第71話 カミヒトVS呪縛、白巫女①
それまで体にかかっていたGが突如としてなくなり、前に投げ出されそうになったので僕は反射的に夢天華さんにしがみついた。バイクは急旋回すると止まった。冷たく全身に重りが乗っかかるような負荷を感じる。どうやら異界に着いたようだ。真っ暗な空間に人だけが不自然にくっきり見えるここが“呪縛”の異界であろう。僕がバイクから降りると聞き慣れた怒鳴り声がした。
「カミヒト! あんた私をこんなところに呼んでどういうつもりよ!」
「…………カトリーヌさん?」
大層お怒りの聖女様が何故かいた。なんでカトリーヌさんがいるんだ?
呪須津家から魔境門を通って真っ暗な闇をバイクでひたすら真っすぐ走って、やっと出口が見えて“呪縛”の異界に着いたと思ったらなぜか聖女様がいた。
道中、夢天華さんからこちらの状況は大まかに聞いた。“呪縛”と名乗る五八千子ちゃんの呪いが力を強めて、他の人にも危害を加えられるようになったこと。白巫女と“呪縛”を前に五八千子ちゃん達がピンチのときに光子さんが助けにきてくれたこと。“呪縛”と白巫女が相手では光子さんでもかなり厳しいことなど、光子さん経由で得た情報を夢天華さんが僕に教えてくれた。
だけど聖女様がいるなんて聞いてない。なぜ彼女がここにいるんだ? 彼女は異世界にいるはずだ。
「カミヒトさん! 無事だったんですね!!」
天女ちゃんの元気な声が遠くの方で聞こえた。僕達から離れたところで手を振っている。破魔子ちゃん達も近くにいて無事なようだ。思えば天女ちゃんの声を久しぶりに聞いた気がする。今朝別れたばかりだというのに、随分長く離れていたような感覚がするな。
「ちょっと聞いてるの!?」
「あの、なんでカトリーヌさんがこんな所にいるんですか?」
夢天華さんに目配せしたが、彼女は首を振って分からないといったジェスチャーをした。
「すっとぼけても無駄よ! あんたが連れて来たんでしょ!」
「いや、そんなわけないじゃないですか……」
なんで僕が連れて来たことになってるんだ? むしろ勝手に日本に来れないように、僕の許可がないとこっちに渡れないようにしてあるはずだが。
「あんたに会うためにチョウエツジンジャのトリイを潜ったら真っ暗な空間に放り出されて、やっと出られたと思ったらこんなところに吐き出されたのよ! あんたの仕業でしょ!」
「……そんなことがあったんですか?」
多分だけど超越神社の意志でカトリーヌさんをこっちに連れてきたんじゃないだろうか。この場の状況から見て彼女が助けに来てくれたおかげで、みんなは僕が来るまで無事でいられたのだろう。超越神社が連れてきたのなら、それは僕が連れてきたのと同じことだ。
「こんな大変な目に合わせてくれちゃって! 責任取りなさいよ!」
「ありがとうございます。お礼とお詫びは後ほどさせて下さい。それより聞きたいことが……」
僕はちらっと真っ白な少女を見た。彼女の真っ赤な瞳と視線が合ったかと思えば、突然僕の目の前に現れた。瞬時に距離を詰められて僕は反射的に飛び退った。白い少女は僕のいなくなった空に拳を突き出していた。いきなり攻撃されてめっちゃびっくりした。
少女の背中から鎖が伸びてムチのようにしなった。僕はカトリーヌさんを包むように結界を展開する。鎖が結界を激しく打ち付けると僕の自慢の結界にヒビが入った。こうも簡単に傷を付けるとは驚いた。この鎖攻撃力高すぎない?
「カトリーヌさん。お尋ねしますが、まさか彼女は……」
「そうよ。白霊貴族よ」
やっぱりそうか……。信じられないが確かに彼女からは異世界で戦った北の公爵と同じ雰囲気を感じた。
真っ白な体に異様に映える赤い目。今はボロボロだけど豪奢だったであろう着物を纏っていて、鎖を扱う。そして彼女の発する冷たくおぞましい氣は、忘れもしない、僕を散々苦しめた冥氣だ。
「なぜ、白霊貴族が日本に?」
「私もよくわからないわ。後でアリエに詳しく聞きなさい」
まさか白巫女が白霊貴族であったとは予想もできなかった。アリエさんが何やら知っているようだが、とにかく今は“呪縛”と白巫女を倒すことに集中しないと。
そう思っていたら何本もの鎖が四方八方から結界を叩きつけた。そしたらなんと結界は簡単に粉々になってしまった。なんということだ。僕は咄嗟に身体強化神術《超パワー神主》を使って、頭を守るように身を縮めた。
体中をガツガツと鎖が鞭打つ。めっちゃ痛え。こんなの痣ができちゃうよ……。
一方的にボコられている僕はまるで苛められっ子だ。許さん。いじめっ子には天罰が必要だ。ということで浄化玉を白霊貴族の少女にドーン。
手応えはなかった。避けられてしまったようだが、鎖の乱舞は止んだ。全く、リンチをされていた気分だった。ふぅと一息つく。
…………はっ!? そういえば聖女様は!?
自分を守ることで精一杯だったのでカトリーヌさんのことをすっかり忘れていた。僕の結界を簡単に壊す鎖だ、まさか聖女様はすでに肉片になっているんじゃ……。ひやりと汗が流れる。
「カミヒトーー! 私がそこまで弱らせたんだから、ちゃっちゃとやっちゃいなさーい!」
遠くから聖女様の声が響いてきた。そちらの方を向くと天女ちゃん達のそばにちゃっかり居た。いつのまに移動したのだろう。オシラキマンのような移動術でも使えるのかな? 何はともあれ肉片になっていなくてよかった。
「カミヒトさん、お疲れのところ無理を言って申し訳ないわね」
かぐわしい花の香りとともに光子さんがふわりと僕の前に降り立った。
「いえ、こう見えて力は十分にありますから。彼女達を守って下さってありがとうございます」
「いいのよ。私がしたくてしたんだから。それより“堕ちた神”と戦ってもまだ余裕がありそうで頼もしいわ」
実際は余裕なんてないんだけどな。神正氣こそ奈落の亡者達からたくさんもらって十分だが、気力の方は限界に近い。早く温泉に浸かってふかふかの布団で眠りたい。
(本当にありがとう。君には感謝してもしきれないな)
「私達は役に立てそうにないから邪魔にならないように離れるわね」
「野丸様、どうかお気をつけて」
夢天華さんはバイクで、光子さんは旦那さんを開いて宙に浮かんで天女ちゃん達の方へ移動した。僕は白霊貴族の少女に向き直る。
さて、やるか……。
「っ!?」
いきなり背中にボスっと何かが当たった。背後から攻撃されたと一瞬身構えたが、なんのことはない、僕の背中に当たったのは水晶さんだった。
「水晶さん」
――カミヒト様、お疲れ様でした――
淡い紫の光を放つまん丸い珠の中に文字が浮かんだ。紛れもなく水晶さんだ。水晶さんと会話をするのも懐かしい感じがする。それだけ今日の出来事は濃く大変で長いものだった。
「まだ終わってないけどね」
――はい。しかし本当によく頑張りました。私は信じておりました――
どうしたことか、今日の水晶さんは随分と感慨深げだ。でもそうなるのも無理はないかな。それだけ“堕ちた神”はとんでもなかった。
――カミヒト様に伝えたいことがあります――
「伝えたいこと?」
――はい――
そう言って水晶さんが教えてくれたのは驚くべきことだった。
「それ本当?」
――はい――
マジか。でもなんとなく腑に落ちた。今日、五八千子ちゃんがここに来なければならなかったのはそういうことだったのか。だったらやることは一つしかない。
「ナニヲ、企ンデイル?」
僕の耳元で恐ろしい声が囁いた。首には冷たい手が添えられている。全身が粟立ち言いようのない不快感が全身を駆け抜けた。“呪縛”が僕の背後にいた。しくじった……。
話している間も“呪縛”と白巫女を警戒していたつもりだったけど、まんまと出し抜かれてしまった。動けない。目の前には白霊貴族の少女が迫っている。
白巫女は拳を無防備な僕の腹に叩き込んだ。
「うっ……!」
息ができない。体を貫く強い衝撃に僕はえずいた。
「死ね! 死ね! 死ね!」
二発三発四発と白巫女は僕を力任せにぶん殴る。真っ赤な目は釣り上がり歯を食いしばって鼻にシワをよせて、まるで仇敵に会しているかのような形相だ。初対面なのにどうしてこんなに恨まれているんだ?
「はあっ!」
殴られっぱなしではいられないので、結界を展開して“呪縛”と白巫女をバシーンと弾く。白巫女は数メートルほど吹き飛んだが、背中の鎖を伸ばして僕の結界を簡単に壊す。そのまま荒れ狂う鎖で僕を乱打した。痛い。これは痣どころじゃなくて骨が砕けそうだぞ。
「お、オシラキマン……!」
こういうときはオシラキマンに助けてもらおう。
「ムッシュ、すまない。何かの力に邪魔されて、ここでは私の移動術が満足に使えないようだ」
僕の影からオシラキマンの申し訳なさそうな声が届いた。なんてこった。オシラキマンの移動術が使えないとなるとだいぶ厳しいぞ。この異界が悪さをしているのだろうか。
こうなったら浄化玉を手当たり次第にぶちまけるぞ。僕は浄化玉を彼女の鎖の数よりも多く連射してぶっ放した。白巫女はその太い鎖で浄化玉を叩く。鎖と浄化玉が触れると爆撃音が鳴り響き激しい戦場のような様相を呈していた。辺りはモクモクと煙が立つ。
ほんの数秒ほどで音が鳴り止むと、煙の中からほとんどの鎖を失った白巫女が現れた。厄介は鎖は全部なくなった。しかし白巫女本体には届いていないようだ。相変わらず僕を親の仇を見るような目で睨んでいるが、浄化玉を警戒してか動きは止まっている。
僕は彼女から目を離さないようにしつつも“呪縛”の気配を探った。結界で吹き飛ばしてから“呪縛”の動向が掴めない。この異界は“呪縛”が作っただけあって、空間そのものが“呪縛”のようだ。この空間に同化されたら本体を特定するのは至難だ。
僕は全神経を研ぎ澄まして“呪縛”を探るが全く分からない。その間も白巫女との睨みあいが続く。どこだ、どこにいるんだ……。
「憎イ……」
何の前触れもなく僕の耳元で声がした。いや、耳元というより脳に直接響いたような感覚だ。声を聞いた瞬間、僕の中にあらゆる負の感情が雪崩のように押し寄せてきた。
怒り、悲しみ、恨み、憎しみ、嘆き、絶望、孤独、恐怖……。
誰かが感じたであろう激しく辛い記憶が感情とともに僕の心に渦巻く。僕はそのあまりの苦痛に胸を抑えた。呼吸ができないほど苦しく体が動かない。これは以前、五八千子ちゃんに“伝説のさといも”を食べさせたとき、“呪縛”が僕に仕掛けた呪いと同じものだ……。
白巫女から凄まじい冥氣と魔力を感じる。右手には冥氣を左手には魔力を溜めて僕に放とうとしている。しかし僕の体は動かない。じっとりと“呪縛”が僕をがんじがらめにしている。
白巫女が両手を合わせた。膨大な冥氣と魔力が一つになり爆発的な波動が生じた。流石にあれをまともに受けたらまずい。僕は必死に逃げようともがいたが、頭の中にある負の感情と“呪縛”の拘束でまともに身動きが取れずにいた。
白巫女が両腕を突き出し光線を放つ。冥氣と魔力が合わさったそれは轟々と音を立て僕の胸に直撃した。胸骨が粉砕し心臓が破裂したかと思うほどの衝撃。僕は後方に吹き飛ばされた。上も下もわからず、ただ体中の痛みだけしか認識できなかった。
「うっ……」
ああ……全身が痛い。でも生きているようだ。僕はよろよろと立ち上がった。胸が潰れてるんじゃないかと見てみれば、服は破れているがすでに傷は癒えていた。死ななくてよかった。
強い衝撃のおかげか、頭の中の負の感情もなくなっている。数十メートル先には白巫女と“呪縛”がゆっくりと近づいていた。二人相手は厳しいな。どちらか一方だけなら勝てると思うんだけど。
しかし危機的な状況であるにかかわらず、僕の心は不思議と落ち着いていた。今はチートな天道モードではないが、“堕ちた神”との戦いの経験は僕を確かに成長させていた。“呪縛”と白巫女は強いが“堕ちた神”に比べれば可愛いものだ。この二人を恐れる気持ちはない。
とはいえこのままだと勝率が低いのも事実だ。さて、どうするか……。
「お困りのようだね、ムッシュ」
「オシラキマン」
僕の影からオシラキマンが顔だけをにゅっと出していた。
「何か策はないかな?」
「もちろんあるとも。ムッシュ、この異界では私の移動術は使えないが、何も逃げるだけが私の取り柄ではない。ここは攻撃に転じ用ではないか」
「攻撃?」
「そう、霊威武装を使うのだよ」




