうすればいいんすか……。


「すみません。巫女様はわざわざお伝えに来てくださったんですよね。ありがとうございます」


「詳しい事はわかりませんので、これを野丸様にお持ちしました」


 巫女様の膝の上に乗っている小さな木箱から、白い紙に包まれた薄い何かを取り出した。彼女の小さな手のひらにすっぽりと収まるサイズだ。巫女様は紙を丁寧に開いていくと、中から出てきたのは丸い鏡のような物。


「こちらをどうぞ」


 巫女様から渡された丸い何かは、最初鏡だと思っていたが、表面が曇っていて何も映らない。それに手鏡にしては小さいし、なんだろうコレ。


「そこに顔が映るように位置を合わせてください」


 言われた通りにする。しかし、曇っているのでガラス面を見ても僕の顔は映らない。僕が曇ったガラスと顔を合わせているのを確認すると、巫女様は祝詞のりとのような調子の言葉をあげた。


「おお!?」


 すると曇ったガラスに波紋が起き、くっきりと僕の顔が映った。映ったのは数秒ほどで、すぐにまた曇った。


「……これは?」


「それは写身うつしみ宝鏡ほうきょうと言いまして、零源の家宝でございます。言い伝えによりますと、その宝鏡は一度だけ鏡に映った者の不幸を身代わりに受けてくれるらしいのです。そちらを野丸様に差し上げます」


 なんだかものすごくレアアイテムじゃないか。嬉しいけど、家宝なんて貰ってしまってもいいのだろうか。しかも由緒が正しそうな家柄の家宝だ、相当貴重な物に違いない。


「……今日会ったばかりの僕のような者に、家宝なんて大事な物を渡してもよろしいんですか? 後で巫女様が怒られたりは……」


「その宝鏡は元は零源の始祖様の持ち物でございます。始祖様が野丸様に渡すように仰っていたので、どうぞ受け取ってください」


「……それでは、ありがたく頂戴します」


 ありがとうございます、始祖様。とても心強いです。今度、お礼の挨拶に伺わせて頂きます。怖いけど。


「ケホッケホッ……!」


 巫女様がまた咳き込んだ。今度は先程よりも激しい。様子を見ていたおじさんと親方が急いでこちらに走ってきた。


五八千子いやちこちゃん、大丈夫か!?」


 おじさんは巫女様の背中をさすった。


 今日は調子がいいと言っていたが、嘘なんじゃないだろうか。僕に予知で知った災いを知らせるため、そして宝鏡を渡すために無理して来たじゃないだろうか。そう考えたら申し訳無さで一杯になる。彼女のために何かしてあげたい。


 薬師的な如来を召喚して、彼女の体を回復してみようか。呪いはどうにもならないけど、幾分か体が楽になるのではないか。治癒の神術は神正氣の消費が大きいけれど、超越神社内ではいくらか低燃費で神術を使える。何より僕のためにここまでしてくれた彼女には採算度外視で神術を行使してあげたい。


 そう思って薬師的な如来を召喚しようとした矢先、懐に入れてある水晶さんが眩く光りだした。その光は五色で、赤、青、黃、白、黒といった珍しい組み合わせだ。


 強い光に目を瞑ること数秒、光が収まり目を開けた。おじさんと親方は巫女様の前に立ち、庇うように守っている。


 水晶さん、どうしたの突然?


「あ……。体が楽になりました……」


「……本当か? お前がやったのか?」


「……ええ」


 本当は水晶さんがやったんだけど、僕がやった事にしたほうがいいだろうな。


「びっくりしたぜ。兄ちゃん、何かするなら事前に言ってくれよ」


 本当だよ、水晶さん。先に言ってよ。


「すみません。僕も慌てていたもので」


「随分と楽になりました。こんなに体が軽いのはいつ以来でしょうか。ありがとうございます、野丸様。聞いていた通りの救世主様ですね」


 初めてみた彼女の自然な笑顔は苦痛など微塵も感じさせない。本当に楽になったようだ。しかし、これも気休めだろう。呪いをどうにかしない限り根本的に良くなることはない。


「恐らく一時的なものかとは思いますが……」


「それでも十分だ。ありがとう、野丸。お礼はまた今度させてくれ。さて、そろそろお暇させてもらおう」


「野丸様、ありがとうございます。また伺わせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「いつでも来てください。歓迎しますよ。それにお礼を言うのは僕の方です」


 お互いに別れの挨拶をして、巫女様たちは帰っていった。さて、随分と濃い時間だった……。重要な情報をいくつか得たが、目下のところ、僕が対策を講じなければいけないのは自身に降りかかる災いだ。


「水晶さん、治癒魔法使えたんだね」


『魔法ではありませんが似たようなものですね』


「ねえ、彼女の呪い、僕にどうにか出来るかな……」


『今は無理ですが、きっと出来るようになります』


「大きな災いは? 正直めちゃくちゃ不安だよ……」


『安心してください。カミヒト様ならどんな困難でも乗り越えられます。この水晶も付いておりますから、共に頑張りましょう』


 異世界では何もしてくれなかったのに、と思いながら水晶さんの言葉は僕の胸に心地よく安らぎを与えてくれた。

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