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第65話 VS堕ちた神②

 浄化玉が直撃した“堕ちた神”は全身が焼けただれたように皮膚がむき出しに赤黒く変色していた。ダメージを負わせられたことに心の中でガッツポーズをしたが、なんとすぐに皮膚と喪服が再生し、あっという間に元に戻ってしまった。亡者も“堕ちた神”から出たようすはないし、やはり腹パンじゃないとダメなのか。


 僕を上空から睥睨へいげいする喪服の女から黒いオーラのような物が湧き上がった。それを見た瞬間、怖気が全身を貫いた。“堕ちた神”が纏う暗黒オーラは今まで以上に僕に警戒を抱かせるほど超高濃度のケガレで出来ている。


 喪服の女は超スピードで僕に突進すると力任せにパンチした。結界が自動で発動したがそれをいとも容易く壊した。


「なっ!?」


 僕は咄嗟に両手でガードした。衝撃が体の芯を貫きそれだけでもつらいのだが、拳の暗黒オーラは一際強力で一瞬で僕の皮膚を焼き骨を砕き筋肉を破壊した。だが顔が歪んだのは僅かの間ですぐに痛みは引いた。この体は受けた傷や怪我も瞬時に修復してしまうようだ。安心感が半端ない。


 ふーむ、どうやら結界よりも僕の体の方が強いようだ。とはいえ長時間あれに触れると天道モードで超強化された体でもヤバそうだ。なるべく暗黒オーラには触らないよう遠距離から攻撃しよう。


 しかし“堕ちた神”はそんな僕の思惑を知ってか知らずか近接戦闘に舵を切ったようだ。果敢に肉弾戦で攻めてくる。僕も負けじとパンチやキックで応戦するが華麗にかわされる。全く当たらない。


 筋力やスピードなどのフィジカルは向こうと対して変わらないが、いかんせん戦闘技術の差は埋めがたいものがある。“堕ちた神”は一つ一つの動きが洗練されアクロバティックな体捌きで僕を翻弄するというのに、こちらは天女あまめちゃんと一緒に正拳突きの練習しかしていない。しかも最近始めたばかりだ。


 僕は不格好ながらなんとか“堕ちた神”の攻撃を避けているが、ヒットするのも時間の問題だ。結界でも暗黒オーラは防げないしやっぱり遠距離攻撃しかない。でも逃げようとしても簡単に距離を詰めてくる。ならばどうするか。決まってる。オシラキマン助けて。


 僕の心の声に呼応して視界が暗くなる。例のように下に落ちる感覚と急に上に上がる感覚がした。移動した場所は喪服の女が豆粒くらいに見える距離。


「ありがとう」


「なに、礼には及ばないよ」


 僕が体制を立て直していると“堕ちた神”は大ナタに暗黒オーラを纏わせ下から上に振り抜いた。ケガレの斬撃が超高速で発射される。僕は負けじと超特大の浄化玉を超高速で発射した。こいつは強力だぜ。


 打ち勝つ自信はあったが、なんと斬撃は浄化玉を真っ二つにしてこちらに向かってきた。僕は驚愕しながらもすんでのところで避けることができた。ケガレ斬は遥か後方まで飛んでいき見えなくなる。地は斬撃により底が見えないほど深く抉れていた。やばいよこれ。


 再び“堕ちた神”が構える。また来る……!


 そう思ったとき、またもや視界が暗くなり下に落ちて上に上がった。目に写ったのは黒い和服の背中。移動したのは“堕ちた神”の背後。オシラキマンがくれたチャンス。無駄にするわけにはいかない。


「金光おきよめパンチ!」


 僕は渾身の一撃を背中に叩き込む。しかし喪服の女は消え僕の拳は空振った。同時に右の顔面に強い衝撃を感じて意識が一瞬飛びかけた。“堕ちた神”のハイキックが僕の顔面を捉えたのだ。めっちゃ痛え。顔が吹っ飛んだかと思った。和服でハイキックできるんだ……。


 さらにお返しとばかりに腹パンされた。胃液が飛び散る。息ができない。続けて顔や体を乱打される。こんなにボコボコにされたのは人生で初めてだ。痛すぎる。それにしても見た目に反して“堕ちた神”はバリバリの肉体派じゃないか。


 喪服の女は殴るのを止めて再びナタを構えた。僕を真っ二つにする気だ。だがこちらもボコられっぱなしじゃいられない。事前に仕込んでいた神術を発動だ。


「!?」


 地面から幾本もの鎖が飛び出すと“堕ちた神”を雁字搦めにした。捕縛用の神術だ。相手がちょこまかと動き回るなら縛り付けてしまえばいいのだよ。お腹がガラ空きだぜ。今度こそ喰らえ!


「金光おきよめパンチ!」


 みぞおちに必殺の拳をぶち込む。“堕ちた神”が再び黒い魂を吐いた。


「ふん!」


 さらに二撃目を叩き込む。より多くの亡者の霊が口から出て天道をめざした。そして三撃目を打とうとしたとき、“堕ちた神”の暗黒オーラが膨れ上がった。彼女を縛っていた鎖はみるみる錆びて朽ちていった。僕は後方へ飛び退き距離を取る。


 黒い手が天に昇りゆく亡者を掴むと引きずり下ろし、口の中へと押し込んだ。亡者は天道へ行けず再び絶望の底へと落ちた。またもや失敗だ。最後の一押しがうまく行かない。“堕ちた神”も必死だ。



 ――気ヅイテイルカ?――



 またもや脳内に古の神の声が響く。


「何がですか?」



 ――天道ノトビラガ、小サクナッテイル。御身おんみノソノチカラハ、天道トツナガッテイル、ノデハナイカ? 天道ガ、消エレバ、ソノチカラモ、同時ニ失ワレルハズダ……」



 僕は天道を見上げた。煌々と光を放つ円形のそれは確かに当初より小さくなっている。古の神の言う通り僕のこの常軌を逸した超パワーは天道由来だ。つまり天道が閉じてなくなれば元に戻ってしまう。まさか時間制限があったなんて。でも考えてみればそうだよな。こんなすごい力が無制限に使えるなんて虫が良すぎる


 そうと分かればモタモタしている暇はない。天道が消える前に決着をつけないと。そう思っていたら“堕ちた神”がくるりと僕に背を向け天道に向かって飛んでいった。



 ――マズイ! “堕チタ神”ニコノ会話ヲ、キカレタ――



「えっ!」



 ――スマナイ――



 “堕ちた神”がテレパシーの盗聴までできるなんて予想外だ。


「くっ……」


 喪服の女はいくつものケガレ玉を繰り出した。やっぱり聞かれていた。完全に天道を壊す気だ。僕は神正氣を練り込み両腕を突き出した。


「おきよめ波!」


 金色の波動は“堕ちた神”を追いかけ伸びてゆく。おきよめ波は扇形に広がり“堕ちた神”とケガレ玉すべてを飲み込んだ。ケガレ玉は全て消失して喪服の女はのたうち回り全身大火傷したように肌が爛れていた。僕は足に力をためおもいっきり跳躍する。ロケットのように垂直に飛び“堕ちた神”に追いつくと急ブレーキ。力のかぎりぶん殴って地面に叩き落とした。


 手応えあり。どうやらあの暗黒オーラは攻撃に振り切っているようで防御力はたいしたことない。バリアとの併用も不可能なのだろう。一度目は防いでみせたおきよめ波でダメージを負っていたのがその証拠だ。


 僕は体を半回転させて頭を下に向け宙を蹴った。回復する前にさらに追い打ちをかける。“堕ちた神”めがけ一直線に下降する。半分ほど距離を詰めたところで地上から黒い何かが僕に向かって飛んできた。超強化された動体視力で捉えたそれはプロペラのように回転する大ナタだった。僕は咄嗟に体を捻りそれを避けた。


 続けて10本以上の暗黒オーラを纏ったナタが飛んでくる。流石にこれは避けられない。


「オシラキマン!」


「了解、ムッシュ」


 例のごとくオシラキマンの移動術によって難を逃れた。着いた先は喪服の女が墜落した付近。そこには小さなクレーターができていて辺りはホコリまみれだ。ホコリの中から丸い影が見えゆっくりと上ってくる。地上から2、3メートルのところで浮いているそれは結界に包まれた“堕ちた神”だった。


 すでに傷は癒えており全く堪えた様子はなく無表情だ。そして幾重もの結界に守られていた。


「ムッシュ!」


 オシラキマンが上を指す。上空から大ナタが大回転しながら僕を追ってきた。バックステップで後方に大きく飛び退いたが、大ナタは地上に直撃する寸前で90°曲がり僕を追尾した。


「……っ!」


 暗黒オーラに包まれたナタに斬られれば、この体でも流石にきびしいだろう。僕は必死で避けた。


「ムッシュ、大変だ! あの婦人の結界の中に入れない! 私を妨害する力が大きくなった」


「……マジ?」


 ナタを避けるのに精一杯なのに追い打ちで悪い知らせを聞くハメになるとは。オシラキマンの移動術が使えないとなると5重にもなった結界をどうやって打ち破ればいいんだ……。


 だが“堕ちた神”の目論見が読めた。奴は天道を壊すために僕と戦うよりも防御に徹することを選んだんだ。こっちは結界を壊す術を持っていないのだから、時間切れまで守りに全てのリソースを割けばいい。攻撃はこの追尾するナタに任せて。


 まずい、まずいぞ……。


 こんなギリギリの中考え込んでいたのが悪かった。スネに一本のナタが直撃する。結界が自動で張られたが暗黒オーラのナタは簡単にスパっと斬った。ボキッと音がして僕の動きが止まった隙に、後ろから大ナタが首を両断しようと斬りつけた。


「……っ!」


 激痛が走る。意識が飛びそうだ。


「ムッシュ!」


 オシラキマンが僕の体を掴むと地面に潜った。移動した場所はナタからかなり離れた場所。


「……痛ったあ~」


 首がちょん切れたかと思った。スネも折れたし。もう治ってるけど何十発も受けたら流石に死ぬぞこれ。


 ものすごいスピードでこちらに向かってくるナタの気配を感じる。このままではジリ貧だ。回転ノコギリみたいなナタを掻い潜り一枚でも厄介な結界を5枚も破壊するなんてこのままでは不可能だ。時間切れを迎えてゲームオーバーする未来が見える。


 仕方がない。ここらで勝負を仕掛けるか。迷っている暇はない。僕は全力で神正氣を練り上げた。


「はああああああああ!」


 超高濃度の神正氣がみなぎる。細胞の一つ一つが凄まじいエネルギーを発している。天道モードの超パワー神主でさらに身体機能を大幅強化だ。


 全身がキラキラと光ってマジで神々しい。圧倒的絶対的なパワーがあふれる。これはもう無敵だろ。その分、神正氣の消費が激しいから長くは続かない。完全に短期決戦向きだな。


 一本の大ナタが高速回転しながら僕に向かってきた。どれ、この超パワーを試してみるか。


「ふん!」


 僕を縦に真っ二つにしようとするナタを裏拳で乱暴にはたき落とした。ナタは飴細工のように脆く崩れて煙のような黒い気体となって宙に溶けていった。よし、これならいけるぞ!


 僕はクラウチングスタートの姿勢をとる。


「よーい、ドン!」


 一直線に“堕ちた神”に向かいダッシュした。あまりのスピードに驚く。これ音速超えてるんじゃないの?


 途中でナタが何本か襲ってきたが全て叩き落とす。こんなに簡単に壊れるだなんて、あんなに苦労したのが嘘のようだ。やはり圧倒的なパワーの前では小細工など無力なのだ。


 視界に“堕ちた神”が入った。小さな点くらいの大きさだが、このスピードならすぐに距離を詰められる。残りのナタが“堕ちた神”の下へ行かせまいと僕の進路を阻むが、こんな物は超パワー神主となった僕の前では子どものおもちゃだ。僕の拳の餌食となれ。


 全てのナタを破壊すると結界にこもっている喪服の女が目前まで迫った。そのまま拳を突き出す。思いっきり結界を殴ったがほんの少しヒビが入っただけだ。そのヒビもすぐに修復されて元通りだ。これでも一枚も割れないなんて硬すぎる。結界の中の“堕ちた神”が表情をわずかに崩した。まるでお前には壊せないと言わんばかりの冷笑である。ちょっとムカッときた。


 こんなもんで終わると思うなよ。僕は左手で指がめり込むほど強く結界を掴んだ。右手に籠められるだけ神正氣を籠める。この爆発的な力に“堕ちた神”も表情を変えた。天道モードのEX(エクストラ)神術を叩き込んでやる。技名を叫ぶと威力が上がる気がすると破魔子はまこちゃんが言っていた。僕もそれに倣おう。



「全力金光おきよめパーンチ!」



 黄金に輝く拳を結界に叩きつけた。結界を3枚ぶち破ると耳をつんざく不快な鋭い音が響いた。4枚目の結界までは破壊できなかったが、まだ拳に神正氣は宿っている。このまま後の2枚もぶち抜いてやる。


 僕は結界に拳を力のかぎり押し付けた。修復の暇は与えない。拳とケガレの結界がぶつかり合う不協和音はいたく不快だ。まるで耳から呪いをかける音のようだ。それでも僕は止まらない。さらに強く押し付けるとピシッという音と共に僅かなヒビが入った。


「はあああああ!」


 押す押す押す。これでもかと押し付ける。ヒビはクモの巣状に結界全体へ広がった。“堕ちた神”も黙って見ているわけではなかった。両手を突き出し結界にケガレを供給して修復しようとしている。ヒビが徐々になくなり元に戻っていく。負けてたまるか。


「おおおおおお!」


 限界を超えろ! 僕の拳! 顔を真赤にして息をするのも忘れて力む。僕の人生の中で一番筋肉を酷使しているだろう。お陰でピシピシと結界が崩れ始めた。裂罅れっかが全体に広がる。限界を迎えた結界は弾けるように粉々に砕けた。よし! 後一枚だ! 気合を入れ直すと拳の輝きが増した。神正氣が凝縮し精錬されていく。ここに来て神術の練度が一段上がった。


 しかしそれでも最後の一枚はびくともしなかった。“堕ちた神”も必死の形相で抵抗している。完全に力が拮抗しこれ以上押しきれない。あと少しだ、あと少しだと言うのに。もっと集中しろ。極限まで神経を研ぎ澄ませ。


 僕の意識は内側に深く深く落ちていった。そこは天道で見た穏やかで畏怖を感じる広大な空間だった。心は不思議なくらい平穏で集中している。これがゾーンと言うやつか。神正氣の純度が上がる。まだ上があったとは驚きだ。もっと強く、もっと純粋に。

 結界に亀裂が入った。今だ。僕は内包する神正氣を爆発的に一気に上げた。


「はあっ!」


 最後の結界は砕け砂塵のようにサラサラと消えた。このまま拳を腹部に押し込む。気合は十分。集中力も限界突破している。それでも僕の拳は止まった。手首が喪服の女にガッシリと掴まれ勢いを失う。拳に込めた神正氣はすべて消失していた。


 “堕ちた神”の口の端が嘲るように大きく歪んだ。嫌な笑みだな。完全に勝ち誇った顔だ。しかしそんな顔をするのはまだ早いぜ。僕は力なくそっと拳を広げた。次の瞬間、黒い和服が金色の光で照らされる。喪服の女は勝利を確信していた表情を一変させ驚愕した。


 僕の狙いは初めからこれだ。無防備な“堕ちた神”の至近距離まで近づくことが目的だったのだ。体全体から神正氣をひねり出す。細胞一つにも残さず掌に結集する。喰らえ! 僕の超必殺技!



「おきよめ波!!」



 ゼロ距離から放たれたおきよめ波は“堕ちた神”を覆うと遠くまですっ飛ばした。今の僕が持てる最強の必殺技だ。これで決まってくれ。


 神正氣がスッカラカンになった僕は激しい脱力感を覚え地面に倒れた。ぼやけた目で前方を見るとずっと先の方で黄金の光が花火のように派手に散らばった。そのすぐ後に夥しい量の黒い亡者の魂が天道を目指し昇っていく。そしてそれをケガレでできた黒い手が追いかける。僕の体は動かなく亡者達の手助けはできない。頼む、天道へ逃げ切ってくれ……。


 そんな僕の願いも虚しく亡者達の魂は次々に捕まった。誰一人天道に辿り着けずまた地獄へと引きずり込まれる。ああ……これでもダメだったか。あと一歩、あと一歩が足りない。どうすればいいんだ……。

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