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第24話 いざ、異世界へ!~強制~

 土曜日、朝早くから境内に屋台を組むため、大勢の方たちが来てくださった。全員霊管の関係者らしく、代表者のガタイのいい親方風のおじさんと挨拶を交わした。皆さんもそっちの道に通じているらしく、鳥居を越えた時の驚き様が少しおかしかった。雰囲気がまるっと変わるからね。


 境内の神聖さを存分に感じたらしく、最初に拝殿にお詣りする時、皆さんは真剣にお祈りしているようだった。ありがたさよりも畏怖の念が強かったらしく、お祈り中は若干顔がこわばっていた。


 親方風のおじさんによると、すでにお祭りの宣伝は始まっていて、町内会の掲示板や街中の張り紙、各家にチラシを配り始めているという。その所為か鳥居の外から、こちらの様子をうかがう周辺住民らしき人たちがちらほらと目に映った。


 祭りの準備は2、3日もあれば終わるらしい。屋台は10軒ほど出す予定で、どれも相場よりかなり格安で販売する。営利目的ではなく、ご近所さんとの交流が目的なので霊管の方々が気を利かせてくれたようだ。費用も全部霊管持ちで、本当にありがたいです。


 皆さん、なれているようで手際よく作業をしている。僕もお手伝いしたかったが、今日は異世界へと旅立つ日だ。水晶さんによると、今度はちゃんと目的地に行けるはずだという。今回は初訪問ということもあって、下見程度で済ませるつもりなのでそんなに時間はかからないようだが、万が一を考えて、土日に続く2日間有給を取った。


 という訳で申し訳ないが、この場は昨日帰ってきた天女あまめちゃんと湿原しめはらさんに任せよう。


「それじゃあ、湿原さん。よろしくお願いしますね。天女ちゃんもよろしくね」


「はい、いってらっしゃいませ。後のことは天女にお任せください」


「お祭りの準備は我々霊管が責任を持ってやりますので、野丸さんはどうぞごゆっくり」


 天女ちゃんには異世界に行くと伝えてあるが、湿原さんにはただ2、3日泊まりの用事があると言っただけである。


「これ差し入れです。皆さんで食べてください」


 湿原さんに飲み物や軽食が入った袋を渡した。昨日、夕食と一緒にスーパーで買ったものだ。


「ありがとうございます。野丸さんお気をつけて」









 僕は住居兼本殿の裏にやって来た。服装は前回と同様に白の上衣と袴で靴はスニーカー、装備品は大容量のバックパック、そして何より大事な水晶さん。荷物の中身は昨日何度も確認した。抜かりはない。


 目の前にある朱い鳥居をくぐって、異世界側の超越神社に来た。まっすぐ白い鳥居に向かう。鳥居の前に立ち、ふぅと一息つく。いよいよ異世界へ行くときが来た。今度はちゃんと目的地につけるといいな。


 鳥居を潜ろうと一歩踏み出した時、水晶さんが光った。


『異世界ではわたしは最低限の助言しかしません。困難があってもカミヒト様ご自身で対処してください』


 ……突然なんてことを言うんだ。そんな大事な事、異世界に行く直前でいうことか……。


「ちょっと、それは困るんだけど」


 ちょっとどころではない。かなり困るぞ。めちゃくちゃ困るぞ。


「まだチュートリアルの最中だよね?」


 異世界でもチュートリアルがあると当然思っていた。懇切丁寧に説明してくれるものだと思っていた。だって異世界の常識とか世界観とか全然解らないよ?


『異世界についてはわたしの知識の範囲外です』


 ……なんてこった。水晶さん、異世界のこと知らなかったのか。そういえばいつも異世界のことを聞いてもはぐらかされていたな。その時が来れば教えるとかなんとか。まさか知らなかったなんて。


「大丈夫なの?異世界がとんでもなく危険だったりしたらどうするの?」


 魔物がわんさかいたり、大規模な戦争をしていたり、魔王がいたり、貴族が平民を虐げているのが当たり前の世界だったり、そんなところだったら絶対に行きたくない。


『神術があれば、どんな困難があっても乗り越えられます。信仰を集めて神正氣を常に切らせないようにしてください。異世界へ着いたら真っすぐ進んでください。そうすれば大きな街にたどり着けるでしょう。わたしから言えることは以上です』


 そういうと水晶さんが放っていた淡い光は失われ、ただの水晶となった。こちらから問いかけてもうんともすんとも言わなくなった。


 マジか、マジで自分の力だけで異世界を探索しないといけないのか。異世界の常識とか、世界観とか、宗教とか、国とかそこに住む人達の思想とか全部自分で調べないといけないのか。


 しかも危険がないとは一言も言わなかった。危険があるんだろうなあ。ああ嫌だな。水晶さんが色々教えてくれるから結構気楽な気分でいられたのに……。


 途方に暮れた僕は、とりあえずどのように異世界を攻略するか作戦を立てるべく住居兼本殿に向かうことにした。


「痛っ!?」


 回れ右して本殿に向かおうとしたら何かにぶつかった。目の前には半透明な壁がある。ちょうど僕の結界のように六角形がいくつも組み合わさって壁を作っていて、上は見えなくなるまで高く、横は左右の森を突っ切って伸びているようだった。


 どうやら向こう側へ行かせないつもりらしい。押したり叩いたりしてみたが、壁はなんともなかった。これでは本殿側にはいけない。何が何でも今、異世界に行かせるつもりらしい。これが水晶さんか光の女神様の仕業かは分からないが、ずいぶんとスパルタじゃないか。


 ここまでされたら観念するしか無い。ハアっとため息を付いて、白い鳥居に体を向ける。白い鳥居の入口は淡く光っていて向こう側は見えない。この先が異世界へとつながっている。さすがに危険なところには出ないだろう。そう信じたい。信じますよ神様!


 ええい!ままよ!


 僕は勢いよく飛び込んだ。前回と同じく目を開けられないほど眩しかったので、光が収まるまで目を瞑る。光が収まるのを感じて目を開けるとそこは森の中だった。


 しかし前回とは違い地面は石畳だ。年季が入っていて古めかしい。石畳の幅はそんなに広くなく、車一台通れるくらいだろうか。周りは人っ子一人いないが人工物が人間の存在を感じさせる。後ろからドラゴンババアに声をかけられることもない。とりあえず無事異世界に来れたようだ。まだ異世界っぽさは感じないけど。


 石畳の周りは森しか見えない。所々、色鮮やかな花が咲いていて、小鳥のさえずりがあちらこちらから聞こえ、ポカポカと陽気が気持ちいい。季節は春だろうか。水晶さんによるとまっすぐ進むと大きな街へと着くらしいので、とりあえず進んでみることにした。


 道中、魔物や熊のような獣が出てもいつでも結界が張れるように、警戒は怠らない。っていうかおっかなびっくりしながら周りをキョロキョロしながら歩いている。だってたまに森の中からガサガサと音が聞こえてくる。人を襲う動物がいるかもしれないのだ、ビビりながら進むのは仕方がない。


 しばらくノロノロと歩いていると、前方に何かが横たわっているのを見つけた。人だ、人がうつ伏せに倒れている。


 大変だ! 僕は急いで駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」


「……ううう」


 苦しそうに唸っているが生きているようだ。


「み、水……」


 バックパックから水を取り出し、飲ませるために仰向けにさせた。倒れていたのは13、4歳位の少年だ。ペットボトルを口まで持っていくと、すごい勢いで水を飲み始め、あっという間にペットボトルが空になった。


「腹減った……」


 今度は食べ物の催促だ。仕方がないので、昨日スーパーで買ったおにぎりと惣菜パンをあげた。こちらもものすごい勢いで食べ始めた。途中のどが詰まったようなのでもう一本水を与える。忙しく食ったり飲んだりするのを眺めながら、水晶さんの言う通り言葉が通じていて良かったなと思いながら食べ終わるのを待った。


「ふぅ~。あーうまかった!」


 少年は満足そうに言うと、僕の方を向いてお礼を言った。


「兄ちゃん、ありがとう!おかげで助かったぜ!」


「どういたしまして。それよりもう大丈夫なの?」


 見たところ外傷はなさそうが、まさか空腹で倒れていたわけはないだろう。少年を観察すると、やや痩せてはいるものの、筋肉はがっしりしていて血色もいい。飢餓で栄養不足ということもなさそうだ。見たところ、荷物らしいものを何も持っていない。脱水症状だろうか。


「ああ、飯食ったら元気出た!」


 勢いよく立ち上がるとニカッと笑ってみせた。活発そうな少年だ。


「まだ無理しない方がいいんじゃないかな。君の家は近くにあるの?」


 少年の服装は質素なズボンと長袖で、恐らくは庶民であろう。荷物はなにも持っていないので、長距離を移動していた途中に倒れたということもなさそうだ。


「うん、ここから2時間位かな?隣の村に用があってその帰りなんだ。んん~、でも倒れた記憶が無いんだよな」


 少年は腕を組んで首を傾げている。予兆がなく気を失うなんで危険じゃないか。なにか病気を患っているのかもしれない。


「まあ、いっか」


 なんでも無いかのように言う。大丈夫かな、ちょっと心配だ。家まで送っていったほうがいいのかな。でもこの辺の土地鑑なんて無いしなあ……。


「兄ちゃん、珍しい格好してるね。異国の人?」


「うん、旅の途中なんだ。このあたりに街はないかな?」


 水晶さんの話によると近くに大きな街があるらしい。とりあえずそこで情報収集と異世界観光をしようと思う。


「俺の村と途中まで一緒の道だよ。俺がそこまで案内してやるよ。後は一本道だから迷うことはないよ」


「本当?じゃあ、お願いしようかな」


 彼の体調も気になるし、共に行動するのは悪くないだろう。それに一人で心細かったし、こちらに好意的な異世界人の知り合いができるのは行幸といえる。彼に異世界の事を色々と教えてもらおう。


「俺、シュウっていうんだ」


「僕は野丸のまる嘉彌仁かみひと


 お互い自己紹介して、街へ向かい街道を歩き出した。

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