第68話 合体
夢天華さんはバイクから降りると、片膝を立てて頭を垂れた。
「申し訳ありませんでした!」
開口一番、謝罪を口にした。何だというのだろう?
「あの、夢天華さん?」
「近くにいたのですが、あまりのケガレの恐ろしさに震えて縮こまっており援護に来れませんでした。どうかお許しください!」
彼女は土下座しそうな勢いで申し訳無さそうに頭を下げた。そっか、彼女も助けに来てくれてたのか。でも謝る必要なんてないのにな。“堕ちた神”のケガレはそれはもうとんでもなかった。臆したとしても誰が責められれようか。
僕は彼女に頭を上げるように言おうとすると、鷹司君が一歩前にでて夢天華さんを見下ろした。
「御園小路夢天華、顔を上げろ。兄者が困っているではないか。貴様が来たところで何の役にも立たんのだから謝罪など不要だ」
「……君に言われたくないね、嶽鷹司。どうせ君だって対して活躍しなかったんだろう? むしろ足手まといになっていたんじゃないのかい?」
「なんだと?」
「図星だったかな?」
「二人とも、喧嘩はやめて下さい」
喧嘩が勃発しそうな二人の間に千代さんが割って入った。
「今は言い争っているときではありません。夢天華さん、向こうがどうなっているのかご存知ではありませんか?」
千代さんの言葉に僕はハッとした。そうだ、白星降村に行った天女ちゃん達のことをすっかり忘れていた。
「そうだった。こんな男の相手をしている場合じゃなかった。野丸様、至急私と一緒に白星降村に行って下さい。光子様より援護の要請が来ています。どうやらあちらはかなりピンチなようで……」
「天女ちゃん達は無事なの!?」
「今のところは。ただ予断を許さない状況みたいです……」
なんてこった。今すぐ援護に行きたいけどここは三重県だ。白星降村は京都の北部にある。神術で飛んでいったとしてもそれなりに時間がかかるだろうから早く行かないと。
「夢天華さん! 白星降村ってどっちの方向!?」
「ご安心下さい。私がご案内します」
ご案内っていったってまさかバイクで行く気じゃないだろうな? どう考えたってバイクよりドラゴニックババアで飛んでいったほうが速いぞ。
「こちらの魔境門を使います」
僕の怪訝な顔を見ると夢天華さんはそう言って何やらモニョモニョと呪文を唱え始めた。すると夢天華さんの正面に高さ2メートル程の楕円の鏡が現れた。
「魔境門は異界をつなぐ扉です。光子様達は異界にいるようなので、この中を通ればすぐに着くでしょう」
夢天華さんは大型のスポーツバイクの方へ向かうとまたがってエンジンを掛けた。僕に後ろに乗るようにジェスチャーをする。僕は彼女の言う通りにして後ろに乗った。大型二輪は夢天華さんの年齢だとまだ免許は取れないはずだけど、今はそんな細かいことはどうでもいいだろう。
「では行ってきます」
僕は皆を見てそう言った。
「ご健闘をお祈りします」
「俺も行きたいところだが、もう今日は鏖鬼を呼べそうにない。大人しくここで待っていよう。兄者、気をつけて行け」
僕は頷いた。夢天華さんはバイクを発進させ魔境門の中へと入っていった。
「バカナ……バカナ! バカナ!」
“呪縛”は“堕ちた神”が浄化されたことに動揺を隠せなかった。体を震わせ狼狽え、怒りが混じった声色で喚いた。
対象的に光子は歓喜していた。そして“呪縛”と同じくらい驚いていた。復活した“堕ちた神”をカミヒトが倒せるとは微塵も思っていなかったからだ。
(信じられないね)
「ええ、本当に」
夫である甲子椒林傘も光子と同様であった。唐傘の付喪神は“堕ちた神”が復活したとき、心の折れた妻に諦めないように説得したものの、内心では自身も勝てる見込みはないと感じていた。
「五八千子《あの子》に感謝しないとね」
五八千子の発破によって光子は何とか持ち直すことができた。未来の視える零源の巫女がまだ諦めていない。その事実は天から垂れた一本の蜘蛛の糸にすがるような淡い希望であったが、光子はこの僅かな可能性に賭けて諦めないで良かったと思った。
しかし最大の懸念事項が消えたとしても、こちらの状況は依然として厳しい。白巫女と共闘することにより今まで何とか“呪縛”を抑えることができたがこれから白巫女がどう動くか分からない。
絶望の只中で戦っているとき、膨大な神正氣を感じたときは自身の感覚を疑った。このときは驚きのほうが強かったが、それがカミヒトの物であると確信すると光子は喜悦した。“堕ちた神”にも負けない強力な力は光子達を奮起させるに十分な希望であった。
対して白巫女の反応は光子達とは正反対だった。その顔には恐れの中にも強い敵愾心が見て取れ、目には天敵に相対するような憎しみがこもっていた。それでもこのときは自分たちよりも“呪縛”の方を脅威とみなしていたようで、光子達の援護を大人しく受けていた。
だがカミヒトが“堕ちた神”を倒した今は白巫女が“呪縛”を標的にするとは限らない。様子のおかしくなった白巫女はじっと俯き、喚き散らす“呪縛”と相対している。
「カミヒトさん、すごいです!」
「さすがカミヒト殿です」
「あれほんとにカミヒトさんなの? 信じられないんだけど」
「うん、間違いないよ。なんたって救世主様だからね。私の予言通り」
天女達4人はありえないと思っていた勝利に無邪気に喜んでいた。絶対に勝てないと心が折れるほどのケガレの持ち主を、人が良いがどこか頼りない青年が倒したのだから喜びもひとしおであった。
「さて、私達も頑張らないと! そろそろ乙女技も使えそうだよ」
「ええ、体の内側から力が湧いてくるのを感じます」
「すごい必殺技が出せそうです!」
「みんな、油断は禁物だよ」
意気は十分、3人の内包する力も大きく鋭くなっていった。光子はこれなら“呪縛”と白巫女のどちらか一体は倒そうだと目算した。カミヒトがこちらの援護に来れるほどの余力がないかもしれないが、それでも光子は一縷の望みに賭けて最善をすくそうと頭を巡らせた。そっと白巫女の動向を窺う。
「ダメ……。絶対に、許せない……。あれはダメ……絶対にダメ。殺す……殺す!」
白巫女はブルブルと震えながら呟く。膨らむ殺気に光子達は思わず身構えた。白巫女がカミヒトに対して並々ならぬ敵意をもっていることは明らかだった。ここで白巫女が“呪縛”と共闘すればそれだけ勝利の確率は低くなる。
(光子様)
この難局をどのように乗り越えればいいか考えていると光子の氏子である夢天華から連絡があった。
(カミヒトさんは?)
(今、お連れしています)
(どれくらいかかるかしら?)
(10分もあれば到着すると思います)
(カミヒトさんの具合は?)
(一見した感じですとお元気そうです)
(そう)
光子はほっと胸を撫で下ろした。同時に申し訳なさも感じた。“堕ちた神”との戦いの直後であるから相当に疲弊していることは容易に想像できるが、それでもカミヒトがいなければ“呪縛”と白巫女には勝てない。カミヒトにもう一踏ん張りしてもらうしか方法はないのだ。
攻撃に転じて“呪縛”と白巫女の力を削りカミヒトの負担を少なくするか、それとも防御に徹してカミヒトと合流した後、みんなで一気に攻めるか。光子が策を練っていると“呪縛”が静かに白巫女の背後に移動した。肩に優しく手をかけて耳元で何か囁いていた。
それを見て直感的に危険を感じた光子は唐傘を開き“呪縛”に向けると柄を回転させた。回る唐傘から竜巻が発生して“呪縛”と白巫女に襲いかかる。だが“呪縛”が掌を広げるとそこから闇が広がり竜巻を飲み込んだ。“呪縛”はさらに白巫女に囁いた。
「分かった」
白巫女が何かを了承すると“呪縛”の首筋に喰らいついた。そして“呪縛”もまた大口を開けて白巫女の首に噛みつく。その異様な光景に破魔子達4人はギョッとしたが、光子は血相を変えて叫んだ。
「みんな、攻撃するのよ! このままにさせてはダメ!」
光子の号令に破魔子、アリエ、天女は咄嗟に構えると、全員で噛み合う“呪縛”と白巫女に攻撃した。しかし白巫女の鎖が二人を守るように包み込み、幾層にも重なって繭のようになる。光子達の攻撃は鎖のシェルターの表面を少し削っただけで、中の二人には全く届かなかった。
次の瞬間、鎖の繭から得体のしれない膨大な陰の氣が渦巻いた。ケガレと冥氣が合わさったそれは、今まで見たことがない異質な陰の氣であった。光子達は思わず後ずさる。
鎖が解けバラバラと地面に落ちる。中から出てきたのは一人の女性だった。女性は白巫女が大人になったような風貌であったが、左半身が影のように真っ黒に塗りつぶされていた。冥氣とケガレ。こっちの世界と異世界の全く性質の異なる陰の氣が混合し、一体の魔のモノとなった。
「ちょっと……ここに来て合体だなんて卑怯だよお……」
「協力するとは思ってたけど、まさかこんなことになるなんて想像もしなかったわ……」
“呪縛”と白巫女はどちらかを完全に吸収して自分の一部にするのではなく、共通の敵を倒すために互いが支配権を持ったまま一時的に協力することにしたようだった。その力は単純な足し算ではなく何倍にも膨れ上がっていた。
“堕ちた神”には及ばないにしても尋常ならざる陰の氣は、勢いづいた破魔子達を萎縮させるのに十分だった。融合した“呪縛”と白巫女がそっと掌を開いた。手の上でケガレと冥氣が渦をなし一つとなる。光子達に強い怖気が走った。
「アリエさん! 天女ちゃん!」
破魔子が慌てて二人の名を叫ぶとアリエと天女はそれだけで破魔子の意図を理解した。三人は光子の前に出ると天女を中心として左右にに破魔子とアリエが並んだ。
一つになった“呪縛”と白巫女が冥氣とケガレの波動を放つ。天女達はそれを防ごうと両手を突き出し乙女技を使った。
「「「“藤黄”金盾!!」」」
天女達を守るように鮮やかな金色の盾が具現化される。3人の乙女技が合わさり守りの合体技が展開された。金色の盾と陰の氣の波動が激突し、凄まじいエネルギーの奔流が空間を震わせる。ケガレと冥氣は轟々と音を立て破魔娘達を飲み込まんとした。
「……ううううう!」
天女の苦悶の声が響く。三人がかりで展開した合体技であったが、融合した“呪縛”と白巫女の力はそれと拮抗するほどのエネルギーであった。金色の盾は眩い光を放ちながらも、ガラスに亀裂が入るようにピシピシと音を立てた。
「みんな、頑張って……!」
破魔子が叫び、アリエも歯を食いしばって耐えるが、金色の輝きがケガレと冥氣に溶かされ失われていく。3人は死力を尽くして陰の氣の波動を抑えようと踏ん張った。
「もう、ちょっと……ですよ!」
段々と圧力が弱まりやがてケガレと冥氣が消失した。しかし同時に金の盾も喪失した。
「はあはあ……」
脱力した3人は膝をつき強い疲労が顔に出ていた。そしてカミヒトが与えた神正氣を完全に使い切った彼女達は、絢爛乙女の衣装が消えて元の私服姿に戻る。
「みんな!」
(まずいね。彼女達はもう戦えない。でもアレはまだまだ余力がありそうだ。このままでも全滅だよ)
「ええ。なんとかしてこの子達だけでも逃がさないと……」
光子は決死の覚悟で唐傘を構え、四人を守るように前に出た。しかし、どうすればこの絶望的な状況を打破できるのか、策は全く浮かばない。焦りが光子の心を支配しかけた、その時だった。
「光子様!」
五八千子が、震える指である一点を指さす。そこには何もない、ただの空間が広がっているだけだった。
「そこです! そこに魔境門を開いてください! 早く!」
未来を視る巫女の切羽詰まった声。光子に迷いはなかった。五八千子の霊視に賭けるしかない。
「分ったわ!」
“呪縛”が作った異界から脱出することは難しいが、異界と異界をつなぐ魔境門であれば作ることができる。光子は五八千子が指し示した空間に魔境門を作った。彼女の正面に魔境神社の伏魔殿に安置されていた物と同様の楕円の鏡が出現する。
鏡が波紋のように波打つと中から一人の少女が飛び出してきた。
「あいたあ!」
矢のように飛んできた少女は頭から地面に激突しそのまま数メートルほど勢いにまかせて体を擦らせた。
「いててて……。何よ、やっと出られたと思ったら今度は何なのよ……」
少女はむっくりと起き上がると額を抑えた。純白の衣装にウェーブの金色の髪。年の頃は15歳ほどの勝ち気そうな少女だった。
「カトリーヌ様!?」
突然の予期せぬ来訪者に驚いていた破魔子達だったが、最初に声を発したのはアリエだった。
「あれ、アリエ? あんたこんなところで何してるのよ。てかここってどこ?」
「カトリーヌ様! 後ろ! 後ろ!」
「後ろ?」
アリエが指差す先には“呪縛”と白巫女の融合体がいた。カトリーヌは振り向くとすぐ後ろにいた異形の魔のモノと目があった。
「な、な、なんじゃこりゃああああああああ!!?」




