第38話 伝説のさといも ~初めての金縛り~
セルクルイスを救った“伝説の何か”はなんだか美味しそうだった。この街の名物が里芋なのは、そういうことなんだろうか。それにしても里芋なんかで救えるのか、甚だ疑問である。
「あのう、疑うわけじゃないんですけど、里芋にそんな大層なことが出来るんですかね……」
「ただの里芋ではありませんよ。“伝説のさといも”です。順を追って説明しましょう。ニ百年前、白霊貴族が現れる前に、この付近一帯に大規模な飢饉が起こりました。どの村にも作物が育たず、当時の住民たちは餓死寸前だったといいます。しかし、とある村の姉弟が作っている里芋だけが豊作でした。いえ、豊作なんてものではありません。収穫して、日が変わらないうちにまた新しく里芋が出来ていたということです。それはもう次から次にポンポンと」
饒舌なモンレさん。語り慣れている気がする。
「おわかりかと思いますが、この姉弟の姉がロゼット様です。ロゼット様は黄光衛生局で働いていましたが、近くの村の農家でもあったのです。聖女様はこの不思議な里芋を近隣の村や街に配りました。それで当時の人々はなんとか飢えを凌ぐことが出来たのです。その功績を持って、ロゼット様は第五階へと昇格することになりました」
これだけ聞いてるとシュウ君のお姉さんと類似点が多いな。名前とか第五階に昇格とか。まあ、これは二百年前の話だからただの偶然だろうけど。
「程なくして飢饉が落ち着いた頃です。どこからともなく白霊貴族が現れたのは。この白霊貴族は強力な個体で、一度にセルクルイスの住民すべてを白霊貴族にするべく、大量の冥氣を街中に放ちました。冥氣は人々を襲いました。通常であれば、冥氣が体内に侵入したら、黒聖持ちでなければ白霊貴族化を防ぐことは出来ません。冥氣から逃げるのもただの人間には不可能です。そういったわけで殆どの人が冥氣に取り憑かれてしまったのです。ですが、誰も彼も白霊貴族となることはありませんでした」
ああ、そういうことか。飢饉が起こったから皆“伝説のさといも”を摂取して、そのおかげで冥氣が効かなかったというわけだ。やるじゃないか、さといも君。それに飢饉がいい仕事したな。まあ、この飢饉が偶然起こったものか怪しいが。
「それで黒葬騎士団が白霊貴族を倒して、めでたしめでたし、ではないんですね?」
モンレさんがオーバーに悲しみの表情をしていたから、なんとなくこの後悲劇が起こったんだろうと予想できる。やっぱり語り慣れてるなモンレさん。よく話すんだろうな、この物語。
「はい。黒葬騎士団が到着する前にロゼット様は殺されてしまったのです。全てが終わった後に聖女様が配った里芋が“伝説の何か”だと分かり、彼女がセルクルイスを救ったと広く知られるようになったのです。その功績を称えて死後ロゼット様は第三階へと昇格し、カトリーヌ教の聖女として名を連ねる事となったのです」
「なるほど、そんな事があったんですね」
思ったより、“伝説の何か”がすごかった。人間にいい影響を与えるとか言っていたが、まさか里芋がすごいなんて思わなかったぞ。
「中央広場に廃教会があるのですが、そこが当時の中央教会だったのですよ」
そういえば昼間、お茶してる時見た気がする。毛玉のおっちゃんのインパクトが強くて忘れていたな。
「さて、そろそろ夕飯の時間ですね。食堂まで行きましょうか」
外はもう真っ暗だ。モンレさんと夕食を食べて、思いのほか話が盛り上がってつい話し込んでしまった。
メインストリートは居酒屋っぽい店がまだ開いているので、人はチラホラといるが昼間の賑わいに比べれば閑散としている。
中央広場までくると廃教会が目についた。一応街中に街灯はあるのだが、数は少なく薄暗い。教会の廃っぷりと相まって不気味だ。明日の朝、少しのぞいてみようかなと思っていると、廃教会の前で膝をついて祈っている女の人がいた。服装からして神官だろうか。しかし、こんな時間に?
あ……。あの人、生きてる人じゃない……。
神になってからというもの、人外の存在と接するようになり、自然と人か否かがわかるようになった。
突然、幽霊と遭遇してしまったので固まって見ていると、僕の視線を感じたのか、幽霊が立ち上がり振り返った。僕は視線をそらし、宿屋へダッシュした。
やばい……。一瞬目が合った。
宿にはすぐに着いた。中央広場の近くだからだ。嫌だなぁ、こんな近いと幽霊の徒歩圏内じゃないの。連れて帰ってないといいが。ねえ水晶さん、幽霊いないよね?
『……』
返事がない。ただの水晶のようだ。
なんだか久しぶりに水晶さんに話しかけた気がするな。返事なかったけどさ。
まあ、いいや。もう寝よ寝よ。もし、幽霊が出たとしても、色々経験を積んだ今の僕ならどうとでも出来るさ。明日、モンレさんたちに挨拶したら日本に帰るんだ。超越神社でゆっくりしよう。
目が覚めた。どれくらい寝ただろうか。部屋の中は暗い。まだ夜中だ。
目は覚めているが、体が動かない。金縛りってやつだ。だが僕は冷静だ。なぜなら、金縛りとは医学的に説明できる生理反応だからだ。睡眠麻痺というらしい。ストレスが多い状態だとなりやすいみたいだ。異世界きてから色々とあったからな。知らないうちに堪っていたんだろう。
幻覚を見ることもあるようだ。
だから僕の視界の端に佇んでいる女の人もきっと幻覚だ。そう、ただの幻覚だ。科学的に説明できる生体反応だ。だから慌てなくていい。
このまま目を瞑って、再び夢の世界へと行こう。次に目が覚めるのは朝だ。朝になれば幻覚も消えているだろう。よし、寝るぞ。
目が瞑れない……。
瞬きは出来るんだけど、目を閉じたままにすると強制的に開かれる。まずいぞ。しかも首だけは動く。右側にだけ。そう、幻覚がいる方向だ。これはまさか幽霊の方を見ろということか。
いや、ホントまじ勘弁してください。どうしよう、連れて帰っちゃったよ……。
とは言えこのままだと朝まで幽霊と一緒だ。仕方がない、成仏してもらいましょう。
僕は観念して、ゆっくり幽霊の方を見た。その幽霊はやっぱり先程の廃教会の前にいた幽霊だった。ゆらゆらと立っていて、うつろな瞳で僕を見ている。怖い。
幽霊はミモザさんたちが着ていたデザインのような神官服で、髪はロングの金髪。生気のない顔は整っている。歳は二十歳くらいに見える。生前はさぞかし美人だっただろう。しかし今は死体が立っているようにしか見えない。
女の幽霊としばし見つめ合う。すると突然、ボキッという骨が折れる不快な音がして、独りでに首が捻れた。180度捻れている。
「……ッヒ!?」
声にならない悲鳴が漏れた。
……もう無理だよ。たとえ幻覚だとしても無理ですよ。誰か助けて。
しかし、声を出せないし動くことも出来ない。頭が混乱してきた。すると女の霊はなんと、ゆっくりと回転し始めた。このままだと後ろに捻れた顔と目があってしまう! ああ、でも動けない。目を閉じることも出来ない……!
幽霊は半回転して、捻れた顔と再び目が合いました……。顔面は蒼白で目は完全に生気を失い、口からは血が流れている。まるで今殺されたばかりの出来立てホヤホヤの他殺体のようだ。
「どうして愛しいあの子が……」
しゃべった! そして一歩二歩と近づいてくる。この幽霊、ジワジワと恐怖を煽ってくる!
「成仏してください!成仏してください!」
僕はありったけ叫んで、浄化の光っぽい神術を行使した。
「成仏してください!成仏してください!」
掌から浄化のビームを放つ。部屋中がピカピカ光っている。……おや? いつの間にか動けるぞ。
幽霊は消えていた。……浄化できたのかな?
僕は布団に潜り込み、結界を張った。一晩中張るつもりだ。神正氣の無駄遣いとかそんな事知ったことではない。怖いんだからしょうがない。
僕は布団の中でじっと息をひそめていた。
チュンチュンと小鳥のさえずりで目が覚めた。朝だ。いつの間にか眠ってしまったらしい。そっと布団から顔を出し部屋の中を見てみる。
……よし、幽霊はいないな。
僕は素速く身支度をして、速攻で宿を出た。なんかもう、すぐにでも日本に帰りたくなった。さっさと中央教会に行って、モンレさんたちに挨拶して帰ろう。
教会には迂回していった。あの廃教会に近づきたくないからだ。
しかし幽霊というやつは、なぜあんな人を怖がらせるような演出をするのだろう。ホラー映画のようにじわじわと恐怖を煽るあのやり方は本当に許せない。仮に僕が未練を残して幽霊になったとしたら、人様に迷惑をかけない幽霊になろうと思う。
そんな事を考えていたら、中央教会についた。中へ招かれ、応接間に案内された。モンレさんを呼んでくれるという。
モンレさんには今日セルクルイスを離れると、昨日の夕食の時に話した。布教活動のために近隣の村々を視察するという名目だ。実際は日本に帰らなければいけないからだ。
コンコンとノックがされた。
「おはようございます、カミヒトさん。お待たせしました」
「おはようございます、モンレさん。昨日お話した通り、今から近くの村へ行こうと思います。アリエさんにも挨拶したいのですが、彼女は今いますか?」
「アリエ殿はここにはおりません。もうすぐイーオ様がセルクルイスに到着するので、その準備に追われています」
「そうですか。彼女にはお世話になったので一言お礼を言いたかったのですが」
「私から伝えておきます。それにまたセルクルイスに戻ってくるのでしょう?」
「ええ、そのつもりです」
とはいえ、いつになるかわからない。来週の土日は超越神社のお祭りがあるので、早くても再来週だ。
「イーオ様にもご挨拶できず申し訳ないです。イーオ様のお陰でモンレさん達とご縁を結ぶことが出来たのですから」
「ふふ、ありがとうございます。私達もカミヒトさんと巡り会えて感謝しておりますよ。イーオ様の方にも私から伝えておきましょう」
「ありがとうございます」
「こちらをどうぞ」
僕はモンレさんから薄い名刺大の金属のような板を受け取った。
「これは身分証のようなものです。カミヒトさんの身分は我々黄光衛生局が保証します。街に入る時にそれを門番に見せてください。通行税もいりませんよ」
おお、モンレさんこんな素敵な物を用意してくれたんだ。新米神様、感激しちゃった。
「ありがとうございます!」
「道中お気をつけて」
僕は黄光衛生局を後にして、人気のない裏道から鳥居を召喚して超越神社に帰還した。
日本側の住居兼本殿に着くと帰ってきたという感じがした。たった二泊三日の異世界観光だったがずいぶん長いように感じたな。布団ドサッと寝転び、目を閉じた。
「“伝説の何か”か……」
一体何なんだろうな。シュウ君はもう現れているかもしれないと言っていた。そういえば姉妹ドラゴニックババアも伝説がどうのこうの言っていた気がする。
仰向けのままそんな事をボーっと考えていたら、ブルブルと懐に振動を感じた。水晶さんだ。お久しぶりですね。
『ここです』
「ココ? 伝説のココ?」
ココ? 何だココって。えっ……もしかして此処?
『そうです』
なんということだ。まさか超越神社が“伝説の何か”だったなんて。異世界での重要ポジションじゃないですか。マジっすか……。




