第25話 確認事項
異世界に来たら最初に確認して置かなければならないことがある。それはこちらの宗教についてだ。僕(というか光の女神様)の目的は、僕が日本と異世界で神様として活動すること。僕を神様にしてどうしたいのかは解らないが、神として力を得るには信仰を集めなければならない。継続的な信仰を集めるためには信者の獲得は必須。宗教まで作る気はないけど信者を集めるための活動はしていくつもりだ。
そうなるとこの世界の宗教が重要になる。宗教がいくつあって、この世界の国々における勢力図とか把握しなければいけない。特定の宗教が支配的でなければいいが。信仰している神や教義、思想なんかも調べる必要がある。ああ、そう考えるとすごく面倒くさい。やることがたくさんだ。
もしこちらの世界の宗教が排他的で、他の宗教の存在を認めないのであればここで活動するのは厳しいだろう。異教徒狩りとかあったら極めて危険だ。
「シュウ君、この国ではどんな神様を信仰しているのかな?」
「神様? さあ? 色々いるからな。俺はあんまり神様は信仰してないなあ。村に祭ってある豊穣の神様くらいかな」
もしかして彼は無神論者なのかもしれない。それがこの世界で一般的に許されるなら、少なくとも異教徒が排斥されるということはなさそうだ。一神教でないところもグッドだ。
「じゃあ、宗教とかは?僕は僕の国の神様の信徒なんだけど、この国の宗教に興味があってね」
本当は自分が神様なんだけど、信徒ということにしておく。
「カトリーヌ教だね。マンマル王国に限らずほとんどの国でカトリーヌ教徒が大多数だよ。俺もカトリーヌ教徒だ」
「カトリーヌ教? 人の名前っぽいね」
「うん、“伝説の聖女”カトリーヌ様を祭っているからね。ああ、俺の姉ちゃん、セルクルイスの神殿で働いてるんだ。今度、第五階に昇格するんだぜ! あ、セルクルイスっていうのは兄ちゃんが行こうとしてる街の名前だよ」
「お姉さんがいるんだ。第五階っていうのはすごいのかな?」
「ああ、すごいよ! 階位は全部で十二まであるんだけど、第五階はなかなかなれないんだ。第五階から聖女様の補佐ができるから、姉ちゃん張り切ってたな」
「へえ~、それはすごいね。今の聖女様ってどんな人?」
「ん~、詳しくは知らね。何人かはいるみたいだけど。第三階になると聖女を名乗れるって言ってたから、姉ちゃんもいつか聖女になれるかなあ」
後半の言葉は僕に向かって言うよりも、独り言のようにつぶやいた。聖女様になるとなにか特典でもあるのだろうか。福利厚生が充実していそうではある。
「僕は異教徒なんだけど、カトリーヌ教ではその辺、大丈夫かなぁ?」
いちばん大事なことだ。サラッと聞いてみたが心臓がドキドキしている。どうかカトリーヌ教さん、異教徒に寛大であってください。
「ダイジョブじゃね? 他の宗教には寛容だって聞いたことがある。邪教は許さないみたいだけど」
断言してくれないのが多少心配ではあるが、とりあえずは安心していいのかな。
「それにしても兄ちゃん、珍しい格好だな。カトリーヌ教も知らないし、どっから来たんだ?」
「ここからずっと遠くにある国だよ」
こういう質問をされることは想定していたが、いかんせん異世界側の地理が全くわからないから答えようがない。別大陸からやってきたからこの大陸の常識がわかりません、なのでどうぞご教示ください、といきたいところだがこの世界の航海術がどこまで進んでいるかわからない。もし未熟であれば大陸間航行などできないだろう。別大陸の国と争っている可能性もある。なのでこの設定はまだ使えない。故にどうしてもあやふやな答えになってしまう。
「ふーん。じゃあ、長旅してきたんだな。その割には荷物は少ないし、ずいぶんと身奇麗だな」
大きめのバックパックを用意したとはいえ、確かに国をまたいで移動するには小さいだろう。しかも服もバックも靴も新品だ。長旅をしてきたと言うには不自然だ。
「もしかして兄ちゃん、収納系のスキル持ちか? すげーな! いいなあ!」
なにやら勝手に納得してくれている。それから水晶さんの言う通り、スキルって普通にあるみたいだ。
「さあ、どうだろうね……」
当然ながら僕は収納系のスキルなんて持ってない。しかし、収納系スキルを持っている事にしたほうが良さそうな気がする。なのであやふやに答えておこう。
「俺もスキルほしいな」
どうやら彼の中では僕は収納系スキル持ちで確定らしい。勘違いしてくれた方が都合がいいから、ここは黙っておこう。
そんな事を話しながら歩いていると、前方からガヤガヤと人声が聞こえてきた。
「お、大街道が見えてきた」
そういってシュウ君は走っていった。僕も遅れてついていく。まもなく大きな街道に出ると、なにやらガヤガヤと騒がしい。街道は4車線道路の幅くらいだろうか。その両脇に人々が集まり、その場に留まっておしゃべりしている。行商人風の人や旅人、普通の町人のような人まで様々だ。
「何かあったのかな?」
「さあ? なあ、おっちゃん何があったんだ?」
シュウ君は近くの行商人のようなおじさんに話しかけた。
「ん? ああ、これからイーオ様御一行が通るんだよ」
「誰だイーオ様って?」
「何だ坊主? イーオ様を知らないのか?」
「知らね」
行商人風のおじさんはハアーっとため息を付いて、田舎者を見るような目つきをしたが、それでも丁寧に説明してくれた。
「いいか、イーオ様はカトリーヌ様の再来と呼ばれるほどのお人だ。齢15で第四階にまで上り詰め、各地で様々な奇跡を起こしている。噂によると大精霊に愛されていると言うじゃないか。今は聖都への巡礼の旅の最中で、ここを通るというわけだ。第三階になるのは確実と言われていて、もしかしたら今回の巡礼の旅は第三階になるための昇格試験じゃないかと言われている。もしそうならイーオ様なら昇格は間違いないだろうな。そうしたらイーオ様も晴れて聖女を名乗ることができるわけだ。10代で聖女様になったお人なんて、長いカトリーヌ教の歴史でもそうはいないぜ。イーオ様はその奇跡の力と類まれな美貌でファンが多い。実を言うと俺もファンなんだ」
「聖女様候補か! すげーな!」
「そうだろう、そうだろう」
おじさんは推しのアイドルが褒められたかのように上機嫌でうなずいた。シュウ君とおじさんはその後も話を続けていたが、しばらくすると後ろの方で歓声が聞こえてきた。
「お! 来たみたいだな」
僕からみて、大街道の右手の方からイーオ様御一行が現れた。先頭は馬に乗った黒い鎧を着た騎士が二人で先導している。続いて赤やら青やら黄色やら白やらの服や鎧を来た護衛っぽい人たちが武器を手に歩いている。その後方には左右に強そうな護衛に守られた立派な馬車が進んでいる。中は黒いカーテンが掛けてあり見えない。おそらくこの中にイーオ様がいるのだろう。護衛の人たちの鎧ももれなく色とりどりでカラフルだ。馬車の後ろにも護衛がたくさんいて、最後尾は先頭と同じように馬にまたがった黒い鎧の騎士たちだ。
「すげーな! かっこいいな!」
「先頭は黒葬騎士団か! 初めて見たな!」
シュウくんは年相応に目をキラキラと輝かせ、行商人風のおじさんも興奮しているようだ。周りの人々も一様に歓声を上げている。かくいう僕も豪華絢爛なガチの騎士達によるパレードを見れてテンションが上がっている。これは現代の地球ではどこの国でもみられない光景だな。異世界っぽくて非常によろしい。
後方の黒い鎧の騎士が過ぎ去っていくのを眺めていると、突然前方から大きな声が聞こえた。
「魔物だ!」




