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第58話 呪縛

呪縛じゅばく”は零源れいげん家に憑く呪いである。千年前、“堕ちた神”が5つの核に分かれたときより、“呪縛”は零源家を滅ぼすため灼然しゃくねんの力を色濃く受け継ぐ巫女に取り憑いてきた。


どんなに力を持った巫女であっても二十歳になる前に皆呪い殺してきた。その呪いは地球上で最強であるが、零源の血筋もまた用意に絶やすことができないほど強いので、“呪縛”は零源にしか害を及ぼすことができず、その存在も力のあるごく一部の者しか認識できなかった。


活動の幅は狭まるが、“呪縛”にとっては零源の血を絶やすことが何よりも重要なので大したそれはかせではなかった。何よりも優先すべきは巫女を殺すことである。


今取り憑いている五八千子いやちこは後2、3年で殺せるはずだった。しかしカミヒトの持ってきた“伝説のさといも”によって呪いが弾かれ“呪縛”は近づけなくなった。突然現れたにんげんによって“呪縛”の使命であり本能である零源の巫女の殺害は大幅に遅れることとなった。


忌々シイ人間メ……


ここで“呪縛”は一計を案じることにした。協力者に巫女を呪わせることにしたのだ。


“呪縛”は取り憑いた巫女以外攻撃できない。だが巫女に害を及ぼす者であれば、それが人間であれ怪異であれ呪いであれ“呪縛”は直接手を下すことができる。なぜなら巫女は“呪縛”の標的であり自分以外は決して巫女を殺してはならないからだ。


協力者を使って五八千子を呪わせその呪いを食らう。当初の予定では“伝説のさといも”の効力を打ち消すほど力を蓄えるのに数年はかかるはずだった。しかし“呪縛”にとってもイレギュラーな白巫女が現れたことにより事態は一変する。


凄まじい陰の氣を持つ何者か。この何者かがオオキミ山を異界化したことで“伝説のさといも”の力がものすごい速さで摩耗し消え去った。白巫女の異界は特殊な陰の氣で満ちており、常人であれば耐えられないほどの負荷がある。


白巫女の力は強大でそのポテンシャルは底が見えず、彼女は“呪縛”すら自身の力を増すための糧としか思っていない。白巫女にとっては“堕ちた神”の片割れでもただの食料でしかなかった。


しかしそれは“呪縛”にとっても同じことだった。突如現れたイレギュラーな存在は“呪縛”を“堕ちた神”に進化させるだけの膨大な陰の氣を持っているエネルギー源でしかない。


初めて白巫女と邂逅したとき、白巫女は“呪縛”を美味しそうだと言った。その目は完全に捕食者のそれだったが、“呪縛”もまた白巫女を喰らい吸収しようと機会をうかがっていた。


そして今その時が訪れた。五八千子いやちこを守る加護はほぼ消滅して“呪縛”は今すぐにでも呪い殺せるほど近づくことができる。白巫女は破魔子はまこ達に倒されても更に強くなって復活した。後は白巫女に五八千子を攻撃させれば“呪縛”は白巫女を食らえる。


そのチャンスがすぐに来て“呪縛”は五八千子の背中を押した。白巫女の標的が天女あまめであっても殺意のこもった攻撃が五八千子に牙を剥くのであれば、“呪縛”の獲物を横取りしようとする輩に反撃できる。


“呪縛”は白巫女の爪が五八千子の体に触れたとき、すぐさま白巫女の腕を食いちぎった。口の中に少量の血が広がっただけで、その甘美な味に驚いた。芳醇であり重厚な陰の氣。“呪縛”は夢中でちぎった片腕を貪った。これほどまでに極上な陰の氣は今まで食べたことがなかった。


最後の一欠片を飲み込むと体中に力がみなぎった。ひっそりと零源を呪うためだけの核であったが、さらなる力を得たことで枷が外れた。それはすなわち零源の巫女以外も呪うことができ、自身の存在を多くの人間に認知させられるのだ。


「エルフィの腕返して!!」


白巫女が怒り心頭に叫んだ。自分の腕を食いちぎったのがこの黒い影であると気がつくと、背中から生えた鎖を勢いよく叩きつける。食料の分際で自分の腕を奪うなど業腹だった。


“呪縛”は五八千子いやちこ天女あまめの方にぞんざいに投げるとムチのような鎖をひらりとかわした。続けて幾本ものムチが乱れ舞うがそのすべてを避け白巫女との距離を詰めた。白巫女の体が止まる。白い着物には何体もの動物型の黒い影が纏い付いていた。


「っ!?」


“呪縛”は大きく口を開け白巫女を頭から一口で喰らわんとした。白霊貴族はくりょうきぞくの少女は自身に取り憑く影を力付くで振り払うと、半身だけ横にずらしたが反対側の腕を食いちぎられた。“呪縛”は腕を丸呑みにすると恍惚とした。更に力が膨れ上がる。


両腕を奪われた白巫女は真っ白な顔を赤くさせ鬼の形相になった。雄叫びを上げると両肩から束になった鎖が勢いよく飛び出す。


「エルフィの腕を返せ!」


弾丸の如き勢いで発射された鎖は“呪縛”に襲いかかる。鬼気迫る白巫女の攻撃に“呪縛”は避けきれず顔の半分を奪われた。白き少女は仕返しとばかりに影の顔をボリボリと食べる。すると左側の鎖の束が収束し元の腕に戻った。


「アア……活キノ良イ獲物ダ」


「あなたなんか全部食べちゃうんだから!」


2つの強大な魔が激突する。“呪縛”と白巫女の戦いは熾烈を極めた。白巫女の鎖と“呪縛”の呪いが激しく衝突し、辺り一帯はとても近づける状況ではなかった。


互いが互いに喰らい合う。そのおぞましい戦いを見て破魔子達は身の毛のよだつ思いだった。隙を見て合流した4人はこの2つの魔の戦いをただ見ているだけしかできない。


「ねえ、どうする? どっちが勝っても私達、ただじゃすまなそうだよ。乙女技おとめぎが使えるようになるまでまだ時間がかかるし……」


「悔しいですが逃げるしかないでしょう。私達にはアレらと戦う体力が残っていません」


「で、でも、そしたら冷華さんはどうなるんですか?」


「確かに冷華さんのことは気がかりです。それにここで逃げるわけには行きません。私はまだ務めを果たしていない。うっ……」


五八千子いやちこが激しく咳き込んだ。


「ヤチコちゃん!」


破魔子は背中を擦る。それでも五八千子の咳は止まることなく、昔のように衰弱していった。“呪縛”の力が増したことにより呪いが急速に彼女の体を蝕んでいったのだ。


「二人とも、いいですか。この場から退避します。全力で駆け抜けますよ!」


アリエの有無を言わせぬ号令に破魔子と天女あまめは頷いた。五八千子を天女がおぶって4人はオオキミ山を降りようとする。だが“呪縛”は見逃さなかった。


「逃サナイ」


“呪縛”が跳躍し宙に浮かぶと印を結ぶ。


呪界じゅかい


“呪縛”がそう言うと辺り一面が真っ黒に塗りつぶされる。オオキミ山を囲むように黒い空間が侵食し暗黒の世界ができた。


「また異界!?」


破魔子が叫ぶ。そこはどこまでも漆黒が広がる二次元のような世界だった。“呪縛”が作った異界に閉じ込められた破魔子達は急に息苦しさを覚えた。


「これ、は……!」


「く、苦しい……。息ができない……」


「い、五八千子、ちゃん……大、丈夫……です、か?」


「うぅ……」


4人とも呼吸ができず、まるで溺れたかのように顔は苦悶にゆがんでいた。同時に体の自由が効かずまるで暗闇に囚われているようにピクリとも動かない。


「安心シロ……死ヌコトハナイ。シバシ、苦痛ヲ楽シメ」


五八千子の苦しむ様を見て“呪縛”は愉快そうに笑った。


「こんなの全然平気だもん」


呪界の効力は白巫女にも効いているはずだったが、なんらこたえた様子はない。白巫女が鎖のムチを振るう。“呪縛”がそれを躱し呪いを叩きつける。再び激しい戦闘が始まった。


その間も4人は呼吸ができない苦痛に耐えていた。動くこともできずただただ苦しさを感じているだけだった。視界だけは固定され2つの魔のおぞましい戦いが網膜に映るだけだ。もう限界だと思ったとき突如暗闇に亀裂が入る。


最初にそれに気がついたのは“呪縛”だった。亀裂は徐々に広がる。白巫女も異変に気が付き攻撃の手を止めた。亀裂から光が漏れたかと思えばガラスが砕ける音がして、暗闇の世界に後光がさした。その光を“呪縛”と白巫女は咄嗟に避けた。まばゆい光に人影が見える。


光に照らされた破魔子達は水面から出たときのように大きく息を吸った。体の自由も効く。ハアハアと荒い息をつきめいいっぱい空気を肺に取り込んだ。辺りには花の香りがした。


「みんな、生きてる?」


その場に似つかわしくない陽気な声がした。五八千子いやちこは声の主が誰だか理解し安堵した表情になった。


普賢慈母光子ふげんじぼみっし様……」


光の先には紅の見事な傘を持った婦人がいた。島田髷という古風な髪型に白地に紫の花の刺繍を施した艶やかな着物を召したこの神は、御園小路みそのこうじ家が祀る魔境神社の祭神である。


「間に合ったみたいね。良かった。そちらの影の方、お久しぶりね? 私を覚えているかしら? そちらのお嬢さんも中々厄介そうね」


突如現れた侵入者に白巫女は警戒感を抱く。天女あまめ以上の神聖さをたたえた気配に眉をひそめた。


「あなた嫌い」


「クダラヌ神ガ一匹、紛レ込ンダカ……」


光が徐々に弱くなる。打ち破られた空間を闇が修復するかのように普賢慈母光子の後光を塞いでいった。再び暗黒の静寂が訪れる。光子みつこは紅の唐傘を開くとひらりと4人の前に着地した。


「さあ、みんな。ここが踏ん張りどきよ。気合を入れ直しなさい」


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