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第75話 決着②

“呪縛”の鋭い爪が、天女あまめを切り裂こうと迫る。すでに力を使い果たし動けない彼女には避ける術もなかった。


「天女ちゃん、逃げて!」


 破魔子はまこが叫び弓を引き絞るが、この距離では間に合わない。アリエの反射神経が地を蹴ろと命令を出すが、すでに“呪縛”の爪の切っ先は天女の顔の数センチ前まで迫っていた。五八千子いやちこは咄嗟のことに体を動かすことができず、ただ天女に迫りくる鎌のような爪を見つめることしかできなかった。


 天女が体を強張らせ強く目を閉じる。 鋭利な爪が彼女の喉元を切り裂こうとした。


「天女ちゃん!」

「アマメ!」

「天女ちゃん!」


 破魔子はまこ、アリエ、五八千子いやちこの悲鳴が重なる。だがその爪が届く寸前、天女の姿が忽然として消えた。


 五八千子の目に映るのは空を切る“呪縛”の攻撃だけ。その対象となった天女が消えたことに誰もが理解できていない様子だった。3人は天女がどこにいったか頭を振って視線を彷徨わせる。


 彼女達の後ろで何かがざっと降り立つ音がした。同時に後ろを振り向けば真っ黒な燕尾服を着た異質な男が、天女をお姫様のように大切に抱きかかえていた。


 三人の乙女は瞬時に武器を構え、その正体不明の闖入者へ鋭い視線を突き刺した。


「天女を離しなさい!」


 アリエが鋭く制止する。腕の中の天女あまめが小さく呟いた。


「クロイモちゃん……?」


 燕尾服の真っ黒な男は嬉しそうな雰囲気で天女に微笑みかけた。


「そうです! クロイモです! お分かりになりましたか。ムッシュとレディのおかげで、こんなに大きく育つことができました」


「え……!?」


 男の声はどこまでも紳士的だった。3人はかつての不気味な幼虫の姿とは似ても似つかぬその変貌に言葉を失って見入っていた。ただ天女だけが感心したように彼を見て、微笑み返した。


 男はゆっくり天女を下ろすと一歩下がり、片手を胸に当て恭しくお辞儀した。


「これがあの気色の悪いイモムシの成長した姿ですか……」


「カミヒトさんのコシラキ様は、ひいお祖母様と同じ人型なんですね……」


「天女ちゃんが無事でほっとしました」


 三者三様の驚きの中、天女は小さく微笑む。


「クロイモちゃん、ありがとう。立派になったねえ」


「なに、礼には及ばないよレディ。それから私は成人し、新しい名をムッシュより賜った。これからはオシラキマンと呼んでいただければと」


 オシラキマンは厳かに片膝をついてかしづいた。


「クロイモちゃんのほうが可愛いですよ」


「ムッシュより賜った大切な名です」


「クロイモちゃんはクロイモちゃんですよ」


「OH! 成人した私には幼名で呼ばれるといささか気恥ずかしいものがあります。しかし恩人であるレディの望みとあれば、甘んじて受け入れましょう」


 場違いなほど穏やかな空気を、アリエの緊迫した声が切り裂いた。


「おしゃべりはそこまでです! 来ますよ!」


“呪縛”が再びどす黒い呪いの波を逆立たせ、彼女たちを飲み込もうとする。轟々と音を立て迫りくる波に4人の体は硬直した。五八千子いやちこは先程の精神を蝕む攻撃が堪えたのか怯んだ様子だ。程度の差こそあれ、他の3人も同様であった。


 だがオシラキマンは動じず四人の肩を引き寄せると、空間を跳び越えるような移動術を見せた。瞬き一つの間に、彼女たちは“呪縛”の真後ろへと逃れていた。


「どうやらこの結界の中では、私の移動術が使えるようだね」


 驚く三人だが、アリエだけはこの機を見逃さず素早く地を駆け、呪縛”の背中を深く斬りつける。続けて反撃を許さぬほどの鬼気迫る連撃を浴びせた。


「ッ……!?」


千射万箭せんしゃばんせん!」


閃緑せんりょく!」


 やや遅れて破魔子の矢と、五八千子いやちこの斬撃が重なる。その攻撃は深く“呪縛”に届き、甚大なダメージを負わせた。3人は確かな手応えを感じた。このまま追撃を加えようとしたが、“呪縛”に異変が起こった。


 背中の傷から人型の影が生まれうめき声を上げた。次々と影の呪いが“呪縛”から湧き上がり、それらが連なって一つの異形の化け物となった。その勢いは増すばかりで五八千子の結界を覆い尽くさんとするほど膨れ上がった。


 五八千子は思わず後ずさる。忌まわしく醜悪なその姿は彼女の勇気に一筋のヒビを与えた。呪い達の叫びが耳朶を震わせ、心の奥に染み入っていく。心のヒビはどんどん広がり、恐怖が芽生えた。


 飲まれてはいけない……!


 そう思っても体が震えだし今にも背を向けて逃げ出したくなった。たった一体の呪いでもあれほど苦しかったのだ、もしアレらに一斉に襲われたらきっと身も心も完全に崩壊する……


「ふぅ。いよいよ大詰めって感じだね」


「ええ。“呪縛”の最後の大技でしょう。あれを打ち破れば私達の勝ちです」


 破魔子とアリエは優しく五八千子の肩に手をおいた。


「破魔子ちゃん……アリエさん……」


「大丈夫。私達ならきっと勝てるよ!」


「カミヒト殿は見事に白巫女に勝利しました。次は私達の番です」


 力強い二人の眼差しに五八千子の中の恐怖が薄れていった。


「……うん、そうだね」


 五八千子いやちこは錆色の剣を真っ直ぐに構え、内なる神気を練り上げた。 自分には頼りになる仲間がいる。一人ではないという心強さが、弱気な心を打ち消した。


「“閃緑せんりょく”!」


 先陣を切ったのは五八千子だった。エメラルドの閃光が幾重にも放たれ、“呪縛”を切り刻む。 破魔子が大きく跳躍した。矢を構え渾身の乙女技を放つ。



「秘技! 流星“中紅花なかくれない”!」



 幾筋もの赤い閃光が“呪縛”に刺さった。溢れ出る呪いを次々に打ち抜いていく。五八千子も後に続く。二人の連撃が“呪縛”を削っていくが、夥しい“呪縛”の呪いは大波となって破魔子達に襲いかかった。


「まだまだあ!」


「はい!」


 限界まで力を振り絞る。二人の気迫は“呪縛”の人型呪いを押し返した。怨嗟の叫び声が一際大きくなる。より一層“呪縛”から影たちが溢れ出す。血の涙を流す呪い達は破魔子達を道連れにせんと手を伸ばした。


「見事です。ハマコ、イヤチコ」


“呪縛”の懐に潜り込んだアリエが青色に輝く剣を構える。飲み込まる寸前に一筋の青い斬撃が煌めいた。



蒼極一閃そうきょくいっせん “陽”!!」



 横薙ぎに走ったアリエの一撃は“呪縛”を真っ二つにする。“呪縛”の体は土塊つちくれのようにボロボロと崩れていき、呪い達から悲嘆の声が漏れた。


「アア……無念……」


“呪縛”の虚ろな目は虚空を見つめた。地面に落ちた体は溶けて闇に消え去った。


「はあはあ……」


「やったあ!」


「3人とも、すごいです!」


「さすがレディ達だ! グッジョブ!」


“呪縛”が消え去った場所を信じられない様子で五八千子は見つめた。


「……終わった?」


 生まれたときから自身を蝕む呪い。ずっと零源の巫女達を短命に終わらせてきた強力な怨念。自分も巫女だからと諦めていた宿命が終わった……。


「ヤチコちゃん?」


 五八千子は呆然としていた。いつの間にか涙が頬を伝っていた。胸には様々な感情が渦巻いていたが、それが何なのかよくわからなかった。


 破魔子が微笑み、アリエが優しい眼差しで見つめ、天女あまめが涙ぐんでいる。3人が五八千子の下へゆっくり歩んできた。



 ――オマエ、ダケデモ……道連レニ……



 五八千子の耳元で憎悪にまみれた声がした。振り向くまもなく“呪縛”に取り込まれる。


「ヤチコちゃん!?」


「くっ……! こんな単純な手に……」


「五八千子ちゃん!」


 3人は駆け寄るがい五八千子の全身を覆った“呪縛”に手を出せなかった。もがく五八千子に焦燥感を募らせるしかできない。


“呪縛”は死んだと思わせて五八千子に忍び寄っていた。最後の力で憎き零源の巫女を殺すために。


 五八千子は息ができずバタバタとあがいていたが、やがて意識がなくなった。










 気がつけば粘りつく不快な感触を全身に感じた。目を開けるとそこは底なしに暗い深海のようであった。呪いの深淵。“呪縛”の中に囚われた。そう認識したとき全身に怖気が走った。五八千子いやちこは肩を抱き真っ青になると、真下から呻くような嘆くような声が聞こえてきた。


「……っ!」


 仄暗い水底から十字の瞳を持つ無数の顔が、五八千子を貪ろうと現れる。


 彼女はそれらから逃れようと必死に手足を搔く。呪いのせいで病弱だったためろくに泳いだことがなかったが、不格好ながらも粘り気のある液体を掻き分けて上を目指した。だが粘土の高い水は五八千子の進行を阻む。


 それどころか水が下へ下へと流れ、彼女を捕らえようとする呪い達の方へ押し込む。息ができない苦しみの中、必死に上へと目指すが、どんどん下へ沈んでいく。


 呪いの影達はすぐそこにいる。先頭の影の手が五八千子の足に触れた。


 もう駄目だ……そう思ったとき、錆色の剣は彼女を包み込むように輝いた。エメラルドの光が結界のように断絶した空間を作り出し、呪い達を弾いた。


 五八千子はぎゅっと剣を抱える。遠い先祖が残してくれた宝剣に感謝する。そして元の場所に帰るために上を目指した。


「……え?」


 五八千子の耳が悲痛な女性の泣き声をとらえた。それは周りの影達が出す慟哭ではなく、どこか遠い所から聞こえた気がした。


 ……帰らなきゃ


 そう思いつつも動きが自然に止まった。耳を澄ます。どうやらその泣き声は水底の奥深くから聞こえてくるようで、五八千子はそれが気になって仕方なかった。


 下へ降るということは、“呪縛”の中心へ向かうということだ。それは自殺行為に等しい。自分は破魔子達の下へ帰らなければいけない。それでも零源の巫女としての直感が行かねばならないといっている。


 五八千子いやちこは少し逡巡したあと、意を決して勘に従うことにした。自身を蝕んでいた呪いの中心へ自ら向かうなど考えられないことであったが、零源の巫女の勘に従って失敗したことはない。


 体を半回転させ、今度は下へと潜っていく。次から次に呪いが湧いてきたが錆色の剣が作り出す結界がそれらを遠ざけてくれた。深く潜るほどに闇が深くなる。冷たさや禍々しさがより濃く強くなってくる。懸命に呪いの海を掻き分け、下へ下へと進んだ。

 しばらくすると手が何かに触れた。エメラルドの光が照らすそれは漆黒の水晶だった。五八千子はその水晶の中に何かの映像が写っているのを認めた。そっと中を除いてみると、そこには着物を着た一人の女性がうずくまって泣いていた。


 五八千子は吸い寄せられるようにその水晶を両手で包みこんだ。 次の瞬間、意識が反転し水晶の中に取り込まれたのか、すぐ前にあの女性がいた。肩を震わせ苦しそうなうめき声を上げて涙を流している。その哀れな姿に五八千子は自然と体が動き、女性の背中に優しく手をおいた。


「……っ!?」


 頭にモノクロの記憶が雪崩のように流れ込んでくる。“堕ちた神”が呪いの神となる前の遥か昔の記憶。それはおぞましい負の記憶だけではなかった。 かつてその存在が「神」として敬われ、慈しみと誇りに満ちていた時代の情景。豊かな森の静寂、清らかなせせらぎ、そして人々の祈りに微笑み返していた穏やかな日々。しかし――


「……そう、だったんですね」


 女性――かつての慈愛の神の慟哭に触れた五八千子の心に、新たなそして揺るぎない覚悟が宿る。 それは、ただ敵を打ち倒そうとする闘志ではない。この底なしの絶望から、彼女を救い出したいという切なる願いだった。


 五八千子が抱きしめていた錆色の剣が、その覚悟に応えるように神聖なエメラルドの輝きを爆発させた。闇を力強く跳ね返し、五八千子の意識は現実の戦場へと舞い戻る。








「ヤチコちゃん!? 無事だったんだ……ね……?」


 破魔子は突然、“呪縛”が吹き飛んだかと思えば、神と見紛うほどの神気を湛えた五八千子に思わず平伏しそうになった。煌々と輝く剣を握り、光を纏って凛として立つ彼女の姿に、誰もが言葉を失い圧倒された。


「イヤチコ……?」


「五八千子ちゃん……なんですか?」


 アリエも天女も驚きながらも一種の畏敬の念を込めた目を五八千子に向けた。神々しい乙女は3人に静かに頷いて見せた。五八千子の少し先には、最後の力を振り絞って実体化を保とうとする“呪縛”が、地面を掻きむしりながら恨みの呪詛を吐いている。


「レイゲン……! ソノ、チカラハ……!」


「“呪縛”、これで終わりにしましょう」


 五八千子は一歩、また一歩と、“呪縛”へと歩み寄った。


「その悲しい記憶たちは、あなたがずっと胸に抱えていたものなのですね……」


 慈愛に満ちた五八千子の眼差しが、“呪縛”の負の感情を鋭く貫く。その憐憫の表情に、“呪縛”は憎悪をむき出しにした。


「レイゲン! オ前達ハ、許サナイ……ッ!」


 強く憎みながらも“呪縛”は後ずさった。五八千子が錆色の剣を掲げた。


神碧緑真剣しんぺきりょくしんけん


 錆色だった剣は深く美しい緑色の刀身へと変じた。“呪縛”の顔に初めて怯えの表情が見えた。地面を這いずり逃げようとするが死に体の“呪縛”にはそれも難しかった。


「私があなたを救ってみせます。さようなら、“呪縛”。いいえ――“穢婆えば”」


「レイ、ゲン……!!!」


 一閃。 振り下ろされた剣の軌跡から溢れ出した聖なる輝きは、“呪縛”ごと異界全体を切り裂いた。剣の軌跡が一直線に伸びると、暗闇が2つに裂かれた。


 隙間から光が漏れ出す。おぞましい呪いの重圧が薄くなっていく。呪界全体が音を立て崩れていく。それは“呪縛”の最後の嘆きのようであった。


 ああ……


 崩壊する“呪縛”の異界を見つめる目には涙が溢れていた。今度こそ零源の巫女の呪われた宿命が終わるのだ……。


 闇が完全に晴れると彼女たちの足元には元の瓦礫に覆われたオオキミ山の光景が戻っていた。 いつの間にか降り続いていた雨はやみ、分厚い雲の隙間から、祝福のような黄金色の陽光が差し込んでいた。


 五八千子は独り、静かに目を閉じて呟いた。


「どうか安らかに」

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