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第30話 セルクルイス到着

 黙々と歩く。眼前に堂々たる城壁を見据えながら無言で歩く。


 気まずい。非常に気まずい。


 シュウ君と別れてから、アリエさんと二人で歩いているのだが、だいぶ警戒されているようで、アリエさんの視線が僕を射抜くように鋭く感じる。恐らく先程の問答で不信感を抱いたのだろう、僕があまりにも常識を知らないから。それとも僕が異教徒で、布教が目的だからだろうか。とにかく居心地が悪いのでどんな内容でもいいから会話をしよう。


「あのう、シュウ君が言っていた黄光おうこう衛生局ってなんですかね?アリエさんの青炎せいえん討伐部隊と似たような雰囲気を感じますが……」


「黄光衛生局とは瘴氣しょうきに侵された人々を治療する組織です。黄聖おうせいを持つ教徒達で構成されています。瘴氣は黄聖によって浄化されます」


 ものすごい事務的な口調だ。今までも事務的だったがより顕著になった気がする。


「なるほど。シュウ君のお姉さんはそこで働いているんですね」


「そのようですね」


「あの、他にはどんな色聖があるのでしょう?」


「それは悪氣との関係も含めて、教会で詳しく教えて差し上げましょう。カミヒト殿はあまり物を知らないようですから」


「……」


「……」


 会話終了。彼女のつっけんどんな態度から察するに僕と距離を置きたいようだ。相当警戒していることが伺われる。さっきから僕の斜め後ろいて、いつでも背後を刺せるぞという無言の圧力を感じる。考えすぎかもしれないけどさ。でもなんか気持ち悪いんだよ。


 無言のままは辛いが、それでも僕としてもこれ以上尋問されるのはゴメンなので黙って歩くことにする。後一時間くらいだろうから、少しの辛抱だ。ちょっと早歩きでいこうか。







 城門が見えてきた。付近には手に武器を持った衛兵が幾人も警備している。物々しい雰囲気だが、バカでかい城壁と相まって中世的な感じが良いですね。異世界に来てから初めての街を間近で見て、先程の居心地の悪さは吹き飛んだ。


 城壁を改めて見るとめちゃくちゃ高い。一体何メートルあるんだ。10メートル以上はあるんじゃないか。こんなデカい城壁に囲まれた街はどんな街なんだろう。今からワクワクが止まりません。


 城門では人々が列をなしているが、何の列だろう?ああ、通行税を払っているのか。……まずい、お金持ってない。


「カミヒト殿、こちらですよ」


 アリエさんは列を無視して門番らしき人のところに行った。さあ、どうしよう。お金がないと入れないぞ。


「お疲れ様です。青炎討伐部隊第六階のアリエと申します」


 アリエさんは名刺大の薄い金属のようなものを門番の人に差し出した。


「はっ、暫しお待ちを」


 門番の人はA3サイズくらいの、こちらも金属の板のようなものを持ってきた。金属の板には魔法陣のような模様が淡く光っている。その上の中央にアリエさんが差し出した金属の板を乗せると、それを見て門番の人はふむふむと頷いていた。


「確認が取れました。どうぞ中へ」


「ありがとうございます。さあ、カミヒト殿、行きましょう」


「恥ずかしながら、今はお金を全くもっていなくて……」


「わたしのお供ということにしてありますから通行税はいりませんよ。しかし、それでよく長旅ができますね?見たところ随分と身奇麗ですし……」


「一応スキル持ちなので……」


 ギロリと睨むアリエさんが怖い。シュウ君の話では収納系のスキルがあるらしいような事を言っていた。僕はスキルを与える方なので、当然ながら持っていない。しかし、この場は持っているという事にしよう。神術でそれっぽいのを作ってみるのもいいだろうな。だが、こちらの収納系のスキルを見てから真似しないと、また怪しまれる原因になるだろうな。とにかく慎重に行こう。


「なるほど、そういうことですか。カミヒト殿は信心深いのですね」


「ええ、まあ」


 アリエさんの物言いから、スキルの有無が信心深さに関連している事が推察される。きっとこちらの世界にも神のような存在が居るんだろうな。排他的でない、優しそうな神様だったら挨拶しに行って、色々とアドバイスを貰うのもいいかな。まあ、会えたらの話だけど。


 それは追々考えるとして、アーチ状の城門を潜ると大きな通りへと出た。通りは人がたくさんいて、見慣れぬ顔に異国の服を着た僕はジロジロと注目の的だ。


「この大通りはセルクルイスの真ん中を南北に貫いています。中央には大きな広場があり、その近くに教会があります。セルクルイスは大きいですから馬車で教会までいきましょう」


 アリエさんがスタコラと先に歩くので僕もついていく。近くの乗合馬車の乗車場までいくと、ちょうど馬車が出発するようで、僕たちは急いで乗り込んだ。ちなみにお金はアリエさんが払ってくれた。


 馬車でも僕たちは会話はないが気まずくはない。それというのも見るものすべてが僕を興奮させるからだ。お上りさんよろしく、首をあちらこちらへキョロキョロと忙しく回す。


 街並みや歩く人々を眺めていると思ったより洗練されているのがわかる。異世界は中世くらいの文明だと思っていたが、近代といったほうがしっくり来る。


 建物は殆ど石造りのようで、整然と並んでいる様が美しい。道行く人々、お店やすれ違う馬車などを見ながら僕は異世界を堪能している。ここにはスマホをいじっている人も、車も信号も標識もない。現代の地球とは全く文明レベルも文化も違う世界の中にいると、本当に異世界に来たんだと実感する。


 暫く進むと、大きな広場に出た。広場には今僕たちがいる大通りとクロスする形でもう一本大きな通りがある。この大きな通りは恐らくセルクルイスを東西に貫いているのだろう。南北と東西、2つの大通りがセルクルイスの交通の支柱になっているんじゃないだろうか。


「もうすぐで着きます。降りる準備を」


 程なくして、馬車は大きな建物の前に止まった。ここが教会らしい。


 教会はデカかった。外観は見事な意匠で、荘厳でありながら実務的な印象も持つ。ヨーロッパあたりのおしゃれな役所みたいな。神官服を着た人がバタバタと忙しなく動いていて、人の往来も多いせいだろうか。列とか出来てるし。あの人達全員お祈り待ちの人かな。


「こちらです」


 アリエさんが案内したのは、教会正面の人が列をなしている所ではなく、関係者用の出入り口だった。


「しばしお待ちを」


 アリエさんは一人で中に入ってしまった。やることのない僕は周りを観察する。よく見ると人の列は2列あって、片方はそんな混んでいないが、もう一方は長蛇とまではいかないが数十人は並んでいそうだ。しかも調子の悪そうな人が多い。付添っぽい人もいる。もしかしてこの教会は病院としての機能もあるのだろうか。


「お待たせしました」


 教会にできた列を観察していた僕はアリエさんの声に振り返った。アリエさんは教会の関係者と思われる、なんとなく徳の高そうな初老の男性の神官を連れてきた。


「こちらモンレさんです」


「はじめまして。黄光衛生局セルクルイス支部、支部長のモンレと申します。階位は第五階でございます。お見知りおきを」


 丁寧にお辞儀したモンレさんは穏やかに微笑んだ。


野丸のまる嘉彌仁かみひとと申します。東の大陸からやって参りました。異教徒ではございますが、よろしくお願いします」


 本当によろしくお願いしますよ、モンレさん。異教徒に厳しい人でないといいです。

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