第35話 精霊?
異世界にやって来て二日目。
今日は夕方まで自由に観光する予定だ。夕方になったらロゼットさんと教会で会う予定になっている。
昨日、晩餐会が終わった後、モンレさんが近くの宿をとってくれてそこに泊まった。費用は教会持ちだ。やったね。しかもお金までくれた。治療の謝礼だという。
そういうわけだから、今日はセルクルイスの街を練り歩いてみることにした。空はめっちゃ晴れている。つまり快晴だ。絶好の観光日和だ。
行くあてもなくプラプラと歩く。異世界ということもあって見るものすべてが珍しいから歩くだけで楽しい。異世界人から見たら僕も珍しいからジロジロ見られるのはつらいけど。街並みを観察して、店を冷やかし、あちこちキョロキョロ見て回れば時間が経つのはすぐだ。太陽は真上に上がっている。もう午後か。
今いる場所は大きな噴水のある中央広場で、ここがセルクルイスのちょうど真ん中みたいだ。小腹が空いていたので出店で焼き鳥のようなものを買った。3本で銅貨9枚だ。これがなかなか美味かった。
結構歩いたので、休憩も兼ねて小洒落たカフェっぽい店に入る。席は店の中と広場全体が見渡せるテラス席があった。せっかく晴れているんだからテラス席にしよう。案内されて席に座ると、ウェイトレスの女の子がメニュー表を持ってきた。ちゃんとこちらの世界の文字も読むことが出来た。神様パワーすごいね。
ただ、名前を見てもどんなものかわからない。お茶っぽい物を頼もうか。少ししてからお茶が運ばれてきたので、飲んでみると紅茶っぽい味がした。紅茶っぽい飲み物を味わいながら、広場にいる人々を眺めていると、ふとある建物が目に入った。
その建物はどことなく中央教会に似たデザインだ。しかし建物自体はかなり古く、周りと比べるとだいぶ浮いている。規模も大したことなく、こじんまりとしていて、入れないようにロープが張ってある。
なんだろう? 昔の教会かな。ちょっとした文化財みたいな感じがする。
「なあなあ、姉ちゃん、パンツ見せてくれへん?」
ん?
なにやら卑猥な事言ってる声が聞こえたのでそちらの方を見てみると変な生物がいた。
……なにあれ?
全身毛むくじゃらの小さいおっさんのような生き物がいた。いやあれ生き物か?
その異形の姿に僕は思わず凝視してしまった。パンツを見せてくれとせがんでいる通行人のお姉さんの腰までもない小さな体。顔と胴体は一体化していて、小さな手足が生えている。この異形の何かはお姉さんには見えていないようだ。周りの人も同様だ。
もしかしてこれが精霊か? それとも幻獣? 珍獣?
いや、妖怪といったほうがしっくりくる。小豆洗いとか子泣きじじい系の。もしくはたわしの付喪神。
「なあ、兄ちゃん、なに食ったらそんなにデカくなるんや?」
今度は男の人の股間あたりを見てそう言った。しかし、男の人にもこの妖怪のような毛むくじゃらは見えていない。
「なあ、それおっちゃんにもくれへん?」
「姉ちゃん、化粧濃いなあ」
「落ち込んどるんか?おっちゃんが相談にのるで?」
次から次へと話かけるが、もれなく誰にも見えていない。何なんだあれは?
あ……! まずい! 目が合った!
不思議生物を凝視していたのが良くなかった。僕は慌ててメニューに目を落とす。
近づいてくる気配がする……。ヒタヒタとこちらに向かい歩いてくる気配がする……!
僕はなにも見てない。見えてない。人間しか見えない。あれはきっと幻覚だ。だから向かいのイスに座った毛むくじゃらなんて居るはずないんだ……!
そう思いたかった。しかし謎の存在はテーブルを挟んで、確かに僕の向かい側のイスに座っている。妖怪毛むくじゃらと相席である。
僕が見ているメニュー表に小さな手が伸びて、指さした。
「わし、これが食べたいなあ」
おねだりされた。小さな指が差したメニューはブラン・ダ・モンと書いてある。なんだかスイーツっぽい名前だ。
普通であればずっと見えないふりをして無視を決め込むのだが、今の僕はなぜだか冒険したい気分になっていた。旅先ではちょっと大胆になってしまうあの心理だ。ああ、でもやっぱやめておこうか。
取り敢えず頼むだけ頼んでみようか。この段階では、偶然に妖怪毛玉おじさんと僕の食べたい物が被っていたという風にも装える。僕はウェイトレスのお姉さんにブラン・ダ・モンを注文した。目を合わさないようにしているからわからないが、毛玉おじさんがソワソワしているように感じる。
程なくして注文した品が運ばれてきた。見た目はモンブランだ。さてこいつをどうしよう。未確認生物のおじさんは身を乗り出している。
自分で食べるか。それとも謎の毛玉にあげるか。悩む、悩むぞ……。いいや、いっちゃえ。
心の天秤は好奇心に傾いた。
「……どうぞ」
おじさんの前にスッと差し出す。
「え……ええの……?」
「どうぞ」
「ありがとう!」
満面の笑みのおじさんはモンブランっぽいスイーツをむしゃむしゃと食べだした。あっという間に完食である。
「ふぅ~ごちそうさん。うまかったで。ありがとう!」
なんて純真な笑顔なんだ。まるで純粋な子供のような、僕たち大人が失って久しい笑顔だ。得体のしれなさにやっぱり見えないふりしたほうがいいかと思ったけど、奢ってよかったな。
「どういたしまして」
「あんちゃん、おっちゃんのことが見えるんやな」
「……ええ、まあ」
「わし、ドドいうねん」
「あ、僕は野丸嘉彌仁っていいます。あの、ドドさんってもしかして精霊かなんかですか?」
「?」
「えっと……。もしかして妖怪ですか?」
「おっちゃんはおっちゃんやで?」
「……そうですか」
結局謎の生物じゃん。本当に何なんだこの人?
「よっしゃ、あんちゃん。お礼におっちゃんが何でも願い叶えたるで」
「お礼ですか」
別にいらないんだけどな。ただの好奇心で見返りを求めたわけではない。それにこのおっちゃんが大層な力を持っているとは思えないし。
そうだ。試しに昨日モンレさんからもらった霊光石に力を注入してもらおうか。
「ではこれに霊力を入れてもらえますか?」
「お安い御用やで」
霊光石を渡すと、ドドさんはそれを両手で握った。
「せいや!」
掛け声をかけたおっちゃんは霊光石を僕の掌に入れて、その小さな手でそっと握らせた。
「あんちゃん、おっちゃん久しぶりに楽しかったで。ありがとう!」
そういってドドさんはトテトテと何処かへ行ってしまった。一体ドドさんは何者だったのだろう? 悪い存在ではないと思うのだが……。僕は霊光石を握った手を開いた。
「うわ!?」
なにこれ!? うんこじゃん!
……いや違うぞ。よく見たら霊光石だ。うんこ色の霊光石だ。
おっちゃんに霊力を注入してもらった霊光石は何とうんこ模様だった。近くで見れば霊光石だと分かるんだけど、少し離すとうんこに見える。小動物のコロコロしたうんこだ。
「ええ……」
すごいげんなりする。初めて力を入れてもらった霊光石がこんなものだとは……。モンレさんやミモザさんの持ってた霊光石はもっと綺麗だった。これを身に着けていてもご利益があるとは到底思えないのだが……。
どうしようこれ。
「いらっしゃい」
僕はこの汚い色の霊光石の効果がどんなものか調べるため、専門店にやってきた。ここでは霊光石に詳しい親父さんがいるみたいで、売買もやっているらしい。
「すみません。これの鑑定をしてほしいんですけど」
店の厳ついおじさんに、僕はおずおずと申し訳無さそうに差し出した。だってうんこ色だから。
「鑑定か、どれだ? うわ!? 汚え! うんこじゃねえか! ……ん? もしかして霊光石か?」
「ええ、一応……」
「何だよこれ……。きったねえなあ。こんな色の初めてみたぞ」
「すいません。あの、鑑定してもらえますか……」
「いいけどよぉ……。こんなものどこで手に入れたんだ?」
「ええと、精霊っぽいおじさんに……」
「まあ、いい。ちょっと待ってろ」
店のおじさんは奥の部屋へと消えていった。待たされている間、僕は店を見学することにした。
店内を見渡せば、大量の霊光石が所狭しと陳列している。霊光石は様々で、皆どれもこれも宝石みたいにきれいな色をしている。僕の物のように汚い色は一つもない。
客層は服装を見るに一般市民のようだ。値段を見ると手頃な値段の物も多くあった。霊光石というのはどうやら金持ちしか買えないというわけではなく、平民にとっても身近な存在のようだ。供給の多さから考えれば、精霊の数も結構いるように思える。
お、空の霊光石もある。いくつか買っておこうかな。
「待たせたな」
店のおじさんが戻ってきたようだ。
「結論から言えば、どんな効果かわからなかった。霊光石大全にも載ってなかったからな。だが俺の経験からいえば、カスみたいなもんだろうな」
「そうですか……」
見た目はアレだが、実はすごい効果がありましたとか期待してたんだけどな。そうかあ……ただのうんこ模様の球体かあ。
「あの、買い取ってもらえることって出来ますか?」
ドドさんには悪いが売ってしまおうと思う。見た目がきれいだったら、お守りとしてとっておいても良かったんだけどね。
「兄ちゃん、この辺の国のものじゃないな?」
「ええ、そうです。昨日セルクルイスに来たばかりです」
「しょうがねえなあ。本来ならこんなもの買い取りなんかしないんだが、サービスだ。買ってやる。銅貨2枚だ」
2枚かあ……。焼き鳥一本も買えないじゃないか。あっちは3枚だった。
「なんだ、不満か」
顔に出てたようだ。いけないいけない。
「いえ、それで大丈夫です。ついでに空の霊光石をいくつかください」
「あいよ。」
銅貨2枚分を引いた差額の金額を払って、僕は店を出た。
「2枚かあ……」
ややテンションが下がっている状態で歩いていると、ある出店が目についた。
「いらっしゃい、お兄さん。ここらじゃ見ない格好だね」
異世界にも里芋があるのか。そういえば昨日の晩餐会でも、里芋料理があったな。辺りを見れば、他にも里芋を売っている出店がある。
「お兄さん異国の人でしょ?ここは初めて?」
「はい、昨日着いたばかりで」
「セルクルイスは里芋が有名なんだよ。うちの里芋は格別美味しいよ、どう?」
「それじゃあ、一箱ください」
「はいよ。銅貨2枚ね」
おお、銅貨2枚か。あの汚い霊光石が、美味しそうな里芋に変わったと考えれば、少しは気が晴れる。空の霊光石分は赤字だが、あれはモンレさんにもらったものなのでノーカンでいいだろう。
異世界の里芋はホクホクして美味しかった。




