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第64話 VS堕ちた神①

 天道に引き込まれ僕という存在が消えたと思ったら、おぞましいケガレを感じて急に意識がはっきりした。反射的におきよめ波を撃ってしまったがここはどこだろう?


 失った五感が戻って来る。まず真っ白だった視界が色を取り戻した。そこは灰色の世界だった。見渡す限り一面木々が炭のようになっており、まるで山火事で焼かれたようだった。


「無事だったか……」


 横を見れば鷹司たかし君がいた。良かった、彼も無事だったようだ。しかしここはどこなんだろう? 奈落ではないことは確かだ。


「……小僧、気を引き締めろ」


 後ろからかすかな声が聞こえたので振り向けばびっくり仰天、ハクダ様の顔だけがあった。しかもかなりビッグだ。いつぞや縁雅えんが家で見たハクダ様の本体くらいの大きさだ。さらにハクダ様の体と思われるパーツがそこかしこに散乱していた。どうしてこんなうなぎのゼリー寄せみたいにバラバラになってしまったのだろう。


「は、ハクダ様……」


 今にも死にそうである。僕は急いで治癒用の神術である薬師的な如来を召喚した。如来の掌から癒やし的なビームが出てハクダ様の顔に当たると、みるみる内に縮んでミミズくらいの大きさのマイクロハクダ様になった。だいぶ縮んでしまったが欠陥した体は元に戻った。


「随分小さくなりましたね」


「おかげさまで助かったよ。だが今はそんなことを気にしてる場合じゃない。上を見ろ」


 ハクダ様に促され上空を見ればそこにいたのは喪服のような黒い和服を着た女の人だった。宙に浮いた女性は下降すると静かに地面に降り立った。女性の風貌は整っているが肌は病的に青白く、何より白目がなく眼球すべてが真っ黒なのでめっちゃ怖い。


「もしかしてあれが“絶望”ですか?」


 奈落で見たより随分と縮んでいるな。


「いいや、あれは“絶望”じゃない。“堕ちた神”だ。私が不甲斐ないせいで復活を許してしまった」


 珍しく申し訳無さそうな口調である。体がミニマムになったので気も小さくなってしまったのか。“堕ちた神”が復活したという事実には驚いたが、同時に納得もした。目の前の女性はそれほど凄まじい力を秘めている。


 僕が今まで出会った強敵の中で一番強かったのは異世界の邪神だ。見た目は10歳くらいの女の子にしか見えなかったが、内包する邪悪なパワーは群を抜いて強大だった。しかし“堕ちた神”はその邪神すら上回る力を持っている。圧倒的に過去最強の敵と言っていいだろう。


 少し前の僕なら絶対に勝ち目はなかったが今はどうだ、負ける気がしない。天道に吸い込まれてからレベルが上ったなんてもんじゃなく、次元が違うほど強くなった。気分は無敵状態だ。


「ここは奈落ではありませんね? もしかして現実世界ですか?」


「ああ、ここは呪須津じゅずつの領域。奴の復活とともに奈落は崩壊した」


 まさかあんなに青々と茂っていた森が見渡す限り灰色の世界になってしまうだなんて“堕ちた神”は何をしたんだ?


「鷹司君、ハクダ様と古の神様をお願い」


 鷹司君は頷くとマイクロハクダ様を恭しく手のひらに乗せ、近くにいた上半身だけの古の神を肩に担いだ。


「はじめまして。野丸嘉彌仁のまるかみひとと申します。あなたは?」


「……」


 彼らが充分に離れるまで会話で時間を稼ぐ作戦だ。


「お名前を聞かせてもらえますか?」


「……」


「あなたの目的は何でしょう?」


「……」


“堕ちた神”は黒いお目々で僕をジッと見つめるばかりでだんまりだ。もしかして喋れないのかな? そう思っていたら喪服の女が右手を上げた。その少し上には暗黒球体が現れる。この球体は純度100%のケガレで構成されているようで、とんでもなく禍々しい。大きさは直径50メートルくらいだろうか。とてつもなくバカでかい。こいつを“堕ちた神”は無感情に僕の方へ放った。


 巨大なケガレ玉を両手で受け止める。強い衝撃が全身を貫き体全体の筋肉を使い踏ん張った。後方に押し込まれる。直にこのケガレに触れるとその恐ろしさが明確に分かった。ありとあらゆる負のエネルギーを凝縮したそれは、常人だったら触れただけで即死するだろう。


 ではなぜそんな危険な物を結界を使わず素手で掴んだのかと言うと、今の僕の体は触れた物全てを浄化させるからだ。確信はなかったが予感めいたものがあったので、受け止めてみたらやっぱり大丈夫だった。現にケガレ玉の勢いはなくなり、僕の体に触れたことでどんどん浄化され小さくなっている。


 ケガレ玉が全てなくなると、僕の意識に反して結界がブオンと勝手に展開された。すぐに後ろから金属同士が激しく触れ合うような硬質な音がした。振り返れば“堕ちた神”が大きなナタで結界を打ち付けていた。ナタはケガレでできていて全長3メートルはありそうだ。こいつでハクダ様を輪切りにしたのだろうか。


 僕はすぐに浄化玉で反撃した。まずは牽制に軽く撃ったつもりであったが“堕ちた神”のケガレ玉と同じくらいの大きな浄化玉が発射された。こちらも思った以上にパワーアップしている。浄化玉が“堕ちた神”に直撃し、爆発音が轟き粉塵が舞った。塵埃じんあが風に流され中から現れた“堕ちた神”は無傷だった。


 喪服の女の周囲には薄い半透明な膜のようなものが張られていた。恐らく僕の結界と同じようなバリアであろう。こいつでおきよめ波も防いだのかな? だとしたら相当に厄介だ。ただ見た目のおしゃれさなら僕の圧勝だろう。向こうはただの丸いガラスのような見た目だが、こっちは六角形がいくつも重なり合ったサイバーチックで近未来的である。デザイン性なら僕の結界の勝ちだ。


“堕ちた神”は高く跳躍し大ナタを僕に振り下ろした。そいつを真剣白刃取りでなんなくキャッチ。動体視力も反射神経も筋力も大幅にアップしてる。この体はデフォルトで身体強化神術の超パワー神主より強いみたいだ。


 僕に触れたナタはどんどん浄化されて薄くちっこくなっていった。喪服の女はナタから左手を離すとまた同じようなナタを具現化させた。隙だらけの僕の脇腹を新しくできたナタで横薙ぎに斬りつけた。すると僕の脇腹辺りに盾形の結界が自動で展開された。


 いつもの僕の体全部をすっぽりと埋める結界でなく、臨機応変に適切な大きさと形でオートで発動してくれるようだ。こいつは便利だぜ。神正氣が膨大なだけじゃなく小回りが効きかゆい所に手が届く。なんてナイスなんだ、天道モード。


 白刃取りしたケガレのナタが全て浄化されると僕は浄化玉を繰り出した。一気に十個だ。つまりさっきの十倍だ。至近距離で僕のスペシャルな浄化玉を受けた“堕ちた神”は後方へ吹っ飛んだ。ふっ……さすがにこれは効いただろ。


 と思ったらまたしても無傷だった。ガラスの玉みたいなバリアはやはり相当に硬い。こんだけやってもヒビ一つ入ってない。うーん、どうしようか。


「お困りのようだね! ムッシュ」


 考えていたら僕の影からオシラキマンの声がした。影は黒くなり立体的な人影が出てきた。燕尾服を纏った全身影みたいに真っ黒な紳士。顔は鼻の突起しかないのっぺらぼうであるが、気さくで陽気な雰囲気の僕の眷属。クロイモちゃん改めオシラキマンが僕の影から生えてきた。


「オシラキマン! 無事だったんだね!」


「勿論さ。レディ達の護衛をしていたのだが、ムッシュの気配を感じて急いで戻ってきたよ! ああ、ムッシュ……。少し見ない間にこんなにも神々しくなって。このような方に仕えられる私は幸せものだ」


「なんか君も強くなってるね? 肌の艶と言うか光沢が増してるような気がするんだけど」


「さすがムッシュ、お目が高い。どうやら私もムッシュと連動して強くなったようだ。今なら何でもできそうな気がするよ。というわけで早速行こうか。敵は待ってくれない」


「えっ? 行くってどこに……」


 オシラキマンは質問に答えずに僕の手首を掴む。次の瞬間、薄氷が割れたようにドボンと水に落ちる感覚がした。視界が一瞬暗転する。そしてすぐに下から上に浮力で勢いよく上がるように体が飛び出した。視界が戻ると目の前には“堕ちた神”。


「「!!?」」


 お互いビックリする。だって“堕ちた神”の結界の内側に僕がいるから。この千載一遇のチャンスを逃すまいと体が反射的に動く。僕は拳を突き出した。


「金光おきよめパンチ!」


 なぜだかおぼろげに浮かんできたんです。金光おきよめパンチという技名が。


 僕の拳が“堕ちた神”のみぞおちにめり込む。拳がヒットすると金色の光が辺りをまばゆく照らした。手の感触から伝わる。これはクリティカルだ。


“堕ちた神”は大きく口を開け空に向けて何か黒い物を大量にデロデロと吐き出した。オタマジャクシみたいな形の黒い何かの群れは勢いよく天に昇ってゆく。その黒い丸は徐々に形を変えて人間になった。あれはたぶん奈落の亡者だ。


 奈落の亡者と思しき魂は天道に一直線に向かう。その形相は絶望のただ中にあった者が、やっと希望を見つけたときに何が何でも縋りつこうという必死さがあった。その救いを求める亡者達に黒い手が伸びて足を掴む。そのまま引きずり降ろされる。


 黒い手は“堕ちた神”から伸びていて体内から出た亡者達を自身に戻そうとしていた。僕はこれを阻止するため特大の浄化玉を繰り出そうとした。しかし浄化玉を出す前に“堕ちた神”が獣とも人の声ともとれぬ不快な咆哮を上げると大爆発が起こった。


 爆風が僕とオシラキマンを吹き飛ばした。結界が自動展開されたので僕達は無傷だが、体にものすごいGがかかっていることから相当な規模の爆発であろう。長らく飛ばされて結界が地面に衝突すると僕はすぐに体制を立て直した。岩石や粉塵が高く舞い上がり僕が飛ばされてきた方向には巨大なクレーターができていた。まるで隕石でも落ちたみたいな大穴に身震いする。鷹司君達のことが心配だ。



 ――聞コエルカ?――



 頭の中に声が響いた。これは古の神だ。


「ええ、聞こえます。そちらは無事ですか?」



 ――ナントカナ……ソレヨリ、伝エタイコトガ、アル――



「何でしょう?」



 ――手短ニ言ウ。“堕チタ神”ハ、ギリギリノ所デ形ヲ、タモッテイル。少シデモ、奴ノナカノ、亡者ガ天道ヘ還レバ、“堕チタ神”ハ、コノ世界ニトドマッテ、イラレナイ。故ニ御身おんみハ奴に囚ワレタ亡者ヲ、天道ヘト導クノダ――



 なるほど、だからあんなに僕が追撃を入れようとしたら焦って大爆発を起こしたのか。これは堕ちた神”の大きな“弱点じゃないか。


「ありがとうございます」


 やることは決まった。“絶望”のあの膨れた腹を見るに、多分亡者達は胃に詰まってるだろうから腹パンしまくればいいんだな。


「ムッシュ」


「わかってる」


“堕ちた神”は上空に浮かんでおりその周りには無数のケガレ玉が囲んでいた。明らかな敵意が僕を刺した。ケガレ玉は10、20……30以上ある。あんな物が地上に降り注いだら広範囲が汚染され生き物が住めなくなるぞ。そうはさせるか。僕は同じ数だけ浄化玉を出した。


「オシラキマン、頼んだよ」


「了解だ、ムッシュ」


 ケガレ玉が落ちてくる。僕は浄化玉でそれを迎撃した。互いの神正氣とケガレが激しくぶつかり合う。威力は全く同じで聖なる力と悪しき力が互いに食い合い対消滅した。浄化玉もケガレ玉もきれいになくなった。


“堕ちた神”は表情が乏しいが少し驚いている気がする。引き分けになったのが意外だったのかな。だが残念、引き分けではないんだな。


「失礼」


「!?」


オシラキマンが“堕ちた神”の結界の内側に現れた。彼の体が金色に光る。強烈な光は“堕ちた神”を包み込んだ。オシラキマンの体に込めた浄化玉が炸裂する。

 

 宙に浮かぶ喪服の女は黄金の炎に包まれた。中からオオオ……という叫び声が聞こえてくる。グッジョブだ、オシラキマン。実は浄化玉を一つだけ多く用意していた。それをオシラキマンに隠蔽してもらって結界の内側に運んでもらったのだ。うまくいったようで良かった。今回は僕達の勝ちだ。


“堕ちた神”の結界が壊れ黄金の閃光が死の大地を照らした。

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