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第67話 究極の一撃

 鏖鬼おうきが“堕ちた神”の腹から飛び出ると、この大鬼に続くように大量の黒い魂が外へ救いを求めて流れ出した。


「あっあっあっ」


 “堕ちた神”は開いた腹を両手で抑えたが奔流となった亡者達の勢いを止めることはできなかった。奈落の亡者達の哀哭あいこくの声が死の大地に響く。


「ムッ……シュ!」


 僕の影からオシラキマンが這い出てきた。体はところどころツギハギしたようにくっついているが、体中が痙攣し動くのもやっとだと言う程ダメージを受けているのが分かった。それでも生きていてくれたのが喜ばしい。


「オシラキマン!」


 死に体のオシラキマンが僕に腕を伸ばした。


「掴まり……給え。ムッシュを、安全な……場所へ……」


 僕は頷き彼の腕を取る前に鷹司たかし君を見下ろしている鏖鬼おうきに視線を向けた。


「くっくっく。いいザマだな?」


鏖鬼おうき! 鷹司君は!?」


「あ? 何だてめえ……」


「鷹司君は大丈夫なのかと聞いてる!」


「俺と完全に繋がってるんだ。この程度で死ぬわけねえだろ」


 取り敢えずすぐに死ぬことはなさそうだ。治して上げたいけど今は神正氣が惜しい。痛いだろうけど我慢してもらうしかない。時間もないし。


鏖鬼おうき! みんなを頼む!」


 僕は事切れている千代さんと呪須津じゅずつ家、古の神を鏖鬼おうきに任せることにした。この中で動けるのはこの鷹司君の隷属鬼しかいないからだ。


「誰に指図してんだてめえは。殺すぞ」


 大鬼は僕を睨み凄んで見せる。鏖鬼を説得している暇はない。僕は鷹司君に目配せした。彼は辛そうであるがまだ意識ははっきりしている。


鏖鬼おうき、命令だ。その男の言う通りにしろ」


 鏖鬼は面倒くさそうに鼻を鳴らした。


「ハッ、なんで俺が人間なんぞの面倒を見なきゃならねえんだ」


「鏖鬼!」


 地面に転がったままの鷹司君が上半身だけの体で鋭く命じると、大鬼の体は電気が流れたように痙攣し硬直して動かなくなった。鏖鬼おうきは視線だけを鷹司君に向けた。


「死に損ないがやるじゃねえか。おぼっちゃんでも修羅場を抜けてちったぁマシになったか? くっくっく」


「鏖鬼! 言うことを聞け!」


「……面倒くせえなあ」


 鏖鬼おうきは心底嫌そうに返事をしたが、その様子から了承したと伝わった。かの鬼は邪悪ではあるがその巨体は頼もしく、これなら皆を任せられるだろう。


 僕はオシラキマンの腕を掴むと彼の移動術で“堕ちた神”から距離を取った。もうナタに邪魔されることなく集中して神正氣を溜められる。僕は精神を統一しおきよめ波の構えを取った。


 遠くの空には夥しい数の亡者の魂が、弱々しく光る天道を目指して必死に昇っていく。だが、それを黒い無数の手が、まるで沼の底から伸びる水草のように追いかける。亡者の数が多すぎるためか、さすがの“堕ちた神”も全ての魂を捕らえきれずに苦戦しているように見えた。


 しかしそれでもあと一歩で天道に届こうとする魂が無慈悲に引きずり下ろされる。その光景に、僕は唇を強く噛みしめるしかなかった。希望を掴みかけては、また絶望に突き落とされる。亡者達の絶望の悲鳴がこの場所からでも聞こえた。


 もう少し、もう少しの辛抱だから……。


 やがて、最後の亡者を腹の中へと引きずり戻した“堕ちた神”は、その全ての怒りと憎悪を僕一人に向けた。今度こそ、僕を殺す。その純粋な殺意は世界そのものを押し潰さんばかりの重圧となって、僕の全身にのしかかってきた。


 突如として突風が吹き荒れた。ケガレが“堕ちた神”を中心に渦を巻いている。森全体かそれ以上か、かなりの広範囲のケガレが“堕ちた神”に集う。恐らくだが自然の中のケガレを集めているのだろう。ここは元々ジンカイさんが根城にしているだけあってケガレが多い土地柄なのでその量も膨大だ。


 黒いモヤが一点に凝縮して“堕ちた神”の両手の間で渦を巻いていた。まるで小さなブラックホールのようだった。放たれるプレッシャーも禍々しさも量も全てが桁外れだった。“堕ちた神”も本気の全力だ。あんな物が放たれれば下手したら日本全土がおかしくなってしまうかもしれない。


 だがそうはさせない。僕は自身にみなぎる聖なるエネルギーに身震いした。自分自身が銀河になったような凄まじいエネルギーを感じるぞ。


 ケガレの渦は空間を歪ませながら一気に膨張し、世界を飲み込むほどの巨大なケガレの津波と化した。ケガレの大波はうねりとなって僕を飲み込み全てを破壊しようと襲いかかる。


 神正氣充填完了。僕の心から焦りが消え、不思議なほどの静けさが訪れる。やるべきことは、ただ一つ。


 僕はこの膨大な神正氣を全て腕に集約した。黄金の光が僕の体を包み、死の世界と化したこの大地を、創世の光のように照らし出した。


 迫りくるケガレの大波を見据える。これで運命が決まる。絶対に負けられない。


 みんなで作った神正氣を、究極の一撃を喰らえ!




スーパー お き よ め 波!!!」




 僕の両腕から放たれた黄金の波動は真っすぐ伸びてケガレの大波と正面から激突した。聖なる力と悪しき呪いの力がぶつかり合い、世界を引き裂かんばかりの衝撃が走る。僕の超おきよめ波に触れたケガレは金色の炎となって燃え上がり、大波全体に広がった。黒い絶望は黄金の希望で塗りつぶされ跡形もなく消滅する。


「!?」


 “堕ちた神”は驚愕の表情を浮かべ、自分に向かってくる聖なる波動を両手で受け止めた。喪服の女の体は浄化の光に焼かれ聖なる炎に侵されていくが、それでもなお僕の波を押し返そうと踏ん張っていた。だが、優勢なのは僕だ。このまま押し切れば、勝てる!


 しかしそのとき、視界の端で天道の光が急速に萎んでいくのが見えた。まさかあそこまで小さくなっているとは。早く決めなければ。


「はあああああ!」


 僕は渾身の力で押し込んだ。さらに威力を増したおきよめ波はジリジリと“堕ちた神”に迫った。呪いの神は指が焼け手が消失しても手首でおきよめ波を懸命に抑えている。天道から漏れる光は、か細くなり今にも消えそうだった。もう一分も時間はないだろう。


「あああああ!」


 喪服の女は前腕の半分ほどまで消失していた。力は完全に僕の方が上だ。しかし時間がない。“堕ちた神”のしつこさは想像以上だった。後30秒、20秒……


 前腕は完全になくなり肘でおきよめ波を受けている。だけれどもう天道が閉じてしまう。ちくしょう。もうちょっとなのに、あと少しで勝てるというのに……


 間に合わない――――


 僕が負けを確信したその瞬間、“堕ちた神”の背後に古の神が音もなく現れた。その手には、中程から折れたエメラルドの剣が握られている。


「“エバ”……。共ニ、ユコウゾ……」


 彼は最後の力を振り絞り、その折れた剣を“堕ちた神”の背中に深々と突き立てた。


「っ!?」


 深い緑色の光が呪いの神の胸から漏れる。“堕ちた神”の力が、明らかに弱まった。僕は残った全ての力を振り絞り、超おきよめ波を押し込んだ。


「はあ!!」


 黄金の波動は“堕ちた神”と古の神を飲み込んだ。呪いの神の体は浄化の炎に包まれ崩れていった。悶え苦しみケガレの体が消えていく。最後に僕を憎悪と怨嗟のこもった目で睨むと完全に“堕ちた神”は消滅した。そして虚空に世界そのものを呪うかのような憎しみの声が響き渡った。



 ――我、恨みを、忘れず……――



 あのおぞましいケガレの気配が完全になくなった。“堕ちた神”が消えた場所から金色の柱が伸びる。柱はもう殆ど消えかけていた天道を衝くと、再び天から眩いばかりの光が差した。囚われていた亡者達が解き放たれ、金色の柱を道しるべにして昇ってゆく。数万もの亡者の魂は誰も彼も安らかな表情をしていた。宙に彼らの言葉がこだます。


 ――ありがとう――

 ――ありがとう――

 ――ありがとう――

 ――ありがとう――

 ――ありがとう――


 天道は優しく亡者達を受け入れた。彼らは確かに罪人だったかもしれないが、十分な罰は受けた。全ての罪はそそがれたのだ。ゆっくりお休み。


 全ての亡者が天道に還ったのを見届けると、古の神が僕の前に立っていた。彼の体もまた淡い光に包まれ始めた。ケガレに塗れたその姿はみるみるうちに浄化され、威厳のある美丈夫へと変わっていく。これが古の神本来の姿なのだろう。彼は僕の方に一歩踏み出すと、その手に持っていた緑色に輝く剣を差し出した。


「これを、子孫に……」


 剣は僕の中にすうっと入っていた。天道を見上げる古の神の目には一筋の涙が光っている。ゆっくりと彼の体は上昇した。


「ありがとうございました」


 僕は古の神に一礼して彼が天道に昇っていくのを黙って見送った。


「ああ……疲れた……」


 その言葉を最後に、古の神の姿は天道の中へと静かに吸い込まれていった。長い間、奈落で“絶望”と戦っていた辛苦はいかほどであっただろうか。短い時しか生きていない僕には想像もできない。本当にお疲れさまでした。


 天道の門が大きな光を放つと純粋な力が流星のように降り注いだ。亡者達の感謝パワーは温かい光となって僕の体に流れ込んでくる。消耗しきった心と体にじんわりと染み渡るようだった。僕は地面に倒れると大の字になる。凄まじいエネルギーが体を駆け巡り体の自由が効かなくなった。自然にまぶたが閉じ僕の意識はなくなった。


 ――――――――――――


 ――――――――


 ――――


 気がつくと僕の周りを人がたくさん囲んでいた。鷹司君、千代さん、オシラキマン、那蛾なぎさん、呪須津家の皆さんだった。鷹司君の切断された体は繋がっており、死んだと思った千代さんや呪須津じゅずつ家も皆生きている。僕はゆっくりと上体を起こした。


「小僧、見事だ」


 普通のヘビくらいの大きさになったハクダ様が千代さんの首に巻き付いていた。良かった、ハクダ様も生きていたようだ。


「皆無事だったんですね」


「貴様のおかげだ。最後のあの黄金の光に触れて俺のあれほどの致命傷もこの通りだ。縁雅千代えんがちよも呪須津の連中も生き返った。鏖鬼おうきはあの光が苦手らしく脱兎のように帰ってしまったがな」


「その節はありがとうございました。うふふ。私ジメジメした陰の氣が好きなんですけど、野丸様の神々しいオーラは癖になってしまいそうです」


「私の傷も全て癒えたよ! ありがとう、ムッシュ!」


「お前の力で千代は助かった。礼を言うよ」


「ありがとうございます、野丸さん。この御恩はいつか必ずお返しします」


「いや、そんなのはいいよ。“堕ちた神”に勝てたのは皆が頑張ってくれたからだよ」


「いえ、そういうわけにはいきません。相互扶助の精神を大事にしなければ良い縁が紡げるはずなどないのです」


 千代さんはキリッと真面目な顔をして優等生然とした様子でそう言った。


「それはそうと鷹司さん。言おう言おうと思っていたのですが、年上の方に対して“貴様”とは失礼ではありませんか?」


 千代さんが鷹司君に横目に批難めいた視線を向けた。確かに彼は最初は無礼な高校生だなと、あまり良く思っていなかったがもう慣れた。鷹司君は元来こういう性格だろうから。それにせっかく勝利したというのに揉め事はかんべんだ。


「いや、別に、僕は……」


「それもそうだな」


 意外なことに鷹司君が千代さんの言葉に理解を示した。驚いた。君はそういうキャラじゃないだろうに。鷹司君は少し逡巡した後、僕を見た。


「これからは敬意を払って兄者あにじゃと呼ばせてもらおうか」


 ……えっ? なにそれ。嫌なんだけど。


 僕をまっすぐ見据える彼の目はどこか憧れの人を見る少年のような純粋さがあった。なんだか気味が悪い。彼とは今の距離感がいいと思っているから、僕がやんわりと断るいい文言がないかと頭を回らしていると、大型バイクのエンジン音が彼方から聞こえてきた。


 皆で音のする方を見る。エンジン音はだんだんと近づいてきて、少ししてから僕らの前に現れたのはピッチリしたライダースーツに身を包んだ女性だった。女ライダーがバイクを止めてヘルメットを取ると顔が露わになる。女性は御園小路夢天華みそのこうじむてんかさんだった。

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