第76話 激戦の後
「ヤチコちゃん!」
光が指す空を仰ぐ五八千子の下へ破魔子達が駆け寄ってきた。五八千子は振り向き微笑を漏らした。
「なにあれ!? すごい! まるで神様みたいだったよ! 」
「見事です、イヤチコ。まるでカトリーヌ様やカミヒト殿を見ているようでしたよ」
「すごくかっこよかったです!」
五八千子は3人に向い深くお辞儀した。
「ありがとうございます。これも全て皆さんのおかげです。みんながいたから“呪縛”を倒すことができました」
「そんな他人行儀はなしだよ。でもヤチコちゃんが無事で良かった。すごく心配だったよお……」
「あなたが泣いてどうするのですか」
「破魔子ちゃんは泣き虫ですねえ」
袖で涙を拭う破魔子にアリエと天女は優しい眼差しを送る。
「なかなかやるじゃない、イヤチコ。これなら私の部下として十分合格点だわ!」
「お見事だったわ、五八千子さん。それから他の3人も。みんなよく戦ってくれたわ」
「さすが私の五八千子だね。あの神々しさとといったら、思わず身震いしてしまったよ」
カトリーヌは自分の手柄だといわんばかりに胸を張り、普賢慈母光子と御園小路夢天華は五八千子を労う。
「カトリーヌ様と普賢慈母光子様の助力のおかげです。本当にありがとうございました。夢天華さんもよくカミヒトさんを連れてきて下さいました」
「そういえばアイツはどこにいるのよ?」
キョロキョロとカミヒトを探すカトリーヌだったが、近くにその姿はなかった。
「クロイモちゃんもいないですね? どこにいっちゃったんだろう?」
「まさか……異界が崩壊したときに次元の狭間に迷い込んでしまったのですか?」
夢天華が普賢慈母光子に心配そうに視線を送る。
「そういうことも極稀にあるけど、その心配はないわ」
光子が指さした地面には黒い影があった。その影が盛り上がったかと思うと、そこからオシラキマンがカミヒトと冷華を抱えて飛び出してきた。
「カミヒトさん! クロイモちゃん!」
「……気を失っているようですが、カミヒトさんは大丈夫なのですか?」
五八千子が心配そうに尋ねる。オシラキマンに地面に寝かされたカミヒトは外傷こそないものの、起きる気配は全く無い。昏睡しているような状態に五八千子達の顔に影がさした。
「なに、疲労で意識を失っているだけだよ。心配はいらない。一番の眷属である私が言うんだから間違いない」
その言葉にカトリーヌを除いてみなホッととした表情になった。
「なによ。疲れて気を失うなんてよわっちいわね。私はこいつに言いたいことがあるのに」
カトリーヌが不満げに唇を尖らせると、光子がたしなめるように口を開いた。
「お嬢さん。あなたは知らないだろうけど、カミヒトさんはここに来る前にとてつもなく強い敵と戦っていたのよ。こんな状態になるのも無理ないわ」
「光子様の言う通りだよ、チャーミングな金髪のお嬢さん。私など震えて近づくこともできなかったんだから」
「カトリーヌ様、カミヒトさんは“呪縛”や白巫女よりも遥かに強大な敵と相対し勝利したのです。決して弱くはありません。とてもお強い方です」
「カトリーヌ様。私もイヤチコの意見に同意します」
「あなたには助けていただきましたけど、そんな言い方はよくありませんよ」
「カトリーヌさん、カミヒトさんはすっごく頑張ったんですよ!」
何気ない調子でいつものように軽口を叩いたカトリーヌであったが、それに対する皆の反応が厳しいことに珍しくたじろいだ。
「な、なによう……みんなして。アリエまで……」
バツが悪いのかカトリーヌはわざとらしく咳払いをして、冷華を指さし強引に話題を変えた。
「それより、問題は小娘よ! アリエ!」
「はっ」
アリエは死人のように横たわる冷華の体を調べ始めた。
「脈拍、呼吸とも異常なしです。瞳孔も対光反射があります。死んではいません」
その言葉に、破魔子たちは胸を撫で下ろした。
「冷華さんも元に戻ったのですね。白巫女の人柱に自らなったときはどうなることかと思いましたが、安心しました」
「冷華さん、たぶん自分から白巫女の生贄になったよね? なんでだろう……」
「……そうだね。目が覚めたら聞いてみようか。話してくれたらいいんだけど」
「冷華さん、何かあったのかな……」
「冷華氏の胸元にある白い四角い物はなんなんだろうね? 埋まっているみたいだけど」
冷華を囲んで彼女の心配をする中、カトリーヌは白巫女の人柱となった少女に近づくと、しゃがんで胸元にある分霊匣に手を置いた。そしてそれを掴むと力任せに引っ張った。
「ちょっと!? 何してるんですか!? 埋まってるんですよ! 無理矢理引っ張たらダメですよ!」
破魔子の抗議も気にせず聖女は分霊匣を冷華からもぎ取ろうとした。しかし顔を真赤にして、終いには両手まで使っても分霊匣はびくともしなかった。
「か、カトリーヌ様、一体どうしたのですか? その白い物がどうかされたのですか?」
「イヤチコ、あれは分霊匣と呼ばれる白霊貴族の魂の半分みたいなものです。白巫女に限って言えば、白巫女そのものかもしれませんね」
「え……ということはそれが抜けないと冷華さんはまた白巫女になるかもしれないってこと?」
「その可能性は高いです」
破魔子、五八千子、天女は驚いて分霊匣に視線を送る。その表情は曇って不安気になった。
「……取れないわね」
カトリーヌが諦めて立ち上がる。
「冷華さん、どうなるんでしょうか?」
天女が尋ねた。その顔から本当に冷華のことを心配していることが窺われた。恨むことも憎むことも知らない心優しい妖怪の美少女は、邪険に扱われたとしても心からその人物を心配するのだ。
「魔力が回復してから分離なり封印なり試してみるわ。今日はもう魔力がすっからかんだから明日以降になるわね」
「それでも無理ならどうなるのかしら?」
「この小娘を殺すしかないわね」
破魔子はぎょっとした。たとえ苦手な相手であっても死んでもいいなどと思ったこともなく、殺されるなどという結末は受け入れられなかった。
「穏やかじゃないね……」
「う、嘘ですよね? そうだ! きっと外科手術で取れますよ! ね、五八千子ちゃん!」
「……恐らく無理だと思う。冷華さんと白巫女は魂同士でつながっているだろうから」
「で、でも!」
「カミヒトさんならどうにかできるんじゃないですか!?」
天女は冷華のとなりで横たわるカミヒトを見た。全員の視線がカミヒトに向く。
「ま、確かにこいつならどうにかできるかもね。ただ私でもカミヒトでも無理なら覚悟なさい。あんた達も白霊貴族の恐ろしさを分かっているでしょう? その分霊匣が憑いている限り、小娘と白霊貴族は一心同体なのよ。生かしておく理由はないわ」
「あ、アリエさん……」
「私もカトリーヌ様の意見に賛成です」
すがるような思いでアリエに助け舟を出してもらおうとした破魔子であったが、その答えは彼女が期待したものではなかった。アリエはバツが悪いのか破魔子から顔を背けた。
「とにかく! もう疲れたから帰るわよ! あー、美味しいご飯をたらふく食べて、あったかい布団で寝たいわあ……」
「そうね。とりあえず魔境神社に帰りましょう。みんなも疲れたでしょう? お嬢さん、助けてもらったお礼に精一杯歓待するわね」
「ふふん。話が分かるじゃない」
上機嫌な聖女とは裏腹に破魔子は思案気な表情をしていた。天女は心配そうに冷華に寄り添い、アリエも複雑そうにしていた。それぞれ思うところがあったが五八千子だけは冷華が殺されるとは全く思わなかった。否、白巫女がこのまま消えるはずがないという確信があった。
きっと白巫女――エルフィエイトエムフィエイトは再び自分達の目の前に現れる。それも敵としてではない。
なぜなら彼女が見た予知夢の5人の絢爛乙女達、その最後の一人が白巫女だったから。
五八千子は冷華の分霊匣にじっと視線を注いだ。
某県のとある古びたアパートの一室。
狭いワンルームの色褪せた畳に独り横たわる幼い少女がいた。少女の目は虚ろで体はやせ細っており、傷や痣が多くあった。普通の家庭に生まれていたなら、きっとGWは親とどこかへ出かけていたか、友達と遊んでいただろう。
少女はいまにも死にそうだった。後少しで潰える命。生を受けて10年と経たない内に、幼い少女の短い生涯は幕を下ろそうとしていた。
そんな少女の前に真っ黒な人影が佇んでいた。それはやせ細った少女より少しだけ大きく、縮れた髪は地に触れるほど長い。その風貌は少女の命を獲りに来た死神のようでもあった。
少女が力なく口を開いた。
「あーあ、もう少しだったのに……」
目の前の人影が見えているのかいないのか、誰に言うとでもなくポツリと呟く。
「せっかく“穢婆”が蘇ったと思ったら、どこの馬の骨ともわからない奴に倒されちゃうだなんて。“呪縛”もやられちゃったし、厳しくなったなあ……」
少女は細い腕で体を動かし仰向けに寝返ると、ぼんやりと傘のついた古い蛍光ランプを見つめた。
「残り3体で何とかしないと。“呪縛”がいなくなったから、零源本来の力が使えるようになっちゃったし、“穢婆”を浄化した男の詳細も不明。分かっているのは相当位の高い神だということだけ。前途多難ね……」
少女は小さく灯る橙色の電球に手を伸ばした。
「でも悪いことばかりじゃなかったよね。未知の邪悪な力の存在が知れたのは僥倖だったわ。ケガレとすごく相性が良かった。白巫女かあ……。死んでないなら、また会いたいな」
伸ばした手がパタリと下がった。少女には腕を支えるだけの力も残っていなかった。
「絶対に諦めない。必ず私達の望みは成就させる。そのためには更なる力が必要だわ。また不幸な場所へ転生したかったけど、そうも言ってられないわね」
少女の目は閉じかけていた。最後の力を振り絞り影の方を見る。
「ここが正念場ね。私はしばらくしたら転生するけど、引き続きよろしくね。マガツマさん」
少女の目は完全に閉じ、息を引き取った。人影は少女の最後を見届けるとその場から消えた。
――橋本りんどう、享年7歳。死因、虐待による衰弱死――
少女の骸を親が発見するのは今から3日後である。




