第37話 白霊貴族
「冥氣は冥府に流れている悪氣といわれています。冥氣に取り憑かれた人間は自我を失い、実体のある悪霊となります」
「実体ですか……」
なんだろう実体のある悪霊って。あまりピンとこないな。というか、悪霊という言葉が普通に出てきたけど、この世界にも悪霊がいるんだね……。おまけに冥府もあるときたもんだ。
「はい、霊体ではなく実体がありながら悪霊となるのです。外見的な特徴は髪を含めた体全体が真っ白で、唯一目だけは妖しいほど赤くなります。そしてなぜだか純白のきらびやかな衣装を纏っているのです。まるで貴族が夜会で着るような。そのような外見的な特徴から由来があるのかはわかりませんが、我々は白霊貴族と呼んでいます」
「白霊貴族ですか……。それは人間にどんな悪さをするんですか?」
「白霊貴族の厄介なところは、それ自体が冥氣を出し、明確な悪意をもって人間を襲い、同じ白霊貴族にして仲間を増やそうとする事です。そうやってどんどんと増やしていきます。更に身体能力が非常に高く、並大抵の戦士では対抗できません」
なんだかゾンビみたいだな白霊貴族。街中に現れたらねずみ算式に増えていくんじゃないか。ゴーストハザードですよ。
「恐ろしいですね。その白霊貴族ってやつは」
「ええ、とても恐ろしいです。しかし、彼らの活動できる範囲は少ないのですよ。奴らの体の何処かには冥府から出る鎖がついています。これを隷縛の鎖と言い、現世と冥府の歪につながっています。この歪は固定されており、隷縛の鎖の長さは有限ですから、白霊貴族が動ける範囲はせいぜい百メートルから数百メートル程となります」
「その鎖は冥府から出ているのですよね? 冥府には何者かがいるのですか?」
「何がいるのかはわかりません。この事についてはカトリーヌ教では情報規制が敷かれていますので。恐らく人間に悪意をもった何かがいるのでしょう」
つまり、その冥府にいる何かが地上に冥氣を流して、人間を白霊貴族に変えてしまっているということか。その何かの目的がどのようなものなのか分からないが碌な事ではないだろう。もう、絶対に関わりたくない。
「白霊貴族を浄化できるのは黒聖で、討伐するための組織が黒葬騎士団です。」
そういえば、イーオ様の隊列の先頭と殿に黒い鎧を着た人達がいたな。その人達かな。
「しかし黒聖持ちは、他の属性持ちと比べて極端に数が少ないのですよ。これが冥氣が他の悪氣より厄介といわれる理由の一つです」
「もし、人の多い街に出たら大変なことになりますね」
「実際にそのようなことがありました。数百年前、とある大都市を白霊貴族が襲い、そこの住民すべてを白霊貴族にしてしまったのです」
「……それで、どうなったんですか?」
「黒葬騎士団総出で出陣し、他の4つの組織も救援に来るほど大規模な戦となりました。戦いは激しさを極め、数ヶ月にも及びました。激闘の末、すべての白霊貴族を倒すことが出来たのですが、こちら側の被害も大きく多数の死者が出ました。そしてこの戦いで初代黒葬騎士団の団長が殉職されたのです」
「そんな大事件があったんですね……」
「はい。カトリーヌ教の歴史でも必ず語られるほどの大きな出来事でした。そしてこの事件をきっかけにある程度の規模の街には、白霊貴族が入れない結界を張ることになりました」
「この街にも結界があるんですか?」
「ええ、あります。しかし、実は結界を張る前にこの街にも白霊貴族が侵入し、危うく数百年前の悲劇と同じことが起きるところだったのです」
「ということは未然に防げたというわけですね?」
「はい。この白霊貴族を撃退した時、大きな役割を果たしたのが聖女ロゼット様です」
「すごいですねえ……。その聖女様は黒聖持ちだったんですね」
「いいえ、聖女様は私と同じ黄聖です。カミヒトさんのように複数属性持ちでもありません」
「ではどのように撃退したんですか?」
「白霊貴族自体は当時の黒葬騎士団が倒しました。しかし黒聖持ちは少ないので聖都以外の街には常駐していないのですよ。普通であれば、聖都に、あるいは巡回中の黒葬騎士団に要請している間に街は全滅です。ですがロゼット様が白霊貴族の脅威から住民たちを守ってくれました。しかし実を言いますと、ロゼット様は普通の黄光衛生局の局員で、大した力を持っていなかったのですよ」
「それではなぜ凶悪な白霊貴族に対抗できたのでしょうか?」
「ロゼット様は“伝説の何か”に選ばれたのですよ。彼女は“伝説の何か”の使者だったのです」
……ここで“伝説の何か”が登場か。一体どんな何かなんだ。あと、モンレさんちょっとドヤ顔だ。
「さて、カミヒトさん。伝説の“何”が現れたと思いますか?」
いきなりクイズだ。さあ、何が現れたんだ。白霊貴族ってなんだかゾンビっぽいイメージだからな。冥氣に対してワクチン的なもので予防するのは有効そうかな。でも異世界にワクチンなんて概念があるだろうか。あまり科学が発展しているようには見えない。
「ん~~、何でしょう? ちょっとわかりませんね」
「さといもですよ」
……さといもかあ。




