第33話 瘴氣浄化②
僕とミモザさんは二人三脚で患者さんの治療を行うことになった。怒涛の勢いで患者さんを治療していった。瘴氣に手をかざすと一部が掌に吸い付く。それを掴んで引っこ抜く。体から全部出てきた瘴氣を両手で包み、揉んではこねる。
時間にしておよそ10秒。これは異例の速さだという。
こんな感じで引っこ抜いてはこねるを繰り返し、気がつけばもう軽症の患者はいなくなっていた。
「お疲れ様でした、カミヒトさん」
「お疲れ様です、ミモザさん」
「カミヒトさんのおかげで、患者様すべてを治療することができました。本当にありがとうございます」
ペコリと丁寧に頭を下げるミモザさん。
「我々からもお礼を言わせてください。ありがとうございました」
他の局員の方々が、皆揃って頭を下げた。流石にここまで恭しくされるとこそばゆい。
「いえ、大したことはしていませんから」
「とんでもございません。カミヒト様のお力はまさに奇跡と呼べます。このような浄化は見たことがありません」
そう言ったのは、この中で一番位が高そうな初老の女性だった。他の局員に指示を出しているのを見たので、この人が恐らくこの治療室で一番偉い人なのだろう。
「お役に立てたようで良かったです」
「ええ、本当に助かりました。流石にお疲れでしょう。本日、セルクルイスに到着なさったようですし、私共の控室でどうぞお休みください」
「ありがとうございます。しかしまだまだ元気なので、このままモンレさんの方へお手伝いに行きたいと思います」
これは本当だ。治療して患者さんに感謝されるごとに神正氣が流れてくるのだから、むしろこちらに来た当初よりも元気ビンビンだ。
「ああ、なんということでしょう。なんて慈悲深いお方なのかしら。カトリーヌ様がカミヒト様をここにお導きくださったのでしょうか」
「ええ、きっとそうに違いありません。カナリ様」
感極まった様子のミモザさんとカナリと呼ばれた初老の女性。
そしてこの場にいる局員の人たち全員で僕に向かって祈りを捧げ始めた。流石にこれはこそばゆいなんてものじゃない。居心地が悪すぎる。僕はそんなに立派ではないのだ。
「あの、すいませんが、モンレさんのところに案内していただけないでしょうか……」
「ああ、そうでした。では私とミモザが案内いたします」
「こちらが重症者の治療室です。ここではお静かに願います」
案内された部屋は、先程の軽症者の治療室よりも小さくベッドが3台ほどしかない。患者さんは一人しかいなく、真ん中のベッドに寝ていて、その両脇にモンレさんとアリエさんが立っていた。
僕たち三人は音を立てず、静かに二人の元へと近づいた。患者さんを見れば、左上半身に濃い瘴氣が纏わり付いており、そこにはぶくぶくと無数の水ぶくれのような物ができていた。水ぶくれは破裂したのもある所為か、膿の匂いが濃く漂っていて、鼻をつまみたいほど臭かった。今は眠っているのだか、眠らせているのか分からないが意識はない。時折苦しそうにうめき声を上げていた。
この人は付いている瘴氣、体の症状共に軽症者に比べるとだいぶひどかった。
「モンレ、カミヒト様のおかげで私の方は終わったから援助に来たわ」
「もう終わったのか? 流石でございます、カミヒトさん」
「ええ、早く終えることができたのでお手伝いに来ました」
「ありがとうございます。しかし患者様はもうこの方で終わりなので私の方でなんとかできますよ。もし私でもダメならその時お願いします」
手伝いに来たが、モンレさんが一人でやるらしい。モンレさんはどんな風に浄化するんだろう。黄光衛生局セルクルイス支部で一番偉いようだから実力もあるのだろう。参考になることもあるもしれないからよく見ておこうか。
「これだと瘴氣を浄化しても症状はおそらく残るわね。治癒魔法は私がかけようか?」
「いや、それも私がやる。アリエ殿が手伝ってくれたから、まだ魔力に余力はある」
この会話を聞くに瘴氣を浄化しても、体に出た症状や病は治るとは限らないようだ。僕が担当した患者さん達は、瘴氣があまり強くなかったためか、瘴氣を体から出すと症状も治っていた。
「五色に愛されし聖女様、私に悪しき氣を祓う力をお与えください」
モンレさんが祈りを捧げると、片手に持っていた杖から強い黄色の光が出て、部屋全体を照らす。光源は杖の少し上辺りに浮いている直径50cm程の光の玉だ。
モンレさんはその光の玉を瘴氣に当てた。瘴氣は苦しそうにウネウネと動く。しかし瘴氣は負けじと光の玉に対して、反撃をとるようにトゲトゲとした形となった。そこから攻防が始まり、お互いに侵食し合う。光の玉と瘴氣はどんどんと小さくなっていく。モンレさんの顔を見れば、大きな汗の玉が額に浮かんでいて、大分苦しそうだ。
僕が浄化した瘴氣はこのように反撃するような仕草は見せなかった。強い瘴氣とはこのようなものなのだろうか。こんなものに体を侵されたら命が危なそうだ。
しばらくして、瘴氣は完全に消えた。モンレさんの勝ちだ。僕の出番はないな。モンレさんはフゥと一息ついて、杖に球形の宝石のようなものを嵌めた。
「癒やしの花の精霊よ、この者に巣食う病魔を除きたまえ」
今度は杖に嵌めた丸い宝石のような物が光った。続けて治療を行うらしい。その光は患者さんの患部に降り注ぐと、水ぶくれになり膿んでいた皮膚や筋肉を癒やし始めた。なるほど、これが治癒魔法か。
程なくして、患者さんの体は完全に治ったようだ。
「お疲れ様でした。モンレ様」
ミモザさんがモンレさんの汗をハンカチで拭う。
「お疲れ様でした」
僕もモンレさんを労う。
「どうにか浄化することができました。患者様は他の者に任せて、カミヒトさん達はもう休んでください。カナリ、部屋に案内して差し上げて」
「モンレさんはお疲れのようですが、まだ何かやることがあるんですか?」
モンレさんだけまだ働こうという気配を感じたので、聞いてみた。すごく疲れているようだから、モンレさんも休んでほしいんだけどな。
「はい、もう長くない患者様がいらっしゃいます。天に召されるのをお見送りしなくてはなりませんので」
「……その方も瘴氣に?」
「ええ、そうです」
「では僕が……」
そう言いかけたが、モンレさんは手で制止してフルフルと頭を振った。
「この患者様の瘴氣は極めて強いのです。カミヒトさんでも浄化できるかどうか……。しかも長く瘴氣に侵された所為か、体全体の腐敗が進んでおり、我々の治癒魔法では治せないのです」
悲痛な面持ちのモンレさんは顔を伏せた。ミモザさんやカナリさんも同様だ。その様子から己の無力さや、やるせなさが窺われる。
恐らくだが僕は瘴氣の浄化は出来ると思う。先程、神正氣を補充したので力は充分ある。問題は治癒の方だ。
実は超越神社で治癒魔法でも覚えようかと思ったのだが、検証することが出来なかったのだ。神になってからというもの、擦り傷程度なら瞬時に治る体になってしまった。そのため、治癒魔法の練習になるくらい自らに深い傷をつけることは、小心者の僕には出来なかった。それ故、結局習得には至らなかったのだ。
それでも神術の扱いに多少慣れた今の僕なら治癒魔法は使えるだろう。だが、死にそうになるくらい悪化した病をぶっつけ本番で治せるだろうか。懸念はある。
「僕にやらせてください。治せるかどうかはわかりませんがお願いします」
それでも僕は助けたいと強く思った。




