第72話 カミヒトVS呪縛、白巫女②
霊威武装とは確かコシラキ様を武器化する菩薩院家の必殺技だったはずだ。破魔子ちゃんのコシラキ様であるキュウちゃんが和弓に変身するあれだ。
「つまり君が僕の武器に変身するってことだね?」
「そのとおりだよ、ムッシュ。話が早い」
「それで“呪縛”と白巫女に対抗できるかな? 両方一度に勝てなくてもいいんだ。少しだけ動きを止めたい」
「ムッシュと私の力が合わされば可能さ。任せ給えよ」
「どうすればいいのかな?」
「私を武器にしたいという思いを込めて霊威武装と叫べばいいよ」
特別な手続きはいらないんだな。なるほど、簡単でいい。よし、早速やってみよう。
「霊威武装!」
僕がそう叫ぶとオシラキマンは「オーケームッシュ!」と軽快な声を上げて宙に浮いた。彼はフィギュアスケート選手のようにくるくると高速回転し始め、眩い光を放ちながら形を変えていく。
さて、僕の武器はどんな風になるんだろう。こんな時だっていうのにちょっと楽しみだ。やっぱりかっこよくて扱いやすいのがいいな。敵は鎖やらビームやら遠距離攻撃が得意だ。こちらも距離を取って戦いたい。
破魔子ちゃんみたいな和弓は技術がいりそうだし、剣だと近づかなきゃいけない。ここはやっぱりボーガンとか欲を言えば銃がいいな。頼んだぞ、オシラキマン! 僕は変身を見守りながら強く念じた。
回転するオシラキマンが一際強く光ると視界が真っ白になり、ずっしりとした重みが僕の手に伝わった。左手には棒のようなものを握っている。左手はボーリング玉のような重みのある物体が乗っていた。光が晴れ、ついにオシラキマンの新たな姿が顕現する。
「…………」
僕の手に握られていたのは、銃でも剣でもなかった。
左手の短い棒は金属でできているようでひんやりと固い。右手のボーリング玉にはトゲトゲがついている。棒と鉄球は結束を固めるように鎖で繋がれていた。これはあれだ。いわゆるモーニングスターってやつだ。しかもフレイル型と呼ばれる、扱いが難しいやつだ。
「…………」
僕は手にある武器をマジマジと見つめる。オシラキマンと同じ色で真っ黒だ。色はどうでもいいんだけどなんだこのテクニカルな武器は。一旦目を瞑ってもう一度開けてもそこにあるのはモーニングスターだった。どっからどう見てもモーニングスターである。変えようのない現実だ。
「…………」
僕の霊威武装はモーニングスターで確定だ。物語の主人公が使っているところを見たことがない武器である。少なくとも僕は知らない。
なんだってこんな扱いにくそうな武器に……
「さあムッシュ! 存分に振るうがいい!」
モーニングスターとなったオシラキマンは意気揚々と僕の頭に語りかける。
「オシラキマン……」
「さあ、ムッシュ! 進化した私をあの邪悪なる者達に打ち付けるのだよ!」
白巫女の背中から鎖が生えてビュンビュンとこちらを狩ろうと殺気を放っている。仕方がない、使い方はよくわからないけど投げるしかないか。喰らえ! モーニングスター!
「そいや!」
僕はヤケクソ気味に鉄球を放り投げた。ヒュンと風を切って鉄球が飛んでいく。が、狙いは逸れ、白巫女の横を素通りしていった。
「あっ」
やっぱりだ。僕は球技が苦手なんだ。ドッジボールではいつも真っ先に当てられる側だったし、キャッチボールでもよくすっぽ抜けていたからな。
外した鉄球が白巫女の横を通り過ぎ、だからモーニングスターは嫌なんだと思った次の瞬間。
「っ!?」
なぜか通り過ぎたはずの鉄球が空中で軌道を変え、白巫女の後頭部にクリーンヒットした。
「えっ? 当たった?」
手元に伝わるゴツンという重い衝撃。スイートスポットを捉えたかのような心地よい感触が僕の手に響く。
「……なんか、気持ちいい」
例えるならバットの芯でボールを捉えた時のような、あるいはゴルフでドライバーが完璧に決まった時のような、脳髄が痺れるほどの快感だった。
僕が快楽に浸っているとまたもや耳元で呪いの声がした。
「死ネ」
ゾワリと全身に悪寒が駆け抜けた。先程までの心地よさを打ち消して、再びあの負の感情の濁流が僕に流れ込んできた。
「……っ!」
僕はデタラメにモーニングスターを振り上げた。鉄球は弧を描き僕の頭上を通り越して後ろに落ちていった。ドゴオと硬いコンクリートが破壊されたような音と共に手元に最高の感触が伝わってきた。
「ッ!?」
後ろを振り返ると“呪縛”が悶絶していた。おお! 適当に振り上げただけなのにまた当たったぞ。しかも急所に吸い込まれるように。これはただの偶然ではないだろう。おそらくオシラキマンの能力に違いない。
“呪縛”は予想外の攻撃にたまらず距離を取った。白巫女と並んでこちらをいたく警戒した様子で睨んでいる。
「さすがムッシュだ。初めてなのに私をこれほどまでにうまく使えるとは。見えない相手に当てるなんて大したものだ」
「えっ? これってオシラキマンの能力じゃないの?」
僕はてっきり、適当に投げても相手にクリティカルな打撃を与えるのが、このモーニングスター(オシラキマン)の能力だと思っていたのだが。
「いや、私はただ硬くて重くて破壊力が強いだけだよ。当てたのはムッシュの実力さ」
いや、そんなわけがない。ノーコンの僕にそんな才能はない。ということはただの偶然なのか?
「私の力だよ」
僕の襟元から何かがズルリと這い出してきた。僕の目の前に下をチロチロと出した白蛇が現れた。首に巻き付いていたのはハクダ様だった。
「ハクダ様?」
「私が奴らとその鉄球に強力な縁を結んだのさ」
千代さんと一緒に呪須津家の土地に残してきたかと思っていたハクダ様が、いつの間にかついてきていたらしい。
「その、体の方は大丈夫なんですか?」
ハクダ様もすでに限界を超えていたから、てっきりリタイヤしたものかと思っていたが。
「なに、新米の神に任せっきりにするわけにはいかないからね」
ハクダ様はシュルシュルと舌を出した。皮肉っぽい口調とは裏腹にこの蛇の神様は意外と働き者なんだな。責任感も強いし、最後まで僕と一緒に戦う意志を見せてくれたことに僕は深く感心した。
「ほら、チャンスだよ。さっさと攻撃しな」
僕はハクダ様に促されるままにモーニングスターを白巫女と“呪縛”めがけてぶん投げた。二人は左右に逃げたが鉄球は白巫女を追尾して華奢な肩にぶつかった。吹っ飛んでいく白巫女。
僕は続けて“呪縛”の方に棒を振った。棒から鎖へ、鎖から鉄球へと力が伝わり“呪縛”を追いかける。鎖はどうやら距離に応じて勝手に伸びるようで、今のところ飛距離に問題はなさそうだ。鉄球が五八千子ちゃんの呪いの背面を捉えた。またもやすごい音がして“呪縛”をすっ飛ばした。
ん~~気持ちいい。手に伝わる心地よい衝撃が僕をハイにさせた。
僕は調子に乗ってどんどんモーニングスターを振り回した。適当に振っているだけなのにその全てが相手にヒットした。甘美な感触を携えて。
投げる。当たる。振る。当たる。投げる。当たる。振る。当たる。
モーニングスターでの攻撃は、そのすべてが会心の一撃だった。鉄球が魔を潰す感覚が鎖を伝って僕の掌に、腕に、そして脳に直接響いてくる。
それはまるで、スイートスポットに吸い込まれるような完璧な打撃感。
「くっ……い……いっ!」
何度も何度もその感触を味わう内に、僕の中で何かが外れていった。いくら白霊貴族や最強の呪いが相手とはいえ、人の形をなしているモノにこんな凶悪な鉄球をぶつけ続けるのは僕の趣味ではないし、それで喜ぶ嗜好もない。それでもやめられない。この感触は、この響きは、この恍惚感はあまりにも危険だ。
いけない快楽に侵されているような背徳感。 理性が溶け出し、純粋な暴力の快感が全身を犯していく。愉悦で意識が飛びそうになる。
「ああ……だめ……だっ」
僕は一心不乱に鉄球を振り回し続けた。大事な戦いだというのに僕は気持ちよくなっていた。体中を快楽が満たし意識がとびかける。上も下も右も左もわからない。ああ、だめだ……くる、なにか、くる……。
ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ぎもっっっぢぃいいいいいいいいいいいいいいい!!!
「おい、大丈夫か?」
…………っは!?いけない! あまりの気持ちよさに意識が飛びそうになった。
僕は自分の頬をバチンと叩いて正気に戻った。危ないところだった。もう少しでいけないところに堕ちるとこだった。全く、モーニングスターとハクダ様のコンボは恐ろしいぜ。
ふと前を見ると、僕の乱打を食らった“呪縛”と白巫女は、ボコボコにされて地面に伏していた。ピクリとも動かない。
「……ごめんね。ちょっとやりすぎたかも」
敵に情は不要。だが、今は謝りたい気分なんだ。いや、それどころじゃない。今が好機だ!
僕は懐から水晶さんを取り出した。淡い紫色の光を放つその球体に、神正氣とそして古の神から預かった剣を注ぎ込む。水晶さんは七色に眩く光った。
だいぶ神正氣を持っていかれたな。このまま戦っても“呪縛”と白巫女に勝てそうだったが、水晶さんによるとこれが正着らしい。
「水晶さん! 頼んだよ!」
僕は振り返ると渾身の力を込めて水晶さんを投げた。七色の水晶さんは一直線に五八千子ちゃんに向かって飛んでいく。
「えっ?」
五八千子ちゃんが突然飛来してきた水晶さんに驚いた声を出したが、反応する間もないまま彼女の胸に着弾した。すると五八千子ちゃんの体は七色の光を放ち、“呪縛”の異界全体を明るく照らした。




