第32話 瘴氣浄化①
瘴氣に侵された人達を治すため案内された場所は、比較的軽い症状の人達が集まる治療室だった。部屋は大きく、簡易なベッドが20台ほどあり、すべて患者さんで埋まっていた。黄色い神官服を着た局員の方々が忙しなく動いている。日本のように個別に患者を診るのではなく、この部屋でまとめて診察、治療を行うようだ。
局員の人たちは忙しそうだが、僕が珍しいのかチラチラと視線を向ける。
僕はそんな視線に若干居心地悪さを感じながら患者さんを観察してみる。患者さんの体の一部あるいは全身に緑の嫌な気配を放つモヤモヤが視えた。恐らくこいつが瘴氣だと思う。
「本当に瘴氣を浄化できるのですか?」
一緒について来たアリエさんが疑問を投げかけた。
「ええ、まあ」
実のところ僕も浄化できるだろうなあっていう漠然とした感覚しかなかったんだよな。それでも実際、瘴氣を見たらやっぱり出来そうだなって思った。
「カミヒトさん、こちらへ」
モンレさんに促され、向かった先は一人の患者さんがいるベッドだった。若い女性の局員がその患者さんの浄化を担当しているようで、ちょうど今、瘴氣を浄化するみたいだ。
患者は中年の男性で、右腕の手首から肘あたりに瘴氣が巣食っていて、所々黒く変色していた。女性はそこに両手の掌を向けると、手から黄色の光が出て患部にやさしく降り注いだ。すると瘴氣が少しずつ小さくなっていく。なるほど、こんな風にやるんだ。
徐々に瘴氣は小さくなっているが、完全に消えるにはまだ時間がかかりそうだ。僕は他の人達はどのようにやっているんだろうと、周りの治療している局員の人達を観察することにした。やり方は人それぞれで、杖からビビッと光線みたいなもの出している人もいれば、水に力を込めて、聖水っぽくして振りかけている人もいる。こちらで治療している女性のように、手から光を出している人もいる。皆さんはもれなく黄色い光を出していた。これが黄聖というやつか。
「浄化、完了です……」
終わったようだ。治療を担当していた女性はハアハアと息を切らし、とても疲れているようにみえる。
「お疲れ様でした。もう今日は休んで結構ですよ。朝から働き詰めでしょう」
「はい、そうさせて、もらいます。モンレ様」
女性はだいぶ疲れているようで、弱々しい口調だ。ゆっくり休んでくださいよ。
「後はこの方にお任せします。異教徒の方ですが、腕が立つようですよ」
腕が立つかはわかりませんよ。なんせ初めてやるんですから。
「頑張ります」
「では、次の患者はカミヒトさんにお願いします。さあ、あなたは完治したようなのでこちらへどうぞ」
「ありがとうございます。神官様」
「お大事に」
中年男性は深く頭を下げ女性にお礼を言い、部屋を出ていった。するとすぐさま次の患者が来た。患者さんの方に目をやると、ああ、なんて痛々しい、お岩さんのように片目が腫れた女の子がいた。小学生低学年くらいだろうか。お母さんも同伴している。女の子は目が痛むのかシクシクと泣いている。
「娘を、娘を助けてください!」
「はい、お任せください。ではカミヒトさん、お願いします。何、失敗しても私がフォローするので気楽にやってください」
最後の方は僕にしか聞こえないようにつぶやいた。モンレさんの気遣いが嬉しかった。そう言われるとやる気が出てくるな。さあ、やるか!
とは言ってもどんな風に浄化させればいいのだろう。イメージが思い浮かばない。さっきの女性がやっていたように掌から黄色い光でも出してみようか。っていうか彼女、僕の仕事ぶりを見学するつもりだ。忙しそうにしている他の局員達からも視線を感じる。ギャラリーが多くて緊張してきた。
「うう、痛いよぉ……」
「ごめんね。今すぐ楽にしてあげるからね」
ギャラリーを気にしている場合じゃない。女の子が苦しんでいるんだ。何でもいいからやるぞ。
僕も掌から光を出す感じで浄化しようと思い、女の子の目に手を向ける。よし、光らすぞと思った瞬間、女の子の目に纏わり付いていた瘴氣の一部が僕の掌に吸い付いてきた。なにこれ、気持ち悪い。
どうすればいいのか。とりあえず掴んでみよう。
掴むと瘴氣は逃げ出そうとウネウネとする。その感触がまた気持ち悪い。どうすればいいんだ、これ。引っ張ってみるか。それが正解な気がする。
瘴氣の先っちょを引っ張ると、にゅるんって感じで気持ちよく出てきた。
「えっ!?」
「そんな!?」
「…………」
なんだろうその反応。このやり方おかしいのかな。アリエさんがまた怪しんでる。
「ママ! 痛くない!」
「ああ、マリ!」
女の子の目は綺麗サッパリ治っていた。ああ、良かった!元の目は可愛らしいパッチリとしたおめめだ。
親子で泣きながら喜んでいる。それはいいのだが、僕の手から逃れようとする瘴氣はどうしよう。瘴氣の大きさはバレーボール大で、アメーバのような形でめっちゃウネウネしてる。感触がナメクジとなまこを足したみたいで、ものすごく鳥肌モノ。マジ気色悪し。
今すぐ離したいが、なんだか逃げられそうなのでそれはできない。手の感触が気持ち悪いので光のグローブのようなものを手に纏わせるように念じてみた。すると両手に光が纏った。色はもちろん黄色だ。ちゃんと黄聖ですよと、アピールするためだ。
黄色い光に触れた瘴氣はどんどん小さくなっていく。僕の手からの逃げようと暴れるので両手で包み込む。そしておにぎりを握るようにニギニギコネコネした。手から瘴氣の感触がなくなったので開いてみると何もなかった。良かった、すべて浄化できたようだ。
「浄化、完了です!」
ピシッと言ってみた。
「……おお!素晴らしい!素晴らしいですよ!カミヒトさん!!」
「こんなに早く浄化するなんて……!」
「……!」
三者三様で驚いている。周りの局員たちも治療の手を止めて、えっ? って感じでこちらを見ている。こういう反応を見ると一般的なやり方ではないのだろう。まあ、でもしょうがないじゃん。引っこ抜けちゃったんだから。
「ああ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
「お兄ちゃん、もう、痛くないよ。ありがとう!」
「うん、良かったね」
女の子の頭をなでてあげると、満面の笑みでニコッとしてくれた。
そしてこの親子から力が流れてきた。待ってました!
温かい力が体中を巡る。うーん、気持ちいい。ポカポカと血行が良くなって、マッサージをされているような感覚だ。
「どうぞこちらへ」
休まずに見学していた女性が親子を別室へ案内する。
「本当にありがとうございました」
「ばいばーい」
僕は手を振りながら親子を見送った。
なんだか調子づいてきたぞ。さあ、どんどん行こうか!
「カミヒトさん、ここはお任せしてもよろしいでしょうか? 私は重症者の方を診たいと思いますので」
「ええ、構いませんよ」
快く承諾した。今の僕は勢いに乗っているからな。どんと来いだ。
「では、私がお手伝いします。ミモザと申します。どうぞよろしくお願いします」
女性の名前はミモザさんと言うらしい。だいぶお疲れのようだが、休まなくってもいいのだろうか。
「それはありがたいのですが、お疲れなのでは?」
「いえ、これくらい平気です」
「それではミモザさん、よろしくお願いします。くれぐれも無理はなさらないように」
「はい、お任せください」
「私はモンレ殿のお手伝いをしましょう。私も多少は治癒魔法が使えますから。重症者ともなれば必要になるでしょう」
「助かります、アリエ殿。カミヒトさん、こちらはお願いしますね」
「心得ました」
モンレさんとアリエさんはこの治療室から出ていった。
「野丸嘉彌仁と申します。ミモザさんよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそ」
アリエさんという監視がいなくなったから、のびのびとできそうだ。




