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第74話 決着①

「“閃緑せんりょく”!」


五八千子いやちこが錆色の剣を振り払うと、切っ先からエメラルドグリーンの斬撃が迸った。それは迫りくる狼の影を両断し霧散させた。しかし、息つく暇もなく四方八方から新たな獣型の呪いが雪崩のように押し寄せる。


「数が……多すぎます!」


「怯んじゃだめ! これくらい、今の私達なら余裕だよ! “千射万箭せんしゃばんせん”!」


破魔子が空に向けて矢を放つと、それは無数の光の雨となって降り注ぎ、群がる呪いを次々と撃ち落とした。


「みんな、固まって! バラバラにならないで戦うよ! アリエさん、いくよ!」


破魔子は矢に陽の氣を込めてアリエに照準を定める。


「了解!」


「陽氣付与! “深緋こきあけ”!」


赤い光の矢がアリエの中に染み込む。全身に破魔子の陽の氣が巡り、アリエは自身の剣に陽の氣を纏わせた。四人は互いに背中を預け合い、死角ができない陣形を取る。


「来ます!」


黒い影の呪いが四方から4人に襲いかかった。


「はぁっ!」


破魔子は矢を構え視界に入る全ての呪いを高速連射で打ち払う。天女の纏う神正氣は呪いを物ともせず、力任せに殴り影のような動物たちを浄化していった。アリエは流れるような剣舞で敵を切り裂いていく。3人が“呪縛”の攻撃を捌いていく一方で、五八千子は慣れない武器に翻弄されていた。剣を振り回すが重心が定まらず、その軌道は単純で危なっかしい。


「んっ……!」


「イヤチコ、剣を握る手に力を入れすぎです! もっと手首を柔らかく、剣の重さを利用して流すのです!」


剣の達人であるアリエが五八千子の背後に回り彼女の手を取って剣の振り方を教える。


「は、はいっ! こうですか!?」


アリエの補助を受けながら五八千子は剣を振るう。拙いながらもその一振り一振りは呪いを少しづつだが、確実に葬っていった。アリエは五八千子から離れ自分の持ち場に戻る。慣れない剣を必死に振るう五八千子は隙だらけだった。


“呪縛”はそれを見逃さない。


「シネ、レイゲン」


獣の群れに紛れ、“呪縛”が五八千子の喉元へ鋭い爪を伸ばす。


「させません!」


天女が横からナックルグローブで“呪縛”の爪を受け止めた。“呪縛”の爪は天女の体から放たれる黄金のオーラに触れた瞬間、焼け焦げた。カミヒトに近しい神聖なオーラを持つ天女の力は、ケガレの塊である“呪縛”にとって猛毒に等しい。


“呪縛”は鬼のような形相で天女を睨みつけ、大きく後ろに跳んだ。


「忌々シイ……!」


天敵が二人も増えたことに焦りを覚えたのか、“呪縛”の全身からどす黒い液体が溢れ出した。高濃度の呪いは動物型の呪いを飲み込むと、瞬く間に巨大な波となり、五八千子達を飲み込まんと鎌首をもたげた。


「くっ……!」


黒い大波が五八千子達を襲った。波は粘液のようにドロドロしていて体中に纏わりつき彼女達の自由を奪う。粘液を振り払おうと藻掻くが動けば動くほど体に絡みつき余計に身動きが取れなくなる。


五八千子いやちこは錆色の剣を持った右手に痛みを感じた。この強く握られているような圧力が錆色の剣を奪おうとしているのではないかと思った。必死に離すまいと剣を強く握る。


右手の手首を握っている圧がだんだん形をなして、それが人の手であるとはっきりわかった。そして目の前の粘液のような黒い液体が収縮して人の形になった。


真っ黒な人影は五八千子の左手も掴むと、ぐいと彼女にのっぺらぼうな顔を寄せた。影のような顔の目がゆっくりと開く。爬虫類のような細長い瞳孔が2つ縦と横にクロスしていた。


「……っ!」


その瞳を見た瞬間、五八千子の頭に何かの映像が浮かんできた。遠くで血を流しているぐったりした子供を抱いた母親らしき女性が泣いていた。格好を見るにかなり昔の時代のようだ。


映像が徐々に女性に近づいていき、手に届きそうなまでになったとき五八千子の胸に激しい悲しみと憎しみが流れ込んできた。まるで自分自身がこの女性になったかのようなリアルな感情に五八千子は思わず嗚咽を上げた。


これが“呪縛”の精神攻撃であることは間違いないが、この記憶が作り物とは思われなかった。激しい胸の痛みに耐えながら他の三人の様子を窺うと、彼女達も同様に人影に襲われていた。


「いやぁ……やめてぇ……!」


「くっ……こんなものに……!」


「う……うぅ……」


精神を蝕む攻撃に、破魔子たちが苦悶の声を上げる。五八千子は錆色の剣を振るおうとするが、抑えられてピクリとも動かない。苦痛は更に増す。強い負の感情が五八千子を苦しめる。破魔子達を気遣う余裕もない。それでも右手の剣だけは絶対に離そうとしなかった。


ぎゅっと目をつむり耐えていると五八千子は両腕に重みを感じた。そっと目を開けるとそこには惨たらしい傷のある子供が絶命していた。


「いやああ!」


五八千子の叫びが響く。胸が張り裂けそうなほどの悲しみに何も考えられなくなった。


「もうやめて!」


五八千子は錆色の剣を手放し頭を抱えてうずくまりたくなった。もう耐えられない。右手の握力が緩んだそのとき、まぶた越しに強い金色の光を感じた。



「必殺! “金光きんこうおきよめしょう”!!」



天女あまめの力強い声が響く。爆発的な黄金の衝撃波は黒い波を内側から吹き飛ばし、影たちを消滅させた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


黒い波が晴れ視界が開けと天女の後ろ姿が見えた。手のひらを突き出した格好のまま肩で息をしている。天女の乙女技が“呪縛”の呪いの波を打ち消したのだ。全ての力を使い果たした天女はその場に膝をつき、動けなくなった。


五八千子の胸にあった膨大な悲しみがきれいに霧散した。体全体に強い脱力感を覚え、深く息を吐く。天女にお礼を言おうとしたとき、彼女の前には“呪縛”がいた。


「死ネ!」


「天女ちゃん!」








僕は片膝をついて白巫女と対峙していた。 五八千子ちゃんのおかげで一対一の状況を作れたが、思った以上に体力も精神も消耗しているようだ。


「はぁ……はぁ……」


片膝を地面につき、荒い息を吐く。強い疲労感を覚える。限界は近い。これは長々と戦っていられないな。早急に決着をつけなければいけない。


だがその前に、白巫女にどうしても聞いておかなければならないことがあった。


「あなたは……白霊貴族はくりょうきぞくですよね?」


「……だったらなに?」


白巫女は真っ赤な瞳で僕を睨みつける。その容姿、雰囲気、その身に纏う冥氣。間違いない、異世界で戦った白霊貴族だ。


「異世界にいるはずのあなたが、なぜ日本ここにいるのですか?」


「知らない。エルフィは生まれたときからずっとここにいる」


「生まれたときから?」


生まれたときから日本にいる? そんな馬鹿な。


「お前はなぜ白霊貴族を知っているの? お母様はどこにいる!」


「お母様?」


「そう、お母様。エルフィが強くなったら迎えに来てくれるの。だからいっぱい食べてエルフィは強くなるの」


「あなたのお母さんに心当たりはありませんが、北の公爵を名乗るゼクターフォクターという白霊貴族は知っていますよ」


「そんな奴知らない!」


「お母様について詳しく教えてもらっても?」


「もうお前に話すことは何もない! お前はここで殺す。そうすればきっとお母様は喜んでくれる!」


白霊貴族の少女は殺気を漲らせて僕を睨むが足元がおぼつかない。どうやら彼女も限界に近いようだ。


白巫女の背中から生える鎖が獲物を狙う蛇の様にユラユラと蠢く。鎖に大量の冥氣が集うと僕の体はブルリと震えた。気温が一段と下がった気がする。


鎖が螺旋に絡みあいジャラジャラと音を立てる。太くなった鎖はとんでもないほどの圧力を放っていた。白巫女もこれで終わりにするつもりだろう。


「オシラキマン」


「わかっているよ、ムッシュ。私に任せ給え」


僕は頷くと右手に持った鉄球にありったけの神正氣を込めた。鉄球は僕の神正氣を吸い上げると大きく重くなっていき、元の十倍以上の大きさとなった。更に真っ黒だったモーニングスターは財宝のようにキラキラと高貴な輝きを放つ黄金色になる。


一方、白巫女の一本となった鎖は形を変えて巨大な大蛇となった。白巫女と同じく真っ赤な目に牙がいくつも生えた口腔。メタリックな大蛇はハクダ様とは全く違っていて、魔物のような恐ろしい風貌だった。


「品がないね」


僕の首元でハクダ様がボソリと言った。僕には品の有無はよく分からないが強そうであることは間違いない。ここは確実に勝つためにもう一工夫加えるか。


僕は左手に持った棒を両手で持ち鉄球を頭上にくるくると回した。勢いづいた鉄球にさらに力を加えるため、体全体で回り始めた。見様見真似でハンマー投げに挑戦だ。大丈夫、素人だけれどハクダ様の力できっと当たるはずだ。


空気を切り轟々と唸りを上げる鉄球。遠心力は極限まで高まった。白巫女が叫んだ。



はく めい 大 蛇(おろち)!!」



白霊貴族の少女が操る鎖の大蛇が大口を開けて迫りくる。 僕は回転の勢いを乗せ、黄金のモーニングスターを解き放った。喰らえ!



「ゴールデン・オシラキショット!!」



黄金の鉄球と鎖の大蛇が激突する。激しい衝撃波が発生した。鉄球と大蛇は拮抗している。力は互角。僕はこの勢いを殺さないために棒と鉄球をつなぐ鎖を硬化させた。そのまま渾身の力で押し込む。


「ふん!」


今にも倒れそうな強い疲労感を抑えて、僕は持てる力を全て出して鉄球を押した。視界が明滅する。筋肉が悲鳴を上げる。それでも僕は限界を超えて踏ん張った。


ピシリと鎖の大蛇にヒビが入った。一つ、また一つと小さなヒビができ、それらが蜘蛛巣状に広がる。対する鉄球は煌々と金色に光り、傷一つない。


「……っ!?」


白巫女が驚愕に目を見開く。僕は最後の力を振り絞り鉄球を押し込んだ。


「はあっ!!」


鎖の大蛇は頭から胴体へとガラス細工のように粉々に砕け散っていく。砕けた鎖の破片を弾き飛ばしながら、黄金の鉄球は突き進む。大蛇を打ち砕いた鉄球は白巫女を捉えた。守るものがなくなった白霊貴族はくりょうきぞくの少女は両手を突き出す。

「ぐっ……!?」


白巫女の手が鉄球に触れると金色の火花が散った。神正氣に触れた彼女の手が徐々に霧のようになって宙に溶けていく。


「エルフィ、まけ、ない……もん!」


手首まで消失し、肘までなくなっても白巫女は諦めていない。


「お、かあ、様に……会うの……」


上腕部がサラサラと溶けていく。彼女の願いも虚しく腕が完全になくなると黄金の鉄球は白巫女に直撃した。今までで一番の感触が手に伝わる。快音が響くと同時に黄金の閃光が強烈に闇の異界を照らした。


白巫女の体がポロポロと崩れていく。下半身が消え上半身だけとなった体は地面にゆっくり落ちていく。


「ああ……お母……様……」


光の中で、少女の最後の嘆きが漏れ聞こえた。白巫女は天を仰ぎ、その目には雫が弱々しく光っていたが、やがて全て霧となって消えた。


光が収まり土煙が晴れると、そこには気を失って地に伏している一人の少女がいた。 白霊貴族特有の白い肌や赤い目は消え、見覚えのある黒髪の少女がいた。


「……彼女は」


鷹司君の妹、冷華れいかさんだ。一度だけ会ったことがあるが、なぜ彼女が白巫女の代わりに現れたのだろう? いや、彼女は白霊貴族の人柱にされていたのではないか? 経緯は分からないけど冷華さんの鎖骨の真ん中の少し下にある白い立方体は、分魂匣キューブと呼ばれる白霊貴族の魂の片割れで間違いない。


「……」


全ての力を出し切った僕は、糸が切れたようにその場にへたり込んだ。頭が回らない。冷華さんの安否を確認したいが、それすらもできないほど消耗している。


ボワン、と手元のモーニングスターが煙を上げ、紳士姿のオシラキマンに戻った。


「やったね、ムッシュ。ナイスファイトだったよ」


オシラキマンは帽子を直しながら労ってくれた。僕と違い彼はまだ元気そうだ。


「オシラキマン……」


冷華さんを見てほしい。そう言う前にオシラキマンは鋭い視線を五八千子いやちこちゃん達の方へと向けた。


「ムッシュ! レディがピンチだ! 少しばかりここを離れるよ!」


彼はそう言って、疲労など微塵も感じさせない身のこなしで颯爽と駆け出した。オシラキマンの背中がぼやける。僕はその場に倒れた。


天女ちゃんを頼んだよ……

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