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第73話 翠葉の乙女

 光が収束していく。そこに立っていたのは、あの虚弱な少女ではなかった。


 真っ暗な闇に佇む瑞々しいエメラルド色に輝く五八千子いやちこちゃんが凛として立っていた。その衣装は例に漏れずアイドルチックな和服であったが、ミニスカートで現代風の破魔子ちゃんとは違い楚々としながらもレトロでハイカラなものだった。

 

 鮮やかな若草色と白で彩られた矢絣やがすり模様の着物に、深い森のような深緑ふかみどりはかまを合わせている。その上には、純白のフリル付きエプロン。背中で紐を大きなリボン結びにしたそのエプロンは、働く女性の活発さと、アイドルとしての可憐さを絶妙なバランスで融合させている。


 足元は艶のある黒の編み上げブーツでしっかりと大地を踏みしめ、頭には緑色の大きなリボンが、これから飛び出す若々しい蝶のように止まっていた。両手には錆色の剣を抱えている。


 大正浪漫を思わせる風を纏った絢爛乙女がここに誕生した。本人は戸惑っているようだけれども。


 そして五八千子ちゃんの近くにいた他三名もついでに変身していた。天女あまめちゃんもやはり絢爛乙女となっていたようで、纏う力が段違いに上がっている。初めて見る彼女の衣装は非常に可愛らしい。腕のナックルグローブ以外は。


 そういえば彼女はクロイモちゃんがオシラキマンへと羽化したことを知らない。天女ちゃんはクロイモちゃんを可愛がっていたから、この紳士なオシラキマンを見てどのような反応をするだろうか。


 それにしても華やかな衣装を着た乙女たちが4人も揃っている様はなんとも可憐で花が咲き誇るようだ。一枚写真に収めたくなる。


「おい!」


 僕が彼女達に見惚れていると首に巻き付いているハクダ様が慌てたように声を荒らげた。ハクダ様の視線の先には“呪縛”がいた。“呪縛”は四人の乙女達に向かいすごいスピードで移動している。狙いは五八千子いやちこちゃんか。


 僕は右手の鉄球を投げようとしたが間に合わない。“呪縛”はすでに五八千子ちゃんの目前にまで迫っていた。


「くっ……!」


 僕はモーニングスターを投擲しようとしたが、そのとき五八千子ちゃんと目があった。力強い意志のこもった瞳に僕は投げるのを止めた。










「えっ……私、これは……?」


 五八千子いやちこは自分の手を見つめ、体に漲る未知の力に戸惑いの声を漏らした。“呪縛”の呪いが打ち消され体の苦痛がなくなり身が軽やかになっている。そしてその身に宿る力だけでなく、着ていた服も全く別物になっていた。


 昔のカフェの給仕のようなハイカラな衣装に身を包んでいる。彼女の周りでは同じく三人の少女たちもまた、絢爛乙女としての力を取り戻していた。


「ヤチコちゃん、その姿は……!」


「カミヒト殿のおかげで私達もまた変身できたのですね……」


「さすがカミヒトさん! これでまた戦えますよ!」


 破魔子はまこは五八千子の可愛らしい姿に歓喜し、アリエと天女は再び力を取り戻し闘志を燃やした。口々に喜びの声を上げるが、感傷に浸る時間は与えられなかった。


「レイ、ゲン!」


 耳障りな声と共に凄まじい殺気が五八千子いやちこを襲った。“呪縛”だ。少女の劇的な変化に危機感を覚えたのか、他の三人には目もくれず、一直線に五八千子へと突っ込んできた。


 遠くでカミヒトが鉄球を構えるのが見えたが、間に合わない。だが、五八千子は不思議と落ち着いていた。彼女はカミヒトと視線を合わせ、小さく頷いてみせた。


 彼女は直感していた。自分の中に芽生えたこの強大な力、そして手に握られたこの古びた錆色の剣。これらは全て、あの“堕ちた神”という存在を討ち滅ぼすためのものだと。


 五八千子は迫りくる黒い影を見据え、錆色の剣を振り抜いた。


「“閃緑せんりょく”!」


 自然に体が動いた。剣先からエメラルドグリーンの鮮烈な斬撃がほとばしる。それは闇を切り裂き、“呪縛”へとはしった。


「ッ!?」


“呪縛”は咄嗟に軌道を捻じ曲げ直撃を避けた。だが、その頬を掠めた斬撃の余波が、“呪縛”の体を構成するケガレを焼き焦がした。“呪縛”はその場に留まり、警戒を露わに五八千子に憎悪を飛ばした。


「ヤチコちゃん、かっこいい!」


「あの剣、錆びているように見えますが、すごい威力ですね」


「五八千子ちゃん、すごいです!」


 三人が五八千子を口々に称賛する。五八千子は錆色の剣を見つめた後、真剣な眼差しで仲間たちに視線を移した。


「みなさん、お願いがあります。私だけでは“呪縛”には勝てません。一緒に戦ってください」


 五八千子は頭を下げた。彼女の言葉に三人は力強く頷く。


「当たり前だよ! 四人で勝とう!」


「はい、喜んで助太刀いたします」


「私達ならきっと勝てますよ!」


 戦意が高まる中、天女あまめがふと思いついたように手を打った。


「そうだ! 五八千子ちゃんの乙女名おとめな、決めないといけないですよね! 私がかっこいい名前を考えちゃいますよ! えっーっと……」


「ストーップ!!!」


 破魔子は天女の言葉を遮り、慌てて彼女の口を抑えた。


「ヤチコちゃんの乙女名はリーダーである私が決めます! 天女ちゃんみたいに変な乙女名にはさせません!」


「むぐ……。変じゃないですよ。かわいいですよ」


 破魔子は天女の抗議を無視し、ビシッと五八千子を指さした。


「ヤチコちゃんの乙女名は、“ヤマト☆イヤチコ”です!」


「ヤマト……ですか?」


「そう! 大和撫子とかけているんです。お淑やかで凛としたヤチコちゃんにピッタリでしょう?」


 破魔子はドヤ顔で胸を張る。五八千子は少し目を丸くしたが、やがて柔らかく微笑んだ。


「ヤマト、イヤチコ……。素敵な名前ですね。わかりました。私は今日から絢爛乙女として、ヤマト☆イヤチコを名乗らせていただきます!」


 五八千子の乙女名が決まり破魔子がニヤリと笑った。


「よーし、それじゃあ全員揃ったところで、アレ、やりますか! みんな、整列!」


 破魔子の号令にアリエは少し顔をしかめた。


「やらないとダメですか?」


「当然です! 前口上は大事だとさんざん説明したじゃないですか」


 アリエは諦めたように破魔子の号令に従って彼女の左に並んだ。天女と五八千子も同様に4人が横一列に整列する。破魔子が一歩前に出て“呪縛”を指さした。


「人に仇名す魔のモノよ、今日があなたの命日です! 光の矢で魑魅魍魎ちみもうりょう悪鬼羅刹あっきらせつ天魔波旬てんまはじゅんを射つ! 真紅の乙女! リーダー、オンミョウ☆ハマコ!!」


 続いて、天女とアリエも一歩前へ出てポーズを決める。


「同じく、金剛の乙女! アームストロング☆アマメ!!」


「あ、青凪の乙女! プリティ☆アリエ!」


 そして最後に、五八千子が錆色の剣を胸の前で構え、はにかみながらも凛とした声で名乗りを上げた。


翠葉すいようの乙女……ヤマト☆イヤチコ!」


 破魔子が小声でせーのと呟いた。


「「「「退魔絢爛乙女団推参!!」」」」


 華やかな口上が闇の異界に響き渡る。“呪縛”は絢爛乙女達を前に憎々しげに顔を歪めた。


「アア……不愉快ダ……」


“呪縛”の体が墨汁のように溶け出し、周囲の闇へと拡散していく。“呪縛”は自身が作った呪界と完全に同化することができるので、気配を消して奇襲をかけるつもりだった。


 破魔子、アリエ、天女は消えた“呪縛”に身構える。しかし五八千子は冷静に自分がどうすべきか理解していた。錆色の剣を天に掲げ、五八千子は自身の内にある強大な神気を解き放ち乙女技を繰り出した。


「結聖“千歳緑ちとせみどり”!」


 彼女を中心に、目も眩むような緑色の光が爆発的に広がった。光はドーム状の巨大な結界となって異界の空間を侵食し呪界の効力を打ち消した。“呪縛”は四人の乙女たちと共にその内側へと閉じ込められた。


 五八千子いやちこは白巫女と“呪縛”を分断し、この結界の中で“呪縛”を確実に討ち果たすための檻を作り出したのだ。


「カミヒトさん! “呪縛”は私達が倒します!」


 五八千子は今まで出したこともない大声を上げる。自分でもこんな力強い声が出せるのかと驚いた。遠くでカミヒトが頷くのが見えた。


「“呪縛”。私達の因縁は今日ここで終わらせます!」


「アア……! 憎キ、レイゲン! 貴様タチガ、断絶スルマデ、コノ憎シミガ、消エルコトハナイ!」


 五八千子の結界により姿を隠せなくなった“呪縛”は殺気を迸らせ顔を大きく歪ませた。


「差し出がましいようですが、普賢慈母光子ふげんじぼみっし様とカトリーヌ様はお下がり下さい。ここは私達が」


「ええ、そうさせてもらうわね」


「なんだかよく分からないけどあんた達に任せるわ。それからイヤチコ、あんたは私に借りがあるんだからちゃんと返しなさいよ」


「はい。受けたご恩は必ずお返しします」


「約束よ! じゃ、私は離れるけど、あんた達死ぬんじゃないわよ」


「みんな、頑張ってね」


 カトリーヌは手に持った魔導書を開くと普賢慈母光子ごとその場から消えた。


“呪縛”が動物の型の呪いをばら撒く。結界を埋め尽くすほど大量の呪いは五八千子達に襲いかかった。


「来ますよ! 全員、気を引き締めなさい!」

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