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第34話 瘴氣浄化③

「……流石にカミヒトさんでも厳しいかと思います。四肢は壊死しており、内臓まで腐食は進んでおります。あれを治せるものなど最上位の治癒術師かイーオ様のような奇跡の力を持ったお人でないと……」


「やるだけやってみたいのですが、ダメですか?」


「……そうですね。ご家族の方もいらっしゃるのでぬか喜びはさせたくないのですが」


「お願いしたらどう?少しでも可能性があるのなら試してみるべきだと思うわ」


「……わかりました。カミヒトさん、私に付いてきてください」


 カナリさんの説得もあってか、モンレさんは僕に治療をさせる事を決断した。責任重大だ。気合を入れていかないと。


 案内された個室の中央のベットには全身が黒く変色した男性が横たわっていた。その傍らに20代後半くらいの女性とまだ10歳にも満たない女の子が二人いた。奥さんと子供だと思われる。


 男性は特に両手足がひどく、モンレさんが言ったように壊死しているようだった。男性の顔は土気色でもう長くないのがわかった。部屋は腐敗臭が充満していて、鼻で息をするのがつらい。正直に言えば吐きそうだ。


「奥様、これから旦那様の治療を致します。しかしあまり期待はしないでください」


「えっ……? 主人はもう無理だって……」


 目を真っ赤にした奥さんがつぶやいた。


「こちらの方、異教徒ですが腕は確かです。さあ、カミヒトさん。一刻を争うのでお願いします」


「はい」


 男性はいつ死んでもおかしくない状態だ。これは急がないと。まずは瘴氣の浄化だ。男性を蝕んでいる瘴氣は今まで見たものと比べても圧倒的に濃く、禍々しい。僕は両手に光のグローブを纏わせ、瘴氣に手をかざした。


「……っ!?」


 すると瘴氣は刃物のように鋭くなり、すごい勢いで僕の手を射貫かんとした。しかし光のグローブに阻まれ、そのまま掌にくっついた。


 ああ~びっくりした。グサっていう感触があったから、手に突き刺さったのかと思った。


 瘴氣は今まで浄化したのとは違って固く、金属のようだった。刃物のように鋭利なので掴むことに若干抵抗を覚えたが、思い切って両手でつかんで引っこ抜いた。


 ぶりゅんっときれいに患者さんの体から出てきた。なにこれでかい。


 出てきた瘴氣はウニのようにトゲトゲしていて、直径1メートル位はありそうだ。これ、手には包み込めないぞ。どうしようか。


 僕は手に纏った浄化の光を全身に広げた。このまま抱きついて浄化する作戦だ。でもトゲトゲがすごく痛そう。だが患者さんは今すぐ死んでもおかしくないぞ。怖いけど行くっきゃない。


 思い切って瘴氣に抱きついた。瘴氣は最初ものすごい抵抗したが、風船から空気が抜けていくようにどんどん萎んでいって、10秒程で完全に消えた。ふぅ、どうにかなったか。


 声には出さないがモンレさんたちが驚いている。さて、ここからが本番だ。


 先程見た、モンレさんの治癒魔法に倣って僕も掌から光を出すイメージでいこう。両手を伸ばし、治れ治れと念じまくる。


 なおれなおれなおれなおれなおれなおれ。


「ぬ!?」


 体から神正氣が急激に抜けるのを感じた。おおお!? 凄い勢いでなくなっていくぞ。今までに経験したことのない抜け具合に動揺する。


「こ、これは!?」

「なんて神々しいの……」

「か、神が光臨なされたのですか!?」

「し、信じられない……」


 ん? なんだろう? 皆の視線が僕の後ろに集まっている。振り返ってみれば、なんだこれは。仏様がいらっしゃった。


 僕の背後に佇む仏様は慈愛の表情を浮かべ、片腕を患者さんの方に差し伸べた。仏様の手からは、なんだかホワホワとした癒し系の光が出て、男性の体を優しく包み込む。光に包まれた腐敗した体はみるみるうちに元の健康な体へと戻っていった。なんということだ。完全に治ってるじゃないか。


「んん……? ここは……?」


「ああ……、ああああ、あなたー!」


「「おとうさーん!!」


 お父さんは気がついたようだ。奥さんと娘さんたちが抱きつく。


 後ろを振り返れば、仏様がにっこりと笑って消えていった。どうやら僕は無意識のうちに薬師的な如来を具現化してしまったようだ。


 日本の神様じゃないのは視覚的なイメージの問題だと思う。病気平癒にご利益のある神社の祭神とかもいるんだけど、姿形がわからない。しかし仏様だと、仏像とかあるからイメージしやすい。まあ、だからわかりやすい方に引っ張られたんだろう。


 お父さんは自分の置かれた状況を理解して、命が助かったことを家族と共に泣きながら喜んでいる。良かった良かった。


 モンレさんたちを見れば、なんとまあ、跪いておる。まさかのアリエさんもだ。やめてほしいんだけれど。


「カミヒトさんは神の御使いだったのですね」


「頭を上げてください。僕はそんな大層なものではありません」


 あながち間違ってないんだけどね。神の御使いの神ですから。そんなことは正直に言えないけど。


「あれは僕の国の神を模したものですから、ただのイメージの産物です」


「いいえ、それでもあれほど腐敗した体を治してしまったのです。カミヒトさんは奇跡の御仁に違いありません」

「ええ、その通りですとも。祈らせてください」

「ああ、カトリーヌ様、この巡り会いに感謝いたします」

「瘴氣の浄化も信じられませんでした。カミヒト殿あなたは一体……」

「主人を助けていただきありがとうございます!」

「「しんかんさま、ありがとー!!」」


 お父さんがベッドから立ち上がって僕の手を両手で固く握った。


「ありがとうございます、神官様。もうだめかと思っていましたが、再び家族と暮らせるようになるとは……」


 お父さんはそれはもう号泣している。奥さんとお子さんもつられて泣いている。僕もウルっときた。ミモザさんとカナリさんはもらい泣きしている。


 ひとしきり泣いた後、一家揃ってもう一度、丁寧に僕にお礼をした。そして流れて来ましたよ、神正氣の素となる感謝パワー。ふぅ、やはり心地良い。


 しかし治癒の神術で消費した神正氣を補うには足りない。つまり赤字だ。使ってみた感じ浄化するより燃費が悪そうだ。もしかしたら治癒の神術は僕と相性が良くないのかもしれない。まいったな、これは使い所を選ばないといけないな。


 なんてことを考えていたが、この一家が喜んでいるのを見たらどうでも良くなった。収支なんてどうでもいいだろう。少なくとも今考えることではない。


 そう、家族の笑顔はプライスレス。









「さあどうぞ、カミヒトさん」


 グラスにワインのようなお酒を入れられ勧められた。お酌をしてくれたのはミモザさんだ。教会内の食堂で晩餐会を開いてくれたのだ。


「今夜は特別に豪勢にしました。たくさん召し上がってください」


 そう言ったのはモンレさんだ。


 食堂には長テーブルが5つ程あり、全員で50名ほどいる。僕の席は真ん中の長テーブルで、両隣はミモザさんとアリエさん、対面にはモンレさんとカナリさんがいる。目の前には豪勢な食べ物があった。急遽、僕のために作ってくれたようだ。なんだか申し訳ない。


「僕のためにこんな豪勢な晩餐をありがとうございます」


「いいえ、これくらいは当たり前です。カミヒトさんはそれだけのことをしたのですよ。むしろこれでも足りないくらいですわ。ああ、申し訳ないわ。代わりにまた祈らせてください」


 カナリさんが手を合わせ、僕に向かって祈りだした。ミモザさんもだ。


「いえ、これで十分すぎるくらいです」


 祈っている二人から微量な信仰心パワーが流れてくる。これが神正氣の素となるからいいのだが、自分が祈られるのはどうにも落ち着かない。さっきなんか大勢で祈られた。


 食堂に着いてすぐ、上座っぽい豪華なイスに座らされて、50人余りの人に膝を突かれ祈りを捧げられたのだ。お陰様で大量の神正氣を得ることが出来ました。ありがとうございました。


 しかし祈られている最中は居心地の悪さでムズムズしてしょうがなかった。僕には教祖様的ポジションは向いてない気がする。兎にも角にもせっかくだ、食事を楽しむことにしましょう。ああ、そういえばシュウ君のお姉さんのロゼットさんのこと聞くのすっかり忘れてた。


「モンレさん、僕の知り合いのお姉さんでロゼットさんという人がここで働いているんですが、ご存知ないでしょうか?」


「ロゼットですか。ええ、いますよ。北の地区の教会で働いています。セルクルイスは広いですから、この教会を中心に、いくつか小さな教会が点在しているのですよ」


「なるほど、そうだったんですね」


「明日、こちらの中央教会まで呼びましょう」


「いきなり呼びつけて迷惑ではないですか?」


「こことそんなに離れてないので大丈夫ですよ」


 本来ならこちらから出向いて挨拶するべきなのだろうが、まだこの街に来たばかりで慣れてないし、お願いしちゃおうかな。


「それではよろしくお願いします」


 そういえばもう一つ気になってることがあったから、ついでに聞いちゃうか。


「モンレさんが治療している時に、杖に何か丸い宝石のようなものを嵌めていましたけど、あれは何なんでしょう?」


「おや、カミヒトさんは霊光石れいこうせきをご存知ないのですか?」


「ええ、まあ……」


「カミヒト殿は東の大陸の果ての出身ですから」


 ワインっぽいお酒を飲みながらアリエさんが言った。当たりが柔らかくなっているのはお酒のせいだろうか。


「そうなのですか。わかりました、ご説明しましょう。霊光石とは精霊や幻獣、またはそれらに類する存在の霊力を溜めることが出来ます。精霊などの種類によって効果は様々です。例えば私が先程使った霊光石にはイヤシンスの花の精霊の霊力が込められています。イヤシンスは薬の原料となりますから、その精霊は癒やしの霊力を持っているわけです」


「なるほど、ではその精霊の力は治癒魔法と同じような効果があるわけですね。精霊って僕にも視えるんでしょうか?」


「精霊が視えるかどうかは相性によりますね。私の実家は代々イヤシンスの栽培を生業としていまして、私も幼い頃から手伝わされていました。そのような環境でしたので、私にとってイヤシンスの精霊は身近な存在でした。お陰様で霊光石に霊力を注いでもらえます。私が第五階まで出世することが出来たのは、イヤシンスの霊光石を量産できるからです」


 モンレさんはポケットに手を突っ込んで、ビー玉より一回り大きい球形の何かを僕に渡した。


「それは空の霊光石です。カミヒトさんに差し上げます。霊物れいもつというのは突発的に現れたりもしますから、常に身につけていた方が良いでしょう。相性の良い精霊が現れたら、それに霊力を入れてもらうようお願いするといいでしょう。カミヒトさんならもしかしたら、イーオ様のように大精霊の寵愛も受けられるかもしれませんね」


「霊光石は売ることも出来ますが、最初に霊力を注いでもらった霊光石は取っておいた方がいいと思います。この辺りの国では、常にそれを身に着けているとご利益があるというおまじないがあるんです。私も常に持ち歩いていますよ」


 そう言ってミモザさんは巾着袋のようなものからきれいな霊光石を見せてくれた。


「モンレさん、ありがとうございます」


 精霊か、どんなんだろう。異世界での楽しみが増えたな。いい感じの精霊さんと会えたらいいな。


 その後も、他の局員の方たちとも楽しくおしゃべりしながら、美味しい食事とお酒を楽しんだ。

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